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マギアワンド~紅蓮の魔女は恋して転生する~  作者: 未亜見あみ
第4章 真実 ―――帝国軍残党 地下研究施設攻防戦―――
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その5

『人は社会への奉仕だけでは生きてはいけない。個人的な願望があり、それが満たされることによってのみ幸福を享受できる。だが君の願望は既に叶わないと知っているだろう』


 炎の剣が弾き飛ばされ、雷の剣が銀色の装甲を切り裂く。


『君の大切な人は、偽物の君を愛しなどしない。彼が愛したのは今は亡き本物のリンネ・アーガルベルトだ。君じゃない。誰も君を愛さないのだよ』

「私の願望は……」


 アグニヴァールは一歩退きながらも、右腕のガントレットを展開。増幅装置が回転を始めて、魔導が収束する。


「大切な人がもう二度と戦争に巻き込まれない世界にすることです」


 自分の恋は、恋のままでいい。

 だって恋は、大切な人に教えてもらえたから。

 それ以上を望む心など、今の自分にはない。


「恋は度胸です。勇気を出さなければ、真実の恋にはたどり着けませんでした」


 リンネは笑みを浮かべて、その銀髪の隙間から煌めく翡翠の瞳でまっすぐ見つめて、そのルーン言語を詠唱する。脳裏に浮かべるのはただ一人、自分に恋を教えてくれた青年の姿。


「今の私は全力を出せる。私はもう、真実にたどり着いているのだから!」


 それはオリジナルのリンネが構築した魔導術式の中で、もっとも危険で特異なものだった。使用すれば魔力器官に多大な負担をかけることとなり、最悪の場合は死に至る。いわば諸刃の剣―――。

 アグニヴァールの右腕を中心に炎が舞い上がり、機体を包み込む。それはやがて黒に変色していき、液体金属装甲の表面に纏わりつく。さらに装甲の隙間から熱を帯びた蒸気が噴出し、白い衣のようにアグニヴァールの全身を覆っていく。


『紅蓮魔導術式、奥義―――神羅万焼しんらばんしょう:第一解放【黒点】』


 魔導術式自体の効果は単純明快。機体そのものの機動性を上昇させるものだ。


『単なる身体強化系の魔導術式であるならば、このハスターゼウスに適うはず―――』


 ガラルドの言葉を置いていくように、アグニヴァールは瞬間的な加速で彼の眼前に現れる。刹那、という言葉が最適であろうその速度は、もはや瞬間移動にすら見えた。

 ハスターゼウスは雷の剣を前に構えて、急速接近してきたアグニヴァールに対処しようとした。だが、それでは遅かった。ガラルドが迎え撃とうと思ったとき、既に雷の剣を持った右腕は切断され宙を舞う。


『これは……なるほど、少し甘く見ていたようだね』


 ハスターゼウスは背部の量産型MW―――二基の人工魔力器官のリミッターを解除し、背部に巨大な魔導陣を刻み始める。


『今なら間に合いそうだ。アレを使おう』

「……なにかしてくる!? だけど、この速度なら! 第二解放【冠】』


 さらに加速したアグニヴァールは、対処しようとしたガラルドの思考の速度すらも超越し、後方からの奇襲を行う。

 辛うじて反応ができたハスターゼウスの機体制御用の高性能AIが、背部を魔導障壁で守ったことにより事なきを得るものの、依然としてガラルドはアグニヴァールの動きを正確に捉えることができないでいた。


 どこからともなく来る攻撃。手段は不明。ただ一つ、強烈な衝撃であることが分かるだけ。周囲を微かに飛び交う火花のみが微かに見えるだけで、もはや機体の姿すらも確認できない。

 降りしきる雨。しかしハスターゼウスの周囲のみ、それら雨粒は一瞬で水蒸気へと変化していく。


 厳密にいえば〈神羅万焼〉は身体強化系の魔導ではない。


 この世界で最大の熱を有する場所―――すなわち太陽の熱を機体の内側に転移させているのだ。魔導によってそれを制御した結果、爆発的なエネルギーとなって機体を強制的に疾駆させる。

 無論、一歩間違えれば太陽から転移させた熱で周囲一帯は火の海となり、当然ながら機体も爆散してしまうだろう。


 しかし、リンネはやり遂げた。

 完璧に制御された超高速のアグニヴァールは、もはや人間が知覚できる領域の速度を優に超えていた。


『最終解放【心核】』


 そして光すらも、アグニヴァールは置き去りにする。

 圧倒的な加速。

 太陽の中心の熱エネルギーを得た鋼鉄の塊は、最後の一撃を放たんと拳を握った。

 衝撃がハスターゼウスを襲う―――。


『零の魔導術式』


 ―――はずだった。

 一瞬、世界が切り抜かれたかのような感覚にリンネは陥った。両腕に敵を倒した感触はなく、眼前を見るとそこにいたはずのハスターゼウスの姿が無くなっていることに気づいた。


 間違いなく先ほどのアグニヴァールは、世界で誰も反応できない速度で迫っていたはずだ。ましてや回避されるなどありえないし、防御されたとしても、この速度で動く物体を正面から受け止めれば、タダでは済まないはず。


「え……」


 しかし切断されていたのは、アグニヴァールの両腕であった。

 肩の切断面から、先ほどまで機体内部に蓄積されていたエネルギーが、鮮血が如く噴出していく。何が起こったのか理解できないまま振り返ると、


『零の魔導術式』


 ガラルドの声が響いた。

 その刹那、前方にいなかったはずのハスターゼウスが、前方に現れた。リンネはアグニヴァールの右脚でキックを放って迎撃しようとしたが、その右脚はすでに切断されている。リンネが思考した次の瞬間に、切断されていたのだ。


 つまり、攻撃の瞬間を知覚できなかったということである。

 まさかリンネの〈神羅万焼〉を越える加速を、ハスターゼウスが行ったとでもいうのか。リンネは荒くなった息遣いの中で必死に考えた。しかし結論は出てこない。体力と魔力器官の消耗が著しく、思考に割ける余力は一切なかったのだ。


 命を繋ぎとめるので精一杯のリンネの小さな体は、虚ろな意識の沼で必死に足掻いていた。


『やはり通常の人工魔力器官では二発が限界か』


 ハスターゼウスは背部にある二機の量産型MWをパージし、地面にへと落とした。量産型MWはその数秒後爆発。代わりに、立坑の中で待機していた新たな二機が、ハスターゼウスと合体する。

 その際に破損した右腕のパーツも一緒に飛んできて、機体の右肩部に接続された。


 一連の動作を終えたのち、ハスターゼウスは左右のマニピュレーターで拍手をして、傷ついたアグニヴァールを見据える。


『コングラチュレーション! よく頑張った、大健闘だ! 人工魔力器官の身でありながら、オリジナルの彼女が編み出した奥義を発動させるとは……僕の期待以上の性能だ! だが』


 ガラルドの声とともに、ハスターゼウスの雷の剣がアグニヴァールのコックピットに迫った。正面からの一撃であっても、もはや反抗する手段がリンネにはない。

 やがて液体金属装甲を斬り裂いた雷刃が、コックピットを切り裂く。


 飛び散る真紅の液体金属、ひしゃげた鉄片。そこから見えたリンネの小さな体に向かって、ハスターゼウスは右手を伸ばした。


『君は僕の頭脳を越えることはできなかった』


 コックピットの中の衰弱したリンネを右手で掴むと、ハスターゼウスの頭部が展開。中に搭載されていたリンネと同じ銀髪の少女―――人工魔力器官を搭載した小さな亡骸を吐き出すと、そこへ彼女を押し込めた。


「なにを……!」

『言っただろう。君を使いこなしてあげよう、と』


 頭部はリンネを鋼鉄の塊の中に閉じ込めると、尖端が接続プラグとなったチューブ状の機械部品をその小さな体の両肩に打ち込んでいく。接続プラグの尖端には“かえし”が付いており、簡単には抜けないようになっていた。それが両肩の皮膚を強引に引き裂いていた。

 激痛を越えた地獄の苦しみがそこにはあった。


「――――――ッ!」


 悲鳴すらも出ない。血管に溶岩が流し込まれたような耐えがたい熱が全身を伝う。

 体中に接続されたチューブ状の機械部品を通して、リンネの全身の感覚はハスターゼウスのメインシステムに支配されていく。五感すべての所有権を奪われ、体を未知なる異物が蝕んでいく感覚のみが残った。


 やがてそれはリンネの精神すらも奪い始める。

 自我が侵されていく。

 侵された自我が塗りつぶされていく。

 そして残るは虚無。


『凄い! 凄すぎるぞ、この数値は! 君が来てくれて本当に良かった! これを手土産に残党勢力に合流すれば新たな戦争を起こすことだってできる! 戦争は発明の神様だ! 再びこの世に神様を降臨させるぞ!』


 ハスターゼウスの頭頂部に光輪が現れた。同時に雨は止み始め、曇天を引き裂くように光が射し込んできて、純白と金色の装甲を輝かせる。

 それはまるで神の国から降りてきた天使のように美しく、そして禍々しかった。


「アシュ、……れい」


 虚無へと還っていく精神の中で、リンネは最後までその言葉を呟き続けた。

 たとえ死んだとしても、決して忘れぬように。

 自分に恋を教えてくれた人への想いを、死んだあともずっと胸に抱けるように。


「アシュ……レイ……ッ」


 嫌だ。

 死にたくない。

 また会いたい。

 会って、最期にキスをしたい。

 嘘つきでもいい。

 偽物でもいい。

 リンネは震えた右手を伸ばした。誰にも届くはずのない指先を必死に動かして。

 だがそれもすぐに力を失い、リンネの瞳は虚空を彷徨っていった。

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