しゅらば
帝さまはハンカチをとりだしてベンチにひろげ、そこへわたしを座らせた。完璧なエスコートだ。ご自分も、隣へ座ったけれど、帝さまらしくなくもじもじしていて、なにか話したいみたいなのだがなにもいわない。
わたしは何回も、首を伸ばして、公園の出入り口のほうを見た。たい焼き屋さんのワゴンを今か今かと待っている。
「あづまくん」
「はい」
反射で答えてから、帝さまを見た。帝さまはわたしを見ている。「君に、話したいことが」
「帝さま」
「あ、ああ」
わたしは彼を見詰めた。帝さまは、小首を傾げる。
帝さまの首へ手を遣った。「あづまくん?」
「寝違えたんじゃないですか? ここ、形が変ですよ」
触ってみるとやっぱりで、筋肉がこわばっている。帝さまはうーんと唸る。「いやあ。昨夜、今日のことを考えていたら、よく眠れなくて」
神族でもそういうことあるんだ。
わたしは膝を叩き、帝さまの頭がそこに来るように横にならせた。帝さまはいやがらない。髪を払いのけ、帝さまの首をもむ。
「帝さま、随分鍛えてらっしゃるんですね」
「ああ、体が資本だと、父からいわれていてな。帝家の人間は、みんな体を鍛える」
ふむふむ。人間とは全然違う生きものだという認識だったのだけれど、神族でも筋トレするのかあ。
肩甲骨の辺りも、指で優しく解した。「うわー、背筋凄い!」
「そうだろう」帝さまが自慢げにいう。「わたしは背筋には自信があるんだ。趣味でカヌーもやっていてな」
「普段どういうトレーニングを?」
「基本は自重だけで、トレーニング機器はあまりつかわない主義だ。いつでもどこでも、体ひとつでできるトレーニングというのが好きなのでね」
帝さまはいたずらっぽく付け加えた。「ただ、戦原からすすめられて、最近チューブもとりいれてみた。螺旋木もいいといっていたし」
「ああ、チューブはいいですよね。場所とらないし、ストレッチにもつかえるし」
「ストレッチは大事だからな」
「本当に。怪我の原因になりますものね、体がこわばっていると」
「あづまくんは柔軟性が持ち味だったね」
「ええまあ」
「もう体操は、しないのか?」
「異形族のかたや、夜族のかたには、かないませんから」
声を低めた。「あの、前から聴きたかったんですが、神族や魚人族のかたも、充分お力あるでしょうに、どうして体操の人気がないんですか?」
「魚人族はわからないが、わたし達の場合は、髪が絡むのが問題だ」
帝さまが鉄棒をしているところを想像してみた。……成程、髪が絡まって大変なことになるかもしれない。ほかの神族のかた達も、軒並み髪が長いから、危険だ。
となると、自重トレーニングが好き、というのも、機械に髪が絡んでしまうからかもしれないな。ふむふむ。
魚人族も、髪の長いかたは多い。あとは、鱗をさらすのがお嫌いなのかもしれないな。聖さまは夏場でも冬服を着ている。
ひとりで頷いて合点していると、たい焼き屋さんのワゴンが這入ってくるのが見えた。その近くに、このみさまと火風さまも居る。
「朱月さま」
このみさまが呆れたような声を出した。帝さまが体を起こす。
「鏡守くん」
「朱月さま、あづまさんにきちんとお話ししましたの?」
「……あ」
わたしは立ち上がって、近くに停まったワゴンへ近付いていった。もういい香りがしている。ああ、夢にまで見たたい焼き。大好きなたい焼き。
「あづまさん」
「はいっ」
親父さんがワゴンから出てきた時、このみさまにそれなりに強い口調で呼ばれ、わたしは振り返る。このみさまは腕を組んで不満そうな顔で、帝さまは頭をかき、火風さまは可愛らしい顔で兄を睨んでいる。
「兄上」
「そうではない」
「ではどうして、あづまさんの膝を枕にして」
「そうですわ、朱月さま。朱月さまもあづまさんを好きなら、どうしてそうおっしゃってくれませんの。ややこしいことになりますわ」
え?
えーっと……朱月さまも、って、なに?
だれかがわたしのことが好きで、朱月さまも、ってこと?
「あのお」
片手をあげた。三人がこちらを向く。周囲には、普通の人間は居ない。帝さまおひとりでも充分な迫力なのに、更にふたり、超絶美形の神族がやってきたのだ。逃げるに決まっている。
「帝さま、寝違えていらして、首をもんでさしあげていただけです」
ここで誤解されたら、このみさまにきらわれてしまう。ただでさえ、帝さまの週末デートのお誘いをうけた所為で、好感度はさがっているだろうし。
だから事実を告げたのだが、このみさまと火風さまは一瞬ぽかんとして、それから笑い出した。