密談?
「朱月さまはご自分の責任というものを考えていますの?」
三ヶ月後、すっかり学校にも慣れ、たい焼きなし生活でぴりぴりしているわたしの耳に、このみさまの声が聴こえてきた。
わたしは教科書を抱えたまま、声のほうへ歩き出す。廊下の角で停まった。
角の向こうには、帝さまとこのみさまが居る。どうやら、もめているみたいだ。これはまずい。ふたりがくっついてくれて、わたしがその威光で結婚から逃れるという計画なのだから。
わたしは壁にはりつくようにして、ふたりの会話を聴く。
「朱月さまが彼女を気にいるのは、よくわかりますわ」
「ああ……」
「わたくし、帝家にはああいったかたがぴったりだと、本当に思っていますのよ」
だれか、別の女子生徒が帝さまに接近しているようだ。このみさまは怒っているから、ああいいつつも、やきもちを焼いているのじゃないかしら。
帝さまがうーんと唸る。
「彼女がどう考えているのか、わからないだろう」
「なにをいっていますの? そんなことをいっている間に、さらわれてしまいましてよ。聖さまも戦原さまも、螺旋木さまだって、あのかたを狙っています」
聖さまは、三年生の魚人族のかただ。魚人族の王家のかたで、正真正銘のプリンスである。でも、気さくなかたで、わたしが鯛の塩焼き定食ばかり食べているからか、この間立派な尾頭付きの鯛を贈ってくださった。女性に対しては保守的で、成績が悪い程好感度が上がりやすいというなかなか難のある性格をしている。
戦原さまは、運動神経抜群の異形族で、わたしと同級。ご自身で自由に、おそろしげな姿へ変化される。人間の姿の時でも当然のように運動ならなんでもできる。筋肉が思考しているようなかただが、意外にも、成績がいいと好感度が上がりやすくなる。
螺旋木さまは、吸血鬼の貴公子だ。学年はわたしと同じ。大変なグルメで、重犯罪者の血が好物、それに詩作の才がおありだ。運動神経もなかなかだが、流れる水をこわがって、大会などにはあまり参加されない。代々、エリート警察官や検事を輩出するお家柄だ。
三人とも、攻略対象である。それもあって、皆さんほかの生徒の数段上を行く美貌をしている。そもそも、「find†Love」は攻略対象が麗しいこともうりだったからな。すもーく♡くおーつさんのイラストは、男子も美麗なのだ。
帝さまが気のぬけた声を出した。
「そうなのか? 聖先輩が、彼女を気にいっているというのは、聴いていたが……戦原や螺旋木まで?」
「朱月さま、きちんと周囲に気を配ってくださいませ」
このみさまは呆れたみたいにいって、額に手をやる。
「宜しいですか。もとはといえば、朱月さまが表立って彼女に接したのがよくないのです。一目見て気にいられたのでしょう?」
「ああ」
「でしたら、あんなふうに接するものではございません! 彼女に何事もないように、距離をとっておくべきでしたわ。その間に婚約をすすめ、きちんとめとって、危険のない場所へ避難させなくては。ここにはああいう、純真で、心の優しい、芯の強い女性をほしがる者でいっぱいなのですから」
「しかし……彼女は学ぶことが好きなようだし、スポーツでも」
「それは存じています。ですが、朱月さまと親しくしていることで、聖さまや戦原さまも彼女の魅力に気付いてしまいましたし、三ノ院さんのような意地悪なかたがいやがらせをします」
帝さまが唸った。成程、帝さまは生真面目で文武両道の女子生徒と、いい感じのようだ。
このみさまがどうしてあんなに推しているのかわからないけれど、人間以外の種族は一夫多妻でも普通だから(法律的には人間も一夫多妻OKなのだが、選んでいるひとは少ない)、このみさまが奥さん、その女生徒が子どもをうむ係、という分担は、ありえない話ではない。
「わたくし、彼女こそ、帝家に相応の人材だと思います。あんな妹が居たら、どんなにいいか」
ふたりはしばらく低声で喋り、なにか決定したみたいで、かたい握手をかわしていた。ううむ、気になる。