絵師がかわると興味を失う
食堂に着く。制服の生徒が三分の一、体操着の生徒が三分の二だった。今日はどの学年も体力測定があるのだが、出ないことも可能なのだ。
人間の生徒は、異形族や夜族を狙っていたら体力測定に出ることが多い。妻には家庭で子どもを育ててほしい、と思っている種族にアピールする為には、体力がないほうがよかったりするので、そこは任意である。
このみさまはわたしの手をひいて、椅子に座らせてくれた。「注文してくるわ。あづまさんはたい焼きね?」
「はい」
どうせ鯛の塩焼き定食が出てくるのだが、もしかしたらたい焼きが出てくるかもしれない。なので毎回、たい焼きをオーダーしていた。
靴を脱いで、椅子の上で膝を抱える。たい焼きクッションをぎゅっとした。くすくす笑いがきこえてくる。何故だか知らないが、わたしはこのみさまと帝さま以外の生徒達からとおまきにされていて、女子達からは笑われることが多い。
このみさまが戻り、すぐに食事が運ばれてきた。鯛の塩焼き定食ふたつだ。
「このみさま」
「たまには、あづまさんと同じものを戴こうと思って」
このみさまはにっこりする。ヒロインであるわたしよりもよっぽど美人だ。
主人公ちゃんはトランジスタグラマーとでもいうべき体型で、長めの髪をみつあみにした、地味だけど整った顔の女の子である。見た目をどうにかしようと思ってふとろうとしてみたり、筋トレにはげんだりしてみたが、たいした変化はなかった。
このみさまとご飯を食べはじめると、くすくす笑いが次第に聴こえなくなっていった。だが、空気が緊張している。それはなんとなくわかる。
そこに、制服の集団がやってきた。中等部の子達だ。食堂は高等部と中等部が共用、初等部と幼等部が共用、である。ちなみにだけれど、このみさまと帝さまは高等部二年生、わたしは高等部一年生で、中等部にも攻略対象が居る。帝さまの弟だ。
中等部は、今日が体力測定ではないらしい。皆さん教科書やノートを抱え、ぺちゃくちゃおしゃべりしながらやってくる。
そのなかに、「find†Loveーsecondー」、つまり続編の、主人公のライバルキャラが居た。
「find†Loveーsecondー」の内容はくわしく知らない。何故か? すもーく♡くおーつさんがスチルを描いていないからだ。
一作目で瞬く間に大人気になってしまったすもーく♡くおーつさんは、キャラクターの原案としてラフを描いただけ。それだけは設定資料集で手にいれた。
だが、すもーく♡くおーつさんとは似て非なる絵柄の絵師さんが跡を継いだ二作目は、まったく違う絵柄でもないのでなんとなく据わりが悪く、だからわたしは「find†Loveーsecondー」には手を出していない。
内容も、あまりいい評判は聴かなかった。一作目ではライバルといっても可愛かった女子キャラが、二作目だと憎たらしい意地悪をしてくるのだ。なかにはかなり陰湿なものもあるそうで、「find†Loveの続きと思ってやると騙された気分になる」「find†Loveの記憶を汚さない為にはやらないほうがいい」「やったことないならセカンド→無印の順が安全」といわれていた。
そのなかでもあのライバル、三ノ院瑠奈は、強烈な意地悪と、「帝家に匹敵する家の長女で、帝家をのっとる為に結婚しようとしている」という設定で、「find†Loveーsecondー」をやったことがない人間にまで(というか乙女ゲームそのものをやったことがない人間にも)名前を知られていた。ネットで彼女が出るイベントをまとめた動画がはやったのだ。乙女ゲーフリークには特に評判悪かったな。所謂「悪役令嬢」だもんね。恋愛に水をさされる感じがして、面白くないのだ。
で、その瑠奈が、にやにやしながらやってきた。青いツインテールが揺れる。中等部の生徒なのだが、人間と比べると頭ひとつぬけていた。神族はどうしてだか、皆さん背が高いし、非常識に髪が長い。
「あらあ、随分みすぼらしい格好の人間が居るわよ、皆さん」
周囲に居る生徒達がお追従笑いをした。みすぼらしい?
わたしは鯛の身をほぐし、口へ運んだ。塩がきいていておいしいのだが、たい焼きではない。どうしてたい焼きを用意するくらいできないんだろう。
瑠奈がまだきゃんきゃんいっている。
「毎日あんなもの食べちゃって! 貧乏な人間って、ああいうものありがたがるのよね!」
あ、ご飯おいしい。お米、昨日とは違うな。もっちり感が強い。
きゅうりのぬか漬けもおいしい。これをつくれて、どうしてたい焼きだけだめな訳?
このみさまがお箸を置いて、瑠奈を睨んでいる。食堂で騒いでいるので、怒っているのだろう。このみさまは規律に厳しい。
瑠奈がどたどたとやってきた。ばんとテーブルを叩く。「ちょっとあんた」
「はい」
ご飯を頬張ったまま瑠奈を見た。瑠奈は綺麗な顔をまっかにしている。うーん、キャラ原案はすもーく♡くおーつさんといえ、絵師さんが違うからビミョーに好みじゃない。
ご飯をのみこんで、鯛の身を口に含んだ。
「あんたねえ、ひとが話してるんだから箸くらい」
「ご飯食べてるので、手短にお願いします」
ざわめきが起こった。「瑠奈さまになんて失礼な」
「帝さまに気にいられているからって」
「不遜だわ」
アラ汁おいしい。
で、帝さまに気にいられてる、だって? 違う。帝さまも、このみさまも、わたしが学園になじめるように心を砕いてくれているだけだ。基本的に、優しいひと達なのである。
わたしは味噌汁椀を置いて、ぬか漬けを嚙んだ。お味噌汁、魚の塩焼き、お漬けもの、ご飯。これでデザートにたい焼きがあれば、完璧だよね。
このみさまが低い声を出した。
「三ノ院さん、失礼なのではなくて? あなた、あづまさんよりも二学年も下でしょう」
「鏡守のお嬢さんは黙っていてくれるかしら」
瑠奈はばかにしたようにいい、こちらを見た。
「あんた、あづまっていうのね。ふん、名前もみすぼらしいじゃない。それになによその格好。体力測定はボイコット? それとも体操着もないのかしら?」
うーん、聴いていたよりは普通のいびりだなあ。たいしたことない。
肩をすくめて残りのご飯を口に含み、かみしめた。お味噌汁で流しこみ、手を合わせてごちそうさまという。
トレイを片付ける為に持っていこうとすると、瑠奈が立ちはだかった。さっと、まわりを瑠奈のとりまきが囲む。わたしはたい焼きのクッションを脇にはさんで、トレイを持ったまま、立ちすくむ。
「あんた、どんくさそうねえ」
「はあ」
「走っても転ぶだけって感じがするわ。それがはずかしくて測定を拒んだんでしょ」
「なんの騒ぎだ!」
声がして、帝さまが颯爽とあらわれた。