エンディング・???
ほんとは漫画版も描かせてもらえる筈だった。
要するにわたしの調整ミスで、出版社は悪くない。単に、あまりに沢山の仕事が舞い込んで、わたしがパンクした。それだけ。
だから、優先順位を下げざるを得なかった。話し合いをして、出版社はゲームの人気があるうちに漫画にしたいといい、わたしは自分が描きたいといいはって、結局ゲームの著作権を持っている出版社が強かった。
漫画はとてもいいできだった。面白かった。ストーリーは出版社がきちんと監修していたし、作画担当のひとはわたしの絵に近付ける努力をしてくれていた。体調を崩して入院していたわたしは、漫画を病室で読んだ。
わたしではないひとが描くあづまは、少し控えめなように思えた。
勿論、ストーリー監修があるから、好き放題描く訳にはいかないだろう。でも、わたしのなかであづまは、もっと自由で、もっと元気で、子どもみたいにはしゃぐ子なのだ。そういうイメージで描いてほしいといわれたし、そういう子を描くつもりで描いていた。
漫画のなかであづまは、そこまでおとなしくもないのに、とてもおとなしく思えた。このみにきついことをいわれてもいいかえせないし、戦原に強引に迫られたも、聖にさらわれても、自分だけだと逃げることもままならない。
あづまはもっと強い女性だと思う。
それはずっと、わたしのなかでくすぶっていた。
はじめてもらったお仕事で、だからゲームが完成して、それをもらうと、わたしは睡眠時間をけずってプレイした。
あづまはやっぱり元気で可愛い子で、わたしのあづまは毎回、このみとの対決に勝って朱月と結ばれる。
朱月はわたしの初恋のひとをイメージして描いた。そのことは誰にも話していない。
元気なあづまがわたしのなかでできあがっていて、だから漫画版のあづまにはどことなく違和感があった。家族が簡単に出てきたのも、なんだか変な感じがした。設定と矛盾していると思ったのだ。
でも、漫画版は人気があった。ゲームよりも少し意地の悪いこのみや、ゲームよりも積極的にあづまを手にいれようと動く攻略対象が、うけたらしい。このみ以外のライバルキャラは出てこない。
わたしなら、もっとゲームに忠実に描いた。
一年半たって、続編が出た。わたしはキャラデザインをしたかったけれど、ギャラの問題などもあって難しかったそうだ。わたしはただでもいいといったけれど、当時マネジメントを頼んでいた会社の方針でそういう訳にはいかないらしかった。
結局わたしは、キャラ設定を送ってもらい、それをもとに描いたキャラデザともいえないラフ画を渡すしかなかった。
続編が出版されると、わたしはそれをやった。
続編も、主人公はあづまだ。彼女は高校二年生になり、聖は大学生に、朱月が生徒会長、戦原と螺旋木はあづまと同じクラス、火風は中等部の生徒会長、そして何故か、このみはじめ一作目であづまのライバルだった女性キャラクター達は「結婚した」「留学した」「転校した」と、登場しない。かわりに、あらたなライバルキャラが数人出てくる。
続編では、このライバルキャラ達はかなりの意地悪をしてくる。ネットでは、「もしこのみさま達にこんなことをさせていたら社長に殺害予告出すレベル」「secondで唯一の英断は、このみさま達を削除したこと」とまでいわれていた。
多分、漫画版の意地悪なこのみが意外とうけた、というのから、そういう脚本になったのだろう。そんなふうに推測するひとも居た。
でも、漫画とゲームでは、ユーザーはまったく同じではない。漫画ではあづまを見ているだけだから、多少の意地悪でも許容できるが、ゲームでは主人公の視点でプレイする。だから、あまりにも意地の悪いキャラクターや、酷い言葉は、受け容れがたい。それが、secondがあまり売れなかった理由だ、と。
でも、わたしは案外、ライバル達がきらいではなかった。彼女達は彼女達なりの信念があって行動しているのだ。主体性が乏しく見える漫画版のあづまよりも、魅力があった。
secondでも、メインの攻略対象は朱月だ。
secondが出版されて二ヶ月後、漫画版が完結した。漫画版では、最初は朱月とあづまが親しかったのに、段々と朱月とこのみが距離を縮め、あづまは朱月の弟の火風と、螺旋木とで争われていった。聖と戦原は、それぞれゲーム版のライバルキャラに似ている女性キャラクターがあらわれ、そちらとくっつく。
最終的に、あづまは螺旋木を選んだ。わたしはその結末に納得がいかなかったものの、だからといってどうしようもなかった。
わたしはあづまのことを調べた。
あづまが好きなもの。
あづまが得意なこと。
あづまが苦手なこと。
あづまがきらいなもの。
あづまの家族。
あづまの地元。
あづまの成績。
あづまが天宮学園に来た時、動くのは今だと思った。
朱月はわたしにとって、初恋の相手をイメージした存在だ。お近付きになりたいという気持ちはたしかにあった。
でも、違うのだ。
朱月には、あづまがいい。
その気持ちを抑えられなかった。
そしてわたしには、自由に動ける立場があった。
あづまに少しだけ、自分を投影して描いたことも、誰にもいっていない。
今日わたしは、わずかな荷物をまとめ、こっそりと家から逃げ出した。
わたしの行動がどう影響したのかは知らないが、とにかくあづまは相手を選んだ。だから、わたしにできることはもうない。学園を穏便に退学し、家に戻って、こうしてこそこそ逃げている。
家はわたしをまもってくれたし、使用人はあづまのことを調べてくれた。彼女がなにを得意としているか、彼女がなにを好きか……それをもとに、わたしはそれらしい行動をとれた。彼女が朱月と親しくなれるように。誰からもいじめられないように。
わたしはボストンバッグを持って、地元から遠く離れた場所へ瞬間移動した。これは記録が残るから、ここから瞬間移動をつかわずに都会まで移動する。そこで、自分のしたいことをして暮らすのだ。
すでに、ネットでつくった友人達とは連絡をとっている。相談もした、みんなはわたしが神族だということは知らないが、これまで五年もかけて、イラストという共通の趣味でなかよくなってきた。わたしがどんな姿でも、気にするひとは居ないと思いたい。
わたしは「煙水晶」という名前で、イラスト雑誌やいわゆる「オタク」系雑誌に投稿していた。タイミングのいいことに、イラストレーターとしての仕事を先月、戴いた。前世でもしていたことだ。今回は、無理をして病気にならないように気を付けて、好きなレースを描きたい。
電車にのると、人間がわたしを見てぎょっとした。神族が電車にのっているのは、めずらしいことらしい。わたしは首をすくめた。
「こんにちは。煙水晶です」
そういうと、純喫茶に集まっていた友人達は、全員が目をまるくした。
わたしはあいている席に座り、首を軽く動かしてお辞儀する。「あの、黙っててごめんなさい」
「いや……」
めがねの青年がいう。多分彼が、「アナログ絵師サークル・レース好き集まれ」のリーダー、「レース襟」さんだろう。
化粧っ気のない三十代くらいの女性、反対にばっちりメイクしている派手な女性、痩せて背の高い男性、筋肉質で日に焼けた男性、そしてめがねの男性。
その五人が、わたしがネットで特に親しくしているひと達だ。わたしの商業デビューが決まり、レース襟さんがお祝いのオフ会を計画してくれた。わたしが未成年だとみんな知っているから、純喫茶が会場に選ばれた。
「あの。……本当のこといったら、サークルにいれてもらえないかと思って」
「いや、うん。ああ、……そうだったかもしれないね」
レース襟さんはそういって、にこっとした。ほかの四人も、表情をやわらげる。「こうしてテーブルを囲むなんて、畏れおおいから、オフ会はしなかっただろうな」
「煙ちゃん、大丈夫なの?」
化粧をばっちりしている女性がそういった。それから、はっとする。「ごめん、あたし、まるまる太ったとりがらだよ。金曜にはよくチャットしてるよね。本名は新村みどり」
頷いた。皆さん、次々なのる。化粧気のない女性は「片品えーじ」さんこと、三科片江さん、痩せた男性は「ルル」さんこと、福富一平さん、筋肉質な男性は「北村」さんこと北村竜次さん。めがねの男性はわたしの思ったとおり、レース襟さんこと賀川薫さんだった。
自己紹介が終わると、レース襟さんがカプチーノを注文してくれた。わたしがチャットで、カプチーノが好きだといっていたのを、覚えてくれていたらしい。
「さっきの話だけど、煙ちゃん、えーじさんのとこに泊まるんだよね? 大丈夫なの?」
片品さんが困ったように小首を傾げている。わたしは頭を下げた。
「迷惑だったらごめんなさい。でも、大丈夫です。わたし、家出しても追いかけられないように、いろいろやってきたので」
「いろいろ?」
顔を上げた。
「天宮学園で、ちょっと問題行動を……帝家のかたが親しくしている女の子に、意地悪したんです。勿論、危害を加えたりはしてません。親に、家から出ていってもらいたいなって思わせるくらいのことです」
わたしははっとする。「あ、ごめんなさい、本名もいわないで。わたし、三ノ院瑠奈です」




