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恋愛エンディング・火風&友情エンディング・このみ






 僕はしあわせ者だ。




「それで、火風(かふう)さまったら、わたしがもう一度たい焼きを食べたいっていうと、呆れたみたいな顔されるんですよ、このみおねえさま」

 妻のあづまの言葉に、義姉がころころ笑った。その隣で、兄が微笑んでいる。僕も似たような表情だろう。

 あづまは不満そうに口を尖らせた。「なんですか」

「ごめんなさい。あづまさんが可愛かったの。火風(かふう)さん、よくないわ、そんな、呆れるだなんて」

「はい。あづま、僕反省してるよ」

「本当に?」

 あづまが疑わしげに僕を睨んだ。それが可愛くて、僕はにやにやしてしまう。

「あ、反省してません。その顔はね」

「してるってば」

「してません」

 僕らのやりとりに、義姉が尚更笑った。


 僕は妻のあづまと、(みかど)本家で暮らしている。兄と義姉は、一年前に結婚して、出ていった。

 本来、当主である兄が本家に居るべきなのだろうが、兄は天宮学園の理事長として忙しく各地をとびまわっているから、僕がその代理として本家でできる仕事をするという分担ができあがっていた。兄が本家に居ると、僕でもできることでも兄に持ちこまれてしまうので、出ていったほうが安全だそう。

 だが、こうやって夫婦ふた組で会うことは多い。大概、僕とあづまが、兄の家に遊びに行く、という格好だ。あづまは今、妊娠中だから、僕としてはあまり出歩いてほしくないのだが、じっとしていると赤ん坊によくないと、あづまは元気がいい。

 あづまはもとからたい焼きが好きなのだけれど、食べづわりというやつで、このところは毎日十個くらいたい焼きを食べている。その分少しふっくらしたが、あづまが可愛らしいのは、多少ふとったくらいでは変化がなかった。




 僕があづまを知ったのは、天宮学園でだ。


 僕はとてもいやなやつだった。外面は立派だけれど、中身はろくでもない。

 僕は、兄がこの世で一番美しいと思っていた。美しい兄を見慣れている僕にとって、ほかはすべてゴミのようなものだった。

 それに、自分の美しさも鼻にかけていた。神族のなかでは兄に次いで二番目に美しい、だから神族だろうとそれ以外だろうと、その辺の女が僕にかなう訳ない。そう思っていた。

 自分が女で、(みかど)家の者ではなかったら……なんどもそう考えた。そうしたら、兄と一緒になれたのに、と。


 僕はどこかおかしかったのだ。今でも兄は美しいと思うけれど、それ以外がゴミに見えるなんてことはない。ひとそれぞれ、そのひとなりの美しさがあって、よく見ていればそれがかがやいているのだと気付けた。


 僕の価値観に打ち込まれたひとつ目のくさびは、螺旋木(らせんぼく)先輩だった。

 螺旋木(らせんぼく)先輩は、吸血鬼なのに夜族同士で群れもせず、いつもひとりでぼんやりしていた。それなのに、怒らせると突然、見境なく周囲の人間を襲う、と、その話は有名だった。

 はじめは頼りないつかえない先輩だと思っていたけれど、僕が(みかど)朱月(しゅげつ)の弟だと知っていやがらせをしてくる生徒を、螺旋木(らせんぼく)先輩が追い払ってくれた。それも、言葉でだ。

 はきはきとものをいい、相手をやりこめた先輩が、かっこよく見えた。それで僕は、螺旋木(らせんぼく)先輩とは親しくしようと思った。兄ほど美しくはないけれど、螺旋木(らせんぼく)先輩はゴミじゃない。


 ふたつ目のくさびは戦原(いくさばる)先輩だ。

 先輩は、(みかど)朱月(しゅげつ)の弟である僕に、物怖じしなかった。かといって、いやがらせをしてきたり、いやみをいうでもない。ごく自然に、単なる後輩に接するみたいにしてくれた。

 戦原(いくさばる)先輩は変なひとで、でもなんとなく愛らしく思えた。


 それから、(ひじり)先輩。(ひじり)先輩は兄を呼び捨てにするし、兄にべたべたひっつく。だからきらいだった。

 でも、(ひじり)先輩は、いやがらせをされて隠れていた僕を見付けた時、なにもいわずに僕を抱えて、こっそり寮まで運んでくれた。ご自分の部屋で、ぼろぼろになった服をかえるのを手伝ってくれた。なにもいわずに、なにも訊かずにだ。僕が泣いているのを咎めもしなかった。ただぎゅっと抱きしめてくれた。

 僕は、(ひじり)先輩は頼れるひとだと思った。


 それに、このみさん。

 このみさんは、兄のことがずっと好きで、兄も彼女をとおざけたりはしなかったから、僕はこのみさんがきらいだった。

 でも、兄の為になろうと努力し、二年生で副会長に抜擢され、成績優秀でスポーツもできる彼女を、僕は段々きらえなくなっていった。愚直に努力し続けるひとを笑えるほど、僕は腐っていなかった。

 渋々だけれど、僕はこのみさんを認めることにした。




 最後の一撃があづまだった。




 正直にいうと、僕ははじめ、あづまが大嫌いだった。

 あづまは僕から、兄をとりあげたからだ。

 あづまが天宮にやってきた日、僕は兄に用事があって、高等部に居た。僕との約束を破らない兄が、生まれて初めて遅刻した。それは、あづまに会ったからだった。

 遅刻をわびたと思ったら、兄は続けていったのだ。凄い女性に会った、と。

 僕の血は怒りで煮えたぎった。


 兄はあまり、女性に興味がない。かといって男に興味がある訳でもない。要するに、その手のことにうとい。

 このみさんとだって、手もつないだことがない状態だったのに、その兄がひとりの女性を話題に出し、面白い、見たことがない、とはしゃいでいたのだ。

 僕はばかだから、兄がその女性を好きになったのだと思った。それで、嫉妬した。


 あとになってよくよく思い返してみると、兄は「面白い女性」「見たこともないような格好をしていた」「かわった女性だ」「わたしが無礼を働いても怒らなかった」「豪胆だ」……などなど、女性に対して面と向かってはいえないような言葉で誉めていたのだ。

 単に、あづまが心が豊かで、男の小さな矜持を踏みにじらないような優しい性格であると、そういいたかったらしい。だから別に、好きになった、という訳ではなかったのだ。


 僕はそれから、なにかと理由をつけて高等部へ這入りこんだ。中等部とは食堂と購買でつながっているから、頻繁に行き来しても時間はそんなにかからない。それに、高等部に兄と、親しくしている螺旋木(らせんぼく)先輩が居る僕は、高等部に居ても違和感はないようだった。

 兄があづまを好きになっている、という勘違いは、続いていた。

 だが、あづまと接していると、僕はそれもいいかもしれないと思うようになっていった。

 あづまは僕達兄弟に接するひとにありがちな、利益や損得の透けて見える言葉をつかわないし、僕や兄が散歩に誘っても気分ではないのでと断りさえする。天宮に居る女の子だったら、高熱が出ていたってばっちり支度してやってくる筈だ。

 僕は、彼女が兄と一緒になってくれたら嬉しいかもしれない、とさえ思った。このみさんは納得しないかもしれないが、あづまさんなら兄を任せていい。自分が女だったら、というのも、考えなくなっていた。そうだったら、僕があづまさんと結婚できない……。

 それではたと気付いた。僕は、兄に相応しいかどうか見極める為にあづまと接しているのではなくなっていた。()()あづまと結婚したくなっていたのだ。


 途端に、世界が反転した。

 兄は世界一美しくて、世界一素敵で、世界一優秀な、ライバルだった。僕が逆立ちしたって勝てっこない、強大な敵だ。

 僕は絶望に近いものを抱えた。僕が兄に勝てる訳がない。だって、すべてにおいて劣っているのだから。

 螺旋木(らせんぼく)先輩にまとわりついて、なぐさめてもらった覚えがある。螺旋木(らせんぼく)先輩は螺旋木(らせんぼく)先輩で、あづまが気になっているみたいで、よく様子をうかがっていたが。

 そう。あづまは、僕が素敵だと思ったひと達から、ことごとく好かれていた。それもまた、彼女の魅力を裏付ける出来事だった。


 僕は、最初から兄に白旗をあげた。無理だからだ。兄と競って、勝てるなんてばかなことは考えない。

 だから、兄とあづまの邪魔にならないようにしようと思った。それから、(ひじり)先輩や戦原(いくさばる)先輩、螺旋木(らせんぼく)先輩が、あづまに近寄るのも、阻止した。兄ほどではないけれど、素敵なひと達だ。あづまが惹かれないとも限らない。

 そうやって必死になっていると、僕は自覚していたよりも、螺旋木(らせんぼく)先輩達を好きになっているのだとわかった。


 結局、僕が自分の勘違いに気付いたのは、三ヶ月くらい経ってからだ。

 ある日、兄が僕の部屋まで来て、「ないしょ話」をした。その半年前の僕なら、兄と自分の部屋でふたりで、それも錠までかけているとなったら、余計なことを考えていただろう。

 僕はやっぱり、余計なことを考えていた。といっても、また別の余計なことだ。とうとうあづまさんのことを伝えられるのだ、と。あづまくんに結婚を申し込むから、お前もそのつもりで居るようにといわれるのだと、思い込んでいた。

 僕は、そういわれることは想定していた。それなのに、あづまくんのことだが、と兄が切り出した瞬間、泣いてしまった。


 兄はうろたえた。僕は兄に飛びかかっていった。ばかみたいに兄を殴ろうとして、あっさりねじ伏せられた。僕はちびで腕力もなかったから、兄にかなう訳がないのだ。

 兄は困っていた。それで、説明してくれた。お前とあづまくんが結婚できるように根回しをするのがいやなのか、と。

 僕は拍子抜けした。

 それから兄を平手打ちした。力のこもっていない一発はなんでもなかったようで、兄はきょとんとしていた。僕は泣いて、そうしてくださいと頼んだ。


 僕は基本的に臆病で、卑怯だ。

 あづまに自分の気持ちを伝えることが難しかった。だから、兄がかわりに、弟と結婚してほしいと伝えることになっていた。そう提案したのはこのみさんだ。僕があづまを前にすると緊張してしまうことをわかってくれていた。

 でも、兄は兄だ。美しくて素敵で世界一だけれど、少しだけ、ほんの少しだけぬけている。まるで自分が結婚してほしいみたいに、結婚して(みかど)家へはいってくれ、なんていったのだ。


 目の前がまっくらになった。兄の求婚を断る女性なんて、この世に存在する筈がない。男だって断れないだろう。もし僕がいわれていたら、絶対に承知した。

 でもあづまは、即座に断った。

 あづまは並みの女性ではないのだ。




 (ひじり)先輩が、三ノ院(さんのいん)の娘の悪事を調べてくれていた。それで、あづまが怒って、三ノ院(さんのいん)の娘をこらしめた者と結婚するといってくれた。

 また、ほんの少しだけぬけているところのある兄は、自分が率先して三ノ院(さんのいん)をこらしめてしまった。僕は完全に出遅れ、ほとんどなにもできなかった。

 これで、兄があづまさんと結婚するのだ、と思った。生まれて初めて、兄に激しい憎悪がわいた。


 でも、このみさんが助け船を出してくれた。あづまが約束を覚えていないのに、結婚を強制するのは、紳士としてけしからんというのだ。僕や(ひじり)先輩、戦原(いくさばる)先輩、それに参戦していた螺旋木(らせんぼく)先輩も、その意見に賛同した。あづまはきょとんとしていた。

 兄が権利を放棄したので、約束はなしになった。

 その後、僕は自力であづまに愛を伝えた。あづまは困っていたみたいだったが、僕を避けはしなかった。二年間、僕は彼女に好きだといいつづけた。それで、彼女は付き合ってくれるようになった。

 その三年後、僕と彼女は晴れて結婚したのだ。


 僕とあづまと違い、兄とこのみさんはふた波瀾くらいあったのだが、それはあづまがどうにかおさめてくれた。あづまはこのみさんを、本当の姉のように慕っている。このみさんのしあわせを願っている。

 僕も、兄のしあわせを願っている。あづまを譲ることはどうしてもできなかったけれど、このみさんは、あづまの次くらいには素敵な女性だ。




「そうだわ」

 このみさんが、鞄からなにかをとりだした。「これ、見て頂戴。お掃除をしていたら、見付けたの」

 写真だ。少し色褪せている。あづまが覗きこんだ。

「あ、朱月(しゅげつ)おにいさまとこのみおねえさまの卒業式のですね」

 あづまのいうとおり、そこには卒業生用のマントを着けた兄と義姉がうつっている。その周囲には、僕、僕と手をつなぐあづま、螺旋木(らせんぼく)先輩に、彼と肩を組む戦原(いくさばる)先輩、兄のマントをひっぱってふざけている(ひじり)先輩が居た。


 義姉がなつかしそうにいう。

「これを撮ってくれたのは、瑠奈(るな)さんだったわね」

「ああ……」

 溜め息のような声が出てしまった。そういえば、そうだ。

 あづまをいじめていた三ノ院(さんのいん)瑠奈(るな)は、その後、改心して、この時には中等部生徒会の仕事をしていた。あづまとの接触は一切なかったと思う。

 兄がいう。

「彼女、このあとに退学したんだったな」

「ええ……瑠奈(るな)さん、頑張ってくれていましたから、そこまですることはないといったのですけれど、彼女のご家族が……」

三ノ院(さんのいん)さん、どうしてるんですかね」

 しばらく、全員が黙った。瑠奈(るな)はあのあと、三ノ院(さんのいん)の家から追い出されてしまった筈だ。その後の消息は聴かない。

 兄がいう。

「きっと、どこかで元気にしているさ。彼女はあれで、たくましい」

 それに、義姉は微笑んだ。あづまもだ。

「今度、さがしてみますわ」

「君の好きなように」


「あ、そうだわあづまさん、これあなたが好きなのじゃないかしらと思って。仕事で集めた資料なのだけれど」

 義姉は雑誌を鞄からとりだして、あづまに渡した。義姉はウエディングドレスのデザイナーをしていて、女性向けのファッション誌を山程買い込む。

 あづまがわっと声をたてる。「このひとの絵、好きなんです、わたし」

「よかったわ」

「レースが綺麗で……名前も好きなんです」

 あづまがはにかんだように笑う。彼女はあるイラストレーターのファンなのだ。画集が出たら買うと鼻息が荒かった。

 話題は別に流れていって、義姉とあづまが楽しそうに喋っている。僕は兄と目を合わせて、苦笑し合った。こんなふうに、妻達のお喋りを聴いてにやにやしている息子達を見たら、父は機嫌を悪くするだろう。女に尻に敷かれるな、と。




 でも僕は、あづまが自由に、楽しそうにしているのを見ていると、自分はしあわせ者だと思うのだ。






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