恋愛エンディング・螺旋木
妻が僕に微笑んでいる。
僕は妻のあづまを見ると、充たされたような気持ちになる。どうしてかわからないけれど、彼女は僕を満足させるのだ。
「旦那さま?」
僕はにこっとして、あづまの手を掴んだ。頬ずりする。あづまは苦笑した。「また、甘えん坊ですか」
「えへへ」
あづまは隣の椅子に腰掛けて、僕はあづまの膝に横たわった。妻は僕の髪を手ぐしでゆっくりと梳いてくれる。
「お仕事は、いいの」
「今日は休みだよ。あづまだって知っているくせに」
あづまはなにも答えない。
僕とあづまは、天宮学園というところで知り合った。彼女は僕と同学年だが、十六歳になってから転校してきた変わり種だ。十歳以下で天宮にはいる子が多いなかで、あづまの「遅刻」はいじめの理由になるくらいだった。
あづまは多分、知らないことだけれど、僕もそのクチだ。
僕は吸血鬼、それがわかったのは十歳の時だった。
人間とそれ以外の間に子どもができたら、人間ではない親の血を濃く継ぐ。それは、誰だって知っていることだ。
でも、人間があまり知らないことがある。アウラを持たない人間とでも、異種族と交配が可能だ、ということだ。
アウラのある人間とない人間と厳しく区別しているのには、そういう理由がある。アウラがないのにあると偽装したら、大きな罪だ。
僕の母はそれを疑われた。あづまのように、十歳を過ぎてアウラが顕現したことも、疑いを強めた。
僕が生まれてすぐの頃、母は螺旋木家を追い出された。幾ら検査しても、僕がアウラを持っていなかったからだ。母が訴えられることはなかった。騙されたなんて、螺旋木にとっても恥だからだ。
でもそうしてくれていたらよかったのにと思う。そうしてくれていたら母がアウラを持っているのがわかった。そうしていたら母は追い出されなかった。
それとも今度は、父以外の男との間の子どもだと疑われただろうか?
でも少なくとも、母は螺旋木にとどまれたと思う。そのほうがよかった。
僕は母に育てられた。母は僕に手を焼いただろう。僕はアウラを扱えなかったくせに、流れる水をこわがるし、鏡には映らない。普通の子どもにまぎれこませるのには苦労したに違いない。
母はアウラを持ったほかの女性達と同じように、家族とは縁を切っていた。螺旋木から追い出されたという経緯もあって、母は家族を頼るつもりにはなれなかったみたいだ。さいわい、天宮できちんと教育をうけていたし、資格も幾らか持っていたから、仕事はあった。
でも、僕が鏡に映らないことがわかる度に、母は引っ越すことを余儀なくされた。異種族の「なりそこない」は、魚人族と吸血鬼だけは見た目やなにかでわかりやすい。僕の生まれのことでとやかくされるのがいやだったみたいで、母は逃げまわった。
僕は螺旋木の籍からぬけていた。だから、書類上は人間の一般市民だ。
人間は二十歳まで、アウラがあるかどうかの検査をうける義務がある。
僕はだから、ばかみたいにそれを毎年うけた。
八歳の時に、母が死んだ。過労だったそうだ。母の母が、はじめて僕の前にあらわれた。ずっとさがしていたと泣いていた。母の父はすでに亡くなっていて、母にはきょうだいが居ない。
僕の家は、母の家族からたったひとりの子どもを奪っておいて、その辺に放り捨てたのだ。
十歳で、僕はアウラを顕現させた。人間ではありえない量だった。
祖母と暮らしていた僕は、螺旋木の家に戻された。そうしないと僕がてこでも動かなかったので、祖母も一緒だ。
祖母は怒っていた。僕の父と、父の両親が謝った。金の話も出た。だが、それでおさまることではない。彼女の娘は、僕の母は、あらぬ疑いをかけられて死んでいったのだ。
それに僕の父は、すでにあたらしい妻を迎えていた。アウラを漂わせているまるまるした手足の可愛い弟が、僕には居た。
母のことは螺旋木にとって、絶対におもてに出せない汚点だった。検査にひっかからない程度のごく微量なアウラを感知できないということだからだ。それは、夜族のなかでははずかしいことなのだ。
そもそも母にはアウラがあった。それも感知できていなかった、ということになる。恥以外の何物でもない。
祖母は納得しなかった。僕を手放そうともしなかった。僕も、祖母と一緒に居たかった。
だが、急激にふくれあがったアウラは、僕を苦しめた。
普通なら、小さな頃からアウラを操る訓練を行う。そうしないと様々な弊害があるからだ。異形族なら自分の意思ではなく姿が変わってしまって、暴れる。神族や魚人族なら、環境に悪影響を与える。僕達吸血鬼は?
僕は祖母にかみついてしまった。祖母は、命に別状なかったけれど、僕は祖母に会わないようにした。彼女はどうしたって人間で、吸血鬼にとっては食糧なのだ。まかりまちがって食べてしまったら、後悔ではすまない。
僕は父に、祖母は安全で、楽しくすごせるようにしてほしいと、頼んだ。父は承知してくれた。僕は祖母と文通を続けた。彼女は、僕がかみついたことを怒ってはいない。
僕は半年間、アウラを操る方法を学び、天宮へはいった。アウラが膨大なのできちんとコントロールできるまで学校へは行かせなかった、といういいわけを、大人達はつかっていた。僕が人間として、人間の学校へ通っていた記録は、多分誰かが紛失したのだろう。
天宮へはいったけれど、僕は学校のなかでういていた。同じ吸血鬼や、夜族でも、僕に会ったことなんてない生徒児童達ばかりだからだ。螺旋木の跡取りは来年幼等部にはいるのじゃなかったのか、と面と向かっていわれたこともある。人間の学校に行っていたという僕の言葉は冗談ととられ、不本意ながら僕はかわっているけれど面白いやつというレッテルを貼られた。
天宮でも僕は失敗ばかりした。なにかあると、すぐに相手に噛みつく。放り投げる。血を吸おうとする。先生達は僕に手を焼いているみたいだった。僕は自分のアウラに手を焼いた。これなら、アウラが出ないほうが楽だったのにとも思った。
僕は、いつもへらへらしているのに、すぐに手が出る、変なやつだった。ほかの生徒達は、物心つく頃にはアウラを制御する訓練をはじめるのだ。僕は違う。なにもかもが遅れていて、なにもかもがまったく制御不可能なところまですすんでしまっていた。
それでもごまかしごまかし、天宮に居た。それは単に、螺旋木家に戻るのがおっくうだったからだ。年の離れた弟は僕にまとわりついてきて、可愛いけれど、血のつながらない母は僕をおそれていて、僕もそういう状態で楽しくいられる程図太くはない。
天宮にはいる筈だった弟は、別の学校に行ってしまった。僕の父と弟の母は、僕が弟を傷付けると決めてかかっているらしかった。
僕の成績はたいしたことなかったし、螺旋木を継ぐといわれてもなんの展望もない。同学年で何度か同級になった戦原から、一緒に大道芸でもして世界中まわろうとか、そんな子どもっぽい提案をされたけれど、僕はなにかあったらすぐに祖母のところへかけつけることのできる範囲に居たかった。
浮いていた僕だけれど、一学年上の帝先輩、鏡守先輩、それに二学年上の聖先輩は、よくしてくれた。帝先輩の弟の火風も、中三の時に同じ委員になって、親しくなった。いや、火風と親しくなったから、帝先輩が僕を認識したのだろうか。
友達は少ない。螺旋木は吸血鬼のなかでも力のある一族で、夜族で一番偉いのは吸血鬼だ。だから、僕に本心を見せたり、友達として付き合おうという夜族は居ない。だから、異形族や神族、魚人族の友達しかできなかった。
そこに、あづまがやってきた。
僕は人間の女性と結婚するつもりはなかった。母のようなことがまた起こらないとも限らないからだ。
でも、あづまを見た時、一目で好きになってしまった。
多分、彼女が普通よりも随分遅れてアウラを顕現させたことが、自分に近いように感じられたんだろう。それは大きい。
でもそれだけじゃなく、彼女はとにかく、可愛かった。僕の好みだった、ということだ。
だから僕は、彼女をずっと見ていた。接触することは難しかった。だって、帝先輩が彼女を気にいったみたいで、よく一緒に居たからだ。
帝先輩は、ういた話をきかないひとだった。
天宮の男子生徒のなかには、女の子達が純粋なのをいいことに、とっかえひっかえするやつも居る。帝先輩はそういう男子生徒をこらしめるような、清廉潔白なひとで、鏡守先輩と結婚するのだろうと誰もが思っていた。
それなのに、帝先輩があづまを好きになった。だから僕は、今まで帝先輩にはお世話になっていたし、神族である先輩にたてつく勇気もなくて、ただあづまを遠くから眺めているしかできなかった。
あづまは元気で、優しくて、可愛い。
運動神経は異形族には劣るけれど、人間では最上級だ。成績は上位をキープしていた。テスト結果が掲示されると毎回その前で、納得がいかないように首を傾げていた。向上心が強いのだ。
戦原がくだらないいたずらを仕掛けた時も、あづまはあまり怒らなかったらしい。戦原が謝ると、それですませた。意地の悪い子だったら、それを理由に戦原と婚約をとりつけようとさえしたかもしれない。
僕は勇気を出した。戦原や、聖先輩、それに火風も、彼女にひかれているようだった。僕だけ尻込みしているのはばかみたいに思えて、彼女をデートに誘ったけれど、よい返事はもらえなかった。
帝先輩とあづまがデートに出かけた、と聴いた時、僕のアウラはコントロールがきかなくなった。
移動室へ行くと、職員が鼻血をたらしていた。僕はそのひとに掴みかかって、可哀相なことをしてしまった。あづまと帝先輩がどこに行ったのか聴き出したかったのに、首を絞めてしまっていたのだ。答えたくても答えられない。
そこに、とうのあづまが帰ってきた。戦原に負ぶわれて。
僕は混乱したけれど、三ノ院瑠奈という神族の娘があづまにいやがらせをしていたこと、三ノ院をこらしめたらあづまと結婚できること、を聴いて、即座に参戦した。
三ノ院は食堂に居た。三ノ院はつんけんした態度で、男子生徒からはきらわれていた。だから、デートに誘われることもない。気位の高い彼女は、一度たりともデートに誘われたことがないことを気にしているだろうに、そんなそぶりを見せたことは一度もなかった。
三ノ院はとりまきの女生徒達と、食事中だった。帝が彼女をシめている間に、僕はあづまを口汚く罵った女生徒を嚙んだ。血はあんまりおいしくなかったから、たいした罪は犯していないということだ。
結局あづまと結婚する権利を得たのは帝先輩だった。
だが、鏡守先輩が、あづまが約束を覚えていないからと、それを無効にした。
あづまはあらためて、勝負の場をつくってくれた。彼女の好物であるたい焼きの食べ歩きに付き合って、どれだけ一緒に食べられるか、という勝負だ。
生臭物が苦手な戦原は、ハムチーズたい焼きで脱落した。火風は小食だから、六個も食べるとばてた。聖先輩と僕が最後まで張り合ったが、十歳まで人間と同じ食生活だった僕と、勝負の少し前にはじめてたい焼きを食べた聖先輩では、当然僕に分があった。
僕はあづまを手にいれた。絶対に失ってはいけない。
あづまの膝を撫でる。「旦那さま?」
「うん……」
僕らが三ノ院をこらしめたあの一件以来、あづまをいじめようとする人間はあらわれなかった。それに、三ノ院のとりまき達も、三ノ院が庇ったので何事もなくすんでいる。三ノ院は、自分が命じてやらせたことで、彼女達には一切の非はないと、証文までつくったらしい。鏡守先輩のお説教が、よほどきいたのだろう。
三ノ院瑠奈というのは、どことなく不思議なところがあったなあ、と、なんとなく思う。
眠りそうになっていて、僕はあづまの声で我に返った。
「旦那さま、今夜は帝さまがいらっしゃるんですよ。しゃっきりなさって」
「うん」
僕は結局、螺旋木の家は継がなかった。可愛い弟が居るからだ。僕はあの子の陰になり日向になり、支えていく。そうしたいと思ったから、螺旋木の跡目は放棄した。
あづまには、僕のアウラが十歳まで顕現しなかったことはいっていない。でも、弟とは母が違い、自分は幼少期、しばらく家を離れていた、とはいってある。
いつかは、僕の母について、くわしく話す日も来るだろう。
あづまは僕が螺旋木の跡を継がないことも、弟の為に螺旋木の雑事をこなすことも、承知してくれた。僕は検事にならずに弁護士になって、螺旋木家のあらゆる法的問題に対処している。
帝先輩は、鏡守先輩と結婚した。今でも、僕達夫婦と親しくしてくれている。聖先輩や戦原にも、いい出会いがあったようだ。今度、ふたりの結婚式に出席する予定である。
今夜は帝先輩達を招いて、あづま特製のたい焼きパーティだ。結婚の準備で忙しい聖先輩や戦原は招けなかったが、火風も来る。
それに、祖母も。
あづまと付き合うようになった僕は、アウラが安定して、祖母と会っても大丈夫なまでになった。あづまは僕の大事なひとを、再び僕の前につれてきてくれたのだ。
今夜は、僕の大事な祖母を、帝先輩達に紹介する。自慢するのだ。吸血鬼の孫をおそれずに育てた、豪胆な女性だと。
そして明日は、あづまと祖母と一緒に、母の墓参りに行く。
最高の女性を妻にしたと、自慢する為に。
目を開けると、微笑んでいる妻が見えた。




