恋愛エンディング・戦原
「聴いてる? りょーちゃん」
聴いてる、と答えながら、体を起こした。あづまは肩に掛かった髪をぴんと弾くみたいにして後ろに払い、小首を傾げる。「ふつかよい?」
「ばか。俺らは酒吞めねえの」
「冗談も通じないりょーちゃんがばかだよ」
にこっとするあづまに、俺も笑みを返す。
「ご飯できてるからね。はやく食べて」
「ああ……」
あづまは俺の妻だ。結婚してもう十年たつ。子どもは居ない。
身繕いして食卓に着くと、あづまが食事を並べてくれた。今朝は俺の好物の、キャベツとレタス、千切り人参のサンドウィッチだ。
あづまの席にはたい焼きがおいてある。匂いからして、中身はハムとチーズらしい。
「今日はめずらしく、お寝坊さんだね」
「高校の頃の夢、見た」
「へえ?」
あづまが席に着いた。俺の向かいだ。彼女はまだあたたかそうなたい焼きを掴み、小さくかじる。俺もサンドウィッチを掴んだ。
俺達は今、大きなキャンピングカーで、各地を移動しながら暮らしていた。
俺はもとから、ひとつところにずっと居るというのが苦手なのだ。ふらふらと、定住せずにすごしていたい。だから仕事も、世界のどこでもできるようなものを選んだ。
結婚して二年くらいはホテル住まいだったが、いつでもたい焼きをつくれるようにキッチンがほしいとあづまがいうので、キッチンのついたキャンピングカーを買うことにした。
あづまは俺がすることに、あまり反対しない。たまに自分の意見をいうくらいだ。俺に対して、底なしに優しい。俺がしたいといえば、ほとんど応援してくれるし、協力してくれる。
俺達が出会ったのは、天宮学園でだ。俺は異形族、あづまは人間の女。目的は繁殖。その筈だった。
俺はあんまり、頭がよくない。それは自覚してる。成績にあらわれてるからな。幾らなんでも、毎度下から何番目かのテスト順位で、自分は賢いんだと勘違いするやつは居ない。
俺があづまに目をつけたのは、あづまが一級上の帝朱月という神族のオンナらしかったからだ。
帝は神族のなかでも一番有力な一族の跡取りのくせに、十六で転入してきた右も左もわからないあづまにつきまとってたのだ。
ほかに幾らでも女は居るのに、帝はそれまで鏡守このみくらいしかまともに口をきいていなかった。勿論、鏡守以外とも喋ることは喋る。でも、なんていうのか、親しい感じじゃない。事務的な連絡とか、簡単な挨拶とか、そういうのだけだ。
でも、あづまとは親しくしているように見えた。それで俺はぴんときた。ははあん、あいつとうとう繁殖相手を見付けたんだな、って。
俺達にとって、アウラを持った人間の女と親しくするということは、つまり繁殖するということだ。それ以外に意味はない。人間は頭は悪いし体は弱いし、子どもをうむ時に死んじまうこともある弱っちい種族だ。
そんなふうに、俺は父さんに聴かされてきた。そんなもんだと思っていた。俺のうみの母親は人間だけど、兄貴と俺と弟をうんで死んでしまった。育ててくれた母さんは、異形族だ。父さんは母さんが好きだったけど、子どもができないから人間の女ももらった。
それが酷いことだとは思わなかった。俺の母親にも、父さんはよくしてたし、母親がそうしてほしいっていうから母親の家族に金を渡したりもした。要するにそれは、ほかにかえのきかない労働に対する謝礼だ。母親は父さんの血を次の世代につないでくれた。繁殖が容易な人間と違って、異形族にとってそれは、お金だけで簡単になんとかできることじゃない。
だから、帝は自分に釣り合いそうな女を見付けたんだと思った。勿論、釣り合うったって、相手は人間だ。俺達の三分の一くらいの能力でも充分だし、もっといったらどんな女だって、子どもさえつくれれば問題ない。
でも、ほかに女が沢山居るなかで、あづまを選んだのだ。帝はあづまになにか、ほかとは違うものを感じたらしい。そう思った。
それで、あづまが気になった。
帝は神族で一番の一族の、跡取りだ。そのお眼鏡にかなった女が気にならない訳がない。それに、帝が見初めた女を横からかっさらえたら気分がいいだろうとも思った。俺は成績が悪いし、粗暴だって、異形好きの女にしか好かれてなかったからな。
帝がどうしてあづまに目をつけたのか、すぐにわかった。あづまは運動神経がいいんだ。ちょっとハンディをやれば、異形族とだって張り合えるくらいに。
でも、それを鼻にかけた様子はないし、ぼーっとしてなにかを考え込んでいるふうだった。それにいつ見ても目が赤くて、鼻の皮がむけていることもあった。毎日泣いているらしい。
うげっと思った。俺はぴーぴー泣く女は好きじゃない。
帝は涙もろい女が好きなのかもしれない、いや、もしかしたら帝が泣かせてるのかもしれない、と、思った。帝がそんなに執着するってことは、あづまは凄い女なんだろう、とも。
あづまの凄さは、すぐにわかった。
あいつと俺はクラスが同じだった。あづまはいつでもぼーっとしていて、話しかけないと自分から喋ることもなかった。女子達は気持ち悪そうにあづまを見ていたけど、男子達は興味津々だった。
あの帝が、毎日のように話しかけ、鏡守も認めているらしいのだ。それって、もう帝の嫁になるのが決まったようなものだって、俺達は思っていたのだ。でもだからこそ、転入してきてすぐに帝を射止めたあづまは、男子には憧れだった。
それなのにあづま自身は、帝と親しいことも、鏡守と一緒に居ることも、なんとも思っていないみたいだった。まずそれが凄い。
それから、三ノ院だ。三ノ院瑠奈。生意気だが、俺はあの女はそんなにきらっちゃいなかった。あづまにつっかかるまではな。
神族のなかでも帝の次に力のある三ノ院の、お嬢さんだ。あいつはあづまに難癖をつけ、自分より凄いところを見せろとかなんとかいっていた。十五段の跳び箱を跳べ、と。
帝は渋い顔だったけれど、あづまは承知した。鏡守がまきこまれたからだと思う。あづまは豪胆な女なのだ。
三ノ院にも面と向かって反抗し、跳び箱も十五段を軽々跳ぶ。俺は見物人にまざりこんでそれを見ていた。あづまの動きは人間離れしていた。運動神経がいいと感じたのは、間違いではなかったのだ。
一緒に見物していた男子達は、それで納得した。あづまが帝に目をつけられたのは、そういう理由だったのだろう、と。誰も、帝からあづまを奪ってやろうとは思っていなかった。
俺は思った。俺の子どもをうむのは優秀な女であってほしいからだ。おあつらえむきに、あづまは成績もよかった。少なくとも俺よりは。
あづまに話しかけて、スポーツに誘って、とおまわしに俺のものになれといってこともある。でもあづまは反応が悪かった。当然だ。あいつには帝が居た。
だが、俺はめげなかった。あづまにくだらないいたずらを仕掛けたこともある。今考えるとばかだが、その時はあづまに相手をしてもらうことが重要だった。ジャムの鍋に、パンケーキ用のふくらし粉をいれたのは、そういう理由だ。
あづまは俺がやることにいい顔はしなかったけれど、迷惑そうにもしていなかった。だから俺は調子にのった。すべて、毛色のいい子どもをうんでもらう為だ。
帝は相変わらずあづまをかまっていたし、それだけでなく聖先輩や螺旋木もあづまをおいまわしはじめた。帝の弟の火風も、中等部から遠征に来ていた。
互いが牽制し合って大きく動けない状態だったところで、帝があづまを学園の外へつれだした。
俺はそれを聴いて、移動室へ行き、職員に帝とあづまの行き先を訊いた。当然だけれど教えてくれはしない。痛めつけてききだそうかと思っていると、聖先輩が来てそうしてくれた。あのひとは怒らせるとこわい。螺旋木ほどじゃないが、割となんでも腕力で解決しようとするひとだ。
移動した先は、あづまの地元だった。俺は知らなかったが、聖先輩がそんなことを喚いていたのだ。
近くには公園があって、帝とあづまはそこに居た。何故か、鏡守と火風も。
そこで、帝があづまに結婚を申し込んだ。しまった、と思った。だって、帝の跡取りの求婚だ。断る女は居ない。
そう思ったのに、あづまは簡単に断った。帝の言葉が終わってほとんどすぐだった。
帝は、火風の妻になってほしい、とかなんとか、ばかみたいなことをいっていた。あづまを弟にくれてやろうということらしい。そんなばかな話はない。
あづまはそれも断っていた。あづまは俺が思っていたよりももっと大物だったのだ。
聖先輩が勝負をいいだし、三ノ院の意地が悪い行動を明かして、それまで何事にも動じなかったあづまがぶちきれた。
その時に、俺はこいつが好きだと強く思った。
俺はあづまを背負って学園に戻った。三ノ院をぶちのめしたら結婚してもいいとあづまがいったからだ。男連中は必死だった。
でも、やっぱり帝が一番なのだ。なんだってそうだ。帝は三ノ院をひっ捕まえ、あいつなりの方法で締め上げた。俺や聖先輩、火風、それから移動室の職員を殺しかけていた螺旋木も、三ノ院に味方する奴らを締め上げ、あづまを悪くいう奴らは適度に怪我させて放り投げておいた。
とうのあづまが約束を覚えていなかったことに、俺達はほっとした。俺は、かな。帝にとられたくなかったからだ。
鏡守が、あづまが覚えていない約束だから無効だ、といいだした。それで、あづまはあらためて、勝負の内容を決めた。
「一番おいしいたい焼きをつくったひと」。あづまはたい焼きが好きなのだ。この世で一番。二番は俺。
一番おいしいたい焼きをつくったのは俺だった。それで、あづまは俺との結婚を承知した。
結婚してすぐに、あづまが車にはねられた。
それは事故じゃなかった。戦原と対立している家が、人間を雇ってやらせたのだ。そいつは捕まったし、そいつを雇ったやつも捕まった。
あづまは死ななかった。けど、子どもを持つのは難しい状態になった。
父さんは、あづまとは別れろといってきた。母さんもだ。子どもをつくれないなら人間を妻にした意味がない。そんなことをいっていた。
俺はそれを一晩考えた。次の朝、家を出た。あづまが退院できるまで、帝の家に泊めてもらった。帝はあづまのことを心配していた。聖先輩も、螺旋木も火風もだ。鏡守は、あづまの看病で泊まり込んでくれていた。
あづまが退院すると、俺は彼女をつれて、実家のある街から離れた。
子どもを得る為に、あづまを選んだ。そう思っていた。
あづまは成績もいいし、人間とは思えないくらい運動神経がいい。とても優秀な子どもがうまれるに違いない。そう思って結婚したんだと、思い込んでいた。
結婚した意味だって? それは、あづまと一緒に居たいからだ。あづまと結婚した。子どもを得る為じゃない。
そう思えた自分が、なんだか賢いみたいに感じた。上等な異形族になったような錯覚があった。
「そうだ、おいしいたい焼きやさん見付けたから、寄ってこ」
「ああ。差し入れするか」
「うん。お仕事、今日も頑張ろうね」
「ん」
にっこり笑うあづまに、俺もにっこりする。
俺達は、キャンピングカーで暮らし、曲芸で生計を立てている。あるサーカス団の一員なのだ。俺とあづまは、夫婦で空中ブランコをやっている。あづまは縄抜けもするし、俺は怪力自慢もする。
あづまは順調に回復したが、子どものほうは、真剣に治療をするか、運を天に任せるかしかない。医者にはそういわれている。可能性はゼロではないが、ゼロに近い、とも。
あづまは俺には涙を見せない。鏡守の前では泣いたらしい。
あづまが子どものことをどう考えているのか、俺にはわからない。でも、まだ時間はある。彼女がほしいというなら俺は賛成する。彼女がその話を持ち出さないなら、俺も持ち出さない。
サンドウィッチを食べながらあづまを見詰める俺に、彼女はくすっと笑った。りょーちゃんまた聴いてない、と。




