第九十三話 パーティー会場で社交デビュー
2022.7.20 エステラの髪の毛の色、濃いブラウンから黒へ変更。
パティが言うには、叙爵式よりパーティーのほうが面倒だそうだ。
何故ならば社交界デビューになるわけで、しかもパーティの主役で魔物を倒した勇者様ということになると、大変なことになりそうと煽ってきた。
「マヤ君、君の周りに貴族の令嬢がどっと押し寄せてくるかもよ。
そしたら食い放題じゃないか。
私にも少し分けてくれないかな。あっはっは」
「エリカ様、下品ですよ!
マヤ様、ご安心下さい。私がしっかりガードしますからね。」
「はぁ~ 何だか思いやられるなあ。」
---
昼食パーティーがだだっ広い食堂で始まった。
会場は立食パーティー形式で、招待客だけとは言え百人強はいるだろう。
広い食堂だけにその人数でもゆったりしていて、食事がしやすい。
実のところ本当に私を祝ってくれる人たちは少数で、パティの誕生日パーティーと同じく本当の理由はパーティーで集まった者同士で、事業や商売の一般的な商談や談合まで行われる。
パーティーが落ち着いたら別室も貸し出されるようだ。
また、私抜きでも貴族の若い人たちが集まると嫁や婿捜しの場になる。
女王は、ステージは無いが会場の上座に立ち、簡単な挨拶をしてパティーが始まった。
いつもより胸がかなりぱっくり開いている軽装の紺色ドレスに着替えており、王冠は外してティアラになっている。
そして私の簡単なスピーチと乾杯の音頭。
私はあまり結婚式にお呼ばれされたことが無いし、勤めていた会社は勤務シフト上、皆が揃うこともなかったので宴会の類いは無かった。
だからおっさんでもスピーチの経験はほとんど無い。
心にも無いことをダラダラと長く喋るのもつまらないので、短くする。
でも日本式のスピーチは通じるのかな?
「皆様、今日はお忙しい中、私の叙爵のためにお集まり頂きありがとうございました。
さらに王宮からこのような素晴らしいパーティーを催して頂き、大変感激しております。
今日から皆様の仲間に加えて頂き、若輩者故にいろいろ失礼があるかと存じますが、お導きのほどよろしくお願いします。
それでは……乾杯!!」
「「「「「「「「 乾杯!! 」」」」」」」」
ふぅ、何とか上手くいったようだ。
だが本番はこれからだよなあ。
どうか面倒事は起きませんように。
---
パティ達がいる場所へ戻ると、前のようにエルミラさんが何人かの淑女に取り囲まれていた。
よしっ いいぞ!
イケメン女子エルミラさんには悪いが、今日はそのまま引きつけておいて欲しい。
エリカさんはどこかへ行ってしまった。
パーティーで彼女は意外にワイワイとせずに一人で料理を楽しみ、男が寄ってきてもじろっと怖い顔をして睨んで退散させてしまう。
そういうことで、パティと私の二人で料理を食べているんだが、彼女は食べることに忙しくて喋らずにムシャムシャとしているだけだ。
料理はやたらと肉料理が多いんだが…、ああ、この前私が倒したガルーダの肉がまだたくさんあるんだね。
王宮魔術師の冷凍と解凍の技術はさすがというべきだろう。
同じガルーダ肉でもメニューがいろいろ工夫されており、とても美味しい。
この照り焼きとニンニクソース煮込みは最高だ。
料理を味わっていると、女王とシルビアさんがやってきた。
「マヤさん、今日はおめでとう。
今日のスピーチはとても良かったわ。どこかで練習してきたのかしら。」
「ありがとうございます。あれは人生経験上の即興ですよ。」
「まるで御老人のような言い草ね。うふふ
あら、そういえばあなたはそうだったわね。」
シルビアさんが不思議そうな顔をしているが、女王には一応私の身の上を話してある。
他の人がいる時はうっかり口を滑らせないよう気を付けないとね。
「報賞金、あんなに頂いて良かったんですか?」
「何を言いますの。本当に魔物の被害に遭ったら聖貨三枚どころじゃ済まないわ。
あなたはそれに見合う功績を収めたのよ。」
「それなら…、有り難く頂戴します。」
「あなたにはもう一つ報償…と言って良いのかしら、良い話を持って来たわ。」
「それはなんでしょう?」
「ルナ・ヴィクトリア。
報償とは別の非公式ですが、あの子を今日限りで王宮給仕係から解任し、あなたの専属給仕係へ移管します。
だから大事にしてあげてね。」
「え? ええ!? あの話はうまくいったんですか!?」
それを聞いたパティはムシャムシャ食べているのを止めて、私をジト目で見ている。
「今回は特別よ。あなたの功績に報いるためにはこれが一番と思ってね。
あなたはお嫁さん候補ばかりいるみたいだから、男爵になったら一人くらいは従者を付けないとダメよ。
それから他の三人は、急にそれだけいなくなるとこちらも困りますので、あなたが屋敷を持ってお給金を出してあげられるようになったら、あの子たちもあなたの方へ移管させます。
あなたがそうなるにはいつになるかわかりませんが、新しい給仕係の子を育てるには最低でも一、二年はかかりますから、それまで立派な貴族になれるよう頑張って下さいね。」
「ありがとうございます!」
「まだ屋敷を持っていないから従者の一人も大変かも知れませんね。
まあいいですわ。レイナルド宛てに、あなたたちが帰るまでに親書を書いて渡しますから、彼にしっかり渡して頂戴ね。」
「はい、何から何までありがとうございます。」
「マヤ様、これはどういうことか後でじっくり聞かせてもらいますわね。」
パティが私の左腕を掴みながらそう言ってきた。
私の周りに女の子が増える度に聞く言葉である。
「パトリシアさん、さっきもマヤさんに言いましたけれど従者一人は必要ですから勘弁してあげてね。」
「はい…、わかりました…。」
「あら、でもマヤさんはルナさんもお嫁さんにしちゃうかもしれないわね。おほほ
それではごめんあそばせ。おほほほほ」
そう言って、女王とシルビアさんは向こうへ立ち去った。
パティは私の二の腕をつねる。痛いじゃないか。
「マヤ様、あちらにケーキとプリンがありますから行きましょう。」
パティは私の腕を組んで強引に連れて行かれる。
まだ肉料理をあまり食べてないのに…。にくが~
---
パティに連れて行かれた、スイーツがたくさん置かれているテーブルにて。
早速パティは目をキラキラさせながら、サイコロ型の小さなケーキや、小さなカップのプリンやババロアを皿に取って食べている。
太ってお腹ぽっこりのパティになったら嫌だなあ。
パティがスイーツを食べるのに夢中になっているから、私一人になってしまった。
その隙を見たのか知らないが、三人の可愛い淑女がやってきた。
「あの…、マヤ・モーリ男爵でいらっしゃいますか?
私、レイナ・インファンテと申します。
私たち、マヤ様とお話がしたくて…。よろしいですか?」
「はい、勿論喜んで。」
くぅぅぅぅ。生まれて初めて女の子のほうからまともに声をかけられた。
パティやエリカさんたちは何かのきっかけがあって知り合えたけれど、相手から寄ってきたということではなかったからなあ。
真のモテ期が到来したのか?
「私は、エステラ・ポルラスと申します。」
「わ、私はレティシア・パルティダと申します。」
三人揃ってスカートの裾を持ち上げカーテシーの挨拶。
私は軽く手を振るだけのボウ・アンド・スクレイプの挨拶で。
以前少しだけパティに挨拶の仕方を習ったが、手をくるっと回してやったら無作法だと怒られた。
みんな可愛い。十四、五歳かな。
レイナちゃんはブロンドのボブヘアにカチューシャ、エステラちゃんは黒髪のストレートロングヘアー、レティシアちゃんはブラウンでくせ毛のロングヘアーに薄いピンクのリボン。
好みからすると若すぎるんだが、あと三年も経てば立派なレディになるだろう。
なんと三人から名刺を受け取ってしまった。この国には名刺文化があったのか。
名刺のデザインは各々とも家の紋章に名前が書かれているだけだが、紋章が大きく描かれているのですごく格好いい。
私もマヤ家の紋章を作らないといけないが、誰か絵が上手い人いないかな。
レイナちゃんがすっと前に出て私に話しかける。
「マヤ様、私は東の街に住んでいるんです。
街が魔物に襲われていたときに、お屋敷の窓からマヤ様が魔物をたくさん退治しているのが見えました。
ありがとうございます。私、どうしてもお礼を申し上げたくて…ポッ」
レイナちゃんは顔を赤くして照れている。
か、かわいいいい!!!!
とても純情そうで、絶対悪い男に引っ掛からないで欲しい。
「わわわ私も少しだけですがマヤ様が戦っておられるところを拝見しました!
すごく格好良かったです…。」
ちょっとおどおどしているのがレティシアちゃん。
なんて初々しいのだろう。
悪役令嬢とはほど遠い女の子だ。
「私は南の地区に住んでいますからマヤ様のお姿が見られなくて残念でしたわ。
でもこうして目の前でお目にかかれるなんて感激です。」
大人びて少しツンとした雰囲気のエステラちゃん。
あんまり胸は無さそうなスレンダー体型だけれど、美人さんとして将来有望だ。
「マヤ様…、どうか今度私たちとお茶会でもいかがでしょうか!?」
レイナちゃんが渾身を込めて私を誘ってくれた。
だが私はもうすぐマカレーナへ帰る。
無下に断るのも可哀想だしなあ。
「申し訳ございません。私はあと三日後にマカレーナへ帰るんです。
せっかくお近づきの機会でしたから是非お誘いを受けたいのですが…。」
「そ、それでしたら明日はいかがでしょう!?
私たち、明日も学校が休みなんです。」
いきなり明日かい!
何も予定は無いし、人脈を作るためと思えば行っておいた方が良いだろう。
「わかりました。明日の三時ではどうでしょう?」
「勿論かまいませんわ!
インファンテ家の屋敷は東の街の中心にあってすぐわかると思います。
噴水の広場があって、その西側なんですが…。」
ああ! セルギウスと一緒にリンゴを食ったあの場所かな。
あそこにお屋敷があったなんて意識していなかったし、疲れていたからな…。
「わかると思います。戦った後、あの広場で休憩していたんですよ。」
「そうなんですか!? あそこの噴水はインファンテ家が作ったんですよ。」
「ほほぅ、凄いですね。確かに素敵な噴水でしたよ。
それでは明日、楽しみにしていますね。」
とうとう約束してしまった。
家とは関係ない、公共地の噴水まで作ってしまうのはお金を持ってそうな家だな。
「マヤ様、何やら楽しそうですわね。」
そこへやってきたのは、スイーツを食べるのに夢中で私からしばらく離れていたパティだった。
口の周りはチョコレートでべっとり。それでいてジト目で見つめている。
「そ…それでは、私たちはこれで…。明日は楽しみにしてますね。ごきげんよう。」
レイナちゃんたちは逃げるようにあっちへ行ってしまった。
パティの顔は異様だ。みっともない。
私は持っていたハンカチを魔法で水に濡らし、パティの口を拭く。
「パティ、口の周りが汚れてるよ、チョコレートケーキをたくさん食べたね。」
「あ、マヤ様…。むにゅにゅにゅ…」
パティはハンカチにチョコレートがたくさん着いていたのを見て、顔を赤くする。
「マヤ様…ありがとうございます…。
それであの子たちはなんですの? とても仲よさそうでしたが。」
ほら来た。ここは正直に言っておいたほうが面倒にならないだろう。
「インファンテ家のご令嬢にお茶会へ誘われてね。
明日の午後に行くことになったんだ。」
「インファンテ…、インファンテ伯爵といえば貴族でありながらすごい豪商ですのよ。
前に私たちも行ったあのアリアドナサルダもインファンテ家が経営してますの。
うちよりも凄くお金持ちなんですよ。」
うわあ、あの高級ランジェリーショップもインファンテ家が経営してるのか。
私が今履いているトランクスもアリアドナサルダで買った物だ。
「あぁ…、まあそういう家とお知り合いになれたら、将来何か役に立つこともあるかなあって。あはは…」
「んもう、しょうがないですわね。
あんなに若くて可愛い子ばかりだからデレデレしちゃって…。」
「パティのほうがもっと若くて可愛いじゃないか。」
「むー!」
「いててて! 何でつねるんだい。」
パティは最近よく私の二の腕をつねるようになった。
今のは焼き餅と照れ隠しのつもりか。
思春期が始まった頃の子はデリケートだから、気を付けよう。