第七十三話 女王陛下マルティナとの謁見
五日目の朝。一人で朝を迎えるのはマカレーナを出発した日以来だ。
一人は寂しいと思ったこともあったが、家族みたいな人たちがいつも近くにいるのであれば一人部屋は寂しくないし、気を遣わなくても良い。
朝食は、夕食と同じく四人で。
エルミラさんはゆうべのことについて何事も無かったかのように、普通に挨拶をして普通に食事をしている。
プライベートと分けるというのは当たり前のことだし、こんな場で話を出す必要は全く無い。
それが分からん人がいて「◯◯ちゃんはこの前~だったよねえ」とプライベートだったことを皆の前で話のネタとして引き合いに出すから困ったものだ。
お昼まで王都見物とでも行きたいところだが、みんな少し旅疲れも残っているだろうし、この国で一番偉い人と面会するわけだから服装などきちんと準備をしなければいけない。
午前は部屋でゆっくりしつつ退出のために荷物を片付け、昼食を早めに食べ、この宿のメイドさんにみんなの着付けとヘアセットを頼んだ。
エリカさんは恐らく一張羅であろう青い貴族ドレス。
彼女と初めて会った日の翌朝に侯爵家へ突撃した時に来ていたドレスと同じだと思う。
パティはドレスには違いないが、コスプレにもありそうな膝丈スカートの赤い貴族ドレス風のもの。
最初に出会った日もそういうドレスを着ていて勿論それとは違うものだが、年齢なりの可愛らしさを引き立てており、私はすごく好きだぞ。
エルミラさんと私はブラウスにベスト、黒いズボン。
彼女は衣服に無頓着で給仕服以外ではスカートを履いているのを見たことが無いし、男性っぽいというか最低限に清潔にしているだけで衣服のセンスは私と同じであまりない。
宿が出してくれる馬車で王宮まで。言わばホテルのリムジンサービスだ。
今日は私よりどちらかと言えばパティが女王陛下に挨拶することが目的で、主役はパティで私はその次みたいなことになっている。
私は叙爵に向けての挨拶ぐらいで、もしパティの同伴が無ければどういう扱いになっていたのかわからない。
パティの同伴でスムースに事が進むのであれば有り難いことだ。
王宮の門に着くと、早速ドミンゲス門番長が出迎えてくれた。
門の中に入ると広い広場があって、奥に立派な王宮が構えている。
ヨーロッパの王宮へ観光へ来たかのような気分になるが、近衛兵が並んで立っており目の前の現実が信じられなくなるほど厳粛な雰囲気が漂っている。
玄関に入ると、執事服を着ている女性が立っていた。
長身、ややくせ毛で蜂蜜色のショートヘア、見た感じの年齢は三十歳過ぎでエルミラさん以上にキリッとしたイケメン女子だ。
「パトリシア様、皆様、ようこそマドリガルタの王宮へ。
私は女王陛下の執事、シルビアと申します。
これからご案内させて頂きますので、よろしくお願いします。
どうぞ、こちらへ…。」
「シルビアさん、お久しぶりです。お元気でしたか?」
「なんと…、私のことを覚えて下さって…恐縮にございます。
とても嬉しいです…。」
パティは人の顔と名前を覚えるのは得意…、スーパー才女だからか。
それは将来のための宝となるだろう。
正面玄関から長い階段があって、そこを上がると広くて芸術的な造りの広間があって圧倒される。
RPGの3D画面でお城の中をキャラ操作して歩いたこともあったが、当然それとは比べものにならない。
奥へ行くとたくさん部屋がありそうで迷路のようになっているが、見た目が分かりやすそうな入り口の部屋があって、そこが応接室のようだ。
「陛下を呼んで参りますので、こちらで掛けてお待ちください。」
そう言って、シルビアさんは退室していった。
最初にガルシア家に来たときに応接室で待っていたときも緊張したっけなあ。
応接室で待機していたベテラン風の給仕さんがお茶を入れてくれた。
「マヤ様、今日は非公式の場ですから跪いたりする必要は無いですよ。
女王陛下はプライベートでは寛容ですから、緊張しなくても大丈夫です。
陛下がいらっしゃったら立って下さいね。」
パティがそう言ってくれるなら少し安心したけれど、でも一介の平民が国のトップに会うんだから緊張がそれで無くなるわけない。
十分ほどしたら、シルビアさんの後に続いて、二人の女性と一人の男性が現れた。
私はパティに言われたとおり席を立つ。
エリカさんとエルミラさんも立って、パティは前に出る。
三人が私たちの前に立つ。
明らかに女王陛下だという人物の姿は、髪の毛はブラウン、顔が童顔で綺麗というよりはどちらかというと可愛らしく穏やかな感じだ。
ガルシア侯爵からは四十一歳と聞いている
ドレスの胸元がパックリでアマリアさんほどではないが胸はとても豊かで、気を引き締めないとどうしても目線が胸の谷間へ行ってしまう。
もう一人の女性は二十歳前ぐらい、金髪で三つ編みをお団子に巻いた髪型、美人だが精悍な顔立ちだ。
何故か元帥のような軍服を着ている。
男性は二十歳前後で、女王陛下と同じブラウンで穏やかな雰囲気というか人畜無害なオタクっぽい感じで、友達になれそうな気がした。
「陛下、パトリシアでございます。ご無沙汰しておりました。」
パティはカーテシーで挨拶するが、太股が見えてスカートをちょっと持ち上げ過ぎじゃないかいとハラハラしてしまった。
「まあ、まあまあ!
あんなに可愛らしかったレイナルドの娘さんがすっかりレディになって!
皆さん初めまして、私がこの国の女王、マルティナです。
あら、そちらの背が高いお嬢さんは前にもいらっしゃったわね。」
「パトリシア様の警護で参りましたエルミラです。
陛下に覚えて頂いて、身に余る光栄でございます。」
「あなたも大人びて立派になったわね。うふふ
そちらのお嬢さんは…?」
「エリカ・ロハスです。一応、魔法使いをやっております。」
エリカさんがカーテシーで挨拶をした。
普段の彼女を見ていると、そんな姿が信じられない私だった。
そんなことより、女王陛下の声が可愛すぎるんです。
例えるなら、昔バルセ◯ナオリンピックのタイミングで流行った柔道アニメの、ヒロインの声のようだ。
「あなたが有名な魔法使いの、ロハス男爵家のエリカさんね。
アスモディアへ修行に行かれて闇属性魔法が使えるようになった魔法使いは滅多にいませんから、私も聞き及んでおりますよ。」
「まさか陛下にまで私の名が…。恐れ多いことでございます。」
「それから…、あなたがマヤ・モーリさんですか?」
「左様でございます、陛下。」
「レイナルドから聞きました。この国の民を護って頂きありがとうございます。
ラミレス侯とグアハルド侯からもあなたの活躍のお話を伺いました。」
女王陛下が両手で握手を求めてきたので、私も手を差し出した。
スラッとした綺麗な指でドキドキする。
ん? 一瞬魔力が…。女王も魔法使いなのか。
目の前に女王がいると余計に胸の谷間を見てしまう。いかんいかん。
「とんでもございません。私も皆さんからたくさん助けて頂いている身でございます。」
「今回の叙爵についてあなたにお話ししないといけないことがありますが、その前に私の子供達を紹介します。」
やはり王子と王女だったか。
王子は女王と雰囲気が似ているが、王女は全く違うな。
父親似だろうが、その王配は十年前に病死したとパティから聞いた。
未亡人か…さっきから私はろくなことを考えていない。
「この子は第二王子のマルティンです。」
「よろしくぅ。」
何とものんびりした口調の一言で彼の性格が分かってしまいそうだ。
女王の名前の男性版だな。
「第一王子のアウグストは政務が忙しくて席を外しております。
申し訳ありません。それから王女のヴェロニカです。」
「ふん、こんなまぬけ面が魔物の大群を倒したとは、にわかに信じられんな。」
「これ! なんて失礼なことを! 口を慎みなさい。」
ヴェロニカ王女は無言でそっぽを向いた。
まあ、まぬけ面は自覚しているが初対面でいきなりそれは不躾だな。
「マヤさん、娘の無礼をお許しください。悪い子ではないのですが…。」
「いえ…。」
「それで本題の叙爵についてですが、他の王族や門閥貴族の中にはあなたの叙爵を良しとしない者達が大勢おります。
この国の出身でもなくどこの者かもわからない人間に、安易に男爵号をやるわけにはいかないと…。」
今までトントン拍子に進んできたから一悶着あるのは珍しい。
だが想像の範囲内だな
ガルシア侯爵が私の叙爵を決めてから、言われた期間より少し長かったのはそういうことか。
「私は勿論マヤさんに爵位を授けるのは賛成ですが、私だけでは決められないんです。
そこで、そこまで言うなら自分の娘と戦わせてみろと。
勝ったら認めてやろうという話になってしまいました。
ヴェロニカは王国騎士団の幹部をやっており、剣の腕前は国でも一級なんです。」
「承知しました。勝てば良いんですね。」
「母上の頼みだから仕方なくお前と戦ってやる。でなければ私と戦う資格すら無い。
勝てば良いだと? 私は遠慮無くやらせてもらう。うっかり首を落としても私は知らんぞ。」
絵に描いたような若気のイキリだな。
王女という身分且つ剣の腕が立つということなら、何かよくわからんやつがいきなり目の前に出てきたらそう思うのも分からなくはないが…。
「ヴェロニカ! すみません…。
それでヴェロニカと試合をする日なのですが、明後日の午後三時から近くの闘技場で行います。
それまでに準備をお願いします。」
「承知しました」
「マルティン、ヴェロニカ、下がりなさい」
「「はい」」
第二王子と王女は退室し、女王の勧めで皆が椅子に掛けた。
執事のシルビアさんも女王から少し離れた席に座っている。
その後は女王とパティの会話の流れを中心に、パティ自身やガルシア侯爵閣下のこと、私とパティの関係のこと、エリカさんのこともいろいろ話が上がった。
女王陛下が応接室へ入ってから二時間ほども経った頃に会談が終わる。
「今日は楽しかったわ。今晩からあなたたちは王宮にお泊まりなさい。
世話係も朝から夕方までは一人ずつ付けますので、何なりと申しつけて下さい。」
「ありがとうございます、陛下。お世話になります。」
パティはそう言うと女王陛下にしばらく待つように言われ、女王陛下とシルビアさんは退室していた。
しばらくすると、四人のメイドがやってきた。
みんな十代後半若い子たちばかりで、メイド隊と言わんばかりの感じだ。
私の担当の子が挨拶をする。
「マヤ・モーリ様でございますね。私はルナ・ヴィクトリアと申します。
今日は夕方まででございますが、どうぞよろしくお願いします!」
十六、七歳くらいで肌は浅黒く黒髪ツインテールで、目はパッチリの飛びきり可愛らしい娘を付けてくれた。
多分シルビアさんの計らいだろう。そしてFカップはあろう豊乳だ。
ありがとう、シルビアさん。
パティはジト目で私を見ている。
他の三人のメイドさんも可愛らしくて気になるけれど、ルナちゃんが群を抜いて可愛らしく思える。
あ、エリカさんについた金髪の子、餌食にならなければいいけれど…。
エルミラさんについた子は、イケメンを見てるようにキラキラしているいつもの反応。
パティについた子はおとなしめですごく緊張しているが、パティなら悪いようにはしないだろう。
「ねえパティ、馬車と荷物を取りに行きたいから付いてきてくれるかな?」
「そうですわね。ご一緒しますわ。
せっかくですから少しお話ししたいことがございますの。」
ほら来た。またニヤニヤとかジロジロするなって言われるに違いない。
「そういうことでルナさん、小一時間ほどで戻ってきますので。」
「はい、かしこまりました。玄関先までご案内します。
あ、フローラ。二人乗りの馬車を手配して下さい。」
パティのお世話係はフローラちゃんという名らしい。
悪役令嬢だったらいじめられそうな子だ。パティで良かったね。
私たちは手配してくれた馬車でいったんノーブレエンマドリガルタに戻る。
僅かな乗車時間にパティの小言が始まった。
「マヤ様、女王陛下の胸を見たり、給仕の女性を見てにやつくのはおやめ下さい。」
「あれだけ胸を出されていたら男性なら見てしまう人が多いよ。
給仕の子も何であんなに可愛いのかびっくりしただけさ。
パティには胸をはだけさせるドレスは着て欲しくないな。
だって、他の男には見せたくないよ。
パティは私だけの素敵なフィアンセなのだから。」
「そ、そういうことでしたら…フィアンセ…ぽっ」
パティは顔を赤くして頬を手で押さえた。
まさかこんなに簡単に退いてくれるとは思わなかった。
到着したら、エリカさんやエルミラさんの荷物もまとめて馬車に放り込む。
「おーい、セルギウス~」
ボムッ
『お? なんだ?』
「済まないけれど、馬車を王宮まで運んでくれないかな?」
『それだけか?』
「それだけだよ。」
『あぁ…、まあいいけどな。』
セルギウスはちょっと面倒くさそうな顔をする。
そうだ、王都には北の地方で取れたリンゴが売れているらしいから、買ってきてやろう。
「セルギウス、リンゴって果物を知ってるか?」
『なんだそりゃ!?』
「ここには無いんだが、梨が赤くなったような果物で、とても甘くて美味しいんだ。」
『それは俺も食ってみたいぞ!』
「少し寒い所の果物らしいけれど、王都の市場には売れているらしいから、帰るまでに買っておくよ。」
『そりゃ頼むよ。楽しみだな。』
馬はチョロいな。リンゴで機嫌が取れるなら安いものだ。
エルミラさんがハーネスを取り付けていたのを見よう見まねで覚えていたので、何とか取り付け完了。
私が御者台に乗って王宮へ向かう。
ドミンゲス門番長らが、手綱を持っていない私とデカい馬車に一頭引きなのを見て、ぎょっとしていた。
王宮玄関前に馬車をつけて私は御者台から降り、パティと荷物を降ろす。
パティが近くにいた騎馬近衛兵らに向かってこう言う。
「貴方たち、この馬車を預かり所まで案内して下さい。
彼は馬じゃなくて召喚魔獣だから、叩いたりしたら吹き飛ばされますからお気を付け下さいまし。
用が済んだら消えますから、厩舎は不要です。」
近衛兵はひいぃと言いながら、セルギウスを案内していった。
セルギウスを怒らせたら王宮の一つくらい消し飛ばせそうだな。
私たちの荷物をグラヴィティで浮かせたら、残っていた近衛兵に奇異な目で見られる。
もうそういう目で見られるのは慣れてしまった。
ルナちゃんとフローラちゃんが出迎えてくれたので部屋の案内をしてくれるが、パティは他の二人と部屋が隣同士だというのに、私だけ全然別の場所らしい。男女別なの?
「マヤ様のお部屋が遠くなのは残念です…。また後でお夕食をご一緒しましょう。」
三人の荷物は浮いたまま、パティとフローラちゃんが手で押して運んでいった。
私はルナちゃんの案内に付いていく。
ルナちゃんとは何も無いんだろうけれど、若くて可愛い子が側にいるだけでも嬉しいもんだ。
う…これ…、すごくおっさんの発想じゃないか…。