第六十六話 王都へ向けて出発
2024.9.20 軽微な修正を行いました。
マドリガルタへ出発する日の早朝。
――目が覚める。
ん…… 何かスースーする。何かモニョモニョしてるこの感覚……
「あっ ビビアナ!」
「マヤひゃん おひゃよふ」
「ちょっと待って! あっ 出ちゃうよ。出ちゃう出ちゃう。あ……」
「ジュリアが言ってた通りだニャ。すごい勢いだったニャ」
何故ビビアナは私の上に乗っかって歯磨きをしてるのか。
せっかくの貴重な歯磨き粉チューブを握って飛び出させるし、ジュリアさんは変なことをビビアナに教えているんだな。
私の部屋には洗面台があるので、ビビアナはペッと口をゆすいでいる。
あー、私にも歯磨きをしていたので、ゆすがないと。
ビビアナは遅番みたいで、朝はゆっくりしている。
起きるにはまだ早かったので私はゴロゴロしていたが、彼女は朝食の時間までベッドの上でベタベタしていた…というか、普通の飼い猫みたいに好き勝手に纏わり付いたりペロペロしていた。
チビニャンたちと久しぶりにモフモフしたいなあ。
あれからきっと、もっと大きくなっちゃったからどうなんだろう。
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朝食を食べたら出発なので、支度をする。
下着も着替えるため全裸になっているのに、ビビアナはじーっと私を見ている。
生憎もう一人の私はネコジャラシのようにふわふわぷらぷらとしたものではないので、猫に興味を持たれるものでもない。
さっさとぱんつを履いて、いつもの女神仕様カーゴパンツと革ジャンを着た。
戦闘用にはいいんだけれど、この国での街歩きにはダサいので、貴族っぽいコートかジャケットとズボンが無いか聞いてみたい。いつ会えるのかわからないが。
皆と朝食を食べて、私はもうすることが無いので馬車周りで荷物等の点検をする。
後ろの荷台には人参入りの大袋、交換用のホイールとタイヤ、鞘がついてるエルミラさんの槍二本が括り付けられている。
それらを撥水加工された布で覆われている。
最低限の交換部品や工具は車内の座席下にある。
車体も布もオリーブドラブの色なので、どう見ても兵隊や補給物資を運ぶ軍用車両なんじゃないかと、ちょっと笑えた。
ガルシア家や使用人の皆が玄関前まで見送りに来てくれた。
パティは昨日見た萌黄色のボレロ、エルミラさんはシンプルに白いブラウスに黒のズボン、エリカさんは…… まだいない。
「あー、遅くなってごめんよー」
案の定、エリカさんが遅れて玄関から出てきた。
ぎゅう詰めのスーツケースと鞄を持って…… まだ馬車に入れてなかったのか。
ドレスだけは馬車のクローゼットに掛けてあった。
いつもの濃い紫のミニスカスーツに明るい紫のトンガリ帽子の姿だが、いったい何着同じのを持っているんだろうと少し気になる。
ぱんつはいろんなのを持ってるくせに。
「さて、肝心のセルギウスを呼ばなくちゃね。おーい! セルギウスぅ! 」
エリカさんが右手を掲げてセルギウスを呼ぶと、ボムッと煙が湧いてセルギウスが出てきた。
初めて見る使用人たちも多いので、おぉ!という歓声が上がる。
『うぉ! この前以上に人がたくさんいるな。
早めに飯を食っておいてよかったよ。
飯を食ってるときと、う●こをしてる時は呼んでも行かないからな』
そうかぁ…… そうだよな。
真面目な話、食事中はともかくトイレに行っていて急に召喚されたら大変なことになる。
もし魔女がトイレの最中に強制的に召喚されてしまったらダメだろうと、とても変態な想像をしてしまった。
「大衆の前でなんてこと言ってるのよ。じゃあ馬車に繋げるからよろしくね」
『おうよ』
セルギウスは知性があるし喋るので、手綱や口にくわえるハミは不要だ。
馬車を引っ張るためのハーネスだけを取り付ける。
ちょうど御者のアントニオさんがいたので取り付けてもらった。
エルミラさんも多少は出来るみたいなので、私も一緒にやり方をよく見ておいた。
「手綱も何もいらないで、喋る馬って不思議だねえ」
『おっちゃん、オレ馬じゃないよ。一角獣だからよ』
「おお~すまなかった。立派で格好いい魔獣様だ」
『うんうん、よろしい』
アントニオさんの適当なあしらいで機嫌を直す魔獣もどうかと思うが、楽な相手で良かったよ。
早速私たち四人は乗り込んだ。
馬車の左側にステップ付きの出入り口があって、右側と後ろにも扉があるが非常用で普段は動かない。
馬車内は後ろがクローゼットと荷物置き場。
座席はミニバンの二列目と三列目っぽくなってるが後ろの方がソファのように豪華になっている。
私は馬車のフロントガラスから前方確認がしたいので前の座席に座るが、パティが私の隣に座りたいと言うので、後ろの豪華な座席にはエリカさんとエルミラさんが座る。
『よし、みんな乗ったな。出発するぞ』
「みなさまあ! お気を付けて行ってらっしゃいましー!」
第一声はカタリーナさんがかけてくれた。
それからみんながそれぞれ行ってらっしゃいの声かけをして見送ってくれた。
マカレーナに何事も無いといいな。
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セルギウスが引っ張る馬車は、マカレーナの街中を買い物自転車並みのスピードでパカポコと進んで行く。
角が生えた馬が御者無しで引っ張っているから、時々それに気づいた通行人がぎょっとした目で見ていた。
この先他の街中を走るときは、せめて御者台に座った方がいいかなあ。
北の門の検問を通らないと行けないので、途中で停まって結局私が御者台にしばらく座ることにした。
鞭も手綱も無いので、御者台の手すりに掴まっている。
ガルシア侯爵家発行の通行証と三侯爵紋章のバッジがあるので通るだけなら国内はほぼ無敵と思われるが、検問官のおっちゃんとのやりとりはこうだった。
「セルギウス、検問所では面倒くさいから喋らないで下さいね」
『ああ、わかったよ』
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「通行証を見せてもらえますか?」
「はい」
「これは! ガルシア侯爵家の方でしたか。気づかず大変失礼しました!
しかし手綱も何も無くて、こんな大きな馬車をたった一頭で引っ張ってるなんて…… え? 角が生えてる……」
「これはガルシア家が特別に育てた馬ですの。すごく頭がいいのよ」
パティが馬車の窓から顔を出して検問官に話しかけた。
「あ、パトリシアお嬢様! これはご機嫌麗しゅう。
さすが我が街のガルシア侯爵家はすごいですね。
よく見たら御者はあの勇者マヤ殿ではありませんか!」
「そういうことですので、王都まで出かけてきますわね」
「はい! お気を付けて行ってらっしゃいませ!」
そうしてセルギウスは少し釈然としない表情をして前進した。
あれ? 馬に表情なんてあったかな。
街道に出るとセルギウスは時速二十キロくらいで軽やかに走っている。
余裕がありすぎる感じなので、どれだけスピードが出せるのか聞いてみた。
街道は石が平べったいタイルのように、綺麗に舗装されている。
「ねえセルギウス。スピードって一番早くてどの位出るんですか?」
『長距離だと時速百キロぐらいだな。本気の本気で全速力だと三百キロは出せるぞ。
ああ、俺に敬語はいらないからな。かたっ苦しくていけねえ』
「ひぇぇぇ! そんなに出したら馬車がバラバラになりそうだね」
『馬車を引っ張って、この道の具合だと三十キロから四十キロぐらいが丁度いいだろう。
もう少し他の馬車や人が少なくなったらスピードを出すからな』
「わかったよ。よく考えてくれているんだね。ありがとう」
『いいってことよ』
うわぁ 江戸っ子みたいだが、こいつめちゃくちゃいいやつじゃないか。
気さくで話しやすいし、男友達としてありたい存在だ。
本当に対等で話せる男はこの世界に来て彼が初めてかも知れない。
こうして私たちはメリーダ方面へ北上していった。
マカレーナを離れて話の流れが変わります。
今までのエッチな話を省いて整理すると、この話までが実質第一章の締めなのかもしれません(苦笑)