第六話 ガルシア侯爵家
2025.12.1 一部、加筆修正を行いました。
夕食の時間になった。
夕食と言ってもすっかり暗くなり、午後八時くらいだろうか。
時間が遅いのはこの国の習慣らしい。
毎日の夕食は屋敷のダイニングルームで侯爵家の家族皆が集まるように決まっており、そこへ私も招待された。
食卓にはガルシア侯爵、アマリアさん、パティ。
それから先ほど応接室にはいなかった、ベージュのドレスを着ていて赤子を抱いた若い女性が一人。
もう一人、ベビーシッターと思われる年老いたメイドに抱かれた小さな子もいる。
あとフェルナンドさんとおばちゃんメイドさん三人が脇に並んでいる。
最初に出迎えてくれたスサナさんたち二人は不在で、別の役割のようだ。
ガルシア侯爵から紹介をされる。
「マヤ君、まだ紹介していない家族がいる。私の二人目の妻、ローサと息子のアベル。もう一人、エルバが抱いているのはアマリアとの息子で、カルロス。ローサ―― 彼がパティたちの命の恩人で、マヤ・モーリ殿だ」
ひえぇぇ、この国って一夫多妻制なの?
ベビーシッターのメイドさんはエルバさんというのか。
お世話になるかも知れないから覚えておこう。
「初めまして。マヤ・モーリです。よろしくお願いします」
「ローサです。こちらこそよろしくお願いします」
ローサさんは二十代前半くらいで、色が濃いめの金髪にくせ毛のボブヘアー。
吸い込まれそうな美しい碧い瞳だ。
姿こそ高貴に見えるが、どこか貴族らしからぬ初々しさと可愛らしさがあって、親しみやすそう。
アマリアさんのようにドレスから胸の谷間がぱっくり覗いており、恐らくFカップだろうか。
ガルシア侯爵は巨乳好きなんだなあ。
アマリアさんの息子が二歳くらい、ローサさんの息子は一歳くらいかな。
私も息子になって、チューチューとおっぱいを吸ってみたい。
びっくりした私の顔を見て察したのか、隣の席にいるパティが小声でそっと話す。
「この国の貴族は一夫多妻制が認められているのですよ。マヤ様は平民のようですが、このまま住んで国や地域に多大な貢献したことが認められれば爵位が頂けることもあるんです。マヤ様ならきっと偉業を成し遂げて貴族になれますわ。うふふ」
パティがまた意味深げな言いようをしている。
確かにサリ様から頂いたであろう力で何か出来るかも知れないが、大して強くもない魔物を幾らか倒しただけでは不透明だ。
聡明でしっかりしている子だと思うが、今のは彼女の予言なのだろうか。
私にお嫁さんが出来るとでも?
この世界に来たばかりだから誰と結婚するのも想像出来ないが、まさかパティと……
いやいや、中身五十歳のおっさん相手に十二歳の娘だと抵抗がある。
たぶん三十代であろうアマリアさんですら、私から見たらピチピチギャルみたいなものだからなあ。
メイドのスサナさんみたいな可愛い女の子がお嫁さんになってくれたら嬉しいけれどねえ。むふふ
この世界に住むことになるなら食事の内容を心配していたが、スペイン料理に近くてとても美味しく、日本人の私でも口に合う料理が多い。
スペイン風オムレツのトルティージャ、アヒージョ、ガスパチョなど日本でもよく食べられていて私も知っているメニューがあった。
スペイン風コロッケのクロケッタ、特に生ハムが美味しすぎてとても気に入った。
侯爵家にしては意外に庶民的なメニューもいくつかあるが、クロケッタは侯爵の好物らしく「今日も美味い」と言い、ニコニコしながら食べていた。
ふぅ…… かなりお腹が空いていたので、調子に乗って食べ過ぎてしまった。
四十代になってから食が細くなっていたので、こんなに食べたのは久しぶりだ。
侯爵からビールを勧められるがままにどんどん飲まされてしまう。
よく考えたら五十歳から十八歳に戻った身体が酒に慣れているはずもなく、目が回りふらふらになってしまった。
冷えたビールだったけれど、こんな中世ヨーロッパ風の世界にそんな冷蔵技術かあるのか?
そうか―― 魔法でどうにかしているのかも知れないな。
魔法なら何でもありか……
いろいろあって疲れたし、今晩は早めに休ませてもらおう。
ちなみにこの国では、十八歳から飲酒が可能らしい。
「いやー、久しぶりにとても楽しい食事が出来たよ。何だか急に大きな息子が出来た気分になった! では今晩ゆっくり休んでくれたまえ。ハッハッハッ」
「はい…… ありがとうございます……」
ガルシア侯爵はそう言いながらダイニングルームを退出し、その後に続いてアマリアさんとローサさんたちがニコッと会釈をして退出していった。
酔って頭が少しフラフラする。
「もう…… お父様がお酒をたくさん勧められるからだいぶん酔われましたね。メイドににお部屋を準備させていますから、早めにお休み下さいませ」
「ありがとう、パティ。お世話になるよ」
残ったのは私たち二人と片付けのメイドさんだけ。
メイドが呼びに来るまで、パティがしばらく付き添ってくれた。
優しい子なんだなあ。
しばらくするとメイドのおばちゃんがやってきて、パティも一緒にダイニングルームを退出した。
「それではマヤ様、おやすみなさいませ。また明日の朝お会いしましょう」
「おやすみ、パティ」
パティに挨拶をして分かれた後、おばちゃんに案内してもらったのが来客用の二十畳くらいある広い部屋だ。
ベッドは一人で寝るのは寂しいくらいのキングサイズで、とても良い部屋だというのは一目瞭然である。
ベッドのシーツもホテルのようにきちんと張ってある。
お風呂は無いがトイレと洗面室はあった。
基本的な交通が馬車移動なのに、水道が整っているのは思っていたより先進的な世界だ。
顔が火照り、酔いはまだ覚めない。
私はふらっとベッドに寝転がると、疲れもあったのかいつの間にか眠っていた。
---
翌朝、早めに寝たのでかなり早く起きてしまった。
明るくなるまでベッドに寝転びながら今後のことについていろいろ考えてみた。
まだこの世界のことについてわからないことだらけだし、私の身体がどうなっているのかもわからない。
まずこの世界の知識を得るために、マカレーナにしばらく滞在してみるか……
朝食の時間になり、食卓では再びガルシア家の皆と食事を共にする。
内容は意外に軽いもので、トーストとサラダだけだった。
一応客扱いらしいが、こうも親身にされると恐縮してしまう。
これもやはり、サリ様の大いなる神の力のお陰なのだろうか。
パティはこの後学校へ登校する。十二歳だから当然だろう。
なんと秀才飛び級で、本来十八歳で卒業のところ今年にはもう卒業だそうだ。
卒業後はキャリアを積むために侯爵の仕事を手伝うことになっているとのこと。
――そうだ。侯爵に私の今後のことをお話しなければ。
「閣下、今後のことについて考えがまとまりました」
「ふむ、聞こうか」
「私はまだこの国のことについてよく知りませんし、私自身の力もよくわかっておりません。それを知るためにもしばらくの間、少なくとも何ヶ月かはこの街に滞在したいと思っております。魔物が増えているという話なので、討伐業もさせてもらえますか?」
「あい分かった。では、外の宿で泊まることもあるまい。好きなだけこの屋敷に滞在するといいだろう。――パティの命の恩人だ。部屋はそのまま使ってもらって構わない。討伐はスサナたちと同じく私の直属兵としてやってもらおうかな。もちろん別に給金は出すぞ」
「ありがとうございます、閣下。お言葉に甘えてお世話になります」
「その後はどうするのかな?」
「ある方に告げられた目的を成し遂げるために、また旅に出るつもりです」
「――そうか。寂しくなりそうだな」
私の言葉を聞いたパティが、とても悲しい顔をしていた。
だが彼女は何も言わず、グッと堪えているように見えた。




