第五十六話 マヤの、初めてのオリジナル魔法
2023.8.22 微修正を行いました。
今日のお昼は大聖堂へ。
パティとカタリーナさんも一緒に、大聖堂のマルセリナ様の部屋へお邪魔した。
私が発動するフルリカバリーから、何か別の魔力が流れ込んでいるのか検証するためである。
エリカさんからまた魔力量測定器を借りて持って来た。
マルセリナ様に相談し、早速検証してくれることになった。
彼女は私に対してやっと落ち着きを取り戻し、いつも通りに接してくれた。
パティとカタリーナさんは横で見ている。
カタリーナさんはあれからストレートヘアのままだ。
「マヤ様……
フルリカバリーの発動だけをして、発動したまま途中で止めて頂けますか?
そこで私がエクスプロレーションを掛けます」
「わかりました」
ちょっと難しいな。
息を吸って止めるような感覚だけれど、苦しいわけではない。
「マルセリナ様、今止めました!」
「それでは、始めますね」
マルセリナ様は、白雪のような美しい手で私の両手を握った。
毎回表現が変わるが、マルセリナ様の手はそれほど美しいということだ。
その手で私の顔を包んでもらいたい。
「マヤ様のフルリカバリーの他に、別の魔法力を感じます。
特殊なマジックキャンセラーを掛けますので、そのままにして下さい」
そんなキャンセラー魔法まであったのか。
まだまだ私は勉強不足だな。
ファンタジー作品のチート主人公のようにはいかないね。
お、フルリカバリーの発動だけが消えた。
「マヤ様、この魔法力で発動している感覚をよく覚えて下さい。
そうしたら、その魔法力だけで発動してみて下さい」
「わかりました。」
私はこの魔法力を発している感覚を覚えるために魔法の発動をそのままにして目を瞑り、精神統一をする。
――わかった。これでいいな。
私は発動を止めた。
「では、今度はその魔法力だけで発動してみて下さい。また両手を握りますね」
再び私は目を瞑って、謎の魔法力だけを発動させてみた。
うむ、出来た。成功だ。
「その魔法力というのが、恐らく魔力量が上がる魔法になります。
つまり、マヤ様のオリジナル魔法なんです」
ほえ~ まさか私が新しい魔法を作れたなんて、さっきまで想像すらつかなかった。
「すごい! マヤ様のオリジナル魔法が出来上がったんですのね!」
「目の前で新しい魔法が出来上がるのを見たのは初めてですわ!」
パティとカタリーナさんがびっくりしながら喜んでくれている。
「まだ魔法が出来上がったとは言えません。
魔法が発動されて、効果が確認されてそれで初めて魔法の完成です。
マヤ様。まず…… 私にかけてもらえますか?」
「待って下さい! よろしければ、是非私に!
魔力量が増えれば…、パトリシア様とマヤ様のお力になれると思うんです!」
カタリーナさんが魔法治験に自ら望んで出てくれた。
彼女は元生徒会長だけあって、まっすぐな心で生徒のお手本になれる素敵な女性だ。
そういうところにとても好感が持てる。
「わかりました。危険はないと思うので、カタリーナ様にお願いしましょうか」
「ありがとうございます!」
私はカタリーナさんに、前後の比較ため魔力量測定器で計ってもらった。
「487……か。人間の中では上級魔法使いぐらいみたいですよ」
「ホントですの? それでマヤ様、私はどうすればよろしいのでしょうか?」
「それは…… 私と抱き合って発動させた方が効果が高いと思うので……ははは」
「あの…… あのあの…… と、殿方と…… はわわわわわ」
貴族令嬢だからパーティーで男性とダンスをする機会はあるだろうに、意外に慣れていないのかな。
「カタリーナ様、頑張って下さい! 私は気にしませんから」
「はうぅ……」
かなり緊張してるようだ。
ここは優しくゆっくりと、いきなり抱きつくんじゃなくてマルセリナ様とエクスプロレーションをしていた時のように、最初は軽く手を繋いでみる。
「少し緊張は解れましたか?」
「はい……」
私は彼女の手を繋いだまま、ゆっくりと身体に接触するように近づいた。
「では、失礼します……」
カタリーナさんは私の背中に手を回し、私は彼女の腰に手を回した。
なんて細い腰なんだろう。そしてふにょっと当たる推定Dカップの胸。
ふわっと鼻をくすぐるイチゴの香りがする香水。
フルーツ系の香水を着けていると、美味しそうで食べたくなるのは私だけ?
パティはジト目でこちらをじっと見ている。
さっき、気にしないって言っていたよね?
もしや私の顔に出ていたのだろうか。
そんなことを思いつつ、私はゆっくり魔力の出力を上げた。
「ひぅっ」
肩のほうでそんな声を出されると、私が緊張してしまう。
「はぁ はぁ はぁ……」
艶めかしい声でドキドキしてきた。
パティは、はわわわわという表情で見守っている。
親友がそんな声を出しているのを聞いてしまうと、どうしていいやらの気持ちになってしまうのだろう。
もうそろそろいいだろうか……
「あひっ」
魔力の出力を止めた途端、カタリーナさんからそんな声が出た。
「カタリーナ様、大丈夫ですか?」
「え、えぇ…… 大丈夫です。何でもありませんわ」
それでもカタリーナさんは、めちゃくちゃ真っ赤な顔をして、私に抱かれたまま体重を預けている格好になっている。
私はゆっくりカタリーナさんを身体から離して、近くの椅子に座らせた。
魔法を掛けている間、カタリーナさんの体に何が起こっているのだろうか?
再び魔力量測定器で、そのままカタリーナさんを計ってみた。
「9839…… すごいですよカタリーナ様。
さっきの二十倍くらいの魔力量になってます!
パティよりちょこっと少ないだけで、同じくらいです」
「え? パトリシア様と同じくらいなんですか!? 素敵!」
カタリーナさんはさっきまで恥ずかしがっていたのがケロッとして、パティと一緒に喜んでいる。
「マヤ様、おめでとうございます。これで新しい魔法が出来たことが実証されました」
おお、ついに私のオリジナル魔法が完成したんだ。
すごいぞ俺。
「うわぁ! マヤ様おめでとうございます!」
「私が新しい魔法を完成させるためのお力になれて、とても嬉しいですわ!」
「ありがとうございます!」
「ただ……」
「なんでしょう?」
「本当に完成させるためには、魔法を言語化して記述しないといけません」
なるほど…… コンピュータで言うと逆アセンブルや逆コンパイルみたいなものだろうか。
「マヤ様はまだ魔法学にお詳しくないので、それが出来ないと思いますから、マヤ様だけにしかお使いになれない魔法なんですね……」
「あ…… そうですか……」
マルセリナ様は申し訳なさそうな苦笑いをしている。
「そういうことなら私にお任せ下さい! マヤ様をビシバシ鍛えますよ!」
パティは得意げに右拳を胸に当て、やる気満々だ。
確かに首席卒業だったから頼りがいがあるけれど、厳しそうだ。
意外にエリカさんは優しく丁寧に教えてくれている。
エリカさんに頼もうか…… うーむ。
「ま…… まあ、それは考えておくよ……」
パティはちょっとふてた顔をしていた。
さて、魔法名はどうしようか…… もう簡単でいいや。
「魔法名は、分かりやすく【マジックインクリーズ】とでもしておきます」
「はい。魔法として正式に登録されるにはやはり言語化しないといけませんので、マヤ様頑張りましょうね」
と、マルセリナ様に釘をさされてしまった。
「それでマヤ様、もう一つ気になることがあります。
マジックインクリーズを掛けたら掛けるほど魔力量が上がるのか、一定の所で止まるのかも実証が必要だと思うのです。
パトリシア様は二度掛けて二回とも魔力量が上がっていましたから、まだ余裕があったということになりますね」
「そうですね…… 確かに」
「そこで私にもう一度掛けて頂けますでしょうか?」
「わかりました」
まず魔力量測定器で計ってみる。
20372…… 前回と変わっていない。
「ではマルセリナ様、失礼しま……」
前回同様、マルセリナ様のほうから私に抱きついてきた。
私に対する彼女の気持ちは知っている。
だが私は大聖堂の中の大司祭という立場のマルセリナ様しか知らない。
いつも優しいし、フルリカバリーの勉強の時もわかりやすく教えてくれた。
出来れば彼女の気持ちに応えてあげたいが、もっと何かが欲しい。
前にも聞いたように、サリ教の聖職者は異性との縁がなかなか無い人も多いということだから、私の気持ちがそれを表してしまっているのか。
それにこの前のことで私が女神サリ様に直接関わっているとわかったから、それに目が眩んでしまっているのか。
個人的にまた話をする機会を作った方が良さそうだ。
「マヤ様、どうなされました?」
「いえ、すみません。少し考え事をしてしまいました。じゃあ始めますね」
私はゆっくりマジックインクリーズをマルセリナ様に掛ける。
彼女からは、ほのかな石鹸の香りと、僅かに女性の独特の香りがしてくる。
いつまでも抱きしめたくなる、とても安心する香りだ。
パティとカタリーナさんは、大司祭という立場の彼女が進んで男性に抱きついた行為にびっくりしているようで、特にカタリーナさんは初見だから目を白黒しポカーンとした表情になっている。
「ん… はぅ……」
抱いている状態でマルセリナ様の声を耳元聞くと、ドキッとする。
パティ達は、ドラマのラブシーンを見ているかようにゴクリと見守っている。
そろそろ止めるか……
「あっ はぁぁ……」
さっきのカタリーナさんもだけれど、マジックインクリーズを止めたときに何かショックがあるんだろうか。
「マルセリナ様、今魔法を止めたときにどんな感じがしていました?」
「え? そうですね……
何かスポーンと抜けたようで、ちょっと気持ちよかったです……」
何だいそりゃあ。
マルセリナ様の言葉でカタリーナさんがそれを思い出したようで、また顔が赤くなっている。
顔が赤くなるような気持ちの良さって、やっぱりそっちの方向なのだろうか。
私がマカレーナに住み始めた時に、勝手に魅了の魔法が発動していたり、私の魔力の性質とはどうしてこういうことになるのだろうか。
「コホン。魔法を言語化する時に余分な現象は省かれていきます。
そして別の魔法学者が最適化したり、魔法の完成度がより高くなっていきます。
マヤ様の魅了は、魔法書のものでなく、恐らくそれもマヤ様のオリジナル魔法だった可能性があります」
エリカさんと出会った時にもそんな話を聞いたけれど、やっと合点がついた。
いろんな人の話を聞いておくのは必要だね。
エリカさんがそのオリジナル魅了を封印したのも、さっきマルセリナ様が使ったキャンセラー魔法の類いだそうだ。
魔法はまだまだ奥が深い。魔力量が多いだけではダメだ。
そしてもう一度魔力量測定器でマルセリナ様を計った。
20375…… たった3しか増えていない。
「それが私の限界なのか、現時点での限界なのか、月日を置いてまたやってみたほうが良いですね。
ごめんなさい。そろそろ時間になりますのでひとまずこれで終わりにしましょう」
「あの! 魔力量が上がりましたから、私もフルリカバリーを教えて頂いてよろしいでしょうか!?」
カタリーナさんがそう願い出る。
「はい。構いません。この時間にいつでもいらしてください。
どなたにもお願いしていますが、フルリカバリーは魔力消費量がとても大きく、奇跡の魔法とも言われていて誰にでも使えるものではありません。
昔はフルリカバリーが使える魔法使いを拉致監禁して自分の私物にした者がいたという話を聞いたことがあります。
ですから、フルリカバリーが使えることを知らせるのは、極力ご家族や信用出来る方にだけにすると約束して下さいね」
「はい、わかりました! 明日からよろしくお願いします!」
うーむ、パティの勉強がそろそろ終わりそうだったけれど、入れ替わりにカタリーナさんか……
いつ終了するのかわからないから、マルセリナ様と二人で話す機会がいつ来るやら。
今はたまたまデモンズゲート封鎖が落ち着いているけれど、このままでは延び延びになってしまいそうだ。
無理して時間を作ってもらうか。
「あの、マルセリナ様。少し……」
私はマルセリナ様に耳打ちをするように話す。
「わかりました。明日の深夜、日が変わる頃にこの窓を開けておきます。
あなたは空を飛べるのでしょう?」
そうだ。私はグラヴィティが使えるのだった。
日本は治安が良い上に私は善良な市民だったから、泥棒みたいに窓から侵入だなんて考えもしてなかった。
屋敷でも自室の窓から出入りできるのに、律儀に玄関から入っているしね。
そんな約束をマルセリナ様として、私室を退出した。
「さっきマルセリナ様とどんな話をしていたんですか?」
パティが少しムスッとした顔で質問をしてきた。
「うん、今後の行く末についてマルセリナ様とゆっくりお話をしようと思ってね。
ほら、女神サリ様のこともあるし」
「そうなんですの? ならいいですけれど……」
間違いではないからな。
パティは表向きで複数人恋愛を認めているとはいえ、誰かと何をしているのか気になって仕方がない節がある。
まして十三歳の思春期の子だから、裏切られたという気持ちには絶対にさせないよう気をつけたい。
今晩もお茶会をしたほうがいいかな。