第五十五話 エリカさんの手の温もり
2023.8.24 微修正を行いました。
突然魔女が加わった昼食会。
パティは先に食事を取って、カタリーナさんも一緒に大聖堂のマルセリナ様のところへ行っているので、魔女アモール、アマリアさん、エリカさん、私の四人だけである。
ローサさんと子供たちは別で食事を取っている。
『うーん…… やっぱり人間の食事は…… 美味しいわね……
アスモディアの食事は今ひとつで…… 単調でいけない』
魔女アモールは、アマリアさんのよう上品に静々と食べている。
なのに食べる量は多く、出されていたものが次々に無くなって追加するほどだ。
追加分はビビアナがせっせと運んできてくれている。
魔女は食事に集中していてあまり喋らない。
たまたま喋ったと思ったら……
『これはなあに?』
「タコスというものです。さっきの猫耳娘が作りました」
『――辛いけれど、これも美味しいね』
料理の名前を聞いたり、そんな会話とも言えない会話が何度かあっただけだった。
『ふぅ…… みんな美味しかったわ。
今…… 私はとても気分がいい。
何か礼をしたいどころだが……
魂だけで何も持って来ていないし、この身体では出来ることが限られる……
さて、どうしたものか……
そうだ。あのタコスは実に美味しかったわ。
それを作った猫耳族をここへ連れてきなさい』
私は言われたとおり、厨房からビビアナを食事会場へ連れてきた。
害するようなことはないだろうが、ちょっと心配ではある。
「この魔女アモール様が、ビビアナのタコスが美味しいって言ってくれてね。
何かお礼をしたいそうだ」
「そうなのかニャ? あてしの料理はみんな美味いからニャ」
ビビアナは踏ん反り返って得意げになっている。
魔女は仰々しい姿をしてるのに怖いという様子ではなく、相変わらず彼女は軽い。
『私がこの子に…… 魔法を使えるようにしてあげましょう』
「え!? ホントかニャ!」
『マヤ…… その子を後ろから支えてなさい』
「え? はい」
私はビビアナの後ろから腰に手を回して支えた、
魔女はビビアナの額に右手を当て、キッと睨んだ瞬間……
「ああ~ クラクラするニャ~」
ビビアナは気を失って、クタッと体勢が崩れ落ちた。
「おい! ビビアナ!」
『心配ないわ…… そのうち目を覚ます。
魔法が使える体質にしただけで……
どの属性の魔法が使えて、どのくらいの魔力量になるのか、それはこの子次第ね……』
私は、エリカさんに空いている席を並べてもらって、ビビアナを寝かせた。
ビビアナが魔法を使えるようになるのか……
そういえば内輪でやったパティの誕生日パーティーの時に、一緒に旅へ出たいと言っていたから、力によっては自衛が出来るから私も助かる。
『そろそろこの身体の遠隔操作も疲れたわ……
元々エリカの顔を見に来ただけだから、長居をしちゃった。
マヤ…… あなたのこと興味があるわ……
いつか…… アスモディアにいらっしゃい……
あなたならば…… 私と召喚契約出来るかも知れない。
エリカ…… 前にあげたペンダント、ちゃんと身につけているね。
これからも肌身離さず…… ね。
それではまた会いましょう…… ごきげんよう……』
そう言うと、魔女アモールは霧になって消えた。
召喚契約って、召喚魔法か?
魔女を召喚できるのか?
それからさっき食べた食事はどこへ行ったんだろうと、どうでもいいことを考えた。
いつもエリカさんが着けている、緑色の宝石のような物がはめ込まれている小さなペンダントは、魔女アモールからもらったものなのか。
何かの魔道具だろうか。
「わざわざエリカさんの顔を見に来たなんて、優しいところがあるじゃないか」
「優しいですって!? 何言ってんの!
あの八年間厳しすぎる修行で、逃げては連れ戻されの繰り返しで酷い目に遭ったわ」
「その割に、エリカさんの身体は傷一つなくて綺麗だよ」
「うぐ…… それは…闇属性の【トリートメント】という回復魔法で、怪我の度に治されたからよ。
ミディアムリカバリーより魔力をたくさん使うし、私はその魔法を使えないけれどね。
そんなことより、あのババァと会って召喚契約したら絶対ダメよ。
たぶん取って食われちゃうから」
「え? 俺食べられちゃうの?」
「そっちの意味じゃないの。あっちのサキュバス的な意味なの!」
「あ~ あっちね……」
「魔族と召喚契約するときは、召喚する相手に気に入られて血液交換で契約してから、魔族の強さに応じて魔力量の消費が大きくなるんだよ。
確かにマヤ君の魔力量ならお師匠様を召喚できるかも知れないけれど、あのババァを召喚するなんて前代未聞よ。あり得ないわ」
召喚魔法の存在はエリカさんと勉強をし始めたときに聞いたけれど、かなり魔力消費が大きいから後回しになって、それから話をすることが無かったな。
エリカさんはどんな魔族と召喚契約をしてるんだろうか。
「そういえば、あのババァはマヤ君が自分の身体を見て気になっていたって言ってたけれど、なんなの?
どうしてあなたはそう無節操なの」
「まあそれは…… 男の性ってやつかな」
「もう! やっぱり私の身体で矯正するしかないわね」
アマリアさんがそれを聞いて、ずいっとエリカさんに突っかかる。
「いいえ、エリカさん。マヤ様は私の子も同然です。
あなたの歪んだ愛ではマヤ様を癒やすことが出来ないわ」
「なんですって!」
「「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!!」」
あー、また張り合いが始まった。
アマリアさんとエリカさんの周りにはプラズマ放電みたいなのが飛んでいる。
ビビアナは気を失っているどころか、ヨダレをたらしてニヤニヤしながら寝ている。
「ちょっと待って! エリカさんは魔力量が上がってるから危険だ!」
私の声かけで二人の周りから放電現象みたいなのが止まった。
「あ…… そうね。ついアマリアさんの挑発に乗ってしまったよ」
「ごめんなさい、マヤ様。取り乱しちゃって」
「アマリア様、パティから聞いていると思いますが、私のフルリカバリーを空で彼女にかけたら、魔力量が大幅に上がりました。
アマリア様も今後のためにお勧めしたいのですが……」
「そうね。お願いしようかしら……」
「身体に負担がかかりますので、キツかったらそこで止めますから言って下さい」
「わかりました。始めて下さい」
私はアマリア様をゆっくり抱いた。
色っぽい吐息と、官能的な香水の香りと、柔らかい胸が当たって魔法に集中出来るだろうか。
ここはエステの時のように無心にならねば。
エリカさんはジト目でこちらを見ている。
私はゆっくり魔力を上げてフルリカバリーをアマリアさんに掛けた。
フルリカバリーをはもう六回目だろうか。
だんだん慣れてきて調節がうまく出来るようになりつつある。
「あ…… マヤ様の魔力が流れてくるのがわかります。
温かくてとても気持ちいいわ……」
パティやマルセリナ様の時と反応が違う。
上手くいっているのか?
「う…… マヤ様の熱いモノが入ってきます……
あ…… あああ…… はぁはぁはぁ」
エリカさんが、はわわわわわという表情でこちらを見ている。
アマリア様の反応を見ていると、何か勘違いされそうだ。
「熱い、熱いわ。あああああああああ……」
そこで私はフルリカバリーを止めた。
エリカさんは口先がまたεになっている。彼女は表情がとても豊かだな。
「アマリア様、身体の調子は如何ですか?」
「さっきより元気が出てきたくらいよ。身体の中の魔力の流れも調子いいわ。
フルリカバリーを元気な人にかけるなんて普通ではありえないことだから、こういうことになるのね」
「じゃあエリカさんの部屋で魔力量測定してもらいましょうか。」
「いやよ。あの子の部屋はきっと乱雑で、下着が散らかってると思うわ」
エリカさんはぐぬぬの表情になっている。
まったくその通りで、心の中でクスッと笑ってしまった。
「じゃあ今度器械を借りてきますね」
「そうしてくれるかしら。じゃあ、私は部屋へ戻りますね」
そう言ってアマリア様は食事会場を退出していった。
その間、ビビアナが目を覚ましたようだ。
「あ~ なんかよく寝た気がするニャ。あれ? 魔女はもう帰ったかニャ?」
「ビビアナ、調子はどうだい?」
「どうってことないニャ。いつもと変わらない。普通だニャ」
「エリカさん、ビビアナもエクスプロレーションかけて、測定器で測ってもらえますか?」
「そうね。行きましょう」
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三人でエリカさんの部屋に移動した。
「ふーん、これがエリカの部屋かニャ。ほんがいっぱいだニャ。
このベッドでマヤさんとエリカがいつもエッチなことをしてるニャ」
「余計なこと言わないの。あんた聞き耳たてないでよ。」
「エリカの声がデカいから、そこの倉庫からも聞こえるニャ」
「ぐぬぬぬぬ……」
今日はエリカさんのぐぬぬ顔が多い日だ。
ビビアナはともかく、他のメイドさんに聞かれたら恥ずかしいな。
私の部屋のほうが防音性あるからましかもしれないが、エリカさんの声は……
サイレントの魔法だとちょっと苦しいらしいから、今度からなるべく屋敷外でいいことしよう。
「なんだニャ、このピンクの紐は……
これぱんつかニャ!?
エリカはよくこんなものを履くニャ」
ビビアナも、ベッドに脱ぎ捨ててあったぱんつを手に取って広げている。
前にパティとジュリアさんも、三人が三人とも同じようにぱんつを広げていて滑稽だ。
「あんたは子供パンツじゃなくて、大人のセクシーなぱんつを履けばマヤ君が喜ぶのにねえ。
私が買ってあげようか。にひひ」
「いらないニャ。どうせならマヤさんに買ってもらうニャ」
ヤバい。今度のデートの時にランジェリーショップへ連れて行かれそうだ。
若いカップルがデートの時に彼女が彼氏に下着を選んでもらうことは良く聞いた話で、私も昔の彼女と付き合っていたときはデートでランジェリーショップへ連れて行かれたことがあるが、周りの目線がどうか気になって仕方がなかった。
出来るなら遠慮したい。
「じゃあビビアナ、魔法の何の属性が使えるか調べるから、両手を出してね」
「はいニャ」
ビビアナは両手を差し出して、エリカさんが握ってマジックエクスプロレーションを発動させた。
「うーん…… 火…… 風…… ふーむ……
あら、光属性も使えそうよ」
「それ何だニャ?」
「光属性は回復魔法が使えるよ。怪我や病気が治る」
「今もう使えるかニャ!?」
「魔法の勉強しないとダメよ。あんた何も知らないのね」
「えー、めんどくさいニャ……」
「明日からあんたも魔法の勉強よ。
厨房が忙しかったら毎日じゃなくていいから。
あんたパティちゃんとジュリアちゃんと仲良しだから、一緒に勉強出来ていいじゃない」
「ニャ……」
ビビアナはゲンナリした顔になっていたが、意外に優しい物言いのエリカさんであった。
魔女の修行が反面教師になったのかね。
ビビアナは料理が得意だが勉強嫌いだったのか。
「今度はこの魔力量測定器に手を置いてね」
ビビアナは言われたとおりに、測定器に手を置く。
数字がピコピコと表示が変わっていく。
「4502……
はぁ~ 私が八年間修行してやっと1000だったのに、こうも簡単に高い数値が出ると落ち込むなぁ~」
「それすごいのかニャ?」
「あぁ、すごいよ。うん、すごい……」
エリカさんは投げやりのようだ。
でも何で魔女はエリカさんの修行中に魔力量アップの魔法を掛けなかったんだ?
「お師匠様が使ったのは魔力を覚醒させる魔法だけれど、魔力量アップの魔法は無いんだよ。
マヤ君が特殊なのよ。それもあるからお師匠様に目を付けられてしまった……」
エリカさんには魔女に会うなと言われているけれど、私が【ネイティシス】で目的を達成させるための鍵がありそうだから、近い将来行くことになるだろう。
「エリカさん、測定器をちょっと貸して下さいよ。
アマリアさんを計りに行くから」
「あぁ…… どうぞ」
エリカさん、だいぶん拗ねてるな。
測定器を返すときにちょっと機嫌を取ってみるか。
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私とビビアナはエリカさんの部屋を退出して、私はそのまま測定器を持ってアマリアさんの部屋に行った。
コンコン「マヤです」
「どうぞ」
「アマリア様、測定器を借りてきたので計りませんか?」
「そうね。いいわ」
アマリアさんは椅子に座っていて、膝にカルロス君を座らせて抱っこしている。
カルロス君の左手はアマリアさんのおっぱいに手を置いている。いいなぁ~
「マヤマヤ~ なにすゆの~?」
「ママのまほうのちからをみるんだよ~」
「ふーん……」
カルロス君は三歳になっているので、かなり喋られるようになった。
測定器には興味なさそうで、アマリアさんの胸の谷間に顔を塞ぎ込んでしまった。
大人になったら、おっぱい星人になりそうな気がする。
「あ…… じゃあこの測定器に手を置いてもらえますか?」
「はい。」
「――11009 パティより少し多いですね。
たぶん、今までより二十倍以上魔力量が上がっています」
「そうなの?
じゃあグレイテストブレッシングをいくらでもかけてあげられるわね。ふふ」
「機会が来たら…… お願いします……」
アマリアさんはピンときていないのか、魔力量が上がったことについてケロッとしている。
「それでマヤ様…… 出生の秘密って……」
「侯爵閣下やパティ、エリカさんたちと、マルセリナ様にも打ち明けています。」
――私はアマリアさんにも詳細を話した。
「そういうことだったのね……」
「お話しする機会が遅くなってすみません」
「いいえ、慎重になってしまうのはわかります。
最初にエクスプロレーションをあなたにかけた時に、不思議な感じがした理由がやっとわかりました。
歳の割に落ち着いてらっしゃるのも…… うふふ。
まさか私のお母様と同じぐらいの歳だったなんて、マヤ様が年上好みなのもわかるわ。
でも、あなたはもう私たちの家族です。
別の世界から来ていても、一人じゃありませんからね」
「ありがとうございます……」
アマリアさんの温かい言葉に、私は少し目が潤んだ。
子守の最中だったので、これで失礼する。
アマリアさんのフルパワーグレイテストブレッシングはどんなふうになるんだろ。むふ
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またエリカさんの部屋へ行き、測定器を返す。
「ああ、そこの机に置いておいてー」
エリカさんはやる気なさそうに、ベッドの上で寝転んでいる。
八年間でどんな魔力量増加の修行をしていたのか知らないけれど、相当苦労したんだろうね。
「ねえエリカさん、今晩俺の部屋に来てよ」
「え? いいの?」
エリカさんの表情がパアッと笑顔に変わった。
分かりやすいなあ。
私がベッドの上に座ると、エリカさんが私の膝に頭を乗せて膝枕をしてきたので、なでなでをしてあげた。
「マヤ君。手、繋いで」
「うん……」
昼下がりの少しの時間だったが、何も喋らずにエリカさんの手の温もりを感じていた。
言葉は無くとも、愛している相手とは心が通じる時があるものだ。