第三百七十九話 ルナちゃん・エステラちゃん・ミシェルちゃん
王宮の玄関前。これからルナちゃんとデート。
アリアドナサルダ本店へ行って、街で昼食を食べてから買い物をする。
夕方には王宮へ帰るつもりだ。
「さて、馬車を借りても良いんだけれど、この時間の商店街は混んでるからなあ」
「どうするんです?」
「よしっ こうしよう!」
「きゃっ!?」
私はルナちゃんをお姫様抱っこし、グラヴィティムーブメントで空を飛んだ。
ルナちゃんを抱かずにグラヴィティムーブメントを彼女に掛けて、個別に飛ぶことも出来る。
だが、それでは身体が密着出来ないから抱っこするのだ。
それに下からぱんつが見えてはいけない。
むふふーん 彼女は香水を着けないので、女の子の香りとほのかな石鹸の匂いがフワッと鼻をくすぐる。
「あの…… マヤ様そこは……」
「あっ!? ごめん! 掴みやすくてうっかり……」
「べっ 別にイイですけれどね」
「――」
右手がつい、彼女の膨よかなおっぱいの脇を掴んでいた。
別にイイって、大胆だな……
お言葉に甘えたいが、あまり下品な主人であると良くないので、体勢を直した。
アリアドナサルダ本店は王宮から近いので、三分も飛んだら到着した。
---
お店の中へ入り、売り場の近くでルナちゃんと話す。
「ちょっとデザイン画を渡して、代表と話してくるからその間にこれで好きな物を買ってよ」
「こ、こんなに!?」
私は懐から銀貨五枚を出し、小遣いとしてルナちゃんに手渡した。
下着を買うにはちょっと多いけれど、今日も売り上げリベートを貰えるはずだから特別だ。
それから、セレナさんのモデルの件でロレナさんの耳に入れておくので、話がちょっと長くなるかも知れない。
「じゃ、少し長くなるけれどお昼ご飯の時間までには必ず終わるから」
「ああ…… はい」
(ルナ視点)
ああ…… 行っちゃった。
こんなに頂いても何を買えば良いのやら。銀貨一枚でも買い物に迷うのに。
このお店へ来るのも久しぶりね。
前より展示と商品が増えて通路がちょっと狭くなってるわ。
マヤ様のブランドが店内をたくさん占めてるようね……
それだけ人気があるんだなあ。
「あっ これ可愛い!」
ブラとショーツのセットで、ブラとショーツのウエストの花柄レースが綺麗ね。
マヤ様ったらエッチなのばかりデザインをしてると思ったけれど、こんなのも作ってるのね。
いくらなのかしら……
ええええっ!? これで銀貨五枚!?
上下セットでお安くなってますって書いてある……
いくらなんでもこれって…… アイギュス産の高級ギーザコットン使用?
初めて聞いたけれど、そんなに高い綿なのかしら。
マヤ様から頂いた手持ちで買えるけれど…… わ、私には無理ね。
他の安い物を選ぼう。
売り場を移動してみたら――
「レイナちゃん! このピンクのショーツ、とっても素敵だよ!」
「こっちのヒラヒラも可愛い!」
「あなたたち、相変わらずね。私はこれを選んだわ」
「エ、エステラちゃん…… それ、黒い網にしか見えないよ……」
「はわわわわっ」
三人の女の子がショーツを選びながらはしゃいでる。
あれは確か、カスティーリャ女学院の制服ね。
この時間に学生が外にいるということは、早上がりだったのかしら。
私もああいう可愛い制服を着て学校へ通ってみたかったなあ。
でも、今着ている給仕服が私の制服!
マヤ様が準備して下さった、誰でも着られない特別な制服なんだから、プライドを持たなくちゃ。
さてと、私にも気に入る下着があるかなー
(マヤ視点)
いやー、思っていたよりロレナさんと話が早く済んで良かった。
デザインのバックマージンはたくさん貰えたし、セレナさんのモデルの件は王都へ連れて来てから前向きに考えたいことと、ギーザコットンが入荷しているから個人的に男物のビキニパンツと女物の追加も頼んでおいた。
受け取りはヒノモトの国から帰ってからになるけれど、楽しみにしていよう。
で、ルナちゃんはどこにいるかなあ…… あ、いたいた。
彼女はレジ前の売り場でボーッと商品のキャミソールを見ていた。
紙袋を持っているので、何か良い物が買えたのだろう。
「おーい、ルナちゃんお待たせ!」
「あっ マヤ様!」
彼女はニコニコしながら振り向いてくれた。
機嫌は良さそうでホッとした。
「ちょ、ちょっと。マヤ様だって!?」
「えっ どこどこ?」
「あそこにいらっしゃるわ!」
女の子たちが騒いでいる。
聞いたことがある声で、ルナちゃんが私の名前を呼んだのを聞いたのか、彼女らも言っている。
そちらへ振り向くと――
「あっ 君たち久しぶりだねえ」
(さっき見かけた子たちだ。へー マヤ様の知り合いだったのね。何で王都の学生と仲良くなっているのかしら)
レイナちゃん、レティシアちゃん、エステラちゃんだった。
私が女だったときに偶然見かけた時以来(第三百二十一話参照)で、直接話すのは本当に久しぶりだった。
「全然会いに来て下さらなかったから、私たちのことはどうでも良くなったかと思ってましたわっ」
「ちょっとエステラちゃん……」
(ふーん、そんなに会ってるわけじゃないんだ)
あー、エステラちゃんがムッと膨れ上がっている。
モニカちゃんと一緒に彼女らとここで会ったのもミカンちゃんが産まれる前でアスモディアにも行く前だったから、一年は経ってないけれど何ヶ月前だろう…… (第百九十九話参照)
「いやまあいろいろ忙しくて…… 王都へ来ても陛下やロレナさんとの用事で手一杯だったんだ。ごめんね」
「そうですか。それなら仕方が無いですね。でもお茶会ぐらいの時間は作って下さいね」
エステラちゃん、ムスッとしながら返答する。
彼女とはいつぞやの夜にあんなことをしてしまったから、長い間ほったらかしにしたのはマズかったよな…… (第二百三話参照)
ああ…… 欲望のまま軽々しい行動をするとこんなことになる。
「次に王都へ来た時はそうさせてもらうよ。ああ、でも来週から一ヶ月以上、ヒノモトの国へ行ってくるんだ。それからになるけれど……」
「ヒ、ヒノモトの国ですって!? あんな遠い国に…… もうっ! 大人は忙しいばっかり!」
ついにエステラちゃんが怒りだした。相当溜まっていたんだな……
勢いでもし、あの夜のことを口に出されてしまったら非常にマズい。
それに店内で騒がれても困る。
「マヤ様。今日は時間があるんですから、この子たちに付き合ってあげたら如何ですか?」
「いやダメだ。今日は君のために時間を取ったんだから」
「そ、そうですか……」
ルナちゃんが気を遣ってくれたけれど、他の女の子のために予定変更するのはあまりに酷い。
私が断ると、彼女は顔を赤くして照れていた。
「ふーん、マヤ様はまた違うメイドさんを連れてらっしゃるんですね」
「彼女は私の専属メイドだから一緒に居てもおかしくないさ」
「それにしては、君のためにだなんて親密な関係なんですねえ」
「――」
(なにこの子? 事情はわからないけれどマヤ様に随分失礼だわ。そのメイドさん、たぶんモニカちゃんのことだろうなあ。マヤ様とモニカちゃんはどんどん仲良くなってるし、そっちのほうが不安になってくるよ)
エステラちゃんが意地悪に突っかかってくる。
ルナちゃんは何か言いたそうだけれど、一応貴族相手なので黙っていた。
不穏な空気になり、レイナちゃんとレティシアちゃんは「あわわわわっ」な表情だ。
こうも嫉妬深い子だと、一夫多妻制には向いていない性格なんだな。
もっとも、エステラちゃんが珍しいわけではない。
この国の女性の国民性が情熱的且つ嫉妬深いことで、一夫多妻になっている夫婦は意外に少ないわけだ。
何故一夫多妻制が存在しているのかは、昔の酒池肉林な大貴族が居た頃の名残とか何とか。
「じゃあ、明日の午後…… おやつ時(午後二時から四時あたり)はどうだろう?」
「そ、それならかまいませんわ。レイナ、レティシア、いいよね?」
「「はいいっ!」」
すっかり三人のボスになってるエステラちゃん。
二人はビクッと返事をする。
明日はエスカランテ家でシルビアさんとミカンちゃんとゆっくり過ごすつもりだったけれど、仕方が無いか……
おやつ時はどうせミカンちゃんのお昼寝タイムだし、ルナちゃんもミカンちゃんに会いたがっていて、エスカランテ家でのんびり休養させてあげることにしていた。
シルビアさんへこのことを知らせるため王宮からわざわざ伝令を出してもらったけれど、彼女はルナちゃんのことをよく知ってるしダメって事はないだろう。
「私たちは明日も学校が午前中で終わりますから、その時間に私の家でお茶会をしましょう。楽しみにしていますねっ で、ではっ ごめんあそばせっ」
「ああっ レイナったらっ」
「はわわっ 失礼しますっ」
「あ……」
三人の中では一番常識的なレイナちゃんが慌てて自分の家へ場所を決めて、エステラちゃんを引っ張ってお店を後にした。
ちょっと周りに目立っていたからなあ。
レジ係のカロリーナさんがクスクス面白そうにこっちを見ているし……
「さて…… と。私たちは食事しに行こうか」
「マヤ様、あの子たち何なんですか? どうして王都の女学生とお知り合いに?」
「――え さっきのレイナちゃんって、ここの代表の娘さんなんだよ。それであの黒髪の子とフワッとした子は彼女のお友達絡みでね」
「へぇー そうだったんですか。ま、貴族になれば付き合いも増えますからね。じゃっ 行きましょう」
ルナちゃんから腕を組んできて、私たちも店を出た。
ふぅ…… 機嫌は良いみたいで安心した。
---
たまには外国の料理でも食べてみようと、前にエレオノールさんの紹介で一緒に行ったエトワール料理の店へ行くことにした。
他の女性と行った店に行くのはやや気が退けるが、【La Cabane (ラ・キャバーヌ)】は料理がとても美味しくてまた食べたいと思ったし、久しぶりだから店の女の子は私の顔を忘れているだろう。
金髪ツインテールだったのは覚えているが、何て名前の子だったっけ……
うーん、私も忘れた。(第百九十話参照)
ルナちゃんをお姫様抱っこして飛び、南の庶民街へ十分ほどで到着。
小屋のような店構えだが日本であればお洒落な感じであろう。
そのラ・キャバーヌは営業中の看板が掲げられている。
日本で旅行していた時は、せっかく気になったお店をネットで調べて来たのに、臨時休業の看板が掲げられていたことがあったので、このお店が開いていて良かった、
「わあ、こんなところにエトワール国の料理店があったのですね。王宮でも滅多に出なかったんですけれど、賄いで出してもらった時はびっくりしました。ポトフだったんです。美味しかったなぁー うふふっ」
ルナちゃんが思い出すように、良い笑顔になっていた。
ポトフならこの店のメニューにもあるし、ルナちゃんを連れて来た甲斐があった。
「ここはエトワール国の家庭の味が楽しめるんだよ。さっ 入ろう」
木造のドアを開けると、ドアに付いているベルが鳴る。
そこへ――
「いらっしゃいませー! あーっ!? マヤさまぁ! お久しぶりですぅ!」
「あ…… どうも。こちらこそお久しぶり」
金髪ツインテールの女の子が元気良く声を掛けてくれた。
対面一発で顔バレしてしまった…… よく覚えているよな。
私も、この子のツインテと顔を見て名前をフッと思い出した。
ミシェルだ。この辺では珍しいフランス風の名前だから頭の奥底に残っていたようだ。
店内は盛況で、経営は順調そうだ。
「えっと…… あっ あそこのテーブルが空いてますからどうぞ!」
ミシェルちゃんが左手を指した先の、壁際の二人席にルナちゃんと座る。
早速メニューを見て選ぶ。
「――マヤ様。説明は書いてありますけれど、エトワール料理がどんなのかちょっとわかりにくいですね」
「常連さんがほとんどみたいだから、あまり詳しく書いてないんだよ。じゃあルナちゃんのほうも私が選ぶから」
「お願いしますっ」
いつか写真を普及させたいけれど、エリカさんが写真魔法を最適化改良してくれないかな。
さて、前回とは違う物を食べてみたい。
ルナちゃんは王宮の賄いではポトフが気に入ったみたいだから、豚バラ肉のポトフは外せないな。
ジャガイモのグラタン! これも食べたい!
牛肉の赤ワイン煮込み、ブフ・ブルギニョン。これは重たそうだからお腹に入りそうだったら後で頼もう。
マスターのキッシュは特に美味しかったから、ルナちゃんに食べさせたい。
私はミシェルちゃんが通りがかった時に、アイコンタクトで呼ぶ。
フランスではオーダーする時にそうするのがマナーで、他の客もそうして注文しているので右に倣え。
イスパルではスペインと同じように声を掛けて呼ぶので、隣国でも違いはある。
「ポトフと、ジャガイモのグラタン、キッシュをそれぞれ二人分お願い」
「はい、かしこまりました! あっ 今日はエレオノールさんと一緒じゃないんですね」
「ああ…… 今日はこの子は私の大事な従者のための労いでね。買い物や食事をしてるんだよ」
「むふふっ それってデートじゃないですか。勇者様はモテますねえー じゃ、少々お待ち下さいね。むふふっ」
ミシェルちゃんは半笑いしながら、注文したメニューを厨房にいるマスター夫妻へ伝えに行った。
女の子は他人の色恋沙汰が好きだからなあ。
そのミシェルちゃんは彼氏がいるんだろうか。
「ねえマヤ様。エレオノールさんって誰ですか?」
来たー ルナちゃんは、ミシェルちゃんが言っていたことを気にしてか、聞いてきた。
ルナちゃんとはプライベートでも距離感が短い子だから、ここは正直に話しておくが脚色は多少加える。つまり方便だ。デートをしたことまで言う必要は無い。
「ガルベス公爵の孫のリーナって子がいたじゃない。そこでエトワール料理の調理師兼リナの家庭教師をやってるのがエレオノールさんって女性なんだ。私の母親がポトフを作って食べさせてもらったことがあってね。その話をしたらエレオノールさんの馴染みのこのお店を紹介してもらって、一緒に食べただけだよ。ああ、モニカちゃんもエレオノールさんと面識があるよ。エレオノールさんが王宮見学をしてみたいって言うから案内したこともあったっけなあ。その時だよ」
「ふーん、それってデートじゃないですか」
「ああ…… そうとも言うね……」
「べ、別にマヤ様が複数の女性とお付き合いしても私がとやかく言える立場じゃありませんけれど? でも私のご主人様ですから、ちょ、ちょっとだけ心配しただけですっ」
「そうか…… 心配掛けてごめんよ」
「わかってもらえればいいんですっ」
ルナちゃんはそう言って、半分不機嫌そうに、半分照れくさそうにして下を向いてしまう。
――これが彼女の本音だろう。
主人の私のことをよく思い、心配してくれて、健気な子なんだよなあ。
さっき、エステラちゃんたちとのお茶会を断ってよかった。
今日はルナちゃんのために尽くそう。




