第三百七十八話 王宮のメイドさん事務室にて
セレナさんが私の部屋へ来てから三日が過ぎた。
今日から二泊三日の予定で王都マドリガルタへ行く。
一番の目的は、ヴェロニカを連れていき女王からヒノモトの国皇帝イヅモノミカドへ渡す親書を受け取りに行くこと。
せっかくなのでヴェロニカの帰省も兼ねて。
それから、ルナちゃんも王都へ連れて行くことにした。
彼女の機嫌を良くするためには、二人きりで長い時間一緒にいる時間を作るという考えた末にそう決めた。
今回、飛行機への搭乗はこの二人だけ。
飛行機操縦に慣れて魔力操作が安定し、一人操縦でも問題無くなったのでアイミは連れて行かない。
アムは昨日、私がヒノモトへ行ってしばらく居ないと伝えたら、また天界へ帰ってしまった。
どうせパティと私の結婚式の時には料理を食べに来るだろう。
パティも行きたがっていたが、大聖堂での魔法勉強会のスケジュールが優先になっており、がっかりしていた。
ふっふっふっ 今回はルナちゃんにしっぽりとお世話されてくるぜ。
朝食を食べてから出発。
今日の服装は、ヴェロニカは王宮にいるときによく着ていた赤い派手な軍服。
ルナちゃんは給仕服だが、王宮へ行くので新調した小綺麗な物を着てもらった。
ヴェロニカは搭乗してから、前に女王のために用意した最前列のラグジュルアリーシートにドカッと座って、さっさと眠ってしまった。
ルナちゃんは遠慮してヴェロニカの斜め後ろの席に座っている。
最初は副操縦士席を案内してみたけれど、前を見るのが怖いらしい。
王都へ着くまでちょっと退屈で残念。
で、搭乗しているヴェロニカとルナちゃんは普段個人的にしゃべることも無いので、ルナちゃんからは最低限の給仕をする接点しか無い。
同じ家に住んでいるとは言え、王女と使用人の身分差だから仕方が無いと言えばそうだ。
だがヴェロニカのぱんつを洗っているのはルナちゃんで、王宮仕込みの丁寧な洗濯は彼女しか出来ないので我が家でも重宝しているのだ。
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王都マドリガルタの王宮広場横に飛行機をいつものように着陸させ、三人で女王の執務室へ挨拶しに行った。
女王と、執事代理のロシータちゃんがそれぞれのデスクで事務仕事をしている。
遊んで、食べている女王を見る時間のほうが多いけれど、仕事もちゃんとしているということだ。
「おかえりなさい、ヴェロニカ。マヤさんも毎度ご苦労様です」
「母上、只今帰りました」
「元気そうね。ラガのビーチ以来かしら。あっという間よね」
「母上もお元気そうで何よりです」
母娘が再会し、お互いホッとした表情になるのはやはり肉親だからこそだね。
女王が私の後にいるルナちゃんの存在に気づく。
「あらっ 今日はルナさんを連れてきたのね。」
「今回は彼女に気分転換をしてもらおうと連れてきました。私の初めての従者ですから、大事にしませんと」
女王の前で私がそんなことを言うから、後ろにいるルナちゃんをチラッと見ると、顔を真っ赤にして縮こまっていた。
「そう、わかったわ。ルナさんと、ヴェロニカのことも大事にしてあげてね。うふふっ」
「は、母上!」
「勿論大事にしますよ」
今度は突然自分の娘のことを言うので、ヴェロニカも顔を真っ赤にする。
食事に関してはちゃんと大事にしてますよ。
もし運動していなかったら激太りするくらい食べているし。
太ったヴェロニカはイヤだから、代謝が落ちる年齢の頃には食事の指導をしなきゃな。
「そろそろ婚約の正式な発表も考えないといけないわね。ガルベス家周りの処理が問題なんだけれど……」
「そうですね。ああ、私とリーナとの関係は良好ですよ」
「あなた、時々向こうへ遊びに行ってたわね。あの子をダシにして、何とかなるかもしれないわ。私がいろいろ考えてみましょう」
「はい」
女王が何か企んでいそう。一瞬だが悪い顔になっていた。
そこへヴェロニカが肘で私を小突き、小声で言ってくる。
(おい、おまえがガルベス家へ遊びに行ってるなんて知らないぞ)
(ご機嫌取りに遊んであげてるだけだよ。あんな小さな女の子だし、やましいことは無い)
(ううう……)
さすがにリーナ相手に焼き餅をするわけにはいかず、ヴェロニカがそれ以上何か言うことは無かった。
やましいことは…… ペロペロキスをされたことぐらいだな。
女王が何かを思いだしたような顔をし、またしゃべり出す。
「そうそう…… 給仕長から話があってね。代わりになる新しい給仕係の一人、育成が完了したから今度マヤさんが来たらモニカさんを引き渡すことになったの。だから今回、マカレーナへ一緒に連れて帰りなさい」
「それはっ!? ありがとうございます!」
「給仕長にもお礼を言っておきなさいね。この件について尽力してくれたから」
「はい、わかりました」
とうとうモニカちゃんも確保することが出来た。
ルナちゃんの負担も減ることだろう。
彼女も、女王の前なので静かにしているが良い笑顔になっていた。
「フローラさんはまだなんでしょうか?」
「まだ他の代わりになる給仕係の育成が間に合っていないそうなの。いつになるのかわからないわ。ロシータは当分執事職をやってもらうつもりだから、ごめんなさいね。とても優秀な子だからまだ手放したくないの。ミカンちゃんもまだ小さいからシルビアが手を掛けないとね」
それを横のデスクで事務仕事をしながら聞いていたロシータちゃんが、恐縮そうに顔を赤くしていた。
「それなら仕方が無いです。時々二人を王宮へ遊びに連れて来ますから」
「そうしてちょうだい。この子もフローラさんも喜ぶでしょう」
ルナちゃんとロシータちゃんが、ホッとした顔をしていた。
四人仲良しでやってきたんだから、主人としてもそのくらいのケアはしてあげたい。
「親書を渡すことと、ヒノモトの国についてはまた明日話しましょう。今日は王都でゆっくりしなさい」
「ありがとうございます」
「で、これからアリアドナサルダへ行くの?」
「はい。デザイン画を描き溜めておいたノートを届けに行ってきます。新作がたくさん出てくると思いますので、楽しみにしていて下さい」
「うふふっ そうね。良い物が出来るといいわね」
それを聞いていたヴェロニカは特に言葉を発することが無かったが、何やら複雑な表情をしていた。
自分の母親の下着のことまで気にする恋人ならば、そんな気分になるだろう。
まあ、女王との情事がバレなければ良い……
ヴェロニカはまだ執務室に残り、私とルナちゃんは退室する。
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「あっ モニカちゃん!」
「へへー マヤ様と一緒にルナも来てたって見かけた人から聞いてさ。来ちゃった」
ルナちゃんが最初に気づいたのは、執務室の扉の外で控えていたモニカちゃんだった。
ということは、今日か明日で王宮最後の仕事をしているわけか。
「聞いたよ。モニカちゃん、ウチへ来て良いってね」
「うれしー こんなに早いなんて思ってなかった」
「洗濯と掃除はルナちゃんの負担が大きかったから、助かるよ」
「マヤ様そんなことないですよっ のんびりやらせてもらってますから」
「まあまあ。これから二人で頑張ってやっていきますよ。フフフッ」
ジュリアさんがオールラウンダーとはいえ、調理寄りだからルナちゃんの負担が大きい感じはしていた。
長時間労働はさせていないけれど、それはルナちゃんの効率が良いのと、最近は住人が増えていたからセシリアさんまで時々手伝ってくれていたので成り立っていた。
セシリアさんは喜んでやっていたけれど、侯爵令嬢にやらせるのは子爵の主人としてどうかなあと思っていたところで。
「それでね。給仕長に挨拶とお礼を言いたいから会わせて欲しいんだけれど、案内してくれるかな?」
「えー…… いいですよ。じゃあ、付いてきて下さい」
モニカちゃんは給仕長が苦手みたいだから、ちょっと嫌そうな反応だった。
王宮の同じ棟にある、給仕係の事務室へモニカちゃんに案内してもらう。
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「あらっ マヤ様とルナじゃないか。久しぶりだね」
「こんにちは」
「ご、ご無沙汰しております、給仕長」
「フフッ 元気そうね」
給仕事務室へ入ると、給仕長はデスクで事務仕事をしていた。
外国からなどの大事なお客の時以外はあまり表には出ず、普段は給仕係の運用・手配や指導を行っている。
四十代後半でややがっちり体型のお母ちゃん風。おっぱいがFカップぐらいある。
怖そうで子爵の私にも敬語を使わないくらい気さくな人だが、王族から厚い信頼を得ている。
子供がいて、娘さんのうち一人はもう二十代になっており、同じく王宮で働いているそうだ。
見たことはあるかも知れないが、顔は認知していない。
一先ず、給仕長に礼を言う。
「モニカさんの件ではありがとうございました。住み込みで働いてくれる人も少ないので、とても助かります」
「陛下の強い頼みであっちゃあね、代わりを育てるのに頑張ったよ。あなた、あの陛下に随分気に入られているよね。アッハッハッハッ」
「ええ、まあそんな感じで……」
給仕長に私がやってる男娼のことやらどこまで知られているのかわからないが、女王のことにはなるべく触れないでおこう。
「ルナはきちんと仕事が出来ているかい? まあ、この子なら心配ないだろうけれど」
「はい。良くやってくれています。掃除洗濯、そつなくこなしていますよ。調理も少しずつ勉強しながらやってもらってます」
「ハッハッハッそうかいそうかい。ルナは苦手な料理を克服しようとしているんだ。向こうでも頑張ってるんだね」
私と給仕長にそう言われ、ルナちゃんは下を向いて照れていた。
ぱんつを間違えた場所に入れていたことは、無かったことにしている。
「――んんんんんっ!? ルナ! あんた前より太ってないかい?」
「あっひゃっひゃっひゃっひゃっ ルナ食べ過ぎ!」
「モニカうるさい!」
「はい……」
給仕長がルナちゃんをずっと見つめてると思ったら、そんなことを言う。
それを聞いたモニカちゃんが大笑いするが、給仕長に一喝された
ぷぷっ 彼女らを見てると面白いねえ。
「あ、あの…… マカレーナは美味しい物がたくさんで…… おやつもたくさんあって……」
「ハッハッハッ 幸せ太りってやつかね。あっちは暖かい地方だから食べ物は美味しいだろうさ」
「――」
ルナちゃんはさっきから顔が赤くなりっぱなしで、しばらく元に戻りそうに無い空気だ。
このくらいだったらぷにぷにしてて可愛らしい。パティもそんな感じだ。
幸せ太りとは結婚後によく使われる言葉だけれど、実はストレスからのやけ食いだったらどうしよう。
あまり従者という意識で居てもらってるつもりはないが、これからモニカちゃん共にケアを大事にしていこう。
――コンコン
「失礼します」
「お入り」
ドアノックがあり、とてもはつらつとした可愛い声がした。
給仕長に言われ、その声の主が事務室に入ってきた。
「紹介するよ。モニカの代わりを務めることになったララだ」
「ははっ 初めまして! モニカお姉様の後任を務めます、ララと申しますっ」
「ララちゃーん! いつもかわいいんっ」
「モニカは黙ってな」
「はい……」
給仕長にから紹介され、ララちゃんがペコリとお辞儀をする。
おほぉぉぉぉ!! か、可愛い…… 可愛すぎる。
サラサラ金髪のボブヘアーで、背が低め、雰囲気と立ち振る舞いだけで素直で純粋そうな子だということがわかる。
もし仲良くなれたら、マヤお兄ちゃんと呼ばれてみたい。
「初めまして。今度からモニカさんの主人になる、マヤ・モーリ子爵です」
「は、初めまして! モニカちゃんの同僚だった、ルナ・ヴィクトリアですっ」
「マヤ様とルナお姉様ですね! よろしくお願いします!」
ララちゃんに挨拶をする。
ルナちゃんは何故か緊張気味だった。
ララちゃんはニコニコ笑顔で天使のよう。
「ああ…… モニカちゃんより彼女を連れて帰ろうかな……」
冗談半分だが、ついボソッと口に出てしまった。
それを聞いたモニカちゃんが怒り出す。
「えええっ!? マヤさまひっどーい! プンプンッ」
「冗談だよっ」
「あら、冗談じゃなくてもいいんだよ。ララは十分に教育してあるからこの子をマヤ様に連れて行ってもらって、モニカを再教育しなきゃねえ」
「いえっ 是非マカレーナへ行かせていただきます……」
「クスクスクス……」
ララちゃんが笑ってる。
給仕長も冗談半分だろうが、モニカちゃんは本気で受け止めてしまった様子。
まあ、そんなことにはならないが。
「ララは孤児院から特に優秀だった子から引き抜いた子でね。早い内に教育が進んだからモニカの交代も早くできたよ。あーそうそう。モニカの後任だから、マヤ様が王宮へ滞在する時はララが担当になるね」
「おおっ そうなんだ! 改めてよろしく!」
ララちゃんに握手を求めると、小さく柔らかな手で握り返してくれた。
もうアカン! わい、□リコンになってしまいそう。
「うふふっ モニカお姉様のご主人様はオジサマかと思っていましたが、お兄様だったのですね。誠意を尽くして頑張りますっ」
「うっ うん……」 ――ガハァァッ
再びララちゃんの笑顔に、私はノックアウトされた。
それを見ていたルナちゃんとモニカちゃんがジト目で私を見ており、給仕長は声を出さずにクックックと笑っていた。
「あ…… でも今日の所はルナちゃんに直接世話になろうかと思っていたので……」
「なーんだ、つまんない」
「モニカお姉様と一緒にお世話させて頂けると思っていたのですが、残念ですぅ」
「そうかい。じゃあ掃除以外はルナに任せようかね」
「承知しました、給仕長」
給仕長への挨拶のつもりが、長引いてしまった。
給仕事務室はこれで退室し、ルナちゃんを連れて王都の街へ繰り出すのだ。




