第三百七十四話 セリオ・エステバンの災難
※前回の第三百七十三話で話の辻褄が合わなくなったので、10月29日の初回投稿より、後半のセレナさんとのやり取りを11月1日、大幅に改稿しました。
合わせてお読み下さい。
セレナさんといろいろあったが、パティのフィエスタ・デ・キンセスはまだ始まったばかり。
特に若い参加者は食事よりもダンスを優先的にしたがる。
何故ならば貴族のパーティーは婿、嫁探しの場でもあるのだ。
こう言ってはいやらしいが、私はもう相手に困ることが無いので何も心配要らない。
まさかセレナさんにまで言い寄られるなんて思わなかったし、サリ様の神力は強力すぎる……
セレナさんとのエッチなサイン書きが終わった後は、パティとダンス。
こうして踊りながら彼女と顔を向き合っていると、随分背が伸びたよなあ。
まだ伸びしろがありそうだし、ガルシア侯爵は背が高いのでもしかしたら私を追い越してしまうかも知れない。
私自身、日本人としては背が高くもなく低くもない170cmだから、男性の平均身長175cm以上のイスパルでは、低めだ。
幸い、身長が低いからと揶揄う人には会ったことが無いが……
「どうされたんですか? 私をじっと見て……」
「うーん、パティの背が高くなったから、キスもしやすくなったなあと思ってね」
「イヤですわマヤ様ったら。うふふっ パーティーが終わったら…… ね」
「うん」
パティからのお誘い。
十五歳になってから初めてのキスは、どこまで出来るのだろう。でへへ……
パティとは存分に踊ることが出来た。
「それではマヤさまっ 楽しんで下さいませ」
私たちの婚約が決まっていることは周知されているので若い男性からはお誘いが無いが、次のお相手はカタリーナさんのお父様であり、彼女も日頃お世話になっているバルラモン伯爵だ。
伯爵は口髭が渋い四十代後半のスマートなおじさんで、公人のガルシア侯爵と違い商業貴族なので彼の方がお金持ちなのである。だから身なりも良く品が良い。
勿論パティはダンスのお誘いを快く受け入れ、笑顔で踊っている。
私の次の相手はセシリアさんだ。
今日のドレスは真っ白で、胸元が大きくカットされており本物の胸をこれでもかとアピールしているようだ。
女性に転換したことを存分に楽しんでいる様子で、私も嬉しい。
さすが侯爵令嬢だけあって女学院の卒業生の子たちよりずっと高貴オーラが強く、かえってダンスに誘われにくいみたいだ。
「このような素敵なパーティーでマヤ様と踊ることが出来るなんて、夢なら絶対に覚めないで欲しい……」
「間違いなく現実だよ」
「私、今とても幸せです。お友達がたくさん出来て、女になって、ここにいる私は、本当に私なの? とさえ思ってしまうんです」
「あまり深く考えないで、今目の前にあることを素直に楽しめば良いと思う」
「そうですよね。ごめんなさい……」
踊りながら、セシリアさんとそう話した。
幸せになることが次々と叶い、その現実が受け入れられなくて不安を感じてしまっているのだろう。
セシリアさんの過去が、余程根が深かったのか……
変に気を遣わず、普段通りに接していた方が良さそうだ。
食事も取らずに三人と踊っていたので、そろそろお腹が空いた。
ダンスを終えて、立食形式で提供されている料理を、私とセシリアさんとで摘まむ。
ダンスをしない参加者は緩々と食事または歓談を楽しんでいる。
ビビアナに作ってもらったグランド・オクトパスのたこ焼きは今回初めて食べる人にも好評のようだ。
アイオリソースを使ったけれど、今度は本当のたこ焼きソースで作りたい。
マイとオフェリアはスーツ姿で参加している。
マイはドレスが苦手でミニスカやショートパンツを履くわけにもいかず、オフェリアは身長に合うドレスが無かったからである。
ダンスは最初から参加せず、好きな料理を味わって楽しんでいるようだ。
ヴェロニカは――
向こうのテーブルで一人、サイコロステーキを頬張っていた。
肉が好きなんだよなあ。
それも普段の朝稽古でみんなエネルギーと筋肉に変わってしまうが。
ヴェロニカの二十歳になる誕生日は来週で、内輪ではあるが誕生日パーティーを行う予定だ。
ヴェロニカは大きなパーティーが苦手のようだから、去年パティのために行った二次会のように、仲間内でのパーティーならば喜んで開催を受けてくれた。(第百八十六話参照)
おや? ヴェロニカに声を掛けている男がいる。
あれは…… 隣町から来たセリオ・エステバンではないか。
二年前、パティの誕生日パーティーで彼女とダンスをしているとき、無理矢理キスをしようとしたけしからんヤツだ。(第二十一話参照)
父親のエステバン伯爵からキツいお仕置きをされたらしいが、こちらも体裁のため去年の誕生パーティーは一応招待し、今年もひょっこりと来ているのか。
勿論、パティと私が結婚をすること知っているはずだから、目的は他に参加している女の子たちだろう。
それにしても、よりによってヴェロニカに声を掛けるとは……
彼女の正体を絶対知らないよな。
「こんばんは、セニョリータ。どうか私と踊っていただけませんでしょうか?」
「モグモグ――」
セリオは丁寧なお誘いをしているが、ヴェロニカはまだ食べかけで返事が出来ない。
タイミングが悪いだろうと思うが、彼女はひたすら食を満たすことに集中していたので仕方が無いか。
「モグモグモグ―― ごくん うむ、いいだろう」
「ありがとうございます」
あらら。あっさりOKしちゃった。
伯爵家の嫡男だけあって身なりは良いし、今のところ失礼も無かったけれど心配だよ。
セリオのほうが……
私の隣で食事をしているセシリアさんから声が掛かる。
「マヤ様、どうなされたんですか?」
「いやね。前にちょっと問題を起こした伯爵家の息子が、ヴェロニカをダンスに誘ってしまったようでね」
「まあ、お気の毒に……」
セシリアさんは口を押さえ、この先どうなるかお察しのようだ。
まあ、私が彼を助ける義理は無いので、知ーらないっと。
(セリオ視点)
かなり美人だったから思い切って誘ってみたが、この女性は今までのパーティーでは見かけなかった気がする。
気品が有るような、肉ばかり好んで食べていてどことなく粗暴さもあるような、どこの家の家のお嬢様だろうか。
まあ良い。ガルシア家のお嬢様はもう諦めざるを得ないが、この家で行われるパーティーは特にご令嬢が多く参加するから、俺が参加しない手は無いのだ。
「それでは、よろしくお願いします」
「うむ。私についてこられるならな」
伯爵家の私相手に、やけに態度がデカい女だな。
少々ムカつくが、ここで問題を起こすわけにはいかない。
――手を握ってみる。
うわっ? 手がゴツゴツしてるし、皮が硬い?
この女は普段何をやっているんだ?
とてもしおらしい貴族令嬢とは思えない手だな。
そうか、わかった。田舎の農場経営をしている貧乏男爵家では、家族総出で畑へ出ているところがあると聞いている。
フッ 大方鍬でも持って農作業に徹しているのだろう。ご苦労なことだ。
「おい、足元がおぼつかないぞ」
「す、すまん」
な、な、何だこの女?
ステップの足さばきがガチ過ぎてついて行くのがやっとだ。
腕の動きも、俺の方が持って行かれそうだ。
農家の娘のくせに、ダンスの達人だと?
「おいおまえ、去年もパトリシア嬢のパーティーにいただろ。女にばかり話しかけてヘラヘラしているのが目に付いていた。私が鍛え直してやろう」
「なっ!? おまえ?」
去年もいたのか? 覚えが無い……
いや、男物の服で女の子たちに囲まれて話していたあいつのことか?
ま、まさかこいつの正体は男なのか?
――だが、胸がデカい。時々当たる柔らかさは入れ物でなく本物だ。
うへへ…… 強く揉みしだいてやりたい……
しかし、この俺をおまえ呼ばわりするとは生意気な女だ。
後で連れ出してイビってやろう。
「うわあっ」
「ほら何をしている。キビキビと動け」
こいつうう! 調子に乗りやがって!
もう完全にこの女のペースになってしまった。
ううっ 俺がこんな田舎女に振り回されるとは……
(マヤ視点)
ああ、やっぱり。
エステバンのお坊ちゃん、ヴェロニカと踊っているとまるで人形のようにぷらぷらとしている。
もはやダンスになっていないな。
ヴェロニカも加減を知らないんだから、もうやめておけばいいのに。
「ヴェロニカ王女、すごいですね。あんなにキレが良い動きをされるなんて」
「彼女は剣術、体術の達人だからね。ダンスもそうなってしまうのかな」
「マヤ様も達人ですけれど、とてもしなやかな動きでしたよ。うふふっ」
「セシリアさんにお褒めいただいて光栄だね」
セシリアさんはセリオを心配することもなく、楽しんでいるように見えた。
優しい彼女にも意外に黒いところがあるんだなと思ったが、彼女の過去から察するにいじめっ子オーラが出ているやつには容赦が無いのだろう。
さて、ダンスの曲がそろそろ終わる頃だ。
「フッ よく頑張ったな」
「何が!? おまえ何様のつもりだ!」
セリオは、ヴェロニカと繋いでいた手を振り払うように放した。
あー やっちまったか。それでも私は関知しない。
「何様?」
「たがが農耕貴族の娘だと思って、黙っていればっ」
「ほう。おまえには私がそういうふうに見えたのか。フフフッ」
「ぬううっ 何がおかしい!」
セリオがヴェロニカの胸ぐらに掴み掛かろうとした。
彼の声で周りがざわつく。
いかん! あいつの首が飛ぶぞ!
だがそこへ、近くのテーブルで料理を並べていたメイド服姿のエルミラさんが瞬発的に駆け寄り、セリオを後ろから抱えて抑え込む。さすがだね。
「セリオ様、この方に乱暴をされると大変なことになりますよ」
「なっ!?」
エルミラさんは小声でセリオに話しかけた。
セリオは後ろから抱えているエルミラさんから抜けようとしているが、力はエルミラさんのほうがずっと強い。
「このお方はお忍びでこちらへいらっしゃっているイスパル王国の王女殿下、ヴェロニカ様です」
「な、な、なぁぁぁぁぁ……」
セリオはエルミラさんの言葉を聞いてへたり込んだ。
まったく…… どこかのちりめん問屋の爺さんの正体を知った悪人のようだ。
暴れる将軍みたいに成敗されなくて良かったな。
「だから王女殿下がこちらにいらっしゃることは、絶対に口外なさらぬように」
「あ…… ああ……」(確かマカレーナでのパレードで、陛下と王女殿下がいらっしゃった…… まさか、あれから王女だけ帰ってなかったとは……)
エルミラさんが抱えているセリオを放すと、彼は絶望を感じたのかドサッと床へ座り込んだ。
この国では王族に暴力を振るったら最低でも向こう十数年間は牢屋に入れられるらしいが、未遂で済んだからどうなんだろうな。
「ハッハッハッ ちょっと面白かったぞ。本来なら監獄行きだが、そこのエルミラに感謝するんだな。まあ、おまえに殴られてしまうほど弱くはない。よって、罪は問わん」
「は、はひ…… も、申し訳ございません……」
セリオは半分腰が抜けた状態で、ズルズルとホールの出口へ歩いて行った。
ショックでこのまま帰っちゃうかもしれないな。
昔のヴェロニカならば彼を数発ブチ殴っていたかもしれないが、今は随分と柔らかくなったな。
パーティー会場は何事も無かったかのように、皆は楽しんでいた。
私はヴェロニカのほうへ寄り、話しかけてみた。
「やあ、大変だったね」
「おお、マヤ。見ていたのか。私にとっては余興に過ぎん。それにパトリシア嬢の大切なパーティーをぶち壊すわけにはいかないからな」
「ふーん、初めて君と会ったときを思えば、随分丸くなったね」
「なっ!? それを言うな!」
ヴェロニカは私の胸に軽くパンチをする。
軽くじゃない。ちょっと痛かった。馬鹿力め……
「ああ、エルミラさんもありがとう。おかげで大事にならなかったよ」
「ああ…… ヴェロニカ様には冷や冷やしましたよ……」
「ハッハッハッ 私の相手はマヤしか務まらんからな。やはりダンスより体術のほうが楽しい。明日の朝も訓練するぞ。ハッハッハッ」
と、ヴェロニカは軽く高笑いしていた。
セシリアさんもやって来て、三人で食事の続きを始める。
「おっ この肉料理は美味しいね」
「だろ? 私もハマってしまった」
「本当です。美味しいお肉ですね」
「エルミラ! この追加を持って来てくれないか?」
「はい、かしこまりました」
ヴェロニカがエルミラさんに頼んだが、まだ食うのか……
エルミラさんは早速ホールを出て厨房へ頼みに行った。
ああ…… エルミラさんのメイド服いいなあ。
今度、メイド服プレイをしてもらえるだろうか。
(セリオ視点)
うう…… ちょっとチビったかも知れない……
あんな格好悪いことになって、こんなところへ居られない。
馬車を待たせているから、休んでいる御者には悪いがもう帰ろう……
親父に知られたら勘当させられる。
誰かにチクられたらどうしよう……




