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第三百七十二話 パティのキンセアニェーラ(成人の儀式)

 ※ラテン系の各国で実際に行われているキンセアニェーラとは大きく異なることを前提にお読み下さい。

 エスカランテ家にてシルビアさんと熱く甘い夜を過ごし、朝になる。

 朝食を頂いてから、愛しのミカンちゃんと約半月お別れになるので目一杯抱っこする。

 まだ小さいので(つね)ったり髪の毛を引っ張ったりはしてこないけれど、成長していずれそうなると思うとまた楽しみになる。

 王宮へ寄ってそのまま飛行機を操縦し、離陸。

 まっすぐ、セシリアさんがいるセレスへ飛んだ。


 セレスへ到着すると、ご両親に挨拶してからすぐセシリアさんを乗せてマカレーナへ向かう。

 操縦席で私一人では寂しいので、セシリアさんには特別に副操縦席に座ってもらい、話し相手に。

 本当の飛行機みたいに機器がびっしりついているわけではなく、予備の操縦桿(そうじゅうかん)しかないので、それさえ触らなければ問題無い。


「横を眺める客席と違って、前を眺めて空を飛んでいるとまるで鳥になったようですね!」

「確かにそうだよね。この乗り物も、鳥を研究して作ってあるんだよ」

「マヤ様すごいです! そんな研究もされてたんですね!」


 セシリアさんは大はしゃぎ。

 正真正銘の女性になったので、余計にそれも可愛らしく見える。


「ああいや…… 私がいた遠い国の、先人の知恵を借りただけだよ」


 セシリアさんにも一応、私が別の世界から来たことを話してある。

 だがセレスからも出たことが無いような箱入り息子…… 娘だったから、あまりピンときていないようだ。


「それでも素晴らしいです。きっとこの世界で一つだけではないですか?」

「どうだろう。ブロイゼンではもしかしたら飛行機が出来ているかも知れないね」

「そうですね。あの国の高い技術なら……」


 ブロイゼンは、ラウテンバッハの人たちから話を聞いている。

 鉄道や大型汽船はすでに実用化されており、最近聞いた噂では飛行船のようなものが出来たとか。

 外国への技術流出を避けているため、イスパルでは大型汽船ぐらいしか見ることが出来ない。


---


 お昼前にはマカレーナの我が家の庭へ着陸した。

 お昼ご飯を食べた後で、飛行機をラウテンバッハへ返しに行く。

 アリアドナサルダへ行ってロレナさんからミランダさんへ渡す物もあるが、取りあえず食事だ。

 食卓に皆が集まるが、アムの姿が見えない。

 アイミに聞いてみる。


「あいつは天界へ帰ったぞ」

「ほう、何でまた?」

「退屈だからと言ってたぞ。あいつは仕事をしたくないだけだろう。おやつを食べにまたすぐ来るとは言っていたがな。ゲラゲラッ」

「ああ…… そう」


 まあ、少しの間は静かになるのは良い。

 しかし、デモンズゲートが開く度に気分が悪くなるのは何とかして欲しい。

 今度言っておこう。

 ヴェロニカには、ヒノモトの国へ訪問する際に、皇帝イヅモノミカドへ女王からの親書を渡すお役目をいただいたと報告をした。


「陛下の名代としての役目、承知した。それに、たまには王都へ帰っておかないと門閥貴族共に怪しまれるからな。ハッハッハッ」


 ヴェロニカがマカレーナへ滞在していることは非公式になっているが、長期不在になっていることはバレているだろう。

 一応、研修という名目で王都を離れていることになっている。

 公務はしないで、エルミラさんたちやローサさんとの剣術稽古目的が中心だ。

 結婚が間近になる頃、恐らく彼女は一旦帰宅ではなくマカレーナを離れることになりそうだ。

 せっかくエルミラさんとスサナさんと仲良くなれたのに、可哀想だよな。

 今のところ、この先マカレーナに住み続けるのか、王都に住むのかはまだ整理がついていない。


---


 王都から帰って半月後。

 いよいよパティの成人の儀式が行われる誕生日の前日になった。

 儀式の名称は女の子の場合、キンセアニェーラ (quinceañera) といい、男の子はキンセアニェーロ (quinceañero) という。

 儀式は教会で行い、その後に自宅でパーティーを行うのが習わしだ。


 ガルシア侯爵邸へ前日入りで、パティの祖父母であるエンリケ男爵夫妻が馬車でやって来た。

 門番の一人が急いで知らせに行き、玄関前でパティとアマリアさん、カルロス君が出迎える。

 アイミがやっている道路舗装事業で走りやすくなり、随分早く着いたとのことだ。


「いらっしゃいませ、お祖父様お祖母様。(わたくし)のためにようこそお越し下さいました」


 エンリケ男爵夫妻が馬車から降りると、パティが前に出てカーテシーで挨拶。

 じーちゃんばーちゃんが可愛い孫たちに再会出来たので、デレデレと表情が緩んだ。


「まあまあ、あなたたち。ちょっと見ない間にまた大きくなったわね」

「本当だ。パティは明日で十五歳、カルロスはもうすぐ四歳だったかな」

「いやですわお父様。カルロスはもう五歳になりますよ。うふふっ」

「そうだよお祖父様! ボク、今度五歳になるもん!」

「おうおうそうだったか! いやあ、カルロスが生まれてもう五年になるのか。子供の成長というのは早いものだな。ハッハッハッ」


 カルロス君がエンリケ男爵の脚に抱きつき、男爵は彼をナデナデする。

 爺ちゃんのデレっぷりはちょっとみっともなく見える。


「お祖父様! ボクもっともっと大きくなるから!」

「ハッハッハッ カルロス、すごく楽しみにしているよ」

「――さあ、お祖父様お祖母様、どうぞ中へお入り下さいませ」


 男爵はカルロス君の手を繋いで屋敷の中へ入った。

 カルロス君は爺ちゃんっ子かな。


---


 その頃私はガルシア家の大広間で、二次会にあたるフィエスタ・デ・キンセス (fiesta de quinces) というパーティーの準備をしていた。

 前もってセッティングしておいたテーブル等のチェック。

 グラヴィティが使えるようになってから重い物を複数動かす時は、随分楽になった。

 フェルナンドさんからもチェックをしてもらって、合格点。

 伊達にホテルマンをやってなかったぞ。フフフ

 毎年の誕生パーティのように、立食形式にしてダンスも踊る。

 グランド・オクトパスのたこ焼きも出す予定だ。

 料理があんまり出来ないスサナさんとエルミラさんはメイド服を着て、他のメイドのオバちゃんたちの代わりに掃除や洗濯、ベッドメイキングなどをしていた。

 得手不得手もまた使いようだろう。


 ビビアナとジュリアさんは、マルシアさんたちの応援で料理の仕込みに忙しい。

 以前使っていた自分の部屋で泊まり込みになるそうだ。

 だから今日の我が家の料理はセシリアさんがメインで作り、ルナちゃんとマルヤッタさんが補助になる。

 侯爵令嬢が料理を作ってくれるなんて恐れ多いことなのだが、ラミレス侯爵夫人同様好きで料理を作っているので問題無いそうだ。


「今晩はミートボールのトマト煮込みですよ。アイミちゃんとアムちゃんも大好きだから、たくさん作りますからね。うふふっ」

「それは楽しみだなあ」


 ど、セシリアさんが張り切っていた。

 そう。タイミングが良いのか悪いのか、アムが今朝になって我が家にある自分の部屋にデモンズゲート開けてやって来たようだ。

 何食わぬ顔で「諸君、おはよう!」と、食堂でみんなと朝食を取っているときに入ってきたからビックリ。

 ジュリアさんたちはもう出掛けてしまっているので、しょうがないからルナちゃんに頼んで作り置きのバターロールパンやチュロス、オレンジジュースを出してやったら、美味そうに食っていた。

 食事に関しては文句を言うことが無いので助かるが、天界の食事ってそんなに美味くないのだろうか。

 デモンズゲートが開いたときに気分が悪くなる現象だが、今朝は全く気づかなかった。

 聞いてみたら、アムが使っている部屋には自分が居心地良くなる結界みたいなものが張ってあるそうで、人間が気持ち悪くなるかどうかは意識していなくてたまたまだったらしい。

 今度からも自分の部屋で出入りしてくれるから、助かった。


---


 日が変わり、パティの誕生日。

 キンセアニェーラが行われる日になった。

 そのまま屋敷でパーティが行われる流れになるので、お茶の時間も過ぎそろそろ夕方になろうとする時間、マカレーナ大聖堂に集まっているのはカタリーナさんのご両親であるバルラモン伯爵夫妻やエリカさんの両親であるロハス男爵夫妻らの、ガルシア家と交流がある貴族。

 それからマカレーナ女学院の学院長や元担任の先生、パティと親しかった同級生も集まる。

 同級生といってもパティは飛び級なので、カタリーナ様と同じ二十一歳の子たちばかりだ。

 中には既に結婚している子も何人かいるらしい。

 マイやアイミたちは屋敷で行われるパーティーから参加する。

 ガルシア家やエンリケ男爵夫妻の親族は、後で来るようになる。

 私やエリカさん、セシリアさんも貴族だし、何よりパティと家族同然なので勿論参加する。


 そんな私たちは大聖堂の隅っこで立ち話をしながら開催を待っていた。

 スペシャルゲストは王女のヴェロニカだが、騒がれないようにこっそり参加する。

 目立たぬよう衣装は地味なブラウンのドレスを着ているが、美しい金髪と顔立ちがドレスの色と相性が良く、かえって際立ってしまっている。

 貴族のバカ息子がナンパして、ぶん殴られなければ良いのだが。

 彼女のドレスを見るのは久しぶりなので、一応褒めておこう。


「ヴェロニカ、そのドレスはすごく似合っている。惚れ直したぞ」

「そそそそんな露骨に言っても何も出ないからなっ」


 と、顔を赤くして照れていた。

 エリカさんは魔族になって身体が若返っているので、いつもは紫など濃い色のドレスを着ているが、今回は珍しく薄いピンクのドレスを着ている。


「エリカさん、そのドレス可愛いね」

「えー ドレスだけ褒めてんの? 私はもっと可愛いでしょ?」


 半永久的に十八歳になってしまったエリカさんはそう言いつつ、私の腕に絡みついてベタベタ胸を押しつけている。

 おっぱいの柔らかさはいつも通りだ。

 ちなみに私が着ているのは、首に控えめな白いジャボを着けて、ジャケットとズボンの、この国での一般的な正装だ。


「教会の中でそんなことをするのはどうかと思うけれど」

「愛と美の女神サリ様だよ? これくらいなら大丈夫よ」

「ああ、まあ……」


 あのサリ様だもんな。神殿でコケたとはいえ、ぱんつ丸出しだったもんな。

 さて、セシリアさんもドレスは地味めにグレーのものを着ている。

 女になって、ナチュラルボブから髪の毛を伸ばし始めているそうだ。

 まだ見た目はほとんど変わらないが、ヴェロニカとは違った高貴な美麗さを地味目なドレスが引き立てている。


「セシリアさんすごい! きっと誰から見ても羨むくらい綺麗だよ。ウットリ……」

「あああありがとうございます…… そう言われると何だか恥ずかしいです……」


 セシリアさんを褒めて顔が赤くなってると、まだ腕に絡みついているエリカさんが突っかかってくる。


「あー、私の褒め方と全然違うねー」

「エリカさんは綺麗なのが当たり前だからだよ」

「ふーん、本当にそう思っているのかねえ」


 エリカさんはそう言いながら娼婦まがいに私の首筋のニオイを嗅ごうとしているが、やり過ぎなので振り払う。

 もう周りの人たちは席に着いているし、ちょうどエンリケ男爵夫妻とローサさんたち親族が入ってきたのでいい加減私たちも席に着く。

 私はエリカさんとヴェロニカ、セシリアさんに挟まれて。


 ――シスターが弾くパイプオルガンの曲に合わせて、パティを先頭に、後ろには両親であるガルシア侯爵とアマリアさんが入場。

 パティは白基調に水色が入った清楚でフワッとしたドレスを着ていた。

 まるでウェディングドレスのようだが、それとは別に用意したものだそうだ。

 アマリアさんは濃いめの灰緑色のドレスを着こなしており、シックでとても美しい。

 パティは壇上に上がり、お祈りのポーズでマルセリナ様からのお言葉を受ける。


「パトリシア・ガルシアさん、十五歳のお誕生日、それからご成人誠におめでとうございます。今日から大人の仲間入りをすることになります。大人としての誇りと自信を胸に抱き、さらなる飛躍を願っています」

「ありがとうございます」


 マルセリナ様は右手をパティの額に当て、祝福をする。

 実際に魔力を感じ、何か魔法を掛けているように思う。


「ねえ、アレ何やってんの?」

「アレはそのまんま祝福の魔法を掛けてるのよ。そんなに強力じゃないけれど、誰が強いとか弱いなんて贔屓(ひいき)は出来ないからね」

「なるほどね」


 小声でエリカさんに質問してみたら、そういうことだった。

 強力な祝福はキスしたりハグをするからな。

 うへへ…… アマリアさんとの…… 思い出しちゃった。


「マヤ君から不浄な魔力を感じる……」

「元々不浄な人に言われたくない」

「ひどーい」


 エリカさんが小声で揶揄(からか)ってくるが……


「そこうるさい」

「「はい……」」


 ヴェロニカから怒られた。

 中学生みたいで大人気なかった。

 大人になる儀式だというのに、既に大人の私たちがこうではいかんな。


 マルセリナ様からの祝福が終わり、パティが一礼すると回れ右でこちらへ向き、私たちに向かって再び一礼する。


 ――パチパチパチパチパチパチパチパチッ


「パティ! おめでとー!」

「おめでとー!」

「おめでとうございます!」


 拍手の後、同級生の女の子たちからお祝いの声が送られる。

 壇上を降りるとガルシア侯爵とアマリアさんがパティの前へ行き、フェルナンドさんが用意したハイヒールをガルシア侯爵へ、ティアラをアマリアさんに渡す。

 そしてガルシア侯爵は、パティが履いているヒール無しの靴を脱がせ、ハイヒールを履かせる。


「うううっ パティ、おめでとう……」

「お父様ったら、泣かないで下さい。うふふっ」


 やっぱり娘が成長した節目は、父親は泣けるものかのかね。

 もうすぐに結婚式があるのに、どうなるやら。

 次はアマリアさんからティアラが贈られる。

 宝石で飾られたものではないが、銀製の美しいティアラがアマリアさんの手でパティの頭に被せられる。


「パティ、おめでとう」

「ありがとうございます、お母様」


 二人ともニッコリと微笑み、その後は再び盛大な拍手が送られた。

 なんと尊い慣習なのだろうか。

 私も感動して胸がジンと来てしまった。


「あー 私はあの歳の頃、あんなことしなかったなー」

「アスモディアへ飛び出して、アモールからお仕置きばかりされてたんでしょう?」

「嫌なこと思い出した……」


 エリカさんがつぶやき、私が返すとそのまんま図星だったようだ。

 私まで目に浮かぶようだ。


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