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第三百六十四話 モーリ子爵家の日常

 ラガのバカンスから帰って来て約半月。

 私はいつものように新しいランジェリーのデザイン画を描くことに勤しんだり、エレオノールさんから貰ったウスターソースを使って、厨房が忙しくない時間に隅を借りてたこ焼きソースを開発していた。

 【Lily&Pelling】というパチモンくさいブランド名のウスターソースに、ケチャップ、鰹出汁を少量、蜂蜜、みりんの代わりの白ワインを混ぜて煮詰めてみたが、何か物足りない。

 やっぱり醤油かなあ。みりんも代わりじゃなくて、米麹から作った本物が欲しい。

 となると、ヒノモトの国にあるかどうかだ。

 ローサさんに聞いてみたが、向こうの料理の作り方や材料をよく知らなくて、みりんも醤油もわかっていないようだ。

 ただ、私が日本で食べていた和食に似た物を食べていたそうだから、あって欲しいという願いを込めて、たくさん買い付けてみようと思う。

 ビーチで使ったたこ焼きフライパンはグアハルド家で使ってもらうために置いてきたので、新たにパティに作ってもらって試作してみた。

 アムとアイミは喜んで食っていたが、私はソースが納得いかないのでこれで完成したとはとても言えない。

 瓶に入っていたソースは半分以上使ってしまったので、本格的なたこ焼きソース作りはヒノモトの国とシェフィード国へ行った後になりそうだ。

 それと、バーベキュー小屋で使ったたこ焼きの鉄板はお土産に持って帰ったけれど、ウチの厨房では炉が小さくて使えそうに無い。

 炉を二つ跨がらせて使えそうだったけれど、焼きムラになってしまうので諦めた。

 炉を新たに作るか、改良するしかない。

 やることがいっぱいあるので、後回しだ。


 ヴェロニカが希望していたジャグジー風呂の建設は、カタリーナさんの実家の伝手でパティに頼んでもらっている。

 ついでに、グアハルド家ほど広くないが十人くらい入れる浴場も裏庭へ作ってもらうことにした。

 寒い冬でも外へ出ずに済むよう、直接母屋へ増設する。

 温泉でも掘ってみようかと思い、パティの土属性魔法で千メートルくらい掘れないかと聞いてみたけれど、いくら魔力があっても相当な熟練魔法使いでないと無理ではないかという話だ。いつか熟練魔法技術者を探してみるか……

 仕方が無いので、水道から引いて魔動具で温めるごく一般的な方法で作ることにした。

 ジャグジー吹き出しは、水属性と風属性を合わせた魔動具があるので、それを工事の時に一緒に取り寄せてもらう。

 やや高く金貨五枚と、この屋敷の値段と同じだった。


 マイとオフェリア。

 毎朝、ヴェロニカと共に庭で体術訓練をやっている。

 気功波の類いを使うと屋敷がバラバラになったり近所迷惑になるから、直接手脚でやり合う徒手空拳(としゅくうけん)のみだ。

 また、スサナさんとエルミラさんもガルシア家からわざわざ来てやるほど、魔族の二人は私たちにとって刺激になっている。

 私も含めた女子だけのムンムンだ。いいだろう。

 それが終わると、見聞を広めようと二人でよく市場へ出掛けているようだ。

 帰って来たときは、どこの山で狩ってきたのか大きな猪や兎を抱えていることがよくある。

 彼女らへは私がお小遣いを上げているだけで収入が無いので、せめて我が家の食い扶持をという気持ちからだそうだ。

 お陰でアムとアイミの大食らいも(まかな)えている。


 アムの処遇。

 最初の通りモーリ邸の三階にある階段寄りの一室を使って生活してもらっている。

 目的が無く下界へ降りてきたので当然やることがあるわけが無い。

 暇を持て余しているから、私やヴェロニカの剣術稽古の相手をしてもらった。

 だが、飽きっぽい性格と元々他人に教えることが苦手なようで、三日しか持たなかった。

 それにアムは剣神アーレスの弟子なので、強すぎて私たちではまともな打ち合いにならない。

 アムをガルシア家へ連れていき、ローサさんに相手をしてもらうと事情が違った。

 二人の打ち合いを見ていると、剣術のレベルがほぼ互角なのだから驚いた。

 正確にはアムが片手で木刀を持って、ローサさんが両手持ちでやっと互角である。


 ――カンッカンッカカカンッ カカンッ


『ヒャハッ お姉さん強いねえ。いいよいいよっ マヤなんか問題にならないくらいだよ!』

「ふふっ それはどうも」


 木刀でアムと打ち合っている最中、ローサさんは厳しい表情ながらもニヤリと微笑んでいた。

 彼女のあんな顔を見たことがない。

 私など問題にならない…… 確かにそうだ。

 私やヴェロニカは力押しの傾向なのに、二人を見ていると動作がとても軽やかだ。

 力を入れておらず、まるで舞っているかのようにも見えた。

 ヴェロニカもそれを悔しそうに見て、自分の無力さを認めざるを得なかったようだ。


 アムはローサさんとの打ち合いを好むようになり、毎日ではないがローサさんがアベル君に手が掛からない時に相手をするようになった。

 ローサさんが益々強くなりそうで、ちょっと怖い。

 木刀で打ち合いばかりをやっているわけにはいかないので、一度アイミの土木作業の手伝いをしようとしたがアイミには邪魔と言われ、一日で飽きてしまう。

 しかし、アムには一つだけ熱心になれることがあった。

 それはおやつを食べることだ。

 特にジュリアさんが作るドーナツボールが大好きで、一人で山ほどの量を平らげたこともあった。

 食べた物はどこの亜空間へ行ってしまうのか、全く太る様子が無い。

 彼女のトイレの様子まで私が知る由も無いが、トイレが詰まったという話は聞かない。

 案の定、小麦粉や食用油などの食材を大量消費しているが、幸いこの国ではその手の食材が格安なので私の懐が寂しくなることはない。

 無い無い尽くしでそれはそれで有り難いが、ある日ジュリアさんがアムにこう言った。

 機会があればアムに言ってやれと、実は私がジュリアさんに頼んだことだ。


「そんなに食べることがお好きなら、ご自分で作ってみてはいかがでスか? いろんなものが作れるようになると楽スくなりますよ」

『うーむ…… 面倒臭いけれど、あたしにやれるのか?』

「マヤさんに聞きまスたよ。アムさんはあれだけ剣術が強くて、剣神の厳しい修行をやってのけたんでスから、料理なんてきっと簡単でスよ」

『そうか。そうだよな! ジュリア! あたしに料理を教えてくれ!』


 ジュリアさん、ぐっじょぶ!

 やっぱりアムはチョロかった。

 これでマルヤッタさん、パティに続いて調理研修生が三人になった。

 ちなみに我が家の料理長はビビアナだが、人に教えるのは下手なので先生はジュリアさんに任せている。

 ジュリアさんは洗濯、家事全般もこなすオールラウンダー。

 ルナちゃんは掃除大臣。調理技術は並。

 セシリアさんはお母様から伝授の、貴族の家庭料理が得意なので主にパティの先生をやってもらっている。


 リビングでセシリアさんと二人だけでお茶をしているとき、こっそりとパティがやってる調理の様子を聞いてみた。

 今は女だけれど男の心を持っている私、男だけれど心と姿はほぼ女のセシリアさん。

 対面ではなく、ソファーで隣り合って座っていると不思議な感覚だ。


「セシリアさん、パティの調子はどう? 鍋が爆発したり、物体Xが発生して魔物みたいにしゃべっていないよね?」

「うふふっ そんなことありませんわよ。まず簡単なメニューを始めてもらってます。実は、昨日の夕食に出したパタタス・アリオリはパトリシア様がお作りになられたんですよ」


 パタタス・アリオリとは、ふかしたジャガイモに、たこ焼きでも使ったニンニク風味のアイオリソースを和えたものだ。

 日本風ならば、ふかし芋のマヨネーズ和えだとイメージしやすいだろう。

 簡単な料理だけれど、あれをパティが作っていたとはなあ。


「えっ あれはパティが作ったの? そういえば食事中は妙にチラチラと私を見ていたのはそういうことだったのか。でもいつものパティなら真っ先に料理を差し出して、『私が作りましたのよ。是非お召し上がり下さいませ!』って言いそうなんだがなあ」

「うぷっ マヤ様って、パトリシア様の真似が上手いですね」


 珍しく、セシリアさんが吹き出すほど笑った。

 ウケたくて真似たわけではないが、そんなに似ていたのだろうか。

 パティとは散々一緒に居たから、仕草や口調まで染みついてしまったのかね。


「それで…… パトリシア様はマヤ様の本心を見たかったから、わざと黙っていたそうなんです。マヤ様は綺麗に残さず召し上がっておられましたから、後で片付けの時に厨房へいらっしゃって、ガッツボーズをして喜んでおられましたね」

「そっかあ…… 確かにあのパタタス・アリオリは美味かった。また食べたいなあ」


 なるほど。最初からパティが作ったとわかっていたら、私はお世辞を言っていたかも知れない。

 それを見越して黙っていたんだね。


「じゃあ、私はそっと見守ることにするよ。パティのほうから私が作りましたと言ってくる時を楽しみにしていよう」

「そうですか、わかりました。料理の内容も徐々にレベルを上げていきますからね。うふふっ」

「セシリアさんの料理も美味しいよ。この前のアルボンディカス(ミートボールのトマト煮)と、マッシュルームのアヒージョは大好物になりそうだ。確かセレスでお母さんも作っておられたよね?」

「そうなんです。もう十年くらい前ですが、母からしっかりと作り方を習いました。マヤ様がそんなに気に入って下さるなんて、嬉しいです…… ポッ」


 セシリアさんが顔を赤くし、私に寄り添う。

 腕に絡まりベッタリと。

 ふわぁぁぁぁ…… 男なのに、私よりイイ匂いがする……

 どうかなってしまいそうだ。

 昼下がりのリビング―― 誰も来ないよね。

 私よりずっと美しい金髪から覗く、可愛らしい耳。

 ちょっとだけはむはむしてみようか――


 ――ガチャ!


「マヤ君! セシリアさん! ここにいた! ついに出来たわよ!! あっ……」

「あ……」


 その時、急にドアが開いて現れたのがエリカさん。

 はむはむする前だったからセーフ?

 エリカさんは私たちの様子を見て一瞬固まったが、すぐにニヤニヤと笑い出す。


「ふふーん、もう始めちゃうところだったの。ちょうど良かったわ」

「何がちょうど良かったんだよ。ノックもしないで……」

「完成したのよ! 性転換魔法!」

「おおおっ!? 本当に本当に今度こそ大丈夫なんだよね?」

「理論的には完璧よ! 最高の出来だわ! じゃ、早速ここで――」


 エリカさんは私たちの対面のソファに座り、目をキラキラさせ興奮しながらこちらをジッと見ている。


「何を早速だよ!」

「――」

「行為の前後で魔法を掛けるように変えたからね。さっ 始めるよ」

「やれるかぁぁぁぁ!」

「は、恥ずかしいですけれど私は構いません…… ポッ」

「えぇぇぇぇぇ!?」


 セシリアさんまで盛り上がっちゃってる……

 つまり、今までの性転換魔法【ジーナスムタティオ】は行為の後に一回だけ掛けていたが、新しい魔法は行為の前後二回も掛けることになったのか。


「あのさ…… せめて今晩にしようよ」

「えー つまんない。早く試したいのに」

「いや、今晩なの! セシリアさんもそれでいいよね?」

「――はい、マヤ様がそう(おっしゃ)るのなら」

「仕方ないわねえ」

「仕方なくない!」

「ちぇー」


 ()くして、性転換の儀式は今晩行われることになった。

 そうかあ。慣れ親しんできたこの女体ともとうとうお別れか。

 そして分身君と再会出来る!

 最後に、部屋へ戻って一人遊びしてこよーっと。


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