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第三百六十一話 家族関係と、滋養強壮の魔法薬

 バカンスでの、最後の夕食が始まる。

 午後八時からとやや遅い時間から立食パーティー形式で、グアハルド家も一緒になって行われた。

 女王やヴェロニカはお忍びで来ているので領地内の貴族は招かれることは無く、初日の昼食会(第三百三十七話参照)と同じ総勢35名だ。

 最初にルイスさんからの挨拶があった。


「マルティナ国王陛下、ヴェロニカ王女殿下、並びにガルシア侯爵家とモーリ子爵家の皆様には当家のおもてなしを楽しんでいただけて、私は大変嬉しく思います。ささやかではございますが、最後の夜をラガの料理と歓談を心ゆくまでお楽しみ下さい」


 そして女王の簡単な挨拶の後、ルイスさんの乾杯の音頭。


「それでは乾杯のご唱和をお願いします。イスパル王国の発展と皆様のご健勝、ご活躍を祈念しまして、乾杯!」

「「「「「乾杯!!」」」」」


 いやー、短い挨拶はいいねえ。そういうところ、ルイスさんと女王は好きだよ。

 職場の懇親会なんて面倒臭いだけだったよ。

 飲んでる間もどうせ仕事の話になってしまうし、つまらんったらありゃしない。


 料理は勿論海鮮系を中心に振る舞われた。

 ド定番の海鮮パエリアの他、グランド・オクトパスと小エビのアヒージョ、ブイヤベースに良く似たサルスエラ、イカリングと鱈のフライみたいな日本でも食べられる物、それからエトワール料理の魚のポワレ、ルクレッツィア料理のカルパッチョなどたくさんの料理を賞味した。

 そんな時、私はマルセリナ様とパティと三人で歓談していた。

 マルセリナ様自身、このようなパーティーへ参加することは滅多に無く、余所の土地では初めてだそうだ。

 サリタちゃんはビビアナたちと一緒にいる。大丈夫なのかな?


「マヤ様、ヒノモトの国へ行かれるとのことですが、あと一ヶ月後に私が十五歳になる成人の儀式とバースデーパーティーには参加してくださるんですよね?」

「勿論じゃないか。その後にヒノモトへ行くよ。多分一ヶ月くらいの滞在になりそうだからね」

「ホッ…… それは安心しました」

「うふふっ マヤ様がパトリシア様の大事なことを忘れるはずがないではありませんか」

「そうですよね。マヤ様、余計な心配事をして申し訳ございません。うふふふっ」


 パティは何を心配しているのか……

 どこか私の行動で不安にさせてしまうことがあるんだろうなあ。

 結婚式のことも気にしているだろうし、パティに対して慎重に考えねば。


「そうそう、成人の儀式でしたね。パトリシア様は領主様のご令嬢ですから、たくさんの方が大聖堂へお集まりになって規模が大きくなるでしょう。私も頑張りますからっ フンスッ」


 マルセリナ様が珍しくガッツポーズをしてて可愛い。

 初めて出会った時と比べてだいぶん砕けた感じになり、笑顔が多くなった。

 良い傾向で、いつか私の奥さんになる女性はそうであって欲しい。

 マルセリナ様の話では、成人の儀式【La ceremonia de la mayoría de edad】は、街に点在している教会で成人になった子たちを月に一回集めてやる。

 貴族の場合は所属している教会で、成人一人だけで行う。

 パティの場合は、所属している教会が大聖堂であること、熱心なサリ教信者であることと、侯爵令嬢という立場上参列者が多いこと、マルセリナ様自身が彼女の儀式をやりたいと申し出たということで、他の貴族と同じく一人だけの儀式をやる。

 伯爵家であるカタリーナ様の時はマルセリナ様が赴任直前で、前任のおばあちゃん司祭様が祈念したそう。


「――それで、マヤ様がヒノモトの国からお帰りになったらいよいよ結婚式ですね。マルセリナ様と私の合同の……」

「そそっ そうですね。マヤ様、よよよよろしくお願いしますっ」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」


 そう。マルセリナ様とパティの希望(第五十九話参照)で、三ヶ月後に合同結婚式が行われることが決まっている。

 この世界にやって来て二年数ヶ月、とうとう結婚式が実現するのだ!

 頭の中身は五十三歳…… この歳でやっと結婚出来る!

 しかも相手は美少女の侯爵令嬢と美人の聖女様!

 しょ、初夜はどうなるんだろうなあー

 この二人とは本気の初体験なので…… うへへへへ、ヨダレが出そう。


 手配はフェルナンドさんの手で着々と進められており、衣装合わせは間もなくあるそうだ。

 二人のウェディングドレスはどんなデザインになるんだろうなあ。

 下着はロレナさんにお願いして、特注の真っ白な物をプレゼントすることになっている。

 むふふふっ 清純且つセクシーなデザインに仕上げてある。現物を見るのが楽しみだ。


「マヤ様、先ほどからまた顔がニヤけてますよ? またエッチなことを考えているんですか?」

「あいや、そそそその……」

「うふふっ あと三ヶ月、お待ちくださいね。マルセリナ様とも…… ドキドキ」

「パトリシア様…… 恥ずかしいです…… ポッ」


 ええっ? この二人、顔を赤くして何を想像しているのか?

 まさかまさかっ ♀×♀? どひゃあああ!

 確かにパティがマルセリナ様をよく尊敬していることは知っているけれど、さすがにそれは……

 そんなことを考えているときに、ダリアちゃんが一人で気まずそうな表情をしてやって来た。

 ううっ よりによってパティがいる時に……


「あの…… マヤさん……」

「やあ、ダリアさん」

「さっきはごめんなさい……」


 一応貴族夫人なので、丁寧に頭を下げてくれた。

 アブリルさんに言われたのかな。


「いやまあ、済んだことだから。謝ってもらえたらこれ以上咎めたりすることはないよ」

「ありがとうございます。マヤさんは優しいですね。ニコッ」


 ダリアちゃんが私に向けて、まるで純真な少年のように微笑んだ。

 かかっ 可愛い……

 人妻じゃなかったら惚れちゃいそう。


「マヤ様、ダリア様と何かあったんですか?」

「それは…… 何というかいろいろあって……」


 パティが何か察したのか、ややしかめっ面で質問してきた。

 思った通りになってしまったが、どう誤魔化したら良いのかわからず適当な返事をしてしまう。


「パトリシア様、マヤ様に目が眩んでしまって、あたしが悪いんです。お風呂でマヤ様の胸にいっぱい吸い付いてしまいました」

「そそそそんな正直に言わなくても! あっ」

「まーやーさーまーあ? ああああなたという方は、いつもいつも周りの女性からエエエエエッチなことをされてしまうんですか!?」


 だって仕方ないじゃん…… それはサリ様の力のせいだから。

 パティはそれを知っているけれど、今それを私から言ったらきっと、サリ様のせいにするのは良くないと反論され、本当にそっぽを向かれてしまいそう。


「何故だろうかねぇぇぇ…… 困ったねえ…… 相手を蹴ったり叩いたりするわけにはいかないし」

「まったく…… マヤ様はお人好しなんですからっ」

「そこがマヤ様の良いところでもありますよ。うふふっ」

「マルセリナ様、わかってくれてありがとう!」

「もう、調子良いですわねっ」


 聖女様の素晴らしいフォロー! マルセリナ様大好きっ!

 パティも、尊敬するマルセリナ様にそう言われたからにはこれ以上噛みついたりしないだろう。


「お三方、仲良しで羨ましいッスよ」

「あれ? ルイスさんたちとは仲良くないの?」

「いやあね、仲が悪いってわけじゃないんだけど―― ルイスは優しいけれど忙しくなるとなかなか構ってくれなくなるし、アブリルさんは上司みたいで怖いし、オリビアは優しいけれどちょっと高飛車であたしには取っつきにくくて」


 うーむ…… まるで私たちの未来を聞いているようだ。

 パティとマルセリナ様もゴクリと不安そうに聞いていた。


「――そうなんだ。他の三人は?」

「バネッサは女の兄貴って感じでさ、仲はいいよ。よくイジられるけれど。プリシラとアナは妹みたいだけれど、あいつら二人同士が仲良し過ぎて間に入りづらいんだよね。もっと対等に話せる相手がいたらいいなって」

「対等ねえ…… そういうことか」


 モーリ家でも女の子は多いけれど、小グループがいくつか出来ている。

 体育会系のヴェロニカ、エルミラさん、スサナさん。

 いや、後の二人はガルシア家だからヴェロニカは普段の接点が私だけなんだよ。

 料理系は、ビビアナ、ジュリアさん、セシリアさん、マルヤッタさん、ルナちゃん。

 邪神ズは、アイミとアム。こいつらは喧嘩するほど仲が良い、そんな感じ。

 オフェリアとマイは元々接点が無かったが、いつの間にか魔族同士仲良くやってる。

 でも一年限定だから、いずれ二人とも帰国してしまう。

 今回のビーチボールでは、ヴェロニカたちと親睦を深められただろう。

 エリカさんは一人の時が多いが、魔法使い同士のジュリアさんとつるむことがある。

 パティはこうしてマルセリナ様と一緒だけれど、マルセリナ様まだモーリ家にいない。

 だがパティはセシリアさん、ルナちゃんと出掛けることが多くなった。

 私とみんな一人一人は接点があるけれど、女の子の間ではまず身分差や力の差で取っつきにくいことがあるのは目に見えてわかる。

 ヴェロニカとビビアナとか、接点無いよなあ。

 特に王族のヴェロニカと、形式上使用人扱いであるビビアナ、ジュリアさん、ルナちゃんとは身分に隔たりがありすぎて、生活のために話すことはあっても私的な交流というのは当分の間は難しいかも知れない。


「ダリアさんは、ルイスさんとの子供はいつなんて考えてるの?」

「ここここ子供!? いやー どうなんだろう。あたし自身もう少し仕事を頑張ってみたい気持ちがあるから、ルイスとのアレもまだ避妊してて…… さっきも言ったようにルイスの仕事が忙しくて疲れてるみたいだから、回数も少ないし余計にそうかな」


 既婚者の赤裸々な夫婦生活の話に、パティとマルセリナ様は顔を赤くしながらも興味津々で聞いている。

 魔法が使えない人で避妊する方法は魔法薬があり、エリカさんも作って売っている。

 ああそうだ。エリカさんに滋養強壮剤を持ってないか聞いてみよう。

 あったらルイスさんにプレゼントしてみる。


 マルセリナ様はもう二十五歳なので、年齢的にも子供が欲しいのかも知れない。

 パティは…… 発育が良いとはいえ、大人としての身体のつくりがもっとしっかりしてからのほうが良いのかなあ。

 せめて十七、八歳か。それでも日本の基準では幼妻だ。うへへ

 子供のことは、きちんと話し合う機会を作ろう。


「子供が出来れば、それで共通の話題が出来ると思うよ。アブリルさんは真面目な人だし、無碍にしないで適切な子育て方法を教えてくれるんじゃないかな」

「そう言われればそうかも知れないし…… まだピンと来ないや」

「時間が解決するのかな。いつかは腹をくくっていかなければならないし」


 日本ではいろいろ気を遣わないといけない話題だ。

 だがこの国で結婚するということは、健康体であれば必ず子供を産んで育てることが当たり前という考えなので、子供を産むと決めつけた話をしても問題無いとのことだ。


「そ、そうだよね―― 今日はマヤさんと話せて良かった! お二人もマヤさんとお幸せに! じゃ!」


 ダリアちゃんは私とパティ、マルセリナ様と握手して別の場所へ行ってしまった。

 やっぱり良い子じゃないか。

 おっぱいに吸い付いたのは何だったのだろうか。

 やはりサリ様の力のせいなのか……

 ダリアちゃんは既婚者だし、あまり強力すぎると困ったものだが。


「マヤ様! 見直しましたわ! 大人らしいアドバイス、さすがです!」

「いやまあ、私は元々君のお父様より年上だからね」

「そそっ そうでしたわねっ 見た目がお若いからすっかり忘れてました」

「私も忘れていました。マヤ様は時々子供っぽい言動や仕草をされてますからね。あっ ごめんなさい! 良い意味ということですよっ」

「マルセリナ様、それわかりますっ うふふっ」

「ハッハッハッ」


 私は頭を掻いて誤魔化す。どうせ()っちゃん坊やだからさ。

 周りの人たちが若いと、気も若くなってくるしね。


「さて、私はエリカさんのところへ行ってくるから」


 私は軽く手を振って二人と別れ、さっき思いついた滋養強壮剤のことを聞きにエリカさんがいるところへ行った。


「こんばんは、オリビア様。ルシアちゃんイイ子してるねー ふふふ」

「こんばんマヤ様。この子ったら今は機嫌が良くて、面倒見るのが楽で助かりますわ。オホホホッ」


 エリカさんは、初めてラガへ来た時から仲良しのオリビアさんと、その娘さんと一緒だった。

 ルシアちゃんという名の娘さんは三歳になって、見た目はちびオリビアさんそのものだからデレッとするほど可愛らしい。

 子供用の椅子を出してもらって、そこでモソモソと行儀良く食事をしている。

 オリビアさんの(しつけ)が良いのかな。


「マヤ君、私に会いに来たの? 嬉しいわ」

「ちょっと話があるんだけど」

「もしかして逢い引きかしら?」

「違うって。オリビア様、すみません。エリカさんを少し借りますね」

「ああ…… はい」


 急だったのでオリビアさんが困惑しながらも、私はエリカさんを会場の隅へ連れて行く。

 何を勘違いしているのか、エリカさんはニコニコと素直についてくる。


「それでね、今、滋養強壮剤みたいな薬を持ってる?」

「あらやっぱり私とイイことしたいんじゃない。持ってるわよ、はい」


 エリカさんは紙を折って包んである粉薬を懐から取り出した。

 なんで今持ってるんだよっ?


「ルイスさんがいつもお疲れで、ダリアちゃんからアレの機会が少ないから将来の子作りも心配してるみたいでね。その薬をルイスさんへプレゼントしたいんだけれど」

「なーんだ、そういうことかあ。まあ良いわ。今飲んだら寝る前にはギンギンよ。いっひっひっひ」


 エリカさんは私のことじゃなくて残念そうな顔をしていたが、すぐに悪い魔女のような顔に変わって笑っていた。

 そのまま二人でルイスさんのところへ行く。

 女王とガルシア侯爵、国の偉い人同士で歓談しているようだ。

 慣れとは怖いもので、この人たちが偉いと感じなくなってしまっている。

 ルイスさんは私たちにすぐ気づいて、話を中断して声を掛けてくれた。

 大した話はしてなかったのかな。


「やあ、マヤさんとエリカさん。楽しんでおられますか?」

「はい。美味しい海産物がよりどりみどりでお腹いっぱいですよ」

「それは良かったです」


 何も知らずニコニコと応対してくれるルイスさんに対して、何となく罪悪感を感じるのはエリカさんが作る薬を渡すせいだろうか。

 エリカさんは先ほどの、紙で包んだ薬を手にした。


「ルイス様、お仕事でいつもお疲れと奥様たちから伺いまして、良い薬をお持ちしました」

「そうなんですよ。今日もクタクタで…… それでどんな薬なんですか?」

「滋養強壮の魔法薬です。今お飲みになったら、朝には元気ハツラツですよ。是非お試しになってください」

「おおっ 高名なエリカさんの薬なら絶対効くでしょう! 飲んでみたいです!」


 エリカさんが薬を渡すと、早速包み紙を開いてメイドさんが用意してくれた水と一緒に飲み込んだ。

 本当に大丈夫かなあ。

 なんかあったら反逆罪でエリカさんの命が無いかも。


「それなら私にもその薬を貰えるかな?」

「私も飲んでみたいわ」

「あっ ああ…… その薬は二十代限定で、三十代以上の方が飲むと強力すぎて身体に毒みたいです。ねっ? エリカさん?」

「そ、そうですね。残念ながら今手持ちで在庫があるのは二十代限定の薬です。三十代以上は帰って作らなければいけないうえに、時間がかかりますので……」


 ガルシア侯爵と女王も滋養強壮薬を欲しがったが、この人たちには用が無いんだよっ

 パティにまた弟か妹が出来そうだし、ローサさんが妊娠しちゃったらヒノモトへ行けなくなってしまうじゃないか。

 女王は、今は相手がいないからもういらないだろ……

 今晩、ヴェロニカと一緒の部屋で一人遊びなんて出来ないしな。


「うーむ、それは残念。またの機会によろしく頼みたい」

「あら、仕方ないわね。マヤさん、もし薬が出来たら持って来てちょうだいね」

「ああ、はい……」


 女王がそう言うと、面倒臭いことになったな。

 男に戻ったときが大変だし、それまで忘れて欲しい。


 パーティは日が変わるまでに終わり、アムとアイミのここぞとばかりの暴食で、食事は綺麗に片付いてしまった。

 私の収入で食費ぐらい大したことないと思っていたが、モーリ家のエンゲル係数がどうなるか心配になってきた。


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