第三百五十二話 スケベなグランド・オクトパス
グアハルド侯爵家のプライベートビーチで二日目のバカンスを楽しんでいると、海から突如現れた高さ二十メートルは超えているであろう巨大なタコ、グランド・オクトパス。
二本の脚にはそれぞれアムとアイミが捕まっている―― というより楽しんでいるように見える。
ビビアナ、ジュリアさん、マルヤッタさんは向こうでまた砂遊びをしていたが、こっちへ逃げてきた。
とにかくヴェロニカたちに被害が及ばないよう、私は大蛸のほうへ駆けて行った。
『――うほほーい!! あぎゃあああ!?』
『――うおあああああ!?』
大蛸は砂浜に到着する前の海上で、アムとアイミを捨てるように投げ飛ばした。
――ヒュルルルルルル
二人は砂浜へ落ちて、顔から砂へ突っ込んだ。
あいつらなら死ぬことはないだろうが、あの様子はまるで仲良く喧嘩してるネコとネズミのアニメのようだ。
あのアニメなら、きっとアコーディオンのようになって出てくるだろう。
『何するんだちくしょー!!』
『食ってやるぞー!!』
アムとアイミは砂からスポンと顔を抜いて大蛸に向かって地団駄踏みながら抗議をしている。
とても言葉が通じる相手ではないと思うが……
――ビチビチムチッ グロロロロログニュヌリヌリムリメリッ
大蛸が鳴いているのではない。
あの大きさでは動作している音が大きく、不気味だ。
そこへヴェロニカ、マイ、オフェリア、エルミラさんの体育会系メンバーがが突進していく。
スサナさんは足がすくんで動けないようだ。
「うおおおおっ!!」
『てりゃぁぁぁ!!』
『いくぞおおっ!!』
「はああああっ!!」
「やめろーー!! 危ない!!」
私が止めるが、彼女らには声が届いていない。
魔法や術が使えるのはマイだけ。
単なる打撃ではダメージがほとんど無いはず。
「ぐあああああ!!」
『なにいいいっ!?』
『きゃあああっ!!』
「うわあああっ!!」
ほら言わんこっちゃない。
私が大蛸の元へ着いたときには、四人とも触手……
いや、脚の先でにゅるりと巻き付かれ、捕まってしまった。
大蛸は脚をぐにゃぐにゃと動かしており、うっかりカッター魔法を使うと彼女らにも当たってしまいそう。
胴体ごと真っ二つに切ってしまうか……
「おおおおいマヤ! 早く助けろ! 目が回りそうだ!」
「ちょっと待っていてくれ! 今方法を考えてる!」
ヴェロニカが普通にしゃべっている。
アムとアイミの時もそうだ。
彼女らを捕まえていても、締め付けていないということか。
もしかして、アムたちが言っていたように、大蛸も遊んでいるだけではないのか?
そういうことならば、殺すには可哀想かも知れない。
『うううううううっ はああああああああっっ!!』
マイの気が急激に大きくなり、巻き付いている脚を強引に解いて抜け出した。
彼女なら脚をちぎるなり切断出来そうなのに、何か気づいたのだろうか?
マイが砂浜へストンと降りる。
『ふーっ ヤレヤレだったぜ。おい、マヤ。あいつからは殺気を感じない。きっと遊びたいだけなんじゃないのか?』
「マイもそう思うか!」
『緩く掴まれていたからな。だから簡単に抜け出せられた』
「じゃあヴェロニカたちもイケるんじゃないか?」
『いや、人間の力では厳しいだろう。オフェリアなら切り抜けられるはずなんだが…… ああっ!?』
「オフェリアッッ!!」
いつの間にかオフェリアは、捕まっているのとは別の脚が股間をにゅるんとされている。
何というお約束の展開。
ヴェロニカとエルミラさんはただ巻き付けられたままだ。
『ひいいいいっ イヤだあああ!』
「いかん! オフェリアの貞操が危ない!」
『うわああ…… もうちょっと遅かったらあたしもやられていたのか?』
オフェリアが最初のターゲット……
もしや彼女が唯一の処女だからではあるまいな?
『オフェリアから順番に助けるから待ってろよー!』
私とマイは一緒に飛び上がる。
その間も大蛸の脚はオフェリアの脚や股間をヌメヌメといたぶっている。
彼女のビキニ水着は今にもポロリと取れてしまいそうなので、早くしてあげなければ。
『そ、そこはダメぇぇぇぇぇぇ!!』
大蛸の太い脚の、その細い先が器用にオフェリアの紐パン水着の中へ入ってしまう。
そこは私のモノだあああ!! タコなんぞに上げないぞお!
『いやあああ!!』
ありゃりゃ! 大蛸の脚がオフェリアの紐パン水着を脱がしちゃった!
こいつとんでもないスケベ大蛸なんじゃないか!?
あわわわわっ オフェリアの大事なところが丸見え!
オーガもあんなふうになってるんだ……
『とりゃああああ!!』
マイが気を込めたキックを、オフェリアが捕まっている脚を目掛けてお見舞いする!
脚はあっさりオフェリアを放して、私がそのまま彼女をキャッチ。
連携が上手いこといったな。
何も履いていないオフェリアの股間をチラッと見つつ、彼女を砂浜に下ろした。
オフェリアは砂浜にへたり込んでこう言う。
『うぇぇぇぇん! 私のぱんつ返してよぉぉぉ!!』
オフェリアの紐パン水着は、大蛸の脚に引っかかったままだ。
蛸の感覚器は吸盤と言うが、足先の吸盤でクンカクンカしているのだろうか。
正気に戻ったスサナさんが、ガックリしたオフェリアを連れてパティたちがいるところへ戻っていく。
ビーチは女ばかりで良かったよ……
「オフェリア! ぱんつは私が取り返してやるからな!」
『――』
さて、次はヴェロニカとエルミラさんのどちらを先に助けた方が良いのだろうか。
私とマイの横で、暢気に体育座りをしながら大蛸を眺めているのはアムとアイミ。
「なあ、おまえら見てないで協力してくれよ」
『あたしはねえ、そもそも邪神だから力を使おうとするとね、知性が低い生き物は瘴気に当てられてあの蛸が凶暴化するかもしんないよ? それでもいいってんなら……』
「いや、そういうことならいい……」
アムがそう答えた。
やはり邪神とは厄介だねえ。
「じゃあアイミは? もう邪神じゃないんだろ?」
『あいつ可愛いからなあ。手加減してもうっかり殺してしまったら可哀想だ。だからおまえらでやってくれ』
「ああ、そう。わかった」
可愛いだって。あれが?
私にはちょっとしたビルの大きさの生き物が、ウネウネぐにょぐにょしてるようにしか見えんわ。
たこ焼きの材料にしたら、一億人分でも余裕じゃ無いのか。
あ、こんなことを思ってたら久しぶりにたこ焼き食べたくなってきた。
『とりゃああああ!!』
マイが先に飛び上がり、ヴェロニカを捕まえている脚へキックしようとしていた。
私も遅れて飛び上がる。
『なっ!? しまったああ!!』
なんと、マイの右足に大蛸の脚が巻き付いてしまった。
くうううっ 形勢が元に戻ってしまったではないか。
『クソ放せコノヤロー!! ぶっ飛ばしてやる!!』
マイは自分で浮遊できるから、暴れて自力脱出を試みているようだ。
しかし彼女はアレでアスモディアの警部さんだよ。すごいね。
さて、ヴェロニカを先に助けるか…… と思った矢先に。
『や、やめろぉぉぉぉぉ!! マヤあ! 早く何とかしてくれえええ!!』
『マヤ君…… 気持ちが悪い…… は、早く…… ウウウッ』
とうとうヴェロニカのショーツへも吸盤タコ脚がムニムニッっと忍び寄り、あっさりと剥ぎ取ってしまった。
エルミラさんは、グネグネ動かしている脚に捕まって身体をぐるぐる回され、酔ってしまっている。
エルミラさんのほうが先か……
可哀想だけれど、ライトニングカッターで脚を切るしかない。
「ええええいっ!」
すると、向こうから走ってきたジュリアさんが、ヴェロニカを捕まえている脚に飛び込んだ!
そうか! ジュリアさんもグラヴィティ魔法を使って飛べるんだ!
彼女が大蛸の脚に跨がると、脚が地面へゆっくり下がっていく。
これは…… 自分にグラヴィティをかけて、逆に体重を重くしているのか!
考えたねえ! それなら私もエルミラさんに!
「それっ!」
私も脚に飛び乗り、グラヴィティを掛ける。
私の体重を徐々に増やすと大蛸の脚はゆっくり地上に降りてきたので、地に着く直前で脚に気を込めた強力パーンチッ!
――グニュグニュヌメヌメむりゅりゅ
「うはあっ」
大蛸の脚はエルミラさんを放し、私はスライディングでエルミラさんを受け止めた。
「あ、ありがとう…… うううっ……」
エルミラさんを少し離れた場所に寝かせ、ヴェロニカとジュリアさんがいる方向へ向いた。
「あれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? イヤでスうぅぅぅぅ!!」
「ええええええっ!?」
大蛸は脚を砂地に着けたまま、ジュリアさんの上半身を吸盤で吸い付かせ、別の脚でジュリアさんの水着ショーツを剥ぎ取ってしまった。
何ちゅうエロ蛸なんだ!
エルミラさんは脱がせにくい競泳用ワンピース水着だから無事なのかわからないが、そうしたら私の水着ショーツも危ない。
さて、ミイラ取りがミイラになってしまったジュリアさん。
一本の足先に二人もくっついてしまい、他三本の足先には各一枚、三枚の水着ショーツコレクションになっている。
マイはどうなってるか――
『えいやっ!』
――ボテッ
結局マイは大蛸の足先を気の手刀で切り落とし、クルッと一回転して着地した。
運動神経良いなあ。私は力ばかりで、ああは出来ない。
マイもワンピース水着なので剥ぎ取られることなく無事だった。
落ちた大蛸の太い脚は五メートル近くあり、独りでウネウネと動いている。
気持ちわるうぅぅぅぅぅぅ!
「ジュリアさん! そのままグラヴィティを掛けたままにしておいて!」
「はいいいっ!」
私は二人が捕まっている脚に向かって駆け出し、気パンチをお見舞いする!
「きぇぇぇぇぇぇい!!」
――ドゥゥゥゥゥゥンッ ニュチュニチュニュルルッ
――ドサドサッ
「うあああっ!」
「きゃふぅん!」
脚による拘束が解かれ、下半身丸出しのヴェロニカとジュリアさんが砂浜へ寝転がる。
また二人が捕まらないよう、脚を別の方向へ蹴飛ばした。
――グロログルグルニュルンポッ ニチャニチャニュルルッ
大蛸ことグランド・オクトパスは、三枚の水着ショーツを高々と晒し上げ、まるで自分の収穫物に喜んでいるかのように見える。
そんなもの! 私も欲しいぞぉ!
「おのれええ!! 返せえええええっ!!」
「わたスのぱんつ返スてええええっ!!」
ヴェロニカが今まで見たこと無いような形相で下半身も隠さず立ち上がり、大蛸に向かって怒号を飛ばす。
ジュリアさんも座り込み股間を押さえて精一杯叫んでいるが、二人の声をあざ笑うかのようにショーツを振り回す。
これはとんだゲス大蛸だ。
取りあえず誰も捕まっていない状態になったので、ウネウネ動いてる脚をどうやって鈍くするかだ。
このままショーツを取り返そうとしても、私が捕まってしまう。
捕まってもすぐに逃げられると思うが、キリが無い。
アムとアイミは変わらず座って観戦している。
『いいぞいいぞー』
『おい、蛸は真水に弱いだろ。それで何とかしろ』
人が苦戦しているときになんかムカつく。
だがアイミのアドバイスのとおりだ。よく知ってんな……
蛸が真水に弱いことをすっかり忘れていた。
ならば、水属性魔法しかない!
私は両手を広げ、魔力を一気に高めた。
大蛸の周りに、さらに巨大な水玉を作って取り込んでしまう作戦だ!
それには空気中の水分を集めなければいけないが、幸いここは海なので広範囲から水蒸気を集めれば簡単に大水玉が出来るはず。
「マイ! 今から急いで魔法を掛けるから、タコが動き出すようなら牽制してくれ!」
『わかった!』
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――ここからナレーションはマヤを模した小説の神様へ切り替わり。
その頃、パティたちがいる休憩場では――
パティや女王から侯爵家のメイドさんたちまで、私たちの戦いを立ち上がり見守っていた。
ビビアナ、マルヤッタさんもこちらへ退避している。
オフェリアはメイドさんから借りたタオルを腰に巻き凌いでいた。
「マヤさんの魔力が急激に上がったわ! 何をする気かしら?」
「あの魔力波動は水属性魔法ですわ、陛下!」
魔法使いであるマルティナ女王とパティはそう言った。
女王の隣に居るロシータちゃんは、興奮しているのか身震いしている。
「ニャニャニャ! マヤさんはあの蛸をやっつけるのかニャ!?」
『ちょっと違うようですよ。あれは大きな水玉を作っているところです。その証拠に、空気が乾いてきてますね』
「ホントだニャ! 肌がサラサラしてきたニャ!」
「私は唇が乾燥してきました……」
マルヤッタさんもそれに気づいたようだ。
セシリアさんの唇がそうなってるが、ガビガビに乾かないようにしている。
でも、脳内の計算がパンクしそうだよ……
『マヤさん…… 私のぱんつ、取り返してくれるのかな……』
「大丈夫だよ。私たちのマヤさんだよ」
オフェリアが心配そうに見ているが、私よりぱんつのほうが大事なのかな。
スサナさん、私たちのって何だか意味深だ。
みんなのヒーローって柄じゃないけれどね。
「もしあたしたちが向こうにいたら、絶対あのタコにぱんつ取られてたよっ ひぃぃぃぃっ」
「やだもう! マヤ様に見られちゃう!」
ルナちゃん、モニカちゃん、そっちの心配かい!
二人の身体能力は全くの一般人だから、捕まって振り回されでもしたら脳震盪になってぱんつどころじゃないかもな……
大蛸の周りだけ極端な高湿度になっていき、だんだんと巨大な水玉が形成されていく。
大蛸は異常に気づいて、グニャグニャと動いていた。
この結果は次回へ!




