第三百四十九話 アムがアレをバラバラにする術
グアハルド家で朝食を頂いている間、皆には奇異に見られたり、呆れた目で見られたり、残念そうな目で慰められたり、とても恥ずかしかった……
帽子でも被ってようかな。
今日の予定は午前中がフリーで、午後は再びビーチバカンスを楽しむ。
バーベキューは無く、飲み物やおやつは用意してくれるという。
そういうことで、午前は市場へ出掛け、その後はアリアドナサルダのラガ支店へ挨拶も兼ねて行ってみることにした。
また、女王が街をお忍びで視察してみたいというので、護衛にエルミラさん、スサナさん、マイ、オフェリアを。
他に付いて行くメンバーがヴェロニカ、ロシータちゃん。
ヴェロニカ自身は本来守られるほうだが、そこんじょそこらの者よりはるかに強い。
屈強なメンバーこれだけ居れば、余程の狙撃手が現れない限り心配ないだろう。
だが、ならず者が絡んでこようものならあっさり首チョンパしかねないので、せいぜい自重して欲しい。
マルセリナ様とサリタちゃんはラガの大聖堂へ。
ゆっくりしていれば良いのに、ここまで来て素通りするわけにはいかないとのこと。
すぐ近所なので、護衛はグアハルド家のバネッサさん一人だけだ。
セシリアさんは昨日でちょっと疲れ気味なので、屋敷の中で涼むという。
彼女は身体が少し弱めだか、私に遠慮しないでという言葉に甘えた。
何かお土産を買って帰るとしよう。
私はパティと二人だけのデートのつもりだったが、ルナちゃんとモニカちゃんが付いて行くと言う。
パティはブスッと不満顔をしていたが、その二人に独り占めはダメですよと宥められる。
彼女は人一倍、私に対する独占欲が強いのでこの国の一夫多妻制には向いていない性格なのが困るが、また埋め合わせをすると言うと機嫌が良くなった。
さらにアイミとアムも同行するという。
お邪魔虫には変わりないが、目に付くところにいればある意味安心。
ジュリアさん、ビビアナ、マルヤッタさんの三人も市場へ行くようだが、別行動をするようだ。
何か美味しそうな食材があるか、探して買って帰りたいとのこと。
料理人冥利に尽きるねえ。
私とモニカちゃんはタンクトップにショートパンツの軽い格好で。
パティとルナちゃんは夏らしいワンピース。
パティだけは麦わら帽子を被っている。
アイミも子供ワンピースで、アムは少年風のシャツとショートパンツだ。
この格好で一般庶民に紛れて行動する。
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グアハルド家から馬車を出してもらって、邸宅から約十五分。
ラガの市場へ着いた。
港に近く、チリンギート(Chiringuito)と呼ばれる屋台がズラッとならんでいる。
野菜や果物、おやつを売ってる店が並んでいるのは他の都市と変わらないが、港町だけあって魚介類を扱っている店が比較的多い。
焼きイカや焼き魚の匂いが漂い、どこか懐かしい感じがした。
と思ったらビビアナが向こうの屋台で目の色変えて貼り付いている。
「うにゃー! こんだけ並んでるイワシの串焼きを見たのは初めてニャー じゅる」
「お嬢ちゃん、一本どうだい?」
「うニャニャニャ…… 五本…… 十本欲しいニャ!」
「ビビアナちゃん! 一本にスなさい! スみません、串焼き一本下さい」
「へーい! ありがとサン!」
ジュリアさんに制止され、屋台のおじさんからエスペトス(イワシの串焼き)を一本買ったようだ。
一本でもイワシが七匹も刺さっており、かなりボリュームがある。
それを十本だなんて、ビビアナの頭は相当クラクラとしていたのだろう。
マルヤッタさんも興味深そうに見ていたが、元々穀物や山菜が主食なのでこの量を食べるには抵抗があるようだ。
――クンクン
こちらも何だか懐かしい匂いがするなあ。
「マヤ様、あれはなんでしょう?」
私の左腕にべったりくっついているパティが指を指した屋台から、その匂いがしていた。
なんと焼き牡蠣だ。
殻付きで、網の上でジュージュー焼かれている。
日本で見た以来だから、この世界にも牡蠣がいるなんて感激だよ。
今までこの世界で食べた貝は、パエリアに入っているムール貝ばかりだったからなあ。
どうしよう…… 食べていこうかな。
「あれは牡蠣 (ostra)といって、貝の仲間だよ。私の故郷でも食べられてて、懐かしいなあ」
「食べていきます?」
「そうするよ。みんなも食べる貝? 貝だけに。なんちって」
「アッハッハ マヤ様のオヤジギャグ! ぷぷー」
「時々くだらんシャレを言うのがおまえの悪い癖だな」
「それギャグだったの? 気づかなかったー」
モニカちゃんとアイミ、アムが私のシャレをバカにする。
他のみんなも残念そうな顔で私を見ていた。
迂闊にしょーもないことを言うと、若い子にバカにされてしまう。
これからは自重しよう。
「おっちゃん、焼き牡蠣六つちょうだい!」
「あいよー 一人前おまけして銅貨一枚にしとくね」
やすっ
二個が皿に載せられ、脇にあるテーブルで皆と食べる。
サイズが大きいので食べ甲斐があるぞ。
これにレモン汁をかけるのだ。
「ほくっ ほくっ こんな濃厚な味の貝、初めて食べましたわ!」
「マドリガルタじゃこんなの食べられないよー うふふっ」
「ホントねー マヤ様に付いてきて良かったですぅ」
「なんじゃコレは!? マヤは食ったことがあるのか? ズルいぞ!」
「あたしは肉のほうが好きかなー」
みんな美味しそうに食べてるが、アムだけはあまり好みじゃなさそうだ。
だからもう一個はアイミが食ってしまった。
テーブルの隣は屋台のショーケースがある。
魔法で冷やしてあって、その中で何かが売られていた。こ、これは!?
「おっちゃん、これもしかして生牡蠣?」
「おうよ。今朝捕ってきたばかりだから新鮮で美味いぞぉ! これもどうだ?」
「とりあえず一個ちょうだい!」
「これはちょっと高いが、一個で銅貨一枚だよ」
「いいよいいよ!」
「マヤ! 私にも食わせろっ」
「じゃあ二個ちょうだい!」
「あいよ!」
おっちゃんに銅貨二枚を払うと、直接殻に載っけてある生牡蠣を渡される。
デカい! 焼いたら縮むとはいえ、さっきの焼きガキより三倍くらい大きい。
昔、旅行で鳥取県と宮城県で食べたことがあるが、甘みがあって美味かったなあ。
「それ美味しいんですか? 私は…… 生の貝は遠慮しておきますわ」
「あたしもやめとく……」
「私も…… お腹そんなに強くないし」
「無理しなくていいよ。身体に合わないことがよくあるから」
日本にいた時は食べても全く問題無かったけれど、今のこの身体ではさてどうだか。
アイミと二人、ショーケースの前でそのまま立ち食い。
これにもレモン汁をかけて、一気にチュルンと。
「――んんん! うまーい! 磯の香りからクリーミーな食感! その後にほのかな甘みがしてさいこー!!」
「――モグモグ 本当だ! よもやこの世にこんな美味いものがあったとはな!」
些かオーバーなリアクションだったせいか、通行人がジロジロとこっちへ向く。
あまりにも美味かったので、アイミもおかわり。
「おっちゃん、もう二個ちょうだい!」
「おう! そんなに気に入ったかね」
「こんなに美味いの久しぶりだよー」
「へー 他にも美味いところがあるのか?」
「私の故郷でねー」
「そういやねーちゃんの顔つきがこの辺の人じゃないね。どこなんだい?」
「あー、えーっと遙かずっと東の国だよ」
「ヒノモトか!? でもあっちは黒髪の人ばかりじゃなかったか?」
「そんなとこだけど、訳あってこんな色にしてるのさ」
「ほーんそうなのか。はいよっ お待ち!」
「やったー!」
漁師町のせいかぶっきらぼうなしゃべりのおっちゃんだが、嫌な感じはしない。
また銅貨二枚を払って、アイミと生牡蠣を受け取り、早速レモン汁をかけて食べる。
――チュルン チュルルン
「モグモグ―― うううっ 美味すぎるっ このクリーミーさが癖になるよなあ。ラガへ来てよかったぁ!」
「モグモグモグモグ―― くうっ たまらんのう! まるでデザートのようだ!」
私たちが食べているのを見て、だんだんと通行人が足を止めてきだしている。
私の、このタンクトップボインとショートパンツ美脚が目立つし、アイミも一応美幼女だしなあ。
「マヤ様、淑女たる者そのような立ち食いは行儀が良くありませんよ」
「ああ…… そうだね」
ルナちゃんからそう注意される。
それを聞いたパティがピクッと反応しあっちを向いたのは、彼女も買い食いをするようになってお世辞にも行儀が良いとは言えなくなってるからであろう。
そうしているうちに、人が店の前に集まってくる。
「おいオヤジ! 生牡蠣二個くれ!」
「あいよぅ!」
「俺には三個くれ!」
「僕にも一個ちょうだい!」
「ああっ 俺も一個!」
「わしにも二個くれえ!」
「おおおう!? お客さん順番に並んでくれよお!」
急に人だかりが出来て、生牡蠣を買い求めていく。
しかも老若男ばかり。
私ってそんなに魅力的なのかなあ? アッハッハッ
「おおっとゴメンよお! 今日の生牡蠣は売り切れだ!」
人だかりが出来たのも早々に、おっちゃんがそう言いながら白い板に赤字で書いた【Las ostras crudas están agotadas】(生牡蠣は売り切れました)の看板を出す。
あのサイズの生牡蠣じゃ、たくさん売るものじゃないからなあ。
「あああっ 売り切れだと!? もう一個くらい食いたかったのう……」
「アイミ、それ食い過ぎだって」
まだ生牡蠣を食おうとしていたアイミ。
こいつが腹を壊しているのを見たことが無いけれど、その身体のサイズで特大の生牡蠣が二個もよく入ったものだ。
「さてみんな、他を回ってみようか」
「あたし何かおやつ食べたい」
「はーい! あたしもー!」
「あ…… 私もです」
「勿論私もですわっ」
「まだまだ食うぞ!」
アムのおやつ食べたいを言い出しっぺに、みんながそう言うので牡蠣の屋台を後にした。
さっき朝食をたべたばかりなのに、甘い物に対する食欲は旺盛なんだよなあ。
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屋台通りは幅が広いが、その分人通りも多い。
前へ進む度、通行人の男性らが次々と私たちへ目を向ける。
アムとアイミは別にして、Eカップ以上の美女が四人も歩いているとそうなるわな。
特に私とモニカちゃんはタンクトップとショートパンツ姿なので、目線が直球なのがわかる。
そろそろ声を掛けてくるやつが出てきそうだ。
と思っている矢先に――
「おねーちゃん、俺たちとどこかへ遊びに行こうよ」
という面白みも何も無い言葉でナンパしてきた男たちが登場。
歳は二十歳前後で若いが、汗臭そうでお世辞にもイケメンには見えない並以下の男が四人。
朝っぱらからよくやるね。
ルイスさんみたいな清潔イケメンならちょっとついて行っちゃおうかなと思うが、こいつらには微塵も感じない。
だがあまり騒ぎ立てるのはルイスさんの手前やめておいたほうが良さそうだ。
「ごめんなさーい! わたしたちぃ、これから行くところがあるのぉ」
と、ぶりっこかまして応えた。
そこへモニカちゃんが――
(マヤ様、突然そんなの気持ち悪いですよ)
(えー……)
小声で言う。
そりゃ女になってからもわざわざぶりっこ口調で演技はしてこなかったけれどさ。
そんなに気持ち悪かったか?
「じゃあ俺たちもそこへ連れて行ってよ。へへへ」
「君たちすっごく可愛いからさ、気になって仕方がなくてさあ」
長髪でやや筋肉質の男と、小柄でジャガイモみたいな顔の男、出っ歯でひょろ長い男、最後は浅黒くてギョロ目の男。
こんなモブ男ごときに時間を取らせては、読者の皆様に申し訳ない。
エリカさんかジュリアさんがいたなら精神魔法で一発退場してもらうのだが、パティは使えたっけ?
「えー、それは困りますぅ。私たちだけで行きたいのでー」
「そんなこと言わずにさあ。うへへ」
ジャガイモ男がそう言う。こいつらしつこいな。
やむを得ず強制的な方法でお引き取り願うことにするが、さてどうしようか。
「マヤ、いい加減にこのクソ馬鹿ブサイク何とかせんのか。何なら私が…… いっひっひ」
「シーッ いらんこと言うなよ。せっかく穏便に済ませようと思ったのに」
と、アイミが横から失礼なことを言ったが、謝らせようとしない私も悪いやつ。
「なんだこのクソガキ!? 何をしようってんだ!?」
「――こういうことなんじゃないか?」
――パチンッ ファサファサファサファサ……
アムが指を鳴らすと、男たちの服がバラバラに縫い目が解けて、下着までも全部散り散りになってしまった。
地面には四散した布が落ちている。
靴までバラバラになってしまうとは……
「「「「なっ なにぃぃぃぃぃぃぃぃ!!??」」」」
当然すっぽんぽん。うわー 朝から嫌なモノを見てしまった。
なんか臭そうだし。
服が綺麗に解けるなんて、アムは器用な術が出来るんだねえ。
「「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」」
ソレをみたパティとルナちゃんが両手で目を塞いで叫ぶ。
モニカちゃんは余裕で、指を指してプーックスクスと小さく笑いながら眺めていた。
美女にそう反応された男たちには堪えるだろう。
『ぎゃはっ ぎゃはっ ぎゃははははっ アム面白いことをやるなあ! ひーっひひひひっ』
『だろ? 馬鹿に恥を掻かせることは爽快だねっ』
アイミは腹を抱えて大笑いしている。
アムはいじめっ子かよ…… まあ、邪神だからな……
「くっそぉぉぉぉ!! 覚えてろぉぉぉぉ!!」
「うへへへえええええ!!」
「ぎゃあああなんだあの女ああああ!?」
「うううっ ギャルに笑われたあああっ」
モブはモブらしくテンプレートなセリフを吐き、ケツ丸出しで一目散に去って行った。
落ちていた布を拾ってアレを隠して。
面倒なことには関わらないように見て見ぬフリをしていた通行人たちも笑っていた。
とにかく、騒ぎにならなくて良かった。
「もう忘れたよー! バイバーイ!!」
モニカちゃんが手を振ってそう言う。
去り様に覚えてろって言う小悪党なんて、すぐに忘れちゃうよね。
「もう行ってしまいましたか?」
「トンデモナイものを見てしまいました……」
「ああ、もう逃げたよ。災難だったね」
パティとルナちゃんが目を塞いでいた手を下ろす。
パティはともかく、ルナちゃんはお風呂で洗って貰うときに私のを何度も見ているんだが、やっぱり赤の他人のは駄目なのかね。
「アム、あんまり面倒なことをしないでくれよ。怒られるのは私なんだから」
『あれが一番効果的だよ。あたしが本気を出したら街ごと吹き飛んじゃうし』
「ああ…… そうなのね」
アムが敵にまわってなくて良かった……
この先何をするのかわからないから早く天界へ帰って欲しいけれど、アムが体験したことがないような面白いことを提供できるうちは、素直な性格だし安全だと思う。
だけど異世界ファンタジーストーリーによくありがちな、何かに乗っ取られて豹変するってことには…… なったら嫌だなあ。
フラグじゃないよ?
実際のスペインでも少数ながら生牡蠣が食べられるそうです。




