第三百三十話 ママみたいにおっぱい大きい!
飛行機は王宮広場から垂直離陸。
モニカちゃんたちはまだ大騒ぎをしている。
一番怖がっているのはロシータちゃんで、目を押さえてぶるぶると震えている。
モニカちゃんは窓の外を覗いて実況している。
フローラちゃんは恐る恐ると窓の外をチラ見していた。
「わっ わっ 上から見た王宮ってあんなふうになってるんだー! みんなががあんなに小さくなってく! おーい! バイバーイ!」
「ああっ マドリガルタの街が下に…… お父さんお母さん、私、天へ昇って行きます……」
「ううっ 見えない聞こえない…… 落ちないで下さい……」
フローラちゃん、まるで天国へ昇ってるかのように言ってるが、違うぞ。
そこへ、少々イラ立っていたヴェロニカが口を開く。
「おまえたちうるさいぞ。私はマヤのことを信頼しているから落ちるなんて考えていない」
「「「はっ はいいいっ」」」
怒鳴ってはいないが、力強く声を出す。
嬉しいこと言ってくれるねえ。
女王も窓の外を覗いているが……
「まあまあヴェロニカ、みんな初めてなんだから。あら、あそこの屋根が少し剥がれてないかしら。帰って来たら修繕をお願いしないとね」
女王も初めて空高く上がるのに、王宮の屋根を気にするくらい余裕だ。
さて、モニカちゃんたちがこれ以上騒がないようにと、女王も搭乗しているのでいつもより気を遣って加速上昇する。
――ゴォォォォォォォォォォォォォォォ
「わぁー もうマドリガルタがあんなに遠くなった。下は畑ばっかりだね」
「青空へ向かってる…… 私は天国への階段、いえ天国への乗り物に乗っているんですね」
「見えません見ません何も見たくないです……」
風魔法で噴き出してる騒音でモニカちゃんたちの話し声は小さくなって聞こえるが、フローラちゃんはまた半分呆けておかしなことを言っている。
ロシータちゃんもだけれど、慣れてもらうしかない。
アイミが静かだと思ったら、よだれ垂らしてまた寝てるし……
こいつはいざという時に、役に立つのか?
幸い今日は雲がほとんど無い快晴。
風も弱いのでとても飛行がしやすい。
加速減速は抑えているので、マカレーナまで二時間コースかな。
夕方前には到着し、落ち着いた頃には食事が出来るだろう。
---
約二時間後、マカレーナの上空へ。
真っ直ぐ降下して減速すれば良かったけれど、風向きの具合で旋回しながら降下する。 当然窓から見える景色も斜めになって見えているから――
「うひゃー 街が斜めになってるぅ! よく落ちないねっ」
「あひぃ!? でんぐり返るうぅぅぅ!!??」
「うう…… な゛んだがぎも゛じわる゛い……」
「あらあらロシータ。しっかりしなさい」
「母上、ロシータには運動をさせたほうがよろしいのでは?」
ぎゃー! ロシータちゃん吐き気が!?
早く着陸しないと……
――三分後にはガルシア侯爵邸の真上に到着し、ゆっくり降下する。
飛行機の音を聞きつけて、ガルシア侯爵夫妻やフェルナンドさん、スサナさんエルミラさん、メイドのおばちゃんたち、護衛に呼んでいる騎士団三十名ほど、それから私の屋敷に住んでいる女の子たちがぞろぞろと庭に集まっていた。
到着の日時は他の貴族や街の人には知らせていないので屋敷の周りは大騒ぎになっていない。
だが明日の午後がパレードになっているので、それで察してかコソコソと動いている人たちも見えた。
たぶん新聞記者や物好きな王室マニアだろう。
もちろん敷地内に侵入したら騎士団にとっちめられる。
――無事に着陸。
アイミが直前まで寝ていやがってたので再びたたき起こし、飛行機のドアを開ける。
反王族派の貴族が人を雇って暗殺を試みている可能性がある。
周りの建物から魔法による狙撃がないかを確認。
該当とされる場所は決まっているので、そこからは魔力を感じない。よし、安全だ。
矢で物理攻撃をしかけてこないか、女王が屋敷へ入るまで気を引き締める。
他にも騎士団が周りで見張っているから大丈夫だと思うが……
『うにゃ~』
私は寝ぼけてるアイミを抱えてタラップを降りた。
肝心なときに…… 今日はおやつ抜きにしてやろうか。
「おお、マヤ君。ご苦労だった…… その、彼女は?」
「昼寝からなかなか起きないんですよ。おーい! ジュリアさーん!」
ガルシア侯爵が陛下を迎えるためにこちらへやって来た。
後方で最初に目に付いたエリカさんを呼ぼうと思ったけれど、文句をぶつぶつ言いそうなので素直なジュリアさんを呼んだ。
「こいつ、どこか空いてる部屋へ寝かせておいてくれるかな?」
「わかりました。マヤさん、大変でしたね。うふふ」
と、アイミを彼女へ受け渡した。というか、魔法でぷらぷらと浮かせている。
すまんね、ジュリアさん。君の人柄を利用してしまった。
そろそろ女王の登場だ。
私は女王へ何か飛んでこないか厳しく見張る。
アマリアさん、パティやスサナさんたち他、戦闘力がある人たちも気を付けて見てくれている。
お気楽に見られるのはフェルナンドさん、メイドのおばちゃんたちや庭師のパンチョさん夫妻、御者のアントニオさんくらいだろう。
女王がドアから顔を出した。
彼女は右手を挙げて手を振る。
おばちゃんたちが「陛下ぁ!」と叫んだり、パンチョさんが「ビバ! イスパル!」なんて言ってる以外はやや厳かな雰囲気だ。
派手な歓迎は明日のパレードと、明日の晩のパーティーになる。
ガルシア侯爵とアマリアさん、そして女王とは初めて会うローサさんがアベル君の手を繋いで、パティが弟のカルロス君の手を繋いで迎えた。
「陛下、マカレーナまでようこそおいで下さいました」
「レイナルド、皆さん、出迎えありがとう。久しぶりと言いたいところだけれど、あなたたちに会ったのはつい最近だったわね。うふふ」
「いらっしゃいませ陛下。お召し物がとても素敵でございますね」
「ありがとうアマリアさん。これ、マヤさんの言葉をヒントにアリアドナサルダに作らせたんですよ」
「まあ!」
し、知らなかった。
妙に現代地球風な格好だと思ったけれど、そう言えばずっと前にこんな服があったら似合うかもとラフ画を描いた紙を女王へ渡したことがあった。
え? アリアドナサルダって下着専門店じゃなかったの?
王宮に出入りしているのはロレナさんもいるし、私のデザイン権をそのまま通すのであれば彼女へ紙を渡してるはず。
後で聞いてみよう。
「紹介します。こちらがもう一人の妻のローサと、息子のアベルです。それからパティが連れているのはアマリアとの息子のカルロスです」
ガルシア侯爵がローサさんと子供たちを紹介した。
小さな子たちはポーッと無垢な目で女王を見つめていた。
「初めまして…… ローサと申します」
「まあ、可愛らしい子を見つけて…… あなたもやるわね」
「あいや、恐れ入ります。ハハハハハ」
ローサさんは緊張しながら挨拶。
女王はガルシア侯爵を冷やかすと、ローサさんの顔は真っ赤になる。可愛い……
やっぱり、ヒゲオヤジがローサさんとあんなことやこんなことをしてるなんて想像したくない。
いや、この屋敷に住んでいたとき……
早朝訓練の前に朝早くシャワーしようと廊下を歩いていたら、時々ローサさんのあの声が聞こえていた。
朝練の前の朝練かあと思いつつ、私も部屋へ帰ったら分身君と朝練の前の朝練をしてた。
「パトリシアさんも元気そうね。ついこの前会ったばかりなのに、また背が伸びてないかしら?」
「陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう存じます。この国は食べ物が美味しいですからね。うふふ」
いつぞやの王宮長期滞在で、女王とパティとはだいぶん慣れ親しんでいる関係になった。
私はパティと毎日のように見てるが、あの短期間でそんなに背が伸びたように見えるのか?
骨が軋んでないだろうか。
挨拶をしている間、モニカちゃんたちとヴェロニカがぞろぞろと降りてきた。
フローラちゃんとロシータちゃんはぐったりしている。
三人と久しぶりに再会したルナちゃんが側までやって来た。
「みんな久しぶり! ――って、どうしたの?」
「ルナ! ああ…… この二人、飛行機が怖くて、ロシータは酔っちゃって……」
「ルナちゃん、二人を先に休ませて。モニカちゃんは陛下と一緒に」
「「はい!」」
私はルナちゃんとモニカちゃんに指示をした。
ルナちゃんはフローラちゃんとロシータちゃんを連れて屋敷の中へ入っていった。
ヴェロニカとモニカちゃんは私の側で待機している。
女王がしゃがんで、カルロス君とアベル君の目線に合わす。
もっと長いスカートにすれば良かったのに、ストッキングも履かないで膝の上まで生足が見えてちとヤバい。
この世界でカメラが普及していなくて良かったよ。
「カルロスとアベルね。良い子してるのね。うふふ」
女王は二人の頭をなでなでしてる。
女王もアマリアさん同様、小さな子供の前ではとても優しい顔をしている。
二人もニコニコ顔だ。可愛いねえ。
「へいか~ ママみたいにおっぱい大きい!」
「うー おぱーいおぱーい! きゃははっ」
なんと子供たちは陛下に向かって無邪気にもそんなことを言う。
アマリアさんとローサさん、そしてガルシア侯爵も恥ずかしくて顔が真っ赤になり、何も言えなくなっていた。
そういえばこの前も食事中に水着の話をしているとき、アベル君が何か言ってたなあ。
今度はカルロス君が先導か。
そこへパティが口を開いた。
「こ、こら! 陛下に失礼ですよ!」
子供たちはポケーッとしていて、なんでお姉ちゃんに怒られているのかわからない
それについて女王は気を悪くしているわけではなく、ニコニコしているのは変わらず、作り笑いでもなさそうだ。
「まあまあ。ヴェロニカたちが小さかった時を思い出すわねえ。この子もこのくらいの時、おっぱいおっぱいってじゃれついていたわね。オホホホ」
「は、母上えぇぇ!!」
女王がヴェロニカの方をチラッと向いてそう言うと、ヴェロニカも顔を真っ赤にして慌てふためいていた。
当時のヴェロニカはすごく愛らしかったろうなあ。
「いやー ははははっ 陛下っ そろそろ中へどうぞ……」
「そうね。マヤさん、話したとおり必要なだけスーツケースを持って入ってちょーだい」
「はい、承知しました」
ガルシア侯爵が場を繕って女王に中へ入ることを勧め、お迎えはこれで終了。
女王はもう一度子供たちをなでなでしてから立ち上がり、モニカちゃんやヴェロニカと共に屋敷の中へ入っていった。
私は飛行機の中に積んであるスーツケースの約半分をグラヴィティで浮かせて持ち出し、元々ヴェロニカが使っていた部屋へ入れておく。
女王はこのままガルシア侯爵と応接室で公式会談を行うが、執事のロシータちゃんが寝込んでいるので代わりにパティが抜擢された。
彼女の聡明さであれば十分に役目を果たしてくれるだろう。
ガルシア侯爵の案内で応接室まで行く会話で――
「レイナルド、あなたらしい建物ね。こぢんまりとして権威を振るわないように見えるけれど、とても素敵だわ」
「ハハッ ありがとうございます」
「若かったあの頃のあなたも今や立派な領主。若い身体って良かったわねえ~ ふふふ」
「そうですねえ。ハッハッハッ」
ガルシア侯爵の少し焦った態度から察するにたぶん、ガルシア侯爵が今の私同様、女王におつとめをしていた時のことだな。
後ろにいるパティやフェルナンドさんは何のことかわからず後ろを歩いている。
アマリアさんはカルロス君を連れて部屋へ帰っていったけれど、危ないなあ。