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第三百二十八話 ラフエルへ再訪/二つの石碑

 飛行機の整備が終わるまではあまり遠くへ動きづらいが、今日は志向を変えて馬車に乗ってパティとラフエルの街へ行く。

 王都を往復したときのラウテンバッハ改造馬車を借りて、先日王都でたくさん仕入れてきたリンゴをエサにして久しぶりにセルギウスを呼び寄せた。

 あまりスピードを出さず、普通の馬車のようにのんびりと。

 馬車の中でパティは私とベッタリくっついて座り、二人きりなので上機嫌である。

 ブラウス越しにパティのお胸が私の二の腕に当たっていて、ふにょふにょしてて心地よい。


「うふふふふ…… マヤ様と二人だけの時間…… 幸せですわあ~」

『おーい、嬢ちゃん。俺もいるぞ』

「あなたは馬です」

『俺様は人間より上位のユニコーンだ。馬ではないぞ』

「服を着てないからやっぱり馬です」

『ぬくく……』

「ほらパティ。変なことを言ってるとセルギウスが()ねちゃうよ」

『マヤ、聞こえてるぞ―― まっ たまにはこうして普通の馬みたいにのんびり行くのもいいもんだな』


 他愛の無いおしゃべりをしながらトコトコと街道を進む。

 以前と違い、ローカルな街道でも全て石畳で舗装されており、馬車が進みやすい。

 これもアイミがほとんど一人でやっている土木事業のお陰だ。


 そろそろヒャッハー盗賊が出てきていた林だけれど、舗装済みで周りの草木も刈られている。

 ずいぶん綺麗になって見違えた。

 これなら盗賊は出てこないだろうし、一般通行者はとても助かっているはず。

 将来は魔法で動く機関の乗り物が出てくると思うので走りやすくなるけれど、交通事故対策はアウグスト王子やガルシア侯爵に進言してみよう。

 信号機なんてまだ無い世界だから、魔法で動く信号機を作ってもらわなければいけない。


 さらに進むと草原になり、私がこの世界へ降りてきた地点だ。

 道は舗装されてしまったけれど、道から少し離れたところにある、私が根元で座っていた木は残っている。

 いつかここに碑を建てたいと思っていた。

 セルギウスに言って、いったん馬車を停めてもらった。

 待ってる間、リンゴを食わせておく。

 そして二人で木の下に立ってみた。


「これがお話しに聞いた、マヤ様が初めてこの世界にやって来た場所なんですね」

「うん。それでパティと初めて会ったんだよね。あの時は外国から来てお金も荷物も無くしたことにしてたんだけれど、最初から何も持って無かったんだ」

「まあ。私と出会わなかったからどうするおつもりだったんですか? うふふ」

「それが何も考えてなくて…… 街が見つかれば何とかなるのかなと。でもきっと、サリ様が私たちを引き合わせてくれたんだよ」

「私たちの出会いはサリ様の(もと)での運命だったのですね。感激しちゃいますう~」


 パティは両手を組み、目をウルウルさせている。

 サリ様の力の作用はパティだけじゃなくて他のみんなもだけれど、彼女が良い気分になっている時にそんなことは言わないでおく。


「そうだ。パティにお願いがあるんだけれど」

「何でしょう?」

「パティの土魔法を使って、ここに石碑を建てて欲しいんだ」

「そうですね…… ここの地質は……」


 パティは地面と、その周りを見渡す。

 ここの地面は柔らかい土で、石碑を造るのには向いていない。

 ファンタジーアニメにありがちな、岩なんていきなり湧いて出るものじゃないからね。


「マヤ様、ずっと向こうに岩場がありますよ」

「え? 見えないよ……」

「テレスコープの魔法を使わないと見えません。マヤ様はまだ魔法を覚えてなかったんですか?」

「ああ…… 面目ない…… 勉強はしてたんだけど」

「この草原の奥、私が指を()している方向まっすぐ二キロ先に、小さな岩場があります。そこから適当な大きさの石を切り出して来てもらえませんか?」

「ふむ…… わかった。行ってくる」


 私はパティに言われたとおり、岩場がある方向へ飛んで行く。

 おっ あったあった。

 高さ二メートル、幅が五メートルくらいだろうか。

 この岩が街道から一番近く、この先にもポツポツとこのような岩場が見えた。

 まあいっか。この岩を切り出そう。


「うりゃ!」


 ――スパスパスパスパッ シャキーンッ ゴトゴトゴロゴロ


 下部が埋まることを考えて、岩を高さ百五十センチ、幅が一メートルほどに切り分けた。

 これで、木の下まで浮かせて運んだ。


「いい感じの石ですね。わかりました」


 パティに、土魔法で木の横に深さ五十センチほどの穴を掘ってもらい、そこに石を建てた。

 このままだと墓石っぽい。

 彼女には続けて石の表面をツルツルに削り、表をハート型に浅く掘ってもらった。

 そしてこの文字を入れる。


【Aquí es donde comienza el amor eterno.】

(ここから永遠の愛が始まる)


「永遠の愛…… 素敵です…… うっとり」

「そのうち名所になったりしてね」

「永遠の愛を誓う場所…… きっとここで男女が愛を誓うようになりますよ」


 パティはメロメロうっとりで、両手を組んでぽーっと何かを妄想しているようだ。

 こういうところは乙女なんだよねえ。


「そろそろ行こうか。セルギウスが暇そうだ」

「そうですね。うふふ」


 こうして私たちは再びラフエルまで脚を進めた。

 お弁当にとジュリアさんに作ってもらった、生ハムがいっぱい挟んであるボカディージョを食べながら。


---


 魔物に遭遇することも無く、ラフエルに到着。

 ここへ来るのはアーテルシアやエリサレスと戦って以来だ。

 荒廃した街も、元の姿に戻ってる。

 アイミが直した部分もあるらしい。

 そしてパティのお爺さんお婆さんであるエンリケ男爵夫妻にも久しぶりに会うことが出来た。


「こんにちは! お爺さま! お祖母様! いらっしゃいますかあ!?」


 ドアを開けてパティが大きな声でそう言う。

 しばらくするとエンリケ男爵と、グロリアさんが揃って出てきた。


「おおっ パティ」

「まあまあ、急にどうしたの? さあ中へ入って」


 と誘われ私も中に入り、リビングルームへ案内された。

 あ、私は女だった。またパティが説明してくれるかな。


「お爺さま、お祖母様、お久しぶりでございます」


 パティはカーテシーで挨拶をする。

 このスタイルで挨拶をする機会も珍しくなったな。


「それでどうしてマヤさんが女の子になってるの?」

「えっ!? わかるんですか?」

「それはそうよ。マヤさんほど大きくて優しい魔力が他の誰にいるんですか」


 嬉しい……

 母親が長年会えなくて大きくなった子供に対して、うちの子だとわからないはずがないという言葉に似ている。

 グロリアさんは、私にとってこの世界のお母さんだよ。


「お爺さま、お祖母様。マヤ様は訳あってアスモディアの魔女の魔法で女になっているんです。今は男に戻れないから、エリカ様が元の魔法を解読して改良している最中なんですよ」

「なんと!? 魔女!」

「ええっ? 私には想像もつかないことだけれど、大変だったのね。確かエリカ様は亡くなったはずでは??」

「魔女の魔法で生き返りましたわ」

「生き返った!?」

「――すごいのね、アスモディアの魔女って。ともかく、二人にはこの街を救ってもらったわ。ありがとうね」


 グロリアさんはそう言って、私とパティを抱きしめてくれた。

 ああ…… とても暖かい魔力を感じる……

 あと、()い匂い。


「さっ 積もる話は後にして、夕食の支度(したく)をしましょうね。イサークもその頃には帰って来ますから」

「ありがとうございます。お祖母様のガスパチョ、私大好き!」

「あらあら。メニューを何も考えてなかったけれどガスパチョも作りましょうかね。うふふ」


 エンリケ家にはメイドもいるが、グロリアさんも料理を作る。

 何度か御馳走になっているが、地元で採れた野菜の料理が本当に美味しい。


「あ、セルギウスを馬車に繋げたままだった」


 すっかり彼のことを忘れていた。

 残ったリンゴを食べさせておくか。


『リンゴは美味しいけどよお、リンゴさえ食わしておけばいいって考えはそろそろやめてくれよ』

「わっ 馬がしゃべった!」


 エンリケ男爵も外に出ていて、セルギウスがしゃべっているのに驚いている。

 こいつをラフエルに連れてきたのは初めてだったかな。


「こいつ、アスモディアの魔族なんです。セルギウスって言うんですよ」

『おう、おっさんよろしくな』

「ひええ…… アスモディアは何でもありなんだな。マヤさんが女になったり、エリカ様が生き返ったり…… おおそうだ。うちの野菜を気に入ってくれるかな。持ってくるよ」


 エンリケ男爵は厨房まで野菜を取りに行ったようだ。

 確かにラフエルの、採りたての野菜は美味しい。

 余談だけれど、私が子爵になってもまだエンリケ男爵は私のことを「マヤさん」と呼んでいる。

 私自身は気にしていないし、お父さんみたいなものだから様付けされると私の方が恐縮する。


「持って来たぞ。これだ」


 エンリケ男爵が木箱に野菜をいっぱい詰め込んで持って来た。

 にんじんにかぼちゃ、キャベツ、サツマイモまである!

 ここではサツマイモをバタタ(batata)というそうだ。


『うぉぉぉぉ!! なんじゃこりゃあ!! これみんな食って良いのか?』


「いいとも。今朝採れ立てだ」


『いっただきまあああす! もりもりムシャムシャ…… うんめぇぇぇぇぇぇ!! ヒヒヒヒーン!!』


「ハッハッハッ ウチの野菜、気に入ってくれたようで良かった」

「セルギウスさん、やっぱり馬ですね」

「しっ 良い気分で食べてるんだから」


 セルギウスが夢中で野菜を食べている。

 用は済んだので、一旦アスモディアへ帰ってもらって、帰るときにまた召喚することにする。


「それ食ったら召喚でアスモディアに返すからな」

『ちょ、ちょっと待ってくれ…… あの…… 帰りたくない。もっと野菜食べたい』

「おい迷惑だろ、そんなたくさん」

「大丈夫だマヤさん。まだ倉庫にあるから明日の分を用意しておくよ」

『おおおおおっ おっさん、いやエンリケ男爵、ありがとぉぉぉ!! モグモグモグ――』

「その食べっぷりは嬉しいねえ。農家冥利に尽きるよ」


 こうしてセルギウスは帰るまでエンリケ男爵家に滞在することになった。

 帰るのは明後日の朝かな。

 普通の馬みたいに逃げることはないので、厩舎(きゅうしゃ)でなく庭で寝てもらう。


「それでマヤさん。エリカさんが生き返ったと聞いて邪神エリサレスと戦った跡に慰霊碑が建ってるんだ。撤去しないといけないね」

「ああっ そうでしたね!」

「お爺さま、撤去はしなくてもいいと思うんです。文字だけ変えましょう。戦いの記念碑として」

「そうか! 是非そうしよう」


 馬車を庭の隅にやってセルギウスには野菜をそのまま食わして、エリサレスとの戦いの場であった教会の近くへ三人で向かった。(第百七十六話参照)


---


 慰霊碑は教会の近く、専用の区画が作られ立派な石碑が建っていた。

 なになに……

【Aquí descansa la gran maga Erica.(偉大な魔法使いエリカ、ここに眠る)】

 実際、エリカさんの身体はここに埋まっているのではなく霧になってしまった。

 魂だけペンダントに存在して、アスモディアで以前採取したエリカさんの()()()を媒体にし、新しい身体を生成したのである。


「では、こう書き換えましょう」


 パティは慰霊碑に手を当て、土魔法で文字を書き換えた。


【Aquí, el héroe Maya, la hechicera Erica y sus compañeros lucharon valientemente y ahuyentaron al dios malvado Elisares. (ここにて勇者マヤと魔法使いエリカ、その仲間が勇敢に戦い、邪神エリサレスを追い出した)】


「ええ? 他のみんなも戦ったのに、名前が私とエリカさんだけでいいの?」

「マヤ様とエリカ様が一番の功績ですよ。その方が格好良いじゃないですか」

「そんなものなのか……」

「いや素晴らしい! 街の明るい名所になるだろうね」


 街の代表であるエンリケ男爵もそう言うので、パティの言葉で決まった。

 さっき道端の木の下で建てた石碑は名前無しにしたけれど、ここは名前が残るなんて小っ恥ずかしいなあ。


---


 夕食が始まる。

 イサークさんも戻ってきて、彼は見知らぬ女が私と聞いて大層驚いていた。


「ええええっ!!!? マヤさん!? あなたがあ!!?」

「まあ、そういうことです…… あはは……」


 テーブルの上は野菜料理でいっぱいだ。

 肉もあるが、どんだけあるんだというくらい野菜中心である。

 食事中、イサークさんが私をジーッと見ていた。

 口になんかついてるのか? 口元を手の甲で(ぬぐ)ってみたが何もついていない。


「イサークさん、どうかしたんですか? 私の顔に何かついてます?」

「あいや…… あの…… マヤさんの顔が私のめちゃくちゃ好みで……」

「イサーク兄様、何をおっしゃいますの? マヤ様は男に戻るんですよ。そろそろお嫁さんを見つけてはいかがですか?」

「そうだぞイサーク。エンリケ家がおまえで断絶してはいかん」

「マリサさんとこの娘さん、ソニアちゃんだったかしら。あの子とはどうなったの?」

「な、なんで母さんが知ってるんだ!?」

「小さな街で噂なんてすぐ広まるものよ」

「じゃあマヤさんと浮気するのはいかんなあ」

「お爺さま、マヤ様は私と結婚するんですよ。浮気なんてさせません!」


 そのソニアちゃんとイサークさんは仲良しらしいが、彼はそれから黙ってしまったので恋人同士なのかわからない。

 でもエンリケ家に幸せが訪れて欲しいものだ。

 楽しい夕食、いいもんだな。


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