第三百十七話 エリカさん実家へ帰る
お昼ご飯前にラガのグアハルド侯爵家からガルシア家へ戻ることが出来た。
ヴェロニカ、マイ、オフェリアは屋台街へ出掛けたらしい。
ヴェロニカは何度か行ったことがあるらしいが、王女様と魔族だけで大丈夫かな。
「まあ! もうラガへ行ってお帰りになったんですか?」
食卓での会話でパティが驚く。
グアハルド侯爵家では滞在時間が一時間に満たなかったからな。
女王がラガへ訪問している最中、ルイスさんがみんなもビーチへ招待したいという話もした。
「そう言えば前にもマヤ様から聞いたけれど、良い機会ね。
久しぶりに水着を用意しなくっちゃ」
「それなら是非アリアドナサルダへ! 水着も私のブランドで出してますよ」
「そのつもりよ。楽しみだわ…… フフフ」
アマリアさんが妖美に笑う。
水着はいろいろ考えて作ってもらっているけれど、黒のビキニが一番似合うだろうな。
アマリアさんの裸はエステをしているときに見ているけれど、水着は水着でそそる。
「そ、それなら私も買いに行きます!
マヤ様は付いてこないで下さいね。当日の楽しみにしますから!」
「そ、そうかい。似合うのがあればいいね」
「はい! うふふ」
スク水もあるんだけれど、パティの日に日に豊満化しているボディでは似合わない。
ジュリアさんかマルヤッタさんぐらいだろうな。
でもジュリアさんだったら際どいのを選びそうだし、エルフ族って泳いだことあるのかな。
「それでエリカさんの姿が見えないんですが、どうしたんですか?」
「あの子は今晩、明日ぐらいは親子水入らずよ」
「そうですか。うまく再会が出来たんですね」
「うまく…… か、わからないけれど何とかね」
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本日朝食後の時間に戻る。
エリカさんとアマリアさんは馬車に乗ってエリカさんの実家、ロハス男爵家へ向かっていた。
二人は学生時代からいがみ合っていた仲だが、アマリアさんはあれで面倒見が良い。
アマリアさんは昨日のうちにロハス男爵家に使いを出して、訪問することを伝えていた。
エリカさんが行くことは伏せている。
「ねえアマリアさん。凄く気まずい気分なんだけど、私まだ死んだままで良いから帰ろうよ」
「何てこと言うんです! ちゃんとご両親に顔を見せてあげなさい」
「ええ…… それが嫌なんだよ。私こそモンタネール家の幽霊と同じじゃん。
二人がびっくりしてショック死したらどうすんのよ」
「そんなことにはなりません。たまには親孝行ぐらいしなさい」
「ううう……」
エリカさんは嫌々ながらアマリアさんに実家へ連れて行かれている。
一度死んで葬式までしたのに、生き返っていきなり親と会うのは前代未聞でとても非常識なことだから気が引けるのはわかる。
だがいつまでも秘密にしておく必要は無いし、会うならば早いほうが良い。
年老いた親にいつまでも会えるとは限らないのだから。
ロハス男爵家へ到着し、玄関先で待機していた使用人に案内され、アマリアさんが先に玄関に入る。
時間指定していたので、ロハス男爵夫妻も玄関先で出迎えてくれていた。
「ロハス男爵。急なことでお伺いしまして申し訳ありません」
「おお、アマリア様。よくいらっしゃいました」
「アマリア様。過日は娘のことでお世話になり、心より御礼申し上げます」
ロハス男爵夫妻はアマリアさんに向かって深々と頭を下げる。
エリカさんが玄関ドアの後ろにいるので、アマリアさんは余計に恐縮そうな表情をしていた。
「それで、急な御用件とはどのような……?」
「ロハス男爵…… あの…… とてもびっくりされるお知らせと言いますか……」
「はあ――??」
「私が説明するよりも、会って頂いたほうが良いでしょう」
アマリアさんは後ろに振り返り静々と歩いて、玄関戸を開けた。
「エリカさん。中へお入りなさい」
「え…… あの……」
アマリアさんは片手でエリカさんの手を引っ張り、やや強引に中へ連れ込んだ。
後ろからそしてエリカさんの両肩を掴み、グイッと彼女の両親の前に立たせた。
「――なっ エリ……カ……?」
「――」
エリカさんの両親は、自分たちの目の前で何が起こっているのか理解出来ず身体丸ごと硬直したかのようになった。
死んだはずの娘の姿がそこにいるのだから無理もない。
それから一分ほど間が空いたが、それはとても長い時間だった。
「あ…… あの…… お父さん、お母さん…… ただいま……」
「エリカ…… エリカなの?」
「お母さん…… 私……」
エリカさんは何かを言おうとしていたが、それ以上口から言葉が出なかった。
アマリアさんは埒があかないと思ったのか、エリカさんの前に出て言い始める。
「エリカさんは邪神エリサレスとの戦いで亡くなりましたが、その前に自身の魔法で魂だけペンダントに残しました。
それも一か八かの賭けで……
マヤさんたちがその魂が入っているペンダントを持ってアスモディアへ渡りました。
そしてエリカさんの師匠である魔女アモールの秘術によって、新しい身体に魂を吹き込んで生まれ変わることに成功したのです」
「――」
「――」
両親はあまりのことに絶句していた。
魔族の想像を超える秘術のことと同時に、自分の娘が常識では考えられない力を持っていたことに。
「それでね、お父さんお母さん。私もう人間じゃないの。
この身体は魔族になってね。何百年も生きられるのよ……
だから…… ごめんなさい。
せっかく産んでもらった身体を粗末にしてしまって……」
「ああ……」
ゆらり―― パタ
「お母さん!!」
「アウロラ!!」
エリカさんの母親は衝撃を受け倒れかけたが、頭を打つギリギリのところでエリカさんが受け止めた。
エリカさんは母親を抱きかかえたまま、手を額に当てて気付けの魔法を掛けた。
「これで大丈夫よ。お父さん、あっちで休ませましょう」
「あ、ああ……」
エリカさんは母親を応接室へ運び、ソファーで寝かせた。
アマリアさんもそちらへ向かう。
「あなたは急にご両親に向かって『自分は人間じゃない』って言うもんじゃありません!
私が聞いたときでもショックだったのに、まったくもう……」
「へいへい……」
「エリカ。冗談じゃなくて本当にそうなのかい?
うーむ…… そういえば前より若く見えるが……」
「そうよ。この身体は私が十八歳の時と同じなの。
そっか。あっちで修行中だったからお父さんは私が一番ピチピチだった時の姿を見たことがなかったもんね。
フフン、いいでしょう」
エリカさんは、自慢の胸の谷間をお父さんに見せつけた。
身内に対しては恥じらいが無い残念な人である。
「はぁ…… おまえは相変わらずだねえ」
「心中お察しします」
「いえ、アマリア様。こちらこそ苦労をお掛けします」
応接室でのそういった話でアマリアさんとロハス男爵は疲労を感じていた。
エリカさんは頭のネジが本当に何本か抜けているのかも知れない。
「それでは、私はこれで失礼します。
エリカさん、今晩はこちらで泊まってあげなさい。
それからお母様にはちゃんと謝るんですよ」
「はあーい」
「アマリア様、本当に何から何まで娘がお世話になりました」
「私は大したことをしていません。
マヤ・モーリ子爵のお力が無ければ叶わなかったことですから」
「おお、モーリ子爵。娘には勿体ないくらいです」
ロハス男爵は深くお辞儀をした後にアマリアさんの言葉を聞くと、少し嬉しそうな表情になる。
アマリアさんは応接室から退出する。
エリカさんはソファで寝ている母親に付き添いロハス男爵は玄関でアマリアさんを見送った。
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「ということだったの」
「それはそれは…… 大変でしたね」
昼食を食べているときにアマリアさんはロハス男爵家での様子を話してくれた。
エリカさんの『私もう人間じゃないの』という言葉にウケてしまい、口から食べ物を噴き出しそうになった。
アマリアさんからしたら真面目に話をしているのだから抑えたけれど、自分の娘からいきなりそういうことを言われるとそりゃショックだよ。
イスパルだけでの話ならば非現実的だから『おまえ何言ってんだ?』で済むことだけれど、魔族やアスモディアが関わるとそうではなくなるとわかっているからだ。
エリカさんがまだ十三か十四歳の時にアスモディアへ行ってしまったのだから、ご両親は気が気でなかっただろう。
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再びロハス男爵家の応接室。
母親を介抱しながらエリカさんとロハス男爵は話を続けた。
「それでエリカ。モーリ子爵とはどうなっているのかね?」
「お父さん、さっき言ってたことだけどマヤ君は私に勿体ないんじゃなくてぴったりよ。
大事な大事な恋人のマヤ君がいてこそ今私がここにいるの」
「ならばモーリ子爵と結婚する気はあるのかね?」
「うーん、当分は熱々恋人気分を味わいたいから今のままね」
「エリカ…… 父さんも母さんも歳だ。そろそろ安心させておくれ。
可愛い孫の顔を見たいんだよ。もう二十七歳になってるだろ」
「に、人間の歳を言わないでよ。私はあと何百年も十八歳のままなんだから」
「ああ…… そうじゃなくてな」
「お父さんが言いたいことはわかるよ。
でもね、私みたいな女が母親になる資格があるのかってことよ。
ちゃらんぽらんな母親だったらどんな子供に育つやら」
「一応、自分のことはわかっているようだね。
昔のことを思えばそれだけおまえはずっと丸くなっているということだよ。
いいかいエリカ。
親というものは子供と一緒に成長するものだ。
おまえの子供ならきっと元気で明るい子供になると思うよ。
それにモーリ子爵が父親ならば心配してない」
「――お父さん、人を見る目があるよね。フフフ」
製本業を営んでいるロハス男爵と魔法使いのエリカさんは二人とも聡明なところは似ているが、男爵は満遍なく聡明でエリカさんは魔法の学習能力だけが突出して他はいろいろ欠落している。
エリカさんがもう少し常識的だったら、魔法使いとしての能力は低かったのかも知れない。
何もかも百パーセントの天才はいないのだ。
「うう…… ああ…… あら、私どうしたのかしら……」
気を失っていたエリカさんの母親が目覚めた。
葬式で会った印象は、特徴は無いがエリカさんに似ていない温厚で優しそうな女性だった。
アマリアさんの母親であるグロリアさんに近い。
どうして温厚な母親からアマリアさんやエリカさんみたいな娘が育つのか。
アマリアさんの娘が天才パティならば、私とエリカさんの間にもし娘が生まれたら大変なことになるかもね。
「おお、アウロラ。目が覚めたか……」
「お母さん、ごめんなさい……」
「エリカ…… うーん…… 何か衝撃的な悪夢を見ていたような気がするけれど、思い出せないわ。
アマリア様はどうしたの?」
「君が休んでいる間にもうお帰りになったよ」
「なんてことでしょう。大変な失礼を……」
「アマリア様は気にされていないよ。君は疲れが溜まっていたんだよ。
エリカが魔法で体力を回復してくれたから元気になったろう?」
「そういえばそうね。よいしょっと……」
母親のアウロラさんがソファーから身軽そうにスッと立ち上がる。
「ありがとうね、エリカ。本当に前より元気になったみたい」
「それは良かったわ」
ロハス男爵はエリカさんに近づき小声で話す。
(いいかエリカ。母さんはショックでおまえが人間じゃないことを忘れてしまっているようだ。
だから当分の間は黙って落ち着いたら打ち明けるんだ。わかったな)
(――うん)
「なあに? 二人して内緒話?」
「いや、エリカの魔法で母さんが若返ったように見えたと話していたんだ」
「いやねえ。そんなことあるわけないでしょ。でも後で鏡を見てみようかしら」
(お父さん、適当なことを言うからお母さん信じちゃうじゃない)
(うーむ……)
「今晩はエリカが生き返ったお祝いに私も料理を振るうことにするわ。
勿論泊まっていくわよね?」
「そのつもりよ、お母さん」
その晩は親子三人でゆっくり過ごした。
エリカさんには弟が二人いるが、独立して別宅に住んでおり父親の製本業を手伝っており、葬式の時に見かけたことがあるだけだ。
子供がいくつになっても、お父さんお母さんは変わらないのである。




