第三百十二話 小さな見習い修道女
朝食の時間、ヴェロニカはブスッとしながらモリモリと食べ物を口へ運んでいた。
たぶん明日、いや今晩までには機嫌を直してくれていることだろう。
食事を終え、午前は久しぶりにパティと大聖堂へ行き大司祭マルセリナ様に強力なお祓いをしてもらうのだ。
そう、結局パティも幽霊屋敷へついていくことになった。
「こうして二人で大聖堂へ行くのも久しぶりですわね。うふふ」
「パティったら、デートじゃないんだから」
屋敷から大聖堂までは歩いて行ける距離で、パティと二人で歩いて向かっている。
彼女はべったり腕を組んで、ますます膨よかになったお胸もべったり私の二の腕に当たっている。
飛んで行くつもりだったが彼女が歩いて行きたい理由がそれだ。
私はスーツ、パティはブラウスと膝丈プリーツスカートなので端からどう見られているのだろうか。
私は胸とお尻がやや大きいので男には見られないと思うが……
マカレーナ大聖堂に着いた。
ここには神父が五人、修道女が…… うーんとたくさん。
その他見習いの神父と修道女も大勢いる大きな教会。
教会運営の孤児院から見習いへ上がってくる子もいるそうだ。
朝のお祈りはとっくに終わっているし、少数の一般信徒がいるだけで観光客が来るにはまだ時間が早いので静かだ。
大司祭のマルセリナ様直々お祓いをしてもらうには本来予約が必要なくらいだけれど、ちょっと嫌らしいがここはパティの顔でちょっと聞いてみることにする。
たまたま見かけた修道女にパティが声を掛けてみた。
「あのぅ…… もし?」
「あ…… パ、パトリシア様でございますか!?」
声を掛けた修道女が振り向くと、見たことある子だな……
あっ ここで魔物がマルセリナ様を襲ったときに怖くてお漏らししちゃった子だ。
そんなことで顔を覚えていた私はゲスなやつだと自覚した。
私が女になっているので彼女は気づいてなさそうだ。
「はい。大司祭のマルセリナ様にお祓いをして頂こうかと参りました」
「そそそうでございましたか!
それでは奥の部屋を開けますので、そちらでお待ち下さい!」
「わかりました」
生真面目そうで地味な顔をしている子だが、お尻はなかなか良い形をしているなどと思いながら案内してくれている彼女の後ろへついて行く。
やっぱりマルセリナ様みたいな地味ぱんつを履いているのだろうか。
ロベルタ・ロサリタブランドのぱんつを聖堂に寄付したら喜ばれるだろうか。
何てことを考えているうちに奥にある部屋に着いた。
「確認して参りますので、恐縮でございますが少々お時間が掛かると思います……」
「ええ、承知してますわ」
「それではお待ちくださいませ」
彼女はペコリとお辞儀をして部屋を退出して行った。
修道服の膨らみからして、胸はあんまり大きくないのかな。
そしてパティの方へ振り向くと、ジト目で見られている。
「マヤ様、またエッチなことを考えていますね?」
「え…… ええ? 何のことかな?」
「いいえ、その顔はいつもエッチなことを考えている顔です。
女の子になったのに男のマヤ様と同じ顔をしているんですよ?
どういうことなんですか? しかも神聖な大聖堂で……」
「う…… ごめんなさい……」
「はぁ…… エッチなことを考えるのは良いですが、時と場所を考えて私や他の将来結婚をされる方だけにして下さいませ! ぷんっ」
「はい……」
私とその他の人だってさ。
ほぼ私のことだけを考えなさいという意志表示だろう。
もうすぐ十五歳でまだキスと軽いスキンスップしかしていないけれど、十五歳過ぎたらどうなるんだろうな。
母親のアマリアさんのことを思うと、性欲が強くなりそう……
五分もしないうちにドアノックが鳴ったので(マルセリナ様が)随分早いなと思ったら、修道服を纏った小さな女の子だった。
カタカタと震わせながら二客のティーカップをトレーに載せて運んでいる。
「失礼いたします。お茶をどうぞ……」
「ありがとう」
十歳くらいかな。
大きな碧い目…… 僅かに赤みがかかっているから紫にも見える美しい目だ。
緊張して震えながらこぼさないかちょっと不安だったけれど、無事にティーカップをテーブルに置くことが出来た。
「それではごゆっくりどうぞ……」
「待って。あなた、お名前は?」
パティが、帰ろうとしていた小さな修道女を引き留める。
一瞬ビクッと驚いていたようだが、こちらへ振り向いてオドオドと喋り始める。
「あ、あの…… サリタと申します」
「まあ、サリ様からお名前を頂いたのね」
「はい。私には親がいませんので、孤児院でこちらの神父様が付けて下さいました」
なるほどそうか。
似てるのは名前だけでいいよな。
サリ様はぱんつ丸出しになったりいろいろだらしないんだから、本性を見たらこの子はさぞがっがりするに違いない。
「私はパトリシア、こちらはマヤ様です。よろしくね」
「はい、パトリシア様は存じております。マヤ様は…… 初めてですね。
よろしくお願いします」
「そうだわ。これをお食べなさい。あと私のお茶もあなたにあげるわ」
パティは持って来た小さなショルダーバッグからクッキーを差し出した。
ジュリアさんが作ってくれたクッキーみたいだけれど、パティは自分用のおやつにクッキーやチュロスなどをよくカバンに忍ばせている。
まったく、食いしん坊め。
「そのような施しを私は受ける理由がございません……」
「いいのよ。マルセリナ様がいらっしゃるまで私たちの話し相手をなさい」
「美味しいよ、このお茶。パティはいいの?」
「このお茶の香り…… 私がここへ寄付したものですからいつでも飲めますわ」
「そ、そうなのか……」
パティはガルシア家の中でも熱心なサリ教信徒なので物品の寄付ぐらいは普通だろう。
信者と言うよりはマルセリナ様に対する尊敬と憧れのほうが大きくも見えるが。
「わかりました。私のような者の話が面白いかわかりませんが……」
サリタは見た目通り十歳。
生まれたばかりの状態で、ここの礼拝堂の座席の隅へ置き去りにされたままだったという。
赤ちゃんが小さな教会の前に置かれていたという話はこの世界で時々耳にするが、こんな大きな大聖堂で置き去りにされたというのは初めて聞いた。
無表情で感情の起伏が小さく物静かな子ではあるが、丁寧な口調で淡々と自分のこれまでを話してくれた。
クッキーを口にしたとき、ほんの一瞬だが微笑んだ顔はその歳の女の子らしくとても可愛らしかった。
つい数ヶ月前からこの大聖堂で見習いとして働き出したそうだ。
――確かに孤児院では変わった出来事も無く、平穏に育っていったという印象だった。
だがこの子から特別なものを感じる……
そうか、魔力だ。ほんの僅かだが暖かくて優しい魔力を感じる。
「ねえサリタちゃん。魔法は使えるの?」
「いえ…… 使えません。どうしてそのような質問をされるのですか?」
「君はほんの少しだけれど、魔力を持っている」
「――私がですか?」
「マヤ様、そうなんですか? 私には感じませんけれど……」
「パティですら感じないほどか…… それほど少ないんだね」
そう話していると、ドアノックが鳴った。
ようやくマルセリナ様がやって来た。
サリタちゃんがお茶を持って来て二十分は経ったろうか。
「パトリシア様、お待たせしました。
あら、お連れはマヤ様だったんですね…… え?」
私がマルセリナ様の方へ振り向くと、いかにも人違いでしたという驚きの表情をしていた。
着ているスーツが男の時とそんなに変わらないし髪の毛もちょっと伸びたくらいのショートなので、後ろ姿で男の私と思われるのは仕方ないだろう。
「それでは、私はこれで失礼します」
「待ってサリタちゃん。もうちょっとお話させてくれないかな」
サリタちゃんがお辞儀をして退出しようとしていたが、魔力のことが気になって仕方が無いのでもう一度引き止めた。
彼女はそれを素直に応じてくれたが、ここで最高位のマルセリナ様が目の前にいるせいか緊張でガチガチに固まっている。
「あの…… パトリシア様、この方は……」
「魔族の国でいろいろありまして…… 女の子になったマヤ様です……」
「ええっ!? えええええ!!??」
パティが苦笑いで説明をするとマルセリナ様は大声でびっくり。
マルセリナ様が驚く様子を見て、ビクッと身体を震わせ余計にびっくりしているのはサリタちゃんのほうだった。
大聖堂では普段しなりしなりとしている人だから、こういうマルセリナ様を見たのは初めてだったのだろう。
「正真正銘のマヤです…… あはは」
「確かにこの魔力はマヤ様そのものですね…… それにしても何か何だか……」
「詳しくは後ほどお話しします」
親しい魔力持ちの人には説明が楽で良い。
口では説明しづらいが、鼻でそれぞれの匂いを感じるのに似ている。
「それで今日はお祓いにいらしたということですが、急にどうなされたんですか?」
「近所にあるモンタネール男爵のお屋敷を私が買うことになりそうなんですよ。
それで今日の午後に中を見に行くついでに、幽霊が出るという噂の真相を確かめようと思ったんです」
「まあ、あの屋敷を…… 私もその話は存じております。
でも霊が出るのは基本的に夜ですから、お昼に見に行かれるのならばお祓いが不要なのではないかと……」
その言い方、霊が未確認ではなくこの世に存在することを断言しているように聞こえる……
もしかして知らないの、自分だけ!?
え? ちょっと怖くなったんですけれど。
「それなら夜にも行かないといけませんね」
「じゃ、じゃあ私はお昼だけにさせて頂きますね……」
「それにマヤ様ほどの強大な魔力をお持ちであれば、霊は取り憑いたり出来ないと思います」
「そうなんですか? そっかあ……
じゃあここへ来る用事は無くなったというわけか。
あっ そうそう! 魔力と言えばサリタちゃんですよ!」
サリタちゃんを呼び止めてお祓いの話をしてたから、忘れかけていた。
そんな彼女は無表情でじっと待っていた。
「サリタ? この子がどうかしたんでしょうか?」
「この子から僅かに魔力を感じるんです。マルセリナ様は何かご存じでしょうか?」
「いいえ。サリタに魔力があるとは私もわかりませんでした。
でもマヤ様がそう仰るならばきっと……
そうですわ。マジックエクスプロレーションをやってみましょうか。
サリタ、両手を出してご覧なさい」
「はは…… はい……」
緊張したままのサリタちゃんが恐る恐る両手を前に出すと、マルセリナ様の白い手が彼女の手を握る。
マルセリナ様はサリタちゃんの顔と名前くらいは知っているようだけれど、日本の学校でも校長先生と生徒が一対一で話すこと何てあまり無いものだから緊張して当然だろう。
二、三分ほど無言の時間が過ぎてからマルセリナ様が話し出す。
「――マヤ様が仰っていた通りですね。
ずっと奥に暖かい光を感じました。恐らく光属性に目覚め始めています。
大変珍しいですね。
魔力を持っている方は生まれて赤ん坊の頃に目覚めているものなのですが、この子ぐらいの歳で…… そういうこともあるのですね」
「だってさ、サリタちゃん。もしかしたら将来回復系魔法が使えるかも知れないね」
「――わかりません。どうして私なんかに……」
「使える使えないは別にして、私なんかにって自分で言っちゃいけないよ。
自分に価値を持たないとね。
そうだ。サリタちゃんにマジックインクリーズを使って魔力量を増やしてみようか」
「ままままマヤ様! そんな小さな子にあの反応が出たら……
しかも抱き合って…… あわわわわ…… いけませえええん!」
「あの魔法ですか…… 確かにこの子には…… ポッ」
マルセリナ様が顔を赤くして照れるってどうなのよ。
マジックインクリーズとは、私が掛けたフルリカバリーから派生した謎効果が魔力量増量で、それだけを抜き出した私オリジナルの魔法だ。(第五十六話参照)
副作用として魔法を掛けている間は性的興奮を覚えるので、パティが怒って制止するのも無理はない。だが……
「大丈夫だよ。弱く掛ければそういう反応が出ないのがわかったから」
「――何でわかったんですか?」
「ジュリアさんに頼んでちょっとだけ練習の相手をしてもらったんだよ」
「ということは、何回もああああんなことをしたんですね?」
パティがジト目で見つめる。
あんなこととはたぶん魔法を掛けている間に抱き合うことなんだろうけれど、その後にジュリアさんが興奮を抑えきれずに毎度アレをしたことは黙っておこう。
練習に付き合ってもらったおかげで、手を握るだけで弱く魔法を発動させれば性的興奮が起きないことがわかった。
勿論その分増量する魔力も小さいが、サリタちゃんならそれで十分だろう。
ジュリアさんには何回も掛けたので、彼女の魔力量は私とエリカさんを除けばイスパルではパティやマルセリナ様を遙かに凌ぎ、断トツで一番になっているはず。
彼女は高位魔法をたくさん覚えているわけではないので、強さも断トツというわけではないが。
「さ、サリタちゃん。また両手を出してくれるかな」
「はい……」
彼女は素直に手を出してくれたが、不安でたぶん実験道具にでもされているのかと思っているのかも知れない。
そこは私のほうからケアするように優しく、魔法の発動で彼女が私を感じてくれて抵抗を無くしてくれるようにしたい。




