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第三百六話 女マヤのランジェリーショップ騒動

 今日は一日王都へ滞在し、明日マカレーナへ発つ。

 朝食は私たち一行だけで食べて、体調が良くないエリカさんを部屋に残しモニカちゃんに任せて、皆は出掛けることになった。

 私はアリアドナサルダ本店と、ミカンちゃんとシルビアさんに会いに行くためエスカランテ家へ。

 他のみんなは女王の計らいで馬車を用意してもらい、王都見物へ行くことになった。

 本当はパティも私について来てもらうつもりだったが、見物の案内役に王宮の人たちでは都合が付かなかったのでパティにやってもらうことにした。

 ロレナさんやシルビアさんなら男だった私の格好をしていけば信じてもらえるだろうと、貴族向けのジャケットとスラックスに着替えた。

 ガルシア家の徽章の他に、アスモディアへ出発する前に女王が特別身分証明書を発行してくれているので、それを持って行く。(第二百三十六話参照)


---


 デザイン画を描いた大事なノートを持って、空を飛んでアリアドナサルダへ向かった。

 街中を飛ぶなら風属性魔法を必要としないグラヴィティムーブメントが静かで良いけれど、まだ慣れなくて飛ぶのが難しいな。

 開店時間に合わせて正面出入り口から入店する。

 私の格好って男物の貴族服なのに身体の線がボンキュッボンとわかりやすいから、端から見れば男装趣味の変わった女に見えるのかも知れない。

 レジ係には毎度のカロリーナさんと、店長のアリシアさんがいる。

 カロリーナさんは目がぱっちりでとても可愛らしい女性だが、人妻だ。

 店長のアリシアさんは三十代後半のキリッとした黒髪お団子頭のお局様風の美人さんで、彼女も結婚をしている。

 彼女とはほとんど話したことが無いのだが、私がマヤだとわかってくれるだろうか。


「あの、おはようこざいます……」


「おはようこざいます。いらっしゃいませお客様、何かご用でございますか?」


「私、マヤなんですけれど訳あって女になっちゃって…… 

 わかりますかねアリシアさん?

 代表を呼んできて欲しいのですが」


「え? どうして私の名前を? マヤ様が女性だなんて意味がわかりかねますが」


「あああの店長、この方…… マヤ様っぽいですよ」


「いいえ、そんなことあるはずがありません」


 カロリーナさんは薄々気づいてくれているようだが、アリシアさんじゃすぐわかってくれないのか。

 早くも敵意の目で見られている。

 では王宮発行の特別身分証明書を見せようか。


「えっと、じゃあこれを見てもらえますか?」


 この証明書はアスモディア出発前にもらって、結局今になって初めて使う。

 パスカードタイプで携帯性が良いぞ。

 これでダメなら正直どうしようってことになる。


「――なんですかこれは?」


「王宮発行の身分証明書なんだけれど……」


「そんなものがあるとは聞いたことがありません。

 あなた、代表に対して何か企んでいますね?」


「て、店長……」


 アリシアさんが大きな声で騒ぐものだからカロリーナさんが少々(おび)え、周りの店員が集まってくる。

 開店したばかりなので客はほとんどいないようだが……


「ちょ、ちょっと待って下さいよ。おーい、皆さん。

 私は女になったマヤなんですけれど、信じてくれませんかね……」


 顔見知りの店員が多いけれど、みんな腕を組んで睨んだりして私を威圧している。

 この国の気質で気が強い女性が多いんだよなあ。

 ううう、どうしたら良いんだろう。

 そうだ! 魔法を使っているのを見せて納得してもらうしかない。

 その中で私だとわかってもらえそうなのは……


「ほらっ 空中に浮かぶ魔法ですよ。こんなこと私にしか出来ないでしょう!」


 私はグラヴィティを使って浮き、皆の周りでふわふわ動いて見せた。

 闇属性の魔法を使える人はほとんどいない。これなら……


「ひっ ひいぃぃぃ!! 魔物よ! 魔物の残党だわ!」


「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 アーテルシアがデモンズゲートから出した魔物は私たちが全滅させたはずなのに、一般庶民にはまだいると思われているのか?


「皆さん! こいつ弱そうだから退治しましょう!」


「「「「「はい!!」」」」」


「おいおい! おいおいおいおいおい!!」


 ドガッ バキッ グシャッ バチィィィィンッ!


 店長を中心に店員の女性たちは飛んでいる私を引っ張り掴み、引っ掻いたり叩かれたり殴られたり。

 カロリーナさんは手を出さず、どうすることも出来ずに震えながら見ていた。

 身体は鍛えてあるし薄い防護魔法を掛けっぱなしにしてあるからあまり痛くないけれど、このままだと(みじ)めでしかない。


「うひぃぃぃ!!」


「何ですか!? 大騒ぎで…… まあ!!」


 代表のロレナさんがレジ裏の部屋から出てきた。

 これでやっと助かる…… のか?


「代表! 魔物ですよ魔物! この女の魔物、空を飛ぶんです!」


「ロレナさああん…… マヤです。アスモディアで女になっちゃったんですぅ……」


「マヤ様!? 確かに魔族の国へ行かれたと……」


「これ、見てもらえますか?」


 私は特別身分証明書をロレナさんに手渡した。

 この店で唯一女王と面識があるロレナさんなら、わからないはずが無い。


「こここここれは! 陛下直筆の証明書ですわ! 確かにマヤ様の物!

 どうしてマヤ様が女の子に!?」


「訳あって魔族の魔法で女になったんですよ。

 それで今は男に戻れないままなんです…… あとほらこれも」


 デザイン画を描いたノートも手渡した。

 これをもっと早くアリシアさんに見せれば良かったかな……


「ああああっ まさしくこれはマヤ様が描いたデザイン画!

 それにお顔をよく見ればマヤ様に似てますわ!

 あなたたちぃぃ!! 何てことををををっ!!」


「ひぇぇぇぇっ 本当にマヤ様あああ!?」


「「「「「ええええええええっっ!?」」」」」


 ロレナさんとアリシアさんが叫んだ後、皆もようやく理解してくれた。

 こんなことならパティを連れてきたほうが良かったかなあ。

 シルビアさんやミカンちゃんは私のことをわかってくれるのか心配になってきた。

 いや、もう身内なんだからきっと信じてくれる。


---


 私自身、店員の彼女らをお(とが)め無しにするつもりだったけれど、ロレナさんは大激怒。

 さすがに店員全員を執務室へ連れ込むわけにはいかず、ロレナさんは事の発端であったアリシアさんだけを連れて行った。


「申し訳ございませええん!!」


 アリシアさんは額を床に擦りつけるように土下座をしている。

 これ、ちょっと前のデジャヴを感じるが……

 ああ、オフェリアだったな。


「マヤ様。ウチの従業員が大変なことをしてしまい、何とお詫びをしたら良いのやら……」


 ロレナさんまでアリシアさんの隣で両膝をついている。

 この人は伯爵夫人で子爵の私より身分が上なんだぞ。


「いえ、自分も常識外れのことになっていたので仕方がありません。

 こちらは服が少し汚れたくらいで、他に被害があったわけではないし……」


 と言いつつも、サリ様に術を掛けてもらった女神仕様の貴族服なので汚れはほとんど落ちてしまっていた。


「それでは私の気が済みませえん! 

 マヤ様に乱暴をしてしまった私に、何か罰をお与え下さいませえ!」


「そう言われても、困ったなあ」


 アリシアさんは土下座をしたまま、額をゴツゴツと床にぶつけている。

 だが私が何か言わないとずっとこうしているだろう。


「では…… 罰ではなく、一つお願いをしたいことがあります。

 その前に聞きますが、アリシアさんが今履いている下着はロベルタ・ロサリタですか?」


「はい。勿論マヤ様のロベルタ・ロサリタブランドの物を着けてます」


「私もロベルタ・ロサリタの下着を毎日着用してますわ!」


 ロレナさんには聞いてないってば。

 アリシアさんがそうなら…… むふふ


「コホン。では…… 今後のデザインの研究をするためにも、アリシアさんが下着を着用している姿を拝見させて頂きたいのです」


「え? あの…… そ、それは……」


「それは良い考えですわね! 私の下着もマヤ様にご覧に入れますからアリシアさんも一緒に! ねっ?」


 えー、ロレナさんには頼んでいないんだが…… まあいいか。

 前に店長にもモデルになってもらいますとロレナさんから聞いていたから、今日はそれを実行してもらうのだ。(第二百十六話参照)


「わ、私…… 男性には旦那にしか下着を見せたことがないので……

 ああううん…… マヤ様は今女性ですよね…… うーん……」


 ということは旦那しか男を知らない。興奮してくるな。


「私は大丈夫です。

 では、アリシアさんをイメージした素敵なデザインを考えましょう。

 それならいいですか?」


「マヤ様が私のためにロベルタ・ロサリタブランドを!? 

 ななななんてことでしょう!!」


「まあ! アリシアさん良かったですね!

 怪我の功名、災いを転じて福となすとはこのことですわ!」


 いやいやロレナさんその言葉、被害にあったのは私だし違うと思うぞ。

 アリシアさんはお尻フリフリしながら喜んでいた。

 見た目はお堅そうな彼女なのに、そういうキャラなの?


「それではアリシアさん! 早速脱ぎましょう!」


「はい!」


 私はソファーに座って待っている間、二人とも気にしないでいそいそと上着を脱いでいる。

 そんなに気持ちが高揚するほどロベルタ・ロサリタブランドのランジェリーの格が上なのか自覚が無いけれど、本当に一肌脱いでくれる二人の期待に応えようか。

 ロレナさんは三十代半ば、アリシアさんは三十台後半。

 二人とも熟女と言うには(はばか)りあるほどの美しさを保っている。


 あっという間にブラとぱんつだけになった彼女たち。

 ロレナさんはドヤ顔で堂々と私に下着姿を見せているが、アリシアさんは我に返ったのか胸と股間を手で隠している。

 こういう真面目なキャラが羞恥心を感じている様はそそるよね。


 ロレナさんのランジェリーは上下白でガーターベルト。うほほい!

 全体的にレースを(ほどこ)しており、そのせいでぱんつは透け透けだ。

 透け透けは処理をしない方がセクシーなのだが、残念ながら処理済みである。何の?

 彼女の白くてきめ細やかな肌をさらに際立たせてくれているこのランジェリーは、勿論私がデザインした。


 アリシアさんは上下黒で、ぱんつはレースをふんだんに(ほどこ)してあるがハイライズのスタンダード商品だ。

 彼女には年齢相応の物であり、似合っていると言えば似合っている。

 だがそれ故に無難すぎるのだ。


「ありがとうございます。

 ロレナさんはさすがに着こなしが抜群で言うことがありませんね!」


「まあ! マヤ様にお褒め頂けるなんて光栄ですわあ!」


 ロレナさんは両手を組んで、クネクネと喜びを身体で表現している。

 その様はとてもエロいのだが、彼女はやや変態の気があるので私の興奮は今ひとつだ。

 やはり女性は恥じらいがあったほうが魅力的である。


「そしてアリシアさん! 近頃は旦那様と仲良くされていますか?」


「えっ? それは…… 普通にやっておりますが……」


「言葉足らずでした。夜の方の仲良しです。どうですか?」


「あ、あの…… それは……」


「アリシアさん! どうなんですの? はぁはぁ……」


 ロレナさんは、はぁはぁと何を想像しているのだろう。


「ここ三年ほどご無沙汰で……」


「まあまあ三年も! あなたほどの女性が、それはいけませんわ!」


「わかりました。普段の生活では問題無くて、夜の仲良しに大きな問題があるのですね」


「はい…… マンネリなんでしょうか……」


 はっきりした原因はわからないが、アリシアさんが自覚しているようにマンネリ化している可能性はあると思う。

 ならばアリシアさんの旦那の気持ちになって、アリシアさんの下着姿を見てピクッと反応してしまうような刺激的、且つ(あき)れられないデザインを考えよう。


「ちょっと失礼します。私によーく見せてもらえますか?」


「きゃっ!?」


 私はアリシアさんの前に正座し、目の前五センチほどの距離に股間がある。

 はうう…… 人妻の良い香りが漂っている……

 このまま飛びついて直接クンカクンカしたいが、それはやめておく。


「これに…… 何か意味があるのでしょうか……? ううう……」


 アリシアさんは恥ずかしそうに言うが、正直言うとデザインを考える私の気分を盛り上げるためだけである。

 アリシアさんにとってはこれが罰になるかもしれない。


「もうインスピレーションは浮かびましたよ!

 あと一ヶ月後…… いや、次に王都へ来るときまでにデザインを描いてきます!」


「本当ですか!?」


「さすがマヤ様ですわ! どんなものが浮かんだのですか?」


「それは出来てからのお楽しみです。フフフ……」


 色は濃いめのピンク、そして大人っぽいデザインにしよう。

 大人向けの赤やパープルはよくデザインしているが、ピンクは若い女の子向け中心にしている。

 そこに意表を突いてもらうのだ。


「嬉しいですマヤ様。これで旦那とのマンネリが解消出来たら……」


「きっとマヤ様ならば期待に応えて下さいますわ!」


 下着をいつもと違う物に変えただけで解消できるかわからないが、やるだけやってみよう。

 美人お局様風の彼女にギャップを感じ、且つ余計な違和感が無い物を!


---


「それでマヤ様のほうは、どんな下着を着けておられるのですか?

 せっかく女性になられたんですから、私も拝見したいですわ」


「そ、そうですね。私も気になります……」


 えええっ? 二人が言ってる本音はきっと、私たちは脱いだんだからあんたも見せろってことだと思う……

 見せる分には構わないけれど、何を言われるのか不安になってくるな。


「あの、アスモディアで手に入れた素っ気ない下着なので見てもつまらないですよ?」


「いいんですよ。マヤ様にお似合いのランジェリーを私たちが見繕って差し上げますわ」


「ランジェリー販売の、プロの私たちにお任せ下さい!」


「はい、それじゃあ…… お願いします……」


 私はそろそろと貴族服を脱いで、ブラとぱんつだけになった。

 朝着替えた時の、薄い水色の下着だ。

 ロレナさんとアリシアさんはドキドキワクワクの表情で私を見ていた。

 やっぱり女になって、人に見られながら服を脱ぐのは恥ずかしいものなんだな……


「あらま…… 本当素っ気なくてとてもウブな下着ですわね……


「それは陛下にも言われ…… いや、何でも無いです……」


「娘のレイナどころかアイナでもそういうのは履いていませんわよ」


「そうなんですか…… あははは」


 アイナちゃんって確か十二、三歳だったよね?

 どどどんなすごいぱんつを履いているんだ?


「素材はどうでしょう…… 私にも近くで拝見させて下さいまし」


「ふえええ!?」


 今度はアリシアさんが私の股間の目の前でジーッとぱんつを見つめている。

 は…… 恥ずかしい。


「粗末で長持ちしそうに無いですね。

 さすがお若いだけあって瑞々しいお肌ですが、人によっては肌がかぶれてしまいそうです。

 マヤ様、履き心地は大丈夫ですか?」


「はい、今のところは問題無いです……」


「スンスン…… さっきから気になってましたが、いちごとミルクのような良い香りがしますね。

 これは一体なんでしょう?」


 うわああ…… アリシアさんは直接私の肌を嗅いでいないが、やっぱり身体から匂うのか。

 エリカさん以外には良い匂いに思われているから安心したが……


「あああああ今朝王宮でいちごのババロアを食べ過ぎたせいですかね。あっはっはっはっ」


 と、適当に誤魔化しておいた。

 体臭です、だなんてとても言えない。


「まあ、王宮では朝から豪華なデザートが出るんですのね。

 それでは、私たちはマヤ様にお似合いのランジェリーをお店で探してきますからね」


「よろしくお願いします」


 二人は服を着て早速店内へ移動し、執務室は私一人だけになった。

 ぱんつとブラだけの姿で……

 もう服を着て良いよね? って思っているうちに、二人がもう戻ってきた。


「さっ マヤ様。これを着けて下さいまし」


 アリシアさんが手にしているのは上下サテンシルバーで、ぱんつはフルバック。

 ブラにはカップの下にいくつもの黒薔薇をあしらっている、格好良いものだ。

 これは私がデザインしたもので、アリシアさんから見たら私はこれが似合うのだろうか。


「実はこれ、最近私がデザインしたんです。丁度マヤ様にはピッタリかと思いますの」


 ロレナさんが手にしているのは…… は?

 赤い紐? いや、普通のランジェリーの形をしているが、レースがスカスカ過ぎていろんなところが丸見えじゃないかああ!!

 ランジェリー販売のプロとは何なんだよ!


「さあさあマヤ様! 是非これを!」


「ひええええ!!」


 ロレナさんがそのスカスカランジェリーを持って追いかけてくるので、私はブラとぱんつだけで執務室を逃げ回るという無様な姿に、アリシアさんは苦笑いをしていた。


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