第三百五話 ドジっ娘マヤ君
王家と私たち一行を交えた夕食会が終わろうとしている。
今日は鹿肉を主に使った料理で、ステーキやスジ肉のアヒージョなどを食べることが出来た。
クセが無くとても美味い。
マルヤッタさんもすごく気に入ったようで、もりもり食べていた。
『鹿肉はエルフェディアでも食べられていますが、人間族が作るとこんなに美味しく変わるなんて…… モグモグ
私たちが何百年と生きてきたのは何だったのでしょうか…… モグモグ
人間族とは、命が短くても探究心が素晴らしいのですね…… モグモグ』
「エルフ族の方にそれほど喜んでもらえるなんて、急に頼んで作ってもらった甲斐があったわね。料理長へ伝えておかなくちゃ。うふふ」
差し出された食事を美味しく食べられるということは、その人も好感度も上がる。
オフェリアとマイも夢中になって食べていた。
三人とも行儀良いので王家から反感を買うことは無いだろう。
むしろパティとアイミの行儀のほうが心配だ。
食事が終わってから席を立つ。
私はお酒を飲んでいて、久しぶりだったので少し酔っていた。
フラッとしてしまい、自分が履いているロングスカートの裾を思わず踏んづける。
「あっ」
「キャッ マヤ様大丈夫ですか!?」
あろうことか、尻餅をついてしまった。
お酒がこんなに弱かったっけ……
女になって体質が変わったせいだろうか。
目の前にはアウグスト王子とカタリーナさんが立っていて、私を見て二人とも固まっている。
私は床で大股を開いて座り込み、スカートは大きく捲れていた。
「あ…… あ…… あ…… ブバッッ」
「きゃぁぁぁぁ! 殿下ぁぁぁぁ!!」
アウグスト王子から鼻血が吹き出た。
今日は鼻血をよく見る日だなあ…… え?
し、しまった! ぱんつを履いていないことをすっかり忘れてた!
つまり、アウグスト王子とカタリーナさんにバッチリ丸見えだったのだ。
私は立ち上がり、王族相手なので一応謝っておく。
「あいや、見苦しいものをお見せしてしまい申し訳ないです……」
「うぷぷ…… 見苦しいなんてとんでもない…… フガフガ……」
カタリーナさんはテーブルに備え付けの高級ティッシュでアウグスト王子の鼻血を拭いてあげている。
「私より先にマヤ様が殿下に見せてしまうなんてえ…… 悔しいですわ……」
何気にカタリーナさんが爆弾発言しているな。
そうかそうか、王子と彼女はまだなのか。
それに王子の反応は、まだDTなんだろう。
「もうマヤ様ったらドジ過ぎますぅ! 私も恥ずかしいです!」
「あらあら、若いっていいわね。オホホホ」
『うっひゃっひゃっひゃ! ノーパンマヤ!
おまえはとことん私を笑わせてくれる。うぷぷっ』
パティには怒られるし、女王やアイミたちには笑われるし、オフェリアやマイは苦笑いしているなあ。
マルティン王子はもう出て行ったのか姿が見えない。
彼に見られなくて良かった……
発狂して飛びかかられでもしたら嫌だからね。
クスクス笑ってる女王が手招きをしている。
こっそり耳打ちで話しかけてきた。
(今晩十二時に私の寝室へいらっしゃい……)
(はい、わかりました……)
女になったからどうかなと思ったけれど、やっぱりアレはあるのか。
シルビアさんが呼ばれていたのも日常だったらしいから、不思議ではない。
この国は女もイケる女が多いような気がするし、男性同士の話は直接聞いたことが無いがきっと知らないところでそういうことはたくさんあるのだろう。
同性婚は認められておらず、あくまで愛と快楽のためなのはサリ教の影響が大きいからと思われる。
BLやGLの本が普通にあるのも寛容だ。
---
「せっかくお城へ来たのにお肉は食べさせてもらえないし、お酒も飲めないし、マヤ君から変なニオイはするし、もう寝る……」
「最後のは人が聞いたら誤解を与えかねないぞ」
「マヤ様は良いニオイですよ。じゃあもう着替えて寝ましょう」
食事が終わって部屋へ帰る途中の廊下で、エリカさんがぼやきながらトボトボとモニカちゃんに手を引かれて歩いている。
いちごミルクのニオイでも、散々しごかれたアモールと同じニオイではトラウマが大きいのだろう。
だが女であるうちはエリカさんに纏わり付かれたりエッチな悪戯をされなくて済む。
「ああもう、なんか怠いからおやすみ……」
エリカさんはドレスを脱ぐのをモニカちゃんに手伝ってもらってニップレスも剥がすと、そのまま全裸でベッドの中へ入ってしまった。
エリカさんはよく裸で寝ているからおかしくはないが、新しい身体が馴染んでいないのか疲れたのだろう。
私はぱんつだけ履いて、自分で用意している男物のパジャマを着た。
「じゃあマヤ様、また明日ね。チュッ」
「お疲れ様」
モニカちゃんは挨拶の軽いキスをして部屋を退出した。
さすがにエリカさんが寝てる間に二人だけでイチャラブするのは遠慮しておいた。
早く分身君を復活させて本気を出したいものだ。
---
寝るには早い時間だったが二時間ほど仮眠して、パジャマのまま十二時前にこっそり女王の寝室へ向かう。
その通路へ入る扉に護衛が二人いるはずだが、前は借りていた近くの特別室から直接寝室へ行っていたのでそこを通る必要が無かった。
やはり近衛兵が二人、扉の番をしていた。
「あのう…… 陛下から……」
「お話は伺っております。さあ、お通り下さいませ」
「はあ、どうも……」
名前も聞かず、あっさり通してくれた。
近衛兵にも客人の守秘義務があるし、私の特徴を女王が伝えておいてくれたんだろう。
ぼんやり魔光灯が光る誰もいない廊下を進み、女王の寝室前に着いた。
ノックをして入ると、エッチな下着姿の女王が待ち遠しそうにベッドの上に座っていた。
部屋の魔光灯が薄暗く彼女と王様ベッドを照らし、甘美さを醸し出している。
「マヤさん、パジャマを脱いで私の隣に座りなさい」
「はい」
女王が言うとおり私はパジャマを脱いで側のテーブルへ畳んで置き、隣に座る。
香水と肌の匂いが混ざって鼻にじわっと香り、艶やかだ。
女王はワインレッドでヒラヒラがついたTバックとブラを着けていた。
見覚えがあると思ったら、私がデザインしたロベルタ・ロサリタのランジェリー上下セットではないか。
いい歳したおばさんがと思ったが、どうせロレナさんの訪問販売で進められたのだろう。
「はぁぁぁぁ…… 若い女の子の肌ってやっぱり瑞々しくてスベスベね。羨ましいわあ」
女王が私の腕や太股を、まるでエロオヤジのように両手でベタベタ触る。
私が男の時もそうだったので不快というほどではないが、女の身体だと下心の度合いが余計に感じる。
「マルティナ様も肌が綺麗ですよ。私が歳を取ってもそうなる自身がありません」
「お世辞でも嬉しいわ。クンクン…… 何この香り…… とろけちゃいそう……」
女王は私の脇の下周りを嗅いでいる。
これが魔女アモールと同じ匂いということは黙っていよう。
「それにしてもウブな下着ね。せっかくあなたはデザイナーをやってるのに」
「ああ。アスモディアで女になったから、そこのお店で取りあえず用意しただけなので……」
私が今着けている下着は、その通りアスモディア製のシンプルなデザインで薄いピンク。
これはこれで気に入っているので、マカレーナへ帰ってからも着けるつもりだ。
シンプルなデザインこそエロティシズムが湧き上がる。
「そうだったわね。フフフ
これからね、女の喜びをたくさん教えてあげるわ。
男に戻っても今から私がすることを思い出して、娘やパトリシアさんたちにも実践して頂戴ね」
うわぁ…… 女王が今からする性技を女の子たちにやってみろってことか。
とんでもない人だな……
それから私は女王にキスされながらゆっくり押し倒され、私がほとんど受け身になりお一人様プレイでは感じることが出来ない快楽に溺れてしまった。
男と違い、何度も何度も昇天する。
確かに女の身体でないとわからない感覚を味わうことが出来た。
それにしても、自分でもびっくりするくらいの卑猥な喘ぎ声をあげてしまうとは……
女王の濃厚な手ほどきが終了し、わたしはぐったりしながら部屋へ帰った。
エリカさんは爆睡中。
部屋の外へ出たことに気づかれなくて良かった。
---
「おはようございまあす! マヤ様起きてくださあい!」
モニカちゃんのけたたましい声で起こされる……
ん? この胸の感触は……?
「おーい…… 人のおっぱいを揉みながら起こすのはやめなさい」
「だってえ、おっぱい丸出しで寝てたし」
「ええっ そうなの?」
ああ、暑いからってブラを外してパジャマの上着ボタンもいくつか外して寝たんだった。
女王のイヤらしいプレイでしばらく身体が火照っていたからなあ。
寝覚めのシャワーを浴びておくか。
「エリカ様! おはようこざいまあす! おーい!」
「スー スー…… ううう……」
「起きてくださあああい!」
モニカちゃんが、被ってる毛布ごとエリカさんの身体を揺らしている。
今日のエリカさんはあまり寝覚めが良くなさそうだ。
「ああ…… うう…… 今日は身体が怠いの…… 一日寝かせてぇ……」
「具合が悪いのですか?」
「そういうわけじゃないんだけれど…… 後はマヤ君に聞いてね…… おやすみぃ……」
エリカさんはまた毛布を被ってしまった。
身体が馴染んでないから怠いのだろうけれど……
「あらら…… マヤ様、エリカ様はどうなってるんですか?」
「あのえっと…… エリカさんの新しい身体は人間じゃなくて、魔族なんだよ。
それでまだ身体が馴染んでいないから怠いんだってさ」
「ま、魔族!? 見た目は昔と変わりませんけれど……」
「どこがどう変わったのか全部は知らないけれど、聞いた話では寿命が何百年に延びたのと、魔力が桁違いに上がってるね」
「そっかあ…… マヤ様と私がおじいちゃんおばあちゃんになってもずっとこの先生きていけるんだね。いいなあ」
「なあに、五十年も生きたら心が新鮮味を感じなくなってくるし、頭が硬くなってしまうから良いことばかりじゃないよ」
「それは言えてるぅ! って、マヤ様が年寄りみたいね。アハハハ」
実際、日本で五十年生きてきたら心が擦れてきていた。
その代わり気持ちに余裕が出来ていたと思う。
この世界に来て若返り、いろんなことが初めてで新鮮だったし、日常生活の範囲では心に余裕があるままだった。
勿論日本では有り得なかったことで感情を揺さぶらせたことはたくさんある。
魔物がたくさん出て戦えばそれだけ精神疲労はあるし、アーテルシアとエリサレスに身体をボロボロにされた時は心も相当のダメージを受けた。
パティが大怪我をし、エリカさんが亡くなってしまった時も自分で考えていた以上に心の負担が大きかった。
日本では母親を事故で亡くしたけれど、愛する人を失うことがどれ程辛いことか身に染みてわかったよ。




