第二百九十九話 スオウミで再会
舞台は、フィンランドの森と湖っぽいところを想像して下さい。
明るいうちにスオウミの上空に着いた。
往路と同じように、ヘンリッキさん一家が住んでいる集落の近くにある湖の畔に着陸する。
アイミは、客席でおやつをもらって食べてた以外は隣の席でほとんど寝ていた。
静かなのは良いが役に立たない……
「オフェリアとマイ、マルヤッタさんは初めてだから説明するけれど、行きと同じように今晩はここで休むことにする。
私は近くの集落に住んでいる人たちに挨拶してくるから、外へ出て空気を吸うなりして待っていて欲しい」
「マヤ様。今は女の子なんですから一人で行かれても誰なのかわかりませんよ。私も付いていきますね」
「あっ そうだったね。あははは……」
パティにそう言われる。
女として見た目は別人になっていたのを完全に忘れていた。
誰かが付いて行けるところなら良いけれど、一人でしか行ったこと無い場所の人たちに会うときはどうしよう。
リーナはパティがいれば良いけれど、エレオノーラさんはどうだっけ?
エステラちゃんも不味いよなあ。
パティは他の女の子との付き合いに対して嫌がるだろうし、女王からロレナさんを通じてあの三人娘に会うしかない。
エリカさんが頑張って魔法を完成させてくれればいいけれど、あんまり長引くと行方不明になって心配させてしまう。
こんなことになるなら我慢してカメリアさんたちに玩ばれていたほうが良かったのか。
「さ、参りましょう」
「うん……」
パティはお土産のお菓子が入ったバスケットを持ち、先陣を切ってタラップから降りた。
彼女の持ち前は秀才だけでなくリーダーシップの適正も月日を追って高くなってきており、本来私が引っ張っていかなければいけないのに頼もしくさえ思う。
地面に降りて集落の方へ向かおうとしたら、小さな女の子が一人駆け寄ってくる。
あれはヘンリッキさんの娘の、アウリちゃんだ!
『ああっ!! やっぱりパティちゃんとマヤさんだあ!!』
『アウラちゃぁぁん! 帰って来たよお!』
アウリちゃんが走ってパティに抱きついた。
パティもスオウミ語で返事をする。
それにしても銀髪幼女は妖精のようで尊いなあ。
『あれ? マヤさんじゃない。だあれ?』
『ああああのね、この女の人はマヤ様が魔法で女の人に変身しているの』
『えー 嘘だあ』
『魔族の魔法だから嘘じゃないよ。本当だよ。凄いんだから』
『そうなの?』
「あー、アウリちゃん久しぶりだねえ。あははは」
『うーん、マヤさんにちょっと似てるけれど…… まあいいや。お母さんに知らせてくるね!』
アウリちゃんは走って集落の方へ戻っていった。
あの子が最初に私と認識したのは、着ている女神力付与の服装からだろう。
子供だからなのか、私が性転換していても反応が軽かった。
さて、私たちも集落へ挨拶をしに向かう。
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ヘンリッキさんのお宅に着いて、戸が開けてあったのでそのままお邪魔する。
『まあまあ! パトリシアさん! それから…… マヤさん??』
『トゥーラさん、こんにちは!
そうなんです。魔族の魔法で女の子に変身したら、訳あって戻らなくなってしまったんです』
私はスオウミ語がわからないので、頭を掻いてヘラヘラ笑うしかない。
パティが言うには奥さんのトゥーラさんだけ在宅しており、ヘンリッキさんは仕事からまだ帰っていないそうだ。
アウラちゃんは他の二軒の人たちを呼びに行ったらしい。
『魔族の!? 不思議なことが出来るんですね。そういえばマヤさんの面影が……』
『とっても可愛いですよね。ウフフ』
何を言っているのかわからないけれど、パティは私の腕を組んで喜んでいる。
アスモディアでは言語変換の魔法で当たり前に会話が出来たけれど、言葉が通じないというのはとても不便だ。
『それじゃあ夕食の準備をしなきゃね。皆さん五人だったかしら』
『ああっ お構いなく! 私たちお弁当を持って来ましたから。
それに魔族やエルフ族があと四人も増えましたので、準備が大変ですよね……』
『え!? 今エルフ族と仰いました?』
『はい。エルフ族の女の子が一人おります』
『あわわわわわっ ご先祖様! なんてことでしょう!
是非、是非! エルフ様にお目にかかりたいです!』
『それは大丈夫だと思いますが…… ご先祖様?』
『パトリシアさん! ありがとうございます!
もうすぐリューディアさんたちも来ますから、急いで歓迎会の準備をしますわ!』
トゥーラさんは慌てて台所へ向かった。
彼女が何を騒いでいたのかとパティに聞くと、エルフ族がご先祖様だから是非とも会いたくて、それで歓迎会をするためだという。
そうだった。スオウミ人のルーツはエルフ族からとマルヤッタさんから聞いたことがある。
ご先祖様とか騒いでいたのは、何か信仰的なものがあるのだろうか。
「歓迎会となりますと…… せっかくビビアナさんたちが作ってくれたサンドイッチやコロッケが無駄になってしまいますわね」
「それはトゥーラさんたちに食べてもらえばいいよ。スオウミでは珍しい料理になるんじゃないかな」
「それは良い考えですわね。私たちも早速準備しましょう!」
「パティはここに残ってトゥーラさんを手伝ってあげてくれないか?
私はみんなを呼んでくるから」
「承知しました!」
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私は飛行機を着陸させた湖畔へ戻ると、皆が外へ出て空気を吸ったり周りをうろうろ散歩していた。
オフェリアとマイは組み手の稽古をやっているようだ。
こんなところまで来てやらなくていいのに、体力が有り余っているのかね。
「おーいみんな! 集まってくれ!」
私は集まってくれた皆にトゥーラさんとの話を説明し、マルヤッタさんにはご先祖様の件を話した。
『うーん、エルフ族がここの人たちに信仰されているような雰囲気ですね。
神様ってわけじゃないんですが……
まあ美味しい物が食べられるのならばご相伴に与りましょう』
マルヤッタさんはちゃっかりしていた。
ビビアナとジュリアさんには持って来た弁当を用意してもらう。
エリカさんには、野菜サンドくらいなら良いだろうとアモールから許しをもらっているので、それを食べてもらう。
順調ならば完全復活パーティーをするつもりだからそれまで我慢してくれよ。
アモールからエリカさんの排便状態を目視確認せよと頼まれたが、さすがに可哀想なのでエリカさんを信用してビビアナたちにしばらく別メニューを作ってもらうことしにしてる。
「あれ? そういえばアイミは?」
「あいつ外では見かけてないニャ。たぶんまだ寝てるニャ」
ビビアナがそう言うので魔力探知を研ぎ澄ませてみると……
確かに機内にいる。
魔力を最小限に抑えているのでわかりにくかった。
私は機内へ戻りアイミを起こす。
大口を開けてよだれを垂らし、色っぽくもない両太股を広げて気持ち良さそうに寝ている。
「おい起きろ! 御馳走が食べられるぞ!」
『ああ…… 串焼き美味いな…… むにゃむにゃ』
「串焼きがあるか知らんが美味いもんはたくさんあるぞ!」
『おお…… おお。なんだあ…… マヤか…… どこだ美味いものは?』
「スオウミの人が御馳走してくれるんだよ。行くぞ!」
『あうう……』
私は寝ぼけたままアイミをグラヴィティで浮かせ、強引に外へ連れだした。
アイミはまるで物干し竿に掛かっている服のように垂れ下がり、抵抗すらしない。
アスモディア滞在中は甘やかしすぎて、すっかり不精者になってしまった。
マカレーナへ帰ったらしっかり働いてもらおう。
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ヘンリッキさん宅へ戻ると、ヘンリッキさんとアウリちゃんを始め、集落の皆さんが集まっていた。
それだけで大人数なのに、オフェリアたちはさすがに入りきらないので外の庭で待ってもらう。
『あ、マヤさんが戻ってきた! わっ すごーい人がいっぱい!』
パティが手伝いに行っていて側にいないので何を言っているのかわからない。
自分の名前だけは聞き取れるが……
「うーん、スオウミ語の言語変換が必要ね」
「エリカさん、魔族の言葉を変換してたようなことが出来るの?」
「私はスオウミ語を知らないから、ネイティブで言葉が上手な人から魔法で脳内の言語能力をコピーしてみんなに振り分けるの。
だからこの女の子より大人がいいわね。
ああそうそう、後でオフェリアたちにはイスパル語の言語変換魔法を掛けておかなくちゃ」
「そりゃ便利な魔法があったもんだなあ」
「すごく難しい魔法だけれど、無属性だから魔力さえ持っていれば誰でも覚えられるよ」
「すごく難しい…… ね……」
私の頭じゃ無理かも知れない。
ヘンリッキさんが何かを話しかけているが、やはり言葉が分からない。
『おおマヤさん! 魔法で女の子になってるって?
ううむ…… よく似ているけれど…… リューディアより大きいな。ふむ』
ヘンリッキさんの視線が私の胸に向いている。わかりやすいよな。
私もああだったからすぐバレていた。
「こんにちは、ただいま戻りました」
などとヘンリッキさんら男性陣にイスパル語で愛想笑いをしながら挨拶をして、台所で手伝いをしているパティを皆がいるリビング兼ダイニングルームへ連れ戻す。
手伝いといってもパティは食べるばかりで料理が出来ないから、ボールで何かをひたすらこねくり回していた。
サロモンさんリューディアさん夫妻とヴァルマさんも何かを作っている。
「お願いがあるんだけれど、エリカさんが言語変換魔法を使うからヘンリッキさんに説明するために通訳して欲しいんだ」
「そんなことが出来るんですか? わかりました!」
外からの仕事帰りで少々お疲れ気味のヘンリッキさんは椅子に座ってダラリとしている。
そこへパティがスオウミ語で話しかけ、エリカさんが言うことを彼に説明した。
『ヘンリッキさん、座ったままこれからエリカ様が額に手を当てますので』
『お、おう。すごい姉ちゃんだなあ』
エリカさんがヘンリッキさんの前に立ち、右手を彼の額に当てる。
座っているヘンリッキさんの目線はちょうどエリカさんの胸にあるので、谷間をガン見していた。
うん、まあわかるよ。
でも私は新生エリカさんの生おっぱいを未だまじまじと見たことが無い。
あれは私のおっぱいだぞ!
エリカさん自身は女の子もイケるはずなのだが、復活してからあまり元気が無くて食事のせいだけではないように見える。
「終わったわ」
『終わったそうですよ。ありがとうございます!
これで私たちのみんなもスオウミ語で話せるようになります!』
『もう終わったのかい? 外国の人とそのまま話せるなんてすごい魔法なんだね。
ところで外にもまだ何人かいるようだけれど……』
『すみません。大人数で押しかけてしまって……』
『それならうちの庭で野外パーティーをしよう!』
『それは良い考えですわね!』
ヘンリッキさんとパティが騒いでいる。
私にはまだ何を話しているのかわからないが、言語変換魔法でスオウミ語を取得したエリカさんは微笑んでいた。




