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第二百九十八話 さよならアスモディア

 そんなこんなで出発当日の朝。

 荷物は全て飛行機へ載せて準備万端だ。

 出発前の朝食で皆が集まり、この時ばかりは特別に使用人のオフェリアも同席している。

 大きな身体の通り大食らいで、食事の作法があまり良くない。

 二つのパンを両手掴みでムシャムシャと美味そうに食べていた。

 アモールがギロッと睨んでいたが、出発前に水を差すのは良くないと思ったのかすぐに自分の食事へ集中した。

 もっとも、ビビアナやアイミ、そしてパティまでもいつも子供みたいに食べているのでいちいち気にしていないのだろう。

 マイも同席しており、彼女は緊張しながらも普通に食べている。

 この一ヶ月間、アモールの館のダイニングルームでは賑やかな食事だったが、明日からは広いテーブルに再びアモール一人だけになる。

 寂しいという感情を表に出さない彼女は実際どう思っているのだろうか。


 今朝のエリカさんは、バターロールパンとスープだけモソモソと食べている。

 このパンもけっこう美味しいのだが、エリカさんの様子は元気が無い。


「エリカさん、身体の調子が悪いの?」


「いや…… 問題無い…… お肉食べたい…… お酒飲みたい……」


『我慢なさい。肉も酒も一週間後。それからも慣らしながら少しずつ食べなさい』


「ううう……」


 食欲だけはあるようだ。

 だが入院患者と同じで消化器に負担がかかるものは食べさせられない。


「お菓子ならどうですか? ビスケットやパンケーキみたいな」


『それくらいならいいわ。ただし脂がベタベタなものはやめなさい』


「エリカさん、良かったね!

 帰りにスオウミへ寄るけれどそこで美味しいお菓子が食べられそうだよ!」


「そうよ! 私、行きはペンダントの中だったから食べられなかった!

 今度は絶対に食べてやる!」


 エリカさんは表情が明るくなり、急にパンをガツガツ食べ出した。


『ちゃんと噛んで食べなさい』


「ふぁい……」


 完全に、お母さんに怒られている娘である。

 それを聞いてかパティも大人しく食べ始めた。

 この食卓を見ていると実に面白い。


---


 食事後はしばらく休憩してから出発する。

 そうしないと吐く人が必ず出てくるからだ。

 館の玄関前に集合。飛行機もそこに駐機させてある。

 アモール、スヴェトラさん、サキュバスの三人、オークの二人の総出で見送ってくれる。


『おいオフェリア。人間の国の食べ物がいくら美味しいからって、太って帰るなよ。ハッハッハ!』


『大丈夫だよお。しっかり運動するから』


『マヤさんたちが来てからもう太ってる気がするぞ』


『いやいやいやそんなこと無いからぁぁぁぁ!!』


 と、スヴェトラさんがオフェリアを揶揄(からか)っている。

 太った感じはしてないけれどなあ。

 いや、僅かにお腹がぷにぷにしている気がする。

 私はゴリゴリの腹筋よりそのくらいの方が好きだけれどな。

 そのオフェリアは、カメリアさんやオレンカさんたちとも暫しの別れを惜しんでいた。

 マルヤッタさんはどうだろうか。


『いよいよですね。歩いて何年も掛かるかと思ったのに、たった二日間で人間の国へ行けるなんて夢のようです!』


「その分たくさん勉強が出来るよね」


『そうなんです! 行き帰りの旅を含めて三十年は想定していましたから、十年くらい得しますね!』


「そ、そうか。頑張ってね」


 彼女ははウキウキ笑顔だった。

 二、三年の滞在かと思ったら、三十年なのか……

 さすが長寿エルフの感覚というか、ほぼ永住だよな。

 こりゃ本気で家探しをしないといけない。


『とうとうあたしは三眼族で初めて人間の国へ行くのかあ。ドキドキするぅ!』


 私の隣でマイは飛行機を見上げながら、そう口にしていた。

 そんなにドキドキするなら私がおっぱいを揉んであげたい。

 みんながタラップを上って搭乗している最中に……


(――マヤさん)

(わっ びっくりした! 念話か…… どうしたんですか? アモール様)

(やっぱり念話は男の声なのね。で、もしエリサレスや仲間の神々がまた襲ってくるようなら、遠慮無く私を召喚しなさい)

(あっ 忘れてた。召喚契約をしてたんですよね。あははは……)

(はぁ…… 今言っておいて良かったわ。エリサレスにはアーテルシアとヒュスミネルを含めて十四人もの子供がいる。エリサレスの他に残った十二人の誰かがおまえや私をまた狙って来るかも知れない)

(あと十二人も!?)

(そう。十二人全員が私たちに敵対するかは知らないが、あなたやエリカだけでは心許ない。だからオフェリアとマイにも行ってもらうことにしたの。神と戦えとは言っていないけれどね)

(確かにパティたちでは力不足だ…… でもこっちにはアイミが!)

(あいつは当てにならない。向こうに寝返るか(あやつ)られる可能性もある)

(それを否定できないのが残念です……)

(兎に角、邪神が現れたら私を召喚することね)

(あれ? 召喚出来るんだったら性転換魔法の改良をエリカさんがする必要が無いのでは?)

(言ったでしょ? そんなに長く滞在出来ないことを。それにあなたがどれだけ魔力消費するのかわからない。前に十分とは言ったものの、一度呼ばれてみないことにはね)

(じゃあ、近いうちに召喚することにします……)

(それが()いわ。その時に私と甘ーいひとときを楽しみましょう。あ、あなたはまだ女だったわね。エリカに頑張ってもらわなくては。フフフ……)


 そこで念話が切れた。

 帰ってしばらくしたら、魔力量満タンの時に召喚魔法を掛けてみよう。

 アモールは女に興味が無いから襲われることは無いと思うが……


「マヤ様、マヤ様! 固まっちゃってどうされたんですか? 早く出発しましょう」


「あっ? ああ、パティ。わかったよ。そろそろ行こうか」


 最後に残ったパティと私が搭乗しようとしていた時、とんでもない魔力持ったものが空から近づいてくる!?


 ブォッ ブォッ ブォッ ブォッ ブォッ ズドーン!!


 ここへ来る時に並行飛行していた、ディアボリ飛行警備隊のレッドドラゴンだった。

 飛行機が吹き飛ばされそうな勢いの羽ばたき風をあげ、着陸する。


『遅くなりました、アモール様』


『ご苦労、ルーブラム。ちょうど出発するところだ』


「アモール様、これは……?」


『ルーブラムに国境まで護衛をしてもらおうと思って呼んだの』


「そういうことでしたか。よろしくお願いします」


『うむ』


---


 その頃機内では……


『ひえぇぇぇぇぇ!! 何でドラゴンが来るんですぁぁぁぁぁ!?』


 マルヤッタさんがびっくりして、座席から立ち上がりあたふたしている。


『飛行警備隊のドラゴンだよ。でもこんなに近くで見たのはあたしも初めてだなあ』


 マイが言う。組織は違うがマイの同業みたいなものだ。


「うへえ、よりによってルーブラムかよ。また後ろから撃ってこないかなあ」


『ちょっとエリカさん! 今サラッととんでもないことを言いましたよね?』


「ああいや、昔ちょっと…… あははは……」


『あわわわわ…… やっぱり歩いて行った方が良いのでは……』


「マルヤッタさん、大丈夫だって。お師匠様の客人であるうちは」


『お客じゃなかったら撃ってくるってことですよね?』


 マルヤッタさんはエリカさんをジト目で見る。

 いつの間にか二人は打ち解けており、エリカさんはマルヤッタさんに人間が作った魔法を教えることになっている。


---


 そして再び機外。


「それでは皆様、長い間お世話になりました!」


「じゃあまた一年後、オフェリアとマイを連れて帰るから!」


 パティと私は館の皆に挨拶。

 皆がニコニコ笑顔。恒久の別れではないのだ。

 明るく見送ってくれる彼女らに手を振る。

 その中では比較的若いファビオラとロクサーナが元気よく両手で振っていた。


『マヤさあん! また楽しく遊ぼうねえ! うひひひひ』


『今度来る時はちゃんと男に戻るんだよお!』


「あ、あぁ……」


 ファビオラたちが何か誤解されそうなことをパティの前で言うから、ジロって見られる。

 また余計なことを言われないうちにさっさと搭乗しよう。

 私とパティは手を振りながらタラップを上がった。


---


「みんなシートベルトは着けたかな?」


「「「「『『『はぁぁぁい!!』』』」」」」


 まるで幼稚園の先生の気分だ。

 客席七名、操縦席は私とアイミの二名が搭乗。

 行きよりエリカさんを含めて四人増え、ずいぶん賑やかな機内になった。


『遅かったな。早くスオウミ人共のお菓子が食べたいぞ』


「おまえはそればっかりだな」


 先に操縦席に着いているアイミは相変わらず食い意地が張っている。

 まあ私もトゥーラさんが作ったルーネベリタルトはまた食べたい。


 垂直にゆっくり離陸すると、ルーブラムも羽ばたきゆっくり上昇していく。

 下でアモールたちが手を振り、機内ではパティやオフェリアたちも一生懸命手を振っていた。

 いろいろ事件もあったけれど、楽しかったよ。

 さようならディアボリ! ありがとうみんな!


---


 ルーブラムは飛行機よりさらに二百メートルほど斜め上を飛んで誘導している。

 飛行機でもやっとついていけるほどの高速飛行で、あのドラゴンは一体どういう理屈で飛んでいるのだろうか?

 目とか、呼吸は苦しくないのかな。

 離陸してからルーブラムは終始無言状態だったが……


『まもなく国境だ。ではさらばだ!』


 ルーブラムは私へ念話でそう告げると、急旋回して戻っていった。

 ここまで飛行中は何事も無く安全で、使命を全うしてくれたのだ。

 今朝は遅く出発したが、ルーブラムの高速飛行についていったおかげでスオウミの集落には夕方までに着きそうだ。


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