第二百九十四話 再会でびっくり
朝食後、小一時間経ってからみんなと書斎へ行くつもりだったが、何だかそわそわしてしまい着替えてすぐに来てしまった。
せっかく本がたくさんある書斎へ行くので、マルヤッタさんも誘う。
『あのお、エリカさんってどんな方なんですか?』
「ああ、説明がまだだったね。
私の大切な人で人間の魔法使いなんだけれど、邪神エリサレスを追い払うために禁呪を使ってしまったから、身体は無くなって魂だけになってしまったんだ。
それで師匠であるアモール様が前もって新しい身体を作っていて、ひと月前に魂をその身体に吹き込んでこれから目覚めるところなんだよ」
『えっ? えっ? ええ!? わけがわかりません!
あのエリサレスを追い払った? 新しい身体?』
「あ…… ああ。エリサレスは知っているようだけれど、また追々と説明した方が良さそうだね。
まあ早い話が、一緒にイスパル王国へ帰ったらマルヤッタさんに人間の魔法を教えてくれる人だよ」
『そうなんですか。凄そうな人ですね』
「うん、まあいろんな意味でね…… あはは」
それからマルヤッタさんは書斎内をうろうろしながら適当に本を探している。
アイミやパティが好きそうな変な本を見つけなければいいけれど……
私は落ち着かなくて、テーブルの席に座ったり、書斎を歩き回ったりしていた。
遠距離恋愛の彼女と久しぶりに会う時はこんな気持ちになるのだろうか。
そんなことをしているうちに一時間が過ぎようとしている。
ドヤドヤと足音がすると思ったら、パティ、アイミ、ビビアナ、ジュリアさんの他に、サキュバスの残った二人とオーガ、オークの皆までやってきた。
この屋敷の総員でエリカさんを出迎えかあ。
マルヤッタさん以外は全員エリカさんと面識があるので、久しぶりに顔を見るためお祭り騒ぎをしたいのだろうか。
「あら、マヤ様。もういらしてたんですね」
「やあパティ。居ても立ってもいられなくて、食べて着替えたらすぐここへ来たんだ」
「お気持ちわかりますわ。エリカ様は私たちの命を救ってくれたのですから」
「あの勝利はエリカさんの功績だよ。
いつエリサレスが復活するのかわからないけれど、追い払うことで私たちが強くなる時間を作ることが出来たんだ」
「そうですわね。扉の前でエリカ様を拍手でお迎えしましょう!」
パティの提案で、書斎の一角にある地下室へ続く扉の前で、マルヤッタさんも含めてみんなはエリカさんを待つことにした。
こうして館のみんなが揃うことは稀だが、私が女になってしまったから見事に女の園になっているな。
待っている間にざわざわペチャクチャうるさくなってくるのは女の集団らしい。
カッコッ カッコッ カッコッ……
「静かに。エリカさんが出てくるよ」
私の声で皆が静まり返る。
地下通路の反響で足音がよく聞こえる。
あの音は私が持って来たハイヒールかな。
足音が段々近づき、ドキドキしてきた。
ギィィッ
鉄の扉が鈍い音をさせ、ゆっくり開く。
ビシッとミニスカスーツをきめ、見覚えがある顔をした女性が両手で扉を開く姿が見えた。
あれ? 顔が若い?
パチパチパチパチパチパチパチィッ
『『『エリカぁぁぁ! おかえりぃぃぃぃ!!』』』
「「エリカさんおめでとうございますぅ!」」
皆が一斉に拍手しながらエリカさんに声を掛ける。
エリカさんはその様子を見て驚き、照れくさそうに笑っていた。
後ろにはアイミが立っており、ちょっと悪そうな笑いをしていた。
なんなんだ?
「ああ…… どうもどうも。みんなご無沙汰だね。あはははは」
「あニャ!? エリカ! ババアだったのに何で若返ったのかニャ!?」
「ぐぬぬ、あんたの口は相変わらずね……
そうよ。新しい身体は十八歳の時の、ピチピチギャルよ! ふふん」
ピチピチギャルって日本ではもう死語なのにどうして知ってるんだ? (第百七十四話参照)
それにしても若い!
アモールがエリカさんの遺伝子を採取したって地下室へ入る前に言っていたけれど、十八歳の時だったのかあ。
「ニャニャニャ!? エリカがあてしと同じ歳になってしまったニャ……」
『エリカ。アモール様にお仕置きされていたあの時を思い出すな! ハッハッハ!』
『そうそう、裸で玄関に吊り下げられてたっけ。ひーっひっひっひ』
スヴェトラさんが揶揄い、ファビオラがバカ笑いをしている。
玄関に吊り下げられていたって? 何だそりゃ!?
アモールの館って怖いところだったんだな……
「エリカ様、可愛いですぅ!」
「ありがと、そう言ってくれるのパティちゃんだけだよ。
で、マヤ君は…… あれ? 顔がすごく可愛くなっているんだけれど……
え? 誰? その女の子……」
「おおおおい、エリカさん。アモール様から聞いてなかったの?」
「ええ!? 何の話!? その娘、マヤ君に似てるんだけれど、マヤ君はどこ?」
『イッヒッヒッヒ! あー可笑しいわ!!』
何で? アモールは私のことを話してなかったの?
アイミが腹を抱えて笑っているその反応、本当に話していないのか?
「エリカ様! この方がマヤ様ですよ!」
パティが私の腕を組んで前に出る。
ああ…… そんなにくっつくと柔らかいおっぱいが……
「はぁぁぁぁぁ!? なんで!? その女の子がマヤ君?
え? え? えぇぇぇぇぇぇぇ!?」
『こいつアモールの魔法で女になったんだよ。
そんでもって男に戻れないんだよ。
ふっひっひっひっひっひ!』
あーあ、アイミが言っちゃった。
余計にエリカさんが混乱するじゃないか。
「えええええええええええっっっっ!?」
エリカさん、さっきからえええとしか言っていない。
そりゃそうだよな……
アモールの性転換魔法はアスモディアでもデタラメなものらしいから、信じられないのも無理はない。
しかも男へ戻れないと来たもんだ…… はぁ。
「ちょっ ちょ…… マヤ君!? 男に戻れないって、大丈夫なの?
お師匠様から昔、性転換魔法があるとちょっとだけ聞いたことはあるけれど……」
「そのことは後でじっくり説明するよ。健康には異常が無いから安心してね」
「そう…… 目覚めてからもう何が何だか……
ん? マヤ君の横にいる女の子は…… エルフ?」
エリカさんがやっとマルヤッタさんの存在に気づく。
うるさいのがいっぱいいるから、マルヤッタさんはこの状況についていけないのか固まっている。
「ああ、この娘はマルヤッタさんといってね。
街で偶然出会って、人間の国で魔法と料理の勉強をしたいと聞いて一緒にマカレーナへ連れて帰ることになったんだ」
「ふーん、そうなの。魔法はアスモディアのほうが豊富だし強力だから、こっちのほうがいいんじゃないの?」
『あの、初めまして、マルヤッタです。
魔族の魔法はあまり好きじゃなくて、人間の変わった生活魔法を知りたいんです。
あと料理が美味しくて! ビビアナさんとジュリアさんの料理は最高でした!』
「へー、わかった。魔法は私も教えてあげられるけれど、どっちかと言えばパティちゃんのほうが向いてるんじゃないかな」
「ええ、勿論私はそのつもりですわ。私自身、人に教える経験を積んでおきたいんですの」
「そういうことね。ま…… 私が眠っていたこの一ヶ月でいろんなことがあったようだけれど、今の状況が把握しきれないわね」
「オフェリアもマカレーナへ行くことになったよ」
「え? あなたもなの?」
『あはは、よろしくお願いします……』
「あ…… うん。もう何があっても驚かない自信があるわね……」
エリカさんは呆れ顔で言う。
三眼族のことを聞いたらどう思うんだろうな。
---
その後は解散し、私の部屋でエリカさんと二人だけになり、女になった事情を説明する。
カメリアさんたちが毎晩エッチなことをしてきて耐えられないからという理由をパティの前で話すわけにはいかない。
パティにはあくまでサキュバスからの予防のためだったと話している。
ガルシア侯爵夫妻にもそう話すつもりだ。
「はぁ…… カメリアたちね。わかるわ……
あの三人がいるこの館に元気な男が一人飛び込んでくればそうなるのが目に見えてる。
でもマヤ君、よく身体が持ったわね」
「元々この身体がサリ様の加護を受けているからじゃないかな。
それでね、エリサレスの息子でヒュスミネルって邪神がこの館へ襲って来たんだけれど、最後にカメリアさんたちがそいつの精気を吸い尽くして干からびさせてしまったんだよ。
邪神よりサキュバスのほうが怖いね……」
「ヒュスミネルぅ!? 邪神が襲って来たって…… ちょ、ちょっと!」
「強いのか弱いのかわからないけれど、アモール様が魔法でぶちのめしてカメリアさんたちがとどめを刺して、アイミがデモンズゲートを開けてヒュスミネルそこへ捨てたよ。
アイミのお兄さんらしいけれど、兄妹同士でもよく知らないみたい」
「兄貴を捨てた…… は…… お師匠様の強さはわかるけれど、本当にとんでもないことが起きていたのね」
エリカさんは呆れて額を押さえた。
私自身も邪神が攻めてくるとは思わなかったが、それをあっさり退治してしまったアモールやサキュバスたちにも驚愕した。
その他、大帝に謁見したこと、マイと出会いインキュバスをやっつけたこと、三眼族の村のことを話した。
エリカさんの表情は白目になっていた。
「――八年いた私ですら大帝の姿を見たこともなかったのに、力を解放してくれるなんてマヤ君って凄いのね……」
「あれはとんでもなく痛かった。もう二度とあんな思いはしたくないね」
「――三眼族のギャル警察かあ。可愛いのその娘?」
「うん。私たちが帰る前に来てくれると言っていたから、たぶん会えるよ」
「へぇぇ、それは楽しみ。にゅふふ」
バイセクシャルのエリカさん。
新しい身体になってもそうだった。
魂は変わらないから当然ではあるが。
「エリカさんはホント女の子が好きだね」
「ふふ…… マヤ君、見れば見るほど可愛いわね」
「んん?」
そう言い、ニヤッと妖しい笑いをするエリカさん。
テーブルの席に座っていた私たちだが、彼女は席から離れ私の後に立った。
そして私の両肩に手を置いて、突然後ろから私の耳たぶを口でハムハムする。
「ひぃううっ」
ゾクゾクぞわっとする。
魔法を掛けられているわけでもないのに、身体が硬直してしまう。
この時初めてエリカさんの新しい身体に触れたことになる。
香水を着けていないはずなのに、甘く良い匂い……
アモールの匂いとはやや異質で桃っぽい香りだ。
「マヤ君の匂い、女の子になって変わったのね。でもこの香りはどこかで……」
「――」
「あひぃ!? そうだ! これはお師匠様の匂い! なんでええ!?」
「あはは…… 性転換するときに、術式にはアモール様の女の身体をベースに、パティの遺伝子も組み込まれているんだけれど……」
「そういうことか! あああああマヤ君がお師匠様の匂いにいぃぃぃ!
ヤだよおおおおおお!!!!」
エリカさんは、私の匂いの正体がアモールのものと知り、頭を抱える。
何度もお仕置きされたらしい怖い師匠の匂いと同じだったら、苦手にもなるだろう。
これでエリカさんはベタベタしてこなくなるのか?
「え? 待って。パティちゃんの遺伝子って何?」
「あの、えっと…… 唾液をもらったんだよ」
「ということは、組んず解れつの激しいキッス! 羨ましいいいい!」
「やっぱりパティも狙ってたんかい! 危ないなあ……
ところで一つ言い忘れたんだが、アモール様からまだ聞いていないよね?」
「え? 何それ」
私は立ち上がり、エリカさんの正面で説明をする。
「人間相手ではアモール様の性転換解除魔法が効かなくなってしまったから、エリカさんに託すって話だよ」
「――そういえばさっきアイミが、男に戻れないって言ってた……」
「そうだよ。自分じゃすぐ出来そうに無いからエリカさんにも新たに解除魔法を作らせるみたいだよ。まあエリカさんに投げ出すと言った方が正しいか」
「おいおい。おいおいおいおい! 私が何とかしなきゃ、マヤ君には永遠に◯ん◯んが無いってことなの?」
エリカさんは衝撃の事実を知り、私の肩を両手で揺さぶった。
私は女も満更悪くないと楽観的になっているが、◯ん◯んが無くて子供が出来ないということは世継ぎも出来ないので、特にパティやヴェロニカ相手では死活問題である。
エリカさんは単にエッチなことが出来ないからという理由だろうが。
「エリカさん頑張って…… 詳しいことはアモール様から話があるよ」
「ああああああああああ何てこったあ!
◯ん◯んが…… マヤ君に◯ん◯んが無いなんてええええ!!」
「やっぱりそっちかよ……」
エリカさんはまた頭を抱えて、私の分身君がいないことに嘆いていた。
てっきり自分で魔法を作らなければいけないことを先に、問題にすると思っていた。
その分、解除魔法を作ることを必死にやるだろうからそれは安心出来るが、そんなに私の分身君が好きなのか、困った人である。




