第二百九十二話 コロッケ大好きマルヤッタさん
カメリアさんの話では、マルヤッタさんはあれからお昼ご飯を食べずに眠ったままだそうで、疲れが溜まっていたのだろう。
そういうわけなので、昼食が済んだらまたオフェリアを誘ってこっそりと街へ出掛けた。
オフェリアは大喜びで、屋台で買い食いをしたり、女の子らしく服などのショッピングを楽しんでいた。
アステンポッタの特大串焼きをバリバリ三本も豪快に食べていたのは大柄なオーガらしい。
イスパルへの旅に備えて、衣料品店で新しい服や下着を買うと言う。
「人間の国で買えばいいのに」
『人間の国は、私の身体に合うサイズの服ってたくさんあります?』
「ああ…… 特注になっちゃうかもね」
『やっぱりそうかあ。マヤさんはともかくパトリシアさんやジュリアさんの体型が人間族の標準なんですね』
オフェリアはそう言って、オーガ向きの大きなブラとぱんつを買っていた。
アスモディア製なのでデザインは素朴である。
私が女の姿になっているせいか、彼女は恥ずかしがる様子がない。
マカレーナへ帰ったら、ロベルタ・ロサリオブランドで特注サイズのランジェリーを作ってもらって、プレゼントしたい。
それにはきちんとサイズを計らせてもらわないとなあ。むひひ
夕食の時間になったのでダイニングルームへ行くとマルヤッタさんが一人、先に席へ着いていた。
彼女のお世話係はカメリアさんが一通りやっており、薄汚れていた旅人服からシャツとキュロットに着替えている。
サイズが合っていないので少々ダボっているが、可愛らしい。
『やあやあ、マヤさん。あんなフカフカの布団で寝たのは生まれて初めてでしたから、思いっきり熟睡してしまいましたよ』
「それは良かった。その服も似合ってて可愛いよ」
『可愛いですか!? ファビオラさんから貸して頂いたんです。
私に似合うかどうか心配だったんですが、マヤさんがそう言われるのなら安心しました!』
お風呂にも入ったようでいい香りがする。
その服はファビオラだったのか。
メイド服しか見たことが無かったから、私生活ではそういう服を着るのを初めて知った。
マルヤッタさんの容姿は日本人で言えば中学生ぐらいにしか見えないが、街で聞いたとおり百八十三歳だ。
色白で長い銀髪をポニーテールにしていて、とても私好み。
長くて尖った耳以外はスオウミ人によく似ている。
「ねえ、エルフ族ってみんなその髪の色なの?」
『そうですよ』
「人間の、スオウミ人がエルフ族によく似ているんだけれど、何かルーツがあるのかな?」
『ああ、スオウミですね。
何千年もの遠い昔にエルフ族の血が混ざって増えたのがスオウミ人らしいけれど、魔力はほとんど無いし不老長寿ではなくて髪の毛以外は人間そのものです。
今は交流がありませんし、無関係と考えてよいでしょう』
「そうだったのかあ。ありがとう」
ということは、エルフ族と人間は混血が可能なんだな。
それから、普通の人間よりやや魔力が多かったマルセリナ様は僅かに先祖返りをしていたということか。
エルフ族について彼女も何か知っているかも知れないから、帰ったら聞いてみよう。
食卓には料理が並び、皆も揃ったので食事が始まろうとしている。
今日は芋のコロッケ、ロールキャベツ、ガジラゴ肉のリゾット、ナムルドのソーセージと豆の煮込みなど、とても美味しそうなメニューが並んでいる。
『ふぉぉぉぉ!! 何ですかこのいい匂いは!?』
「これが人間族の料理だよ。あ、ビビアナも作ったから猫族の料理でもあるか」
「そうだニャ。ロールキャベツとリゾットはあてしが作ったニャ。
まあ人間族の料理と変わらないニャあ。にゃっはっは」
『猫族!? 私初めてですよ! すごく可愛いですね!』
「ふっふっふ。それほどでもあるニャ」
ビビアナは天狗になっているが、猫族の顔は皆よく似てるから人間族から見ると区別が付きにくくて困ることがある。
猫族の中では僅かな見かけの差違と、匂いでわかるらしい。
アモールは早く食べたがっている様子で、暖かく湯気がたっているロールキャベツをじっと見つめている。
ビビアナたちが作った料理はいつも綺麗に食べているので、余程気に入っているのだろう。
オークのロレンカさんたちには、ビビアナとジュリアさんがしっかりと調理実習で教えているので、屋敷の食卓はこの先安心だろう。
『お腹が空いたわ。早く食べましょう』
ロクサーナとファビオラが全て皿を並べ終えると、アモールが急かすので食事を始める。
芋コロッケとロールキャベツは日本でもまだ母さんが生きていたときによく食べたっけなあ。
全く同じ味ではないが、とても懐かしくて気持ちが和む。
マルヤッタさんは一応ナイフとフォークの使い方は知っているようで、ややぎこちないが早速ロールキャベツをナイフで切ってフォークで口へ運んでいた。
『――ムムムム これは…… 肉汁がジュワッと口の中に広がって、味がしっかり染みこんだキャベツとの調和が…… つまり…… めちゃくちゃ美味しいですぅ!』
マルヤッタさんは漫画みたいに顔を緩ませて幸せそうに味わっていた。
やはり食欲を満たし幸福感を得るのはというのはエルフ族も同じだな。
睡眠欲についてはさっきまで爆睡していたみたいなので言うまでも無いが、エルフ族は繁殖力が小さいので性欲も朝に聞いたとおり過小なのだろうか。
エッチな展開は無いかも知れない。
彼女はコロッケやリゾットなども頬張り、美味しすぎてますます顔が崩れている。
『人間はこんな美味しいものが作れるなんて、想像以上でした。
料理の勉強をする意欲が湧いてきます!』
「それは良かった。ビビアナ、ジュリアさん。お昼にも話したけれどマカレーナへ帰ったらマルシアさんたちと一緒に料理を教えてあげてくれないか?」
「エルフさんがあてしの料理をこんなに美味しく食べてもらえるとは思わなかったニャ。
勿論、手取り足取りじっくり教えてあげるニャ。にひひ」
「このコロッケには、本当はソースを掛けて食べるともっと美味しくなるんでスが、作るのが簡単ではないので向こうでまたコロッケを作ってソースを掛けて食べてみましょうね。
それと…… 甘い甘いお菓子も!
他にもたくさん美味しい物がありまスから、楽しみにしてて下さい。うふふ」
『わあ! 皆さんありがとうございますぅ!』
と、彼女らの和やかな雰囲気をよそに、パティ、アモール、アイミはガツガツもりもりと食事を進めていた。
マルヤッタさんが嫌いだからではなく、今回の料理はかなり出来が良かったので食欲が刺激されて食べることに集中しているようだ。
彼女らの表情を見ればわかる。
パティとアイミは子供らしく笑顔で食べており、アモールは獲物を捕まえたような微笑みをしていた。
ロクサーナとファビオラがてんこ盛りのコロッケとロールキャベツのおかわりを持ってくると、皆はここぞとばかりに自分の皿へどんどん盛って、食事マナーもへったくれもない。
アモールだけはロクサーナが取ってあげていた。
そこは国の重鎮たるプライドがあるわけだ。
ベッドの上以外では……
『そうそう、マヤさん。明日はエリカを目覚めさせることにしたわ』
「え!? いよいよですか……」
『わかりやすく言うと、出来上がった身体と精神の波が同調してきたの。
これであの子が目覚めた時は、身体がしっくりしているはず……』
「そうなんですね。楽しみだなあ」
アモールはロールキャベツを食べながらその話をしてきた。
私やみんなを守るために身を犠牲にしてエリサレスを追い払ったエリカさん。
一か八かでアモールからもらった緑色のペンダントへ自分の魂を封じ込め、明日になれば完全に復活する。
久しぶりに会えるのは嬉しいけれど、女になってしまった私についてどう反応するのだろうか。
エリカさんは可愛い女の子も大好きだから、男の時と変わらずベタベタされてしまうんだろうなあ。
私が可愛いだなんて自意識過剰かと思う人がいるかもしれないが、心が男のままだから鏡を見たらそのままキスをしたくなるくらいなんだぞ。
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食事後、マルヤッタさんは昼間に爆睡してしまったのでしばらく眠れそうにないと言うから、アモールに許可をもらって書斎を案内した。
『へえ! こんなに本があるなんて、これ全部魔法書なんですか?』
「いや、他にはフィクション小説から伝記や歴史書、図鑑まで一通り揃っているから本好きにはたまらない空間だね」
『本は嫌いじゃないんですが…… うーん……
魔族は昔の敵ですし、あまり積極的に興味が湧かないんですよね。
どうせならば人間族の本を読んでみたいです』
「それならパトリシア嬢の屋敷は本に不自由しないし、街の図書館や教会にはもっとたくさんの本が置いてあるから、向こうへ着いたら本漬けになれるよ」
『それは楽しみですぅ!』
マルヤッタさんは目を輝かせて喜んでいた。
余程人間について興味があるのだな。
一つ心配なのが、パティやエルミラさんが彼女にBL本を勧めてくること。
そもそも男女の色恋沙汰にすらあまり興味が無さそうである。
不潔だと怒ってしまいそうだ
「私はマルヤッタさんやエルフ族のことをよく知らないんだけれど、いくつか質問してもいいかな?」
『はい、どうぞ』
「マルヤッタさんは光属性の他に、どの魔法属性が使えるの?」
『光…… それから土と水、生活用の無属性魔法も使えます。
魔法の源流は魔族と同じで、エルフはエルフで何千年も前に改良されて今に至るんですが、アモールが言っていたように古いんですよ』
「つまり、改良はされているけれど何千年も前からあまり変わっていないと?」
『その通りです。千年二千年変わっていない魔法がたくさんあります。
エルフは寿命が長いせいで、頭が硬いんですよ。
人間は寿命が短いけれど、その中でいろんな魔法を生み出し、進化をし続けていると聞いてます。
それで私は人間に興味を持ち始めたのです』
「なるほど、そうなんだぁ」
私が最初にエリカさんから教えてもらった魔法は人間用だった。
闇属性魔法の記述は勿論魔族寄りだけれど、魔法書をあまりにも普通に読んでいたのでわざわざエリカさんがイスパル語へ翻訳していたことにしばらく気づかなかった。
凄いよエリカさん。
『他に何かありますか?』
「こんなことを質問するのは恐縮だけれど、マルヤッタさんは結婚してたり、子供がいたりするの?」
『あばばばっ どどどっちも無いですよ……
そりゃエルフ族の女性は四十か五十歳ぐらいから子供が産める身体になりますが……
結婚して子供を産むのは二百歳を超えてからの人が多いですね』
子供の期間が随分長いんだな。
人間で言うと十四、五歳ってとこか。
マルヤッタさんの見た目もそのくらいだから、五十歳から今の百八十三歳までほとんど成長していないのか。
三眼族も若い期間が長いけれど、種族によって成長の進行はそれぞれなんだね。
「じゃあマルヤッタさんももうすぐだね」
『ひえっ マヤさん揶揄わないでくださいよぉ。
私は好きな相手がいませんし、恋愛をしたいという気持ちが起きません。
いつかは相手を見つけなければいけませんが、今は人間族の食文化に夢中なんですぅ。
ただのお芋なのに衣を着けて油で揚げたらとても香ばしくなって、あれこそ魔法ですよ!』
マルヤッタさんは、先ほど食べたコロッケを思い出してとても幸せそうな顔をしていた。
正に色気より食い気、花より団子だ。
彼女とこの先しばらく一緒に暮らしていくことになるけれど、他の女の子と同じようにラッキースケベと出くわすのだろうか。
私はしばらくマルヤッタさんに付き合って本を探して読んだ。
魔族の文学は人間ほど洗練されていないが、魔族の考え方や視点を知るには本を読むのが一番良い。
恋愛小説やBL小説であれ、魔族なのでオーガ男vsオーク女など想像するビジュアル的にはアレなのだが、内容は意外に真面目だったりする。
変態の度合いで言えば人間が書いた本のほうが絶対おかしい。
長寿命種族と比べて人間は寿命が短く、世代交代が激しく進化を続けるということは、料理であれ書物であれ作り上げるものも進化が早いということが良くわかった。
マルヤッタさんは一人でも大丈夫ということで、私はパティの部屋で毎晩の習慣である二人っきりのパジャマティータイム。
女同士になってしまったのでさすがのパティでもベタベタしてくることはないが、最後のおやすみで別れ際、ほっぺたにチュッとすれば顔を赤くしていた。
これが憧れだった、親しい女の子同士の友達感覚なのだなと実感する。
さて、明日はいよいよエリカさんに会えるぞ!




