第二百九十話 旅人マルヤッタの正体
オフェリアと手を繋いで空を飛び、着いたのが屋台市場。
朝食を食べたばかりなのでこの時間では商店街は開いていない店が多く、朝市をやってる屋台通りしか行くところがないのだが、オフェリアはこんなところでいいのかな?
さて、屋台通りと言っても人口が多いアスモディアの首都なので、道の横幅は広くいろんな種族の魔族がたくさんいて大変賑やかだ。
朝市は食材用に利用する青果店と精肉店中心なので無理して買う物は無いが、東南アジア風のジャンキーな雰囲気を楽しみながらブラブラと歩く。
さっきから串焼きの良い匂いがするなあ。
あの店か。うわっ バーベキューサイズより大きい肉の塊じゃないか。
あんなの朝から食えないよ。
見れば店主が虎のような猛獣顔の大男だ。
猛獣族はぼちぼち見かけるし、客が同族相手ならば納得だ。
オフェリアと手を繋いだまま歩き、彼女は私の手を離そうとしない。
並んで歩いていると、身長差で私の真横はオフェリアの大きなおっぱい!
彼女と喋っていると、おっぱいと会話しているようだ。
一度顔を埋めてぱ◯◯ふしたいものである。
見上げると上機嫌な表情で、私とのデートを本当に楽しみにしていたんだなと窺える。
きっと前からデートへ行くことを考えていたんだろうな。
「ねえ、スヴェトラさんは今日どうしてるの?」
『朝食食べたらすっ飛んで出掛けましたよ。久しぶりに実家へ帰るんだって。
すぐ近くだから一日だけみたいです』
「そうなんだ。オフェリアは実家へ帰ることがあるの?」
『ちょっと遠いけれど、年に一回か二回は帰ってます……
それで、あ、あの…… 男に戻って今度アスモディアへ来られたら、私の実家へ遊びに来てみませんか?』
「へえ、どんなところなの?」
『田舎で周りは畑ばっかりの、オーガ族しかいない村ですよ。
お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お爺ちゃん、お婆ちゃんが家にいて、お姉ちゃんは同じ村の家へお嫁に行ってるんです』
「家族が揃ってて、のんびりしてそうだね」
田舎っぷりは三眼族のチャオトン村と良い勝負かな。
書斎で本を読むと、基本的にこの国は田舎で、街らしい街は僅かとのことだ。
それよりも、私を家族に合わせて結婚へこぎ着けようとしてるのではあるまいな。
オフェリアのことは嫌いじゃないけれど、お嫁さんが増えすぎると私生活が大変だ。
その私生活も男に戻らなければ出来ないので、エリカさんに頑張ってもらうしかない。
――バタッ
「オフェリア! 誰かにぶつかったぞ!」
『ええ!? どこどこ!?』
『ううう……』
地面を見ると、小柄な女の子が横たわっていた。
長い杖と、大荷物を背負っていて……
スカートから白いぱんつが見え…… いや、ズロースだな。
通りは人混みでなく魔族混みで、背が高いオフェリアは足下が見えづらかったのだろう。
『ああああっ ごごごごめんなさいいいいいいい!!』
「連れがごめんよ、大丈夫かい?」
私は彼女を抱き起こす。
ん? その拍子に被ってるフードが脱げ、耳が長く尖ってるのが見えた。
もしやもしや?
『ああ、こちらこそすみません。ボーッとしていたもので……
今朝は何度もこうなんです……』
彼女の見た目は幼いが、しゃべり方はしっかりしている。
おや、怪我をしてないか?
「手を擦りむいてないかい?」
『これくらいならすぐ治せますので……』
彼女はもう片方の手を患部に当てると、魔力を込める。
みるみるうちに傷が治っていった。
これはスモールリカバリー!?
魔族の国なのに、光属性の魔法が使えるなんて!
「キミ! それは光属性魔法のスモールリカバリーではないのかい?」
『はい、そうですが……』
『マヤさん! この子エルフ族ですよ! エルフの国は隣にあるんです。
ディアボリでも見かけるのは珍しくて、私も三十年ぶりくらいです』
やっぱりエルフぅ!?
この世界にいるのは聞いていたけれど、ファンタジーストーリーの筆頭種族にとうとう会うことが出来た!
きっとすごい長寿なんだろうなあ。
彼女は大きなリュックサックをよっこらせと背負い、立ち上がった。
小さっ!?
身長百四十センチ無いんじゃないかな……
持ってる杖の方が身長より高い。
「私も光属性の魔法が使えるんだ。
私は人間族のマヤ、こっちがオーガ族のオフェリア」
『に、人間!? あなた人間族なのですか!?』
「そうだけれど……」
エルフの女の子は私が人間だと知ると、びっくりした表情で再び尋ねる。
『私、人間の国へ旅してる途中でここへ寄ったんです!
昨日この街へ着いて右も左もわからなくて、大きな魔族がいっぱいだから突き飛ばされたり……』
「それは大変だったね。どうして人間の国へ行こうとしてるんだい?」
『人間が発明した便利な魔法を学ぶことと、あと人間が作る食べ物ってすっごく美味しい…… あっ……』
彼女はフラフラと地面へへたり込んでしまった。
転んだときに打ち所が悪かったのか?
『どうしたのキミ!』
オフェリアが尋ねるとエルフの女の子は見上げて言う。
『二日ほど何も食べて無くて……
お金はあるんですが、【エルフェディア】の通貨なんて使えませんよね…… あはは』
「ああ…… そうだね。ここまでどうやって食いつないで来たの?」
『その辺に生えてる草とか、たまに野生のガジラゴや小動物を捕って食べたり……
えっと、エルフ族は食べられる草に詳しいから、草もなかなか美味しいですよ。
街に入るとその草も生えてないから……』
道端の草ねえ…… 話を聞いてて可哀想になってきた。
人間の国へ行こうとしているのだから、もうちょっと話を聞いてみたい。
「ここじゃ何だから、どこか良いところがないかなあ?」
『じゃあ朝市名物のお粥を食べに行きましょう!
屋台はすぐそこです。ぶつかったお詫びにキミにも御馳走しますよ。うふふ』
『ええ!? いいんですか?
人間の女の人に会えたし、ご飯は食べられるし、今日は運が良いなあ……』
こうしてオフェリアの提案でお粥が食べられる屋台へ三人で行くことになった。
お粥の屋台があるなんて初めて聞いたし、私も気になる。
オフェリアと二人だけのデートは中断になってしまったけれど、嫌な顔一つしないでエルフの子を助けるなんて性格が良い彼女だ。
---
エルフの子とぶつかった場所から歩いて一分ほどの場所にお粥の屋台があった。
店ではオークの夫婦らしき二人が呼び込みしながらお粥を売っていた。
『美味しい美味しいお粥! ディアボリ朝市名物のお粥だよ!』
『お粥一杯食べて今日も元気いっぱい! 二杯食べたら元気もりもり!
そこのお嬢ちゃんたちどうだい!?』
『おばちゃん三人分ちょうだい!』
『あいよ! 九百クリね』
オフェリアが払ってくれた。三杯でその値段とは安いなあ。
美味しかったらおかわりしようかな。
木のお椀とスプーンで三人分のお粥をオークのおっちゃんからもらうと、横にある屋台テーブルの席に三人で座る。
お粥は少し茶色いから、何か味付けしてあるのかな。
『じゃあ食べて食べて!』
『わあ! 美味しそう! 頂きまあす!』
「頂きます!」
どれどれ。パクッ
おおっ コンソメみたいな薄味がついてて美味い!
これならおかわりイケそう!
オフェリアもエルフの女の子も喜んで食べている。
あ、この子の名前をまだ知らないなあ。
「ねえ、キミの名前は何て言うの?」
『ああっ 申し遅れました! 私、マルヤッタと言います』
「マルヤッタね。よろしく!」
『モグモグ…… むわるやっは モグモグ…… よほひくねえ モグモグ……』
スオウミっぽい名前だけれど、言語が似てるのかな?
そういえば耳以外の見た目も似ており、髪の毛が銀髪だ。
大昔のルーツに繋がりがあるのかも知れない。
言葉はアモールに掛けてもらった魔法の力で私にもわかるけれど、オフェリアにもわかるということはアスモディア語を話してるのか。
『このお粥美味しいですぅ。
あの…… マヤさんとオフェリアさんでしたっけ?
厚かましいのですが、おかわりを頂いてもよろしいですか?』
「うん、いいよ。今度は私が払うから。オフェリアもいるよね?」
『ひゃい モグモグ……』
お粥が美味しくてマルヤッタと私はあっという間に食べてしまったが、オフェリアは図体がでかい割に食べるのが遅い。
「おじさんもう三杯ください!」
『おう! 毎度! 可愛い女の子がいい食いっぷりだねえ!』
「えへへ」
などと照れてみる。
並以上に可愛いのは自覚しているけれど、女の顔はまだ別人のようにも思えてる。
マルヤッタに元男だよと言ったら信じてくれるかなあ。
お金を払って、三人の空になったお椀にオークのおっちゃんがお粥を入れてくれた。
よーし、食べるぞ!
二杯目のお粥を食べながら話を続ける。
「マルヤッタ。そういえば人間の国へ行きたいと行っていたけれど、魔法を学びたいことと、あと何だっけ?」
『はい。人間の食べ物は世界で一番美味しいと聞いて、食べてみたいし出来たら調理も学びたいと思いまして』
うーん…… そういうことか。
ならば私たちはもうすぐ帰ることだし、一緒に連れて行こうか。
でもさっき会ったばかりの見ず知らずの私たちを信用してくれるだろうか?
彼女の見た感じはとても純粋そうで、よくここまで無事に来られたなと思う。
「私はあと数日で人間の国のイスパルへ帰る予定なんだけれど、一緒に行くというのはどうだろう?」
『ええ!? いいんですか!? 願ってもないことです!』
マルヤッタはあっさり承諾してしまう。
私を信じてくれる根拠は何だ?
「んー、どうして私たちを簡単に信じてくれるの?
さっき会ったばかりなのに……」
『エルフ族の力なんですけれど、人の善し悪しが何となくわかるんです。
あそこを歩いてる二本角の魔族は一見善人に見えますけれど、詐欺師の疑いがあります』
「へえ、そう言われるとそんな感じがする」
『あー、あれは人を騙す顔ですね』
なるほど、エルフ族にはそんな能力があるのか。
確かに二本角の魔族は人が良さそうなニコニコ顔だけれど、顔の相が善人と違う。
穏やかな笑顔でなく、僅かに邪な笑いをしていた。
私も前世でいろんな人間を見てきたからわかる。
目は口ほどにものを言う、言葉通りだ。
「わかった。信じてくれてありがとう。私もマルヤッタを信じるよ」
『ありがとうございます。エルフ族はそういう力があるので、かえって閉鎖的になってしまい高齢者は外国へ出たがらないし外国人も信用しないんですよ。
私ぐらいの若い世代からボチボチ出るようになりました』
「若い世代…… マルヤッタは何歳なの? 私は二十歳なんだけれど」
『さすが、人間族は成長が速いんですね。私は百八十三歳です』
『わ、私よりずっと年上だったのね…… 五十歳です……』
『エルフ族は成長が遅いし、胸は大きくならないし……
皆さん胸が大きいんですね。羨ましい……』
『アハハハハ……』
マルヤッタはジーッと私たちの胸を見ている。
私の胸の大きさは家系なのか、パティからもらった遺伝子なのか。
マルヤッタの胸は…… それでもBカップはありそうだ。
私はこの大きさも好きだぞ。
「魔法については私の身内に得意な人たちがいるし、料理も同じくだ。
だから私についてくればまとめて一本で済むよ。
私も魔法は出来るけれど、教えるのは下手だから…… ハハハ」
『すごいです! 本当にお世話になってもいいんですか?』
「一応聞いてみないことには正式な返事が出来ないけれど、みんな優しいからきっと大丈夫だよ」
『私はなんて幸運なんでしょう。
初めての長旅がつらくて引き返そうかと思っていたくらいでした。
マヤさん、オフェリアさんと出会えたことに感謝です!』
マルヤッタは両手を組んで溢れんばかりの笑みで祈っていた。
そういえばエルフ族が信仰している神はなんだろう。
何でもかんでも質問攻めは疲れるだろうから、いずれ聞くことがあるだろう。
それより……
「オフェリア。私たちが帰るまで数日間、マルヤッタも屋敷でお世話になろうと思っているんだけれど、アモール様は許可してくれるかな?」
『マヤさんがお願いすれば大丈夫と思いますけれど……』
「わかった、そうしよう」
『ちょっと待って下さい。今、アモールって言いませんでしたか?』
「ああ、この国の重鎮で大魔法使いのアモール様の屋敷でお世話になってるんだ」
『ひぇぇぇぇぇぇ!! あああああのアモールって……
お爺ちゃんやお婆ちゃんが言ってた、六百年くらい前にエルフ族と魔族が戦争になって、その悪い魔女のせいで焼き払われてボロボロになった村がたくさんあったって……』
詳しくは聞いたことが無かったけれど、昔のアモールはとんでもないことをしてたんだな。
敵にならなくて本当に良かったよ。
『私も戦争の話は聞いたことがあるけれど、今は和解してアモール様はそんなことしないよ』
『確かに和解の話も聞きましたが…… 怖いです……』
「人間の国でアモール様はいろいろ救ってくれたんだ。
昔が人間とも戦争をしていたみたいだけれど、今は心を入れ替えて優しい……かな」
アモールが優しいのかというと疑問があるが、いろいろ良くしてくれているからマルヤッタことを頼んでも大丈夫と思うのは甘いだろうか。
「オフェリア…… 申し訳ないけれど、この子を保護するという形で屋敷へ連れて行きたい。
だからデートは中断ということで…… ごめん」
『えっ ああ、いいんですよ。マヤさんとはいつも一緒にいましたし』
『お二人はデート中だったんですか!? お邪魔してごめんなさい!
でも女同士って……??』
「うん、本当は私、男なんだ。
女の姿をしているのはある理由があって、アモール様の魔法で一時的に性転換したんだけれど男に戻れなくなっちゃって……」
ああ、言っちゃった。
やはりマルヤッタはポカーンという表情で理解に苦しんでいるようだ。
『世の中は不思議なことがたくさんあるんですね……
でもマヤさんからはそんなに悩んでいないどころか楽しんでいるようにも感じます』
「そういうのを感じるのもエルフ族の力なのかい?」
『はい。相手の心情もぼんやりですがわかります。
それで私たちはずっと切り抜けてきました。
魔女と和解出来たのも、魔女から危害を加えないとわかったからだそうです』
「そうなんだね……」
『オフェリアさん、本当はマヤさんとデートしたいんですよね?』
『え!? あ…… その…… はい……』
オフェリアはマルヤッタに心情を読まれて指摘され、顔を赤くして両手の人差し指をツンツンと合わせていた。
女の子にとってデートとは、相手の男が考えている以上に一緒にいる時間を大切に思っている。
これからマルヤッタを屋敷に連れて行かなければいけないし、オフェリアとのデートはそれからだとお昼の勉強はすっぽかしてやろうか。
うーむ、マルヤッタを一人見知らぬ屋敷へ放り出すのも可哀想だし……
『私のことは気になさらずデートしてきていいですよ。
私はぶらぶらしてますから、時間になったらどこかで待ち合わせすれば済むことです』
「右も左もわからないと言っていたのに、待ち合わせは大丈夫なの?
まあ、魔力を感じ取ればすぐわかるけれど……」
オフェリアが指をツンツンしたまま言い出す。
『いえ、デートはいいんです……
その代わりと言っては何ですが、私も人間の国へ行ってみようかなと思ってたりして……』
「ええ!? オフェリアもかい?」
また急展開になってしまう。
マルヤッタの登場とイスパル行きの話になり、オフェリアもイスパルへ行きたいと言うからいろいろややこしくなりそうだ。
私自身、二人がついてくることに異議は無い。
ガルシア侯爵の屋敷では部屋が足りなくなると思うので、どこか家を借りなければいけない。
そのことについてはパティに相談してみるか……
あいや、もっと問題なことで二人もまた女の子が増えて、パティの機嫌を損ねることになりはしないだろうか。
考えることがいっぱいだな……




