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第二百八十九話 アモールからの話

 朝食の時間なので、部屋へ帰ったらもう着けることがないと思っていたブラとぱんつに履き直した。

 ミニスカは落ち着かないので、マイから貰った青い道着を着てダイニングルームへ向かう。

 アモール以外はみんな来ており、今朝の配膳担当はサキュバスのロクサーナとファビオラだ。

 最初、私に気づいたのが朝食をワゴンで運んでいるファビオラである。


『あれれ? マヤさん男に戻ったんじゃないんですかあ?』


「ああ…… 男に戻る魔法が人間族に合わないみたいだ」


『えええっ!? つまり失敗したってことお?』


「そうだね」


『ひえー! アモール様でも魔法を失敗することあるんだあ!』


『ファビオラっ、しぃー! アモール様に聞こえちゃうから』


『あばばばっ』


 側にいるロクサーナに注意され、ファビオラは両手で口を塞いだ。

 アモールはまだ来ていないが、彼女は急にヌッと現れることがよくあるのでファビオラは油断していたのだ。

 幸い、その様子は無い。


『はぁぁ…… マヤさんが女のままじゃせっかくのお楽しみが……

 あいや、何でもありませんわ。オホホホホ』


「んん?」


 パティたちがいるのにロクサーナが口を滑らしそうだった。危ない危ない。

 ヒュスミネルの精気を存分に吸い取って満足したから当分大丈夫じゃなかったのか?

 サキュバスの性欲、恐るべし。

 ファビオラたちが騒いでいるので席に着いているアイミ、ビビアナ、ジュリアさんも私の姿に気づき。不思議な顔をしていた。

 だが間もなくアモールと、後ろに付いてカメリアさん、スヴェトラさん、オフェリアも共にダイニングルームへやって来た。

 アモールは席に着くと、難しい顔をして何か話そうとしている。

 大勢集まって仰々しいな……


『あー、おはよう…… みんなにお話があります。

 昨日マヤさんに性転換魔法を掛けて男へ戻そうとしましたが、見ての通りマヤさんは今日も女のままです。

 私の魔法で女から男へ戻らなかった。

 人間だからなのか、何らかが作用したのか、原因はわからない。

 だがマヤさんはイスパルへ帰らなければいけないし、私もここから動けない。

 そこで私は、数日中に復活するエリカに、マヤさんを男に戻す魔法の改良を託すことにします。

 勿論私の方でも魔法を新たに解析し直しますが……

 当分の間…… 何年掛かるかわかりませんが、マヤさんにはしばらく女性として生きてもらいます。

 私が言い出したばかりに、ごめんなさい』


 アモールが私に頭を下げる。

 彼女が大帝以外に頭を下げたのは初めて見た。

 謝るならばさっき部屋ですれば良かったのに、わざわざ皆を集めて謝ることは、アモールにとっても余程大事(おおごと)なのだろう。

 後ろに控えているオフェリアたちは小声でザワザワとしている。

 もっとも一番の原因はサキュバスたちなので、彼女たちは後ろめたさを感じながらもわざとらしく素知らぬ顔をしていた。


「アモール様、頭を上げて下さい。

 こうなった以上は、エリカさんを頼るしかないでしょう。

 復活した時にいろんな意味でびっくりするでしょうけれどね。ふふ」


『あの子なら、あなたのために何が何でも魔法を解析して成功させるでしょう。

 マヤさん、その意味はあなたにならわかるわね?』


 アモールはニヤッと笑う。

 パティ、ビビアナ、ジュリアさん、アイミはジト目で私をチラ見していた。

 そりゃすっかり性欲魔女になってしまったエリカさんなら必死になるだろう。

 何故か浮気しようとしない一途さは褒めてあげたいが。

 いやいや、いくら一夫多妻制でもこっそりいろんなところで行動している私が、そんなことを言えた立場じゃない。


「仕方ありませんわ。

 マヤ様に男へ戻って頂かないと私も結婚出来ないので困りますが、それまでしっかりと貴族の淑女としてたたき込んで差し上げますわ。うふふふ」


 と、パティは少し悪い笑みで言う。

 私は日本でホテルの仕事をしていた知識があったから、最低限の作法でこの世界の貴族社会を何とか切り抜けてこられた。

 それ以上、作法の勉強なんてしたくないよ。


「私は女でも男のスタイルで生活するよ。

 スカートを履かないでパンツスタイルで……

 そうそう、普段のエルミラさんみたいにね」


「そうですか……」


『となると、あいつ(エルミラ)みたいに女からモテるよな。うひひ』


「そそそそっ それは困りますぅ!」


 アイミが煽る。

 そうだった。エルミラさんはよく淑女に囲まれていたり、街の通りで女の子に振り向かれていた。

 私もそうなるのかな。むふふ

 ――うう。エルミラさんの美男子顔は桁が違うし、私は童顔だから同じことにならない気がする……


 アイミとビビアナはマイペースでケロッとしているが、ジュリアさんの表情はがっかりしていた。

 私との結婚が延びたし、この子もベッドの上では性欲魔女だからなあ。


『話はそれくらいにして、食事をしましょう』


 アモールがそう言って、皆が朝食をを食べ始める。

 呼ばれただけのカメリアさん、スヴェトラさん、オフェリアは退出していった。

 メニューはバターロールパン、コンソメスープ、ベーコン目玉焼き、マヨネーズパスタサラダとボリュームいっぱい。

 リリヤさんとオレンカさんの調理技術向上があって、料理の質が来た時より随分良くなった。

 ビビアナとジュリアさんが彼女らに指導をしたおかげである。

 アモールの食事の他、オフェリアたちの賄い料理も今後は豊かになるだろう。

 そして朝食は平穏に終わる。


---


 部屋へ戻って、基本怠け者の私はベッドでゴロゴロする。

 そのうちオフェリアが体術訓練へ誘いに来るだろう。

 彼女は休みなのに、まるで部活の朝練だ。


 アモールはエリカさんの様子を見に地下室へ頻繁に行くようになったが、私には見せようとしない。


『恋人にグロテスクな姿を見られてはあの子も可哀想でしょ』


 だそうだ。

 そんなにグロい状態からエリカさんは復活するのか。

 私も見たくない。

 それはそうと、エリカさんと再会するときにどんな顔をすれば良いのだろう。

 顔は男の私の面影があるけれど、まあ…… この顔じゃ別人だよねえ。


 ――コンコン


 ん? オフェリアかな。


「どうぞー」


『マヤさん、失礼します』


 やっぱりオフェリアだ。

 セパレートユニフォームを着てやる気満々かと思ったら、シャツとハーフパンツの姿だった。


『マヤさん、大変なことになりましたね』


「うーん、なるようになるしかないね」


『もっと悩んで落ち込んでいるかと思いました。元気そうで良かったです』


「女の身体もいいものだよ。でも四、五年のうちには男に戻りたいなあ。

 結婚する女性に待ってもらってから健康的に子供を産んでもらうのは、人間の寿命だとなるべく早い方が良いからね」


『人間族は大変なんですね。私の身体だとあと百年くらいは大丈夫ですよっ

 あっ いやっ 私ったら何てことを……』


 オフェリアは顔を真っ赤にしてあわあわと慌てふためいている。

 彼女が私に好意を寄せていることは感じていたけれど、子供が欲しいのか。


『ああああの…… お願いがあるんですけれど……』


「なんだい?」


『でででっ デートしませんか? これから……』


 オフェリアからデートに誘われた。

 なるほど。最初からそのつもりで、その格好で部屋に来たのか。

 時間が早いけれど、お昼ご飯食べて帰ればちょうど良かろう。

 午後はどうせ書斎で魔法の勉強をしなければいけないし……


「いいよ。行こうか」


『ありがとうございますっ マヤさん、もうすぐ帰っちゃうから……

 あの、二人だけですよ! 誰か連れて来ちゃダメですよ!』


「わかったよ。二人で行こう」


『やったー!』


 お邪魔虫のアイミが付いてこないようにさっさと出掛けることにする。

 時々買い物にパティと街へ出掛けたこともあったが、オフェリアと出掛けるのは最初に案内してくれたとき以来かな。

 あの時はミノタウロスに絡まれて大変だった。

 ビビアナとジュリアさんは二人でよく食材の買い物に出掛けており、護衛にセルギウスも呼んで一緒に行かせている。

 ビビアナがよくセルギウスを揶揄(からか)っており、セルギウスも大人げなくいちいちそれに反応しており、猫と馬って相性が悪いのか?


---


 そのまま、オフェリアはハープパンツスタイル、私は青の道着で出掛ける。

 何も言わないとオフェリアが私を脇に抱えて猛ダッシュするかもしれないので、移動は私から誘ってみる。


「オフェリア、飛んで行こうよ。私のグラヴィティムーブメントでね」


『本当!? マヤさんと空中デートだ! わーい!』


 オフェリアは無邪気に喜ぶ。

 彼女はもう五十歳というのに、女子中高生のような無邪気さだ。

 マイもそうだったけれど、歳を取っても心が新鮮なままというのは羨ましい。

 私など四十代で心が擦れてしまい、素直に物事が楽しめなくなっていた。

 でも今は違う。

 何もかもが新鮮すぎて、まさか女になれるとは思わなかったし、あと何十年生きられるかわからないけれど、魔族と触れ合ったらもっと長く生きてみたいとすら思うようになってきた。

 日本で何の目的も無くダラダラ五十年生きてきて、取り返しが付かないと気づいたときは既に遅く、一人部屋でゾッとしたこともあった。

 それで運が良いのか悪いのか事故死して天界へ行き、サリ様と出会った。

 魔族のように何百年生きるのはとても無理だけれど、サリ様の力で三十年以上若返っただけでもとても有り難いことだ。

 この世界来た本来の目的は、アイミことアーテルシアをこちらに取り込んだことで終わらせたが、新たにエリサレスを倒すという目的が出来た。

 エリサレスは桁違いに強く、もしかしたら次の戦いは本当に死ぬかも知れない。

 それまでやれることをやって、悔いが無いように過ごしていきたいものだ。


「オフェリア、手を繋ごう」


『はい! うふふふっ』


 玄関先の庭で私は大柄なオフェリアと手を繋ぎ、空へ飛び立った。

 今日はどんなデートになるのかな。


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