第二百八十六話 夜間飛行魔法/マヤとセーラー服
三眼族のチャオトン村から帰ってからの数日。
私はいつか来るエリサレス戦のためにオフェリアたちと体術の訓練、パティは図書室で勉学に勤しんでいた。
こんなに平和ならばもしかして私たちの寿命まで何も起こらないのかと思ったりする。
だがヒュスミネルが襲来した時はたまたま目の前にアモールやサキュバスたちがいたから何事も無かったかのように終わっただけなので、もしマカレーナに襲来していたらどうなっていただろうか。
そんな心配をよそに、アイミは図書室か自室でジュリアさんが作ったお菓子を食べながら妖しい本をダラダラと読みふける毎日だ。
アーテルシアに戻ってエッチなこともしないし、すっかり食欲の神になっている。
ほんとこいつ何しにアスモディアへ来たんだ?
まあ、目に届く範囲にいてくれれば安心なのだが……
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帰って来た翌日から、オフェリアとスヴェトラさんといつものように訓練が始まる。
『なあに、マヤさん!? その格好! ちょっと格好いい!』
「ちょっとなの?」
『ううん! 凄く格好いい!』
「ふふ…… 三眼族の村でお土産に買ったんだ。いいでしょ」
と、私は得意げにオフェリアに言った。
私はチャオトン村にある梅干し婆さんのお店で買った、黒い道着を着ている。
早速こっちでも着てみたが、オフェリアたちの力任せな攻撃で破れたりしないかな。
ちなみに彼女らはいつものセパレートユニフォームを着ている。
『マヤさん。前より気の流れが急に良くなってない?
まるで小川のせせらぎのようだ』
『あ、そういえばそうだね。なんで?』
スヴェトラさんが最初に、【整流の指輪】による私の気に気づいたようだ。
さすが達人だね。
「三眼族の爺さんから整流の指輪というのを貰ったんだよ。
魔力と気の流れを調整してくれるんだ。
この前ここに来てたマイも若い頃着けてたそうだから、慣れるまでこれを着けてたんだって」
『へぇー、いいなあ。三眼族ってすごいんだね』
『そんな便利な物を着けてるなら、強くなってないとおかしいよな。
早速やるぞ! それっ!!』
「うわわわっ!」
ズダダダダダダダダダダダダダダ!!
スヴェトラさんは私に向けて急に重たい連続パンチで攻めてきた。
気の流れが良くなるだけで、力が強くなるわけではないと思うけれどな。
一体、一秒間に何十発……、いや百発は軽く超えている。
手の平や腕で攻撃を防いでいるが……
何だか前より落ち着いている気がする。
スパパパパパパパパパパパァァァン!!
スヴェトラさんの連続パンチは小さなソニックブームが起きて、すごい音を立てている。
パンチを目で追うことが出来ないので、感覚で何となく腕が動いて防ぐ。
何だろう。よく熱血戦闘アニメで聞く心の目というやつだろうか。
そろそろ私からも攻撃をしてみようか。
「ハァァァァァ!!」
防御してるその腕で、そのまま力業で一気に気功波を発した。
むう? 前よりずいぶんスムースだ。
『なにっ!? うわぁぁぁぁぁぁ!!』
スヴェトラさんはまともに気功波を食らってしまい、あっさり後ろへ倒れ込んだ。
彼女ならあのくらい避けられるはずじゃ……
『ありゃりゃ!? スヴェトラァァァ!!』
「スヴェトラさん!」
『あああ…… ううう……』
オフェリアと私はすぐにスヴェトラさんの元へ駆け寄る。
良かった…… 気は失っていない。
それにしても、あんな高速の動きをしたのに道着は解れも破れもしていない。
丈夫に作ってあるんだな。
骨が折れてるかもと思いすぐに抱き起こさなかったが、スヴェトラさん自ら上半身を起こした。
『あいてて…… どうして…… わかんなかったよ……』
「わかんなかったって? 何があったの?」
スヴェトラさんは身体に着いた泥を叩きながら立ち上がった。
良かった…… 無事みたいで。
オーガの身体は強靱だな。
『今までマヤさんが気功波を撃つ時は、身体の中で気を圧縮する瞬間がわかるんだよ。
それがさっきはわからなくて、いきなり気功波が出てきたからびっくりして防ぎきれなかったんだ』
『ひぇー 私は注意して見てなかったから、そこまでわからなかったよ』
「やっぱり指輪の力なのか……」
『それズルいやつだよ。一人で修行する時か、もっと強い相手の時に使うんじゃないか?』
「うっ マイがどういうふうに使っていたか聞いておけば良かったな……」
結局彼女らと訓練をする時は指輪を外すことにした。
どういう表現をしたら良いのか、気がアナログ波的だったのがデジタル波のように綺麗すぎる波長になってしまったと推測する。
マイの修行相手は家族や爺じだと思うからみんな強いはず。
私は恐らく人間族最強になってしまったので、スヴェトラさんが言うように指輪を着けるときはアイミか魔族を相手にする時か、一人で瞑想しながら気の制御を慣らしていくしかないだろう。
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道着からシャツとミニスカに着替え、午後は夜間飛行が出来る魔法があるのかアモールに質問をするために書斎兼図書室へ行く。
彼女からも何か話があるようで、席についてカメリアさんにお茶を入れてもらう。
パティとアイミの姿は見えず、たぶん部屋にいると思う。
『あるわよ』
「えっ? あったんですか…… もっと早く聞いておけば良かった」
『元々、魔族のヴァンパイアが使っている能力を真似て作られた魔法ね。
いや、その前にファッティーマの能力か』
「何ですか? ファッティーマって」
『その魔法名にもなっている動物で、ヴァンパイアの使い魔ね。
黒くてネズミに羽が生えたようなアスモディアの固有種さ』
なるほど、コウモリみたいなものか。
この国にヴァンパイアがいるのも初耳な気がするけれど、地球の伝説と同じであれば夜でないと遭うこともない。
『ただ一人で飛ぶ時だけに使っている魔法だから、飛行機のような乗り物で移動することには想定されていない。
当然ね。この世界ではあなたしかそんなことをしてないのだから』
「ああ、そうかあ…… 飛行機には使えないのか……」
『何も絶対出来ないと言ってないわ。
魔法記述の改良と、魔力の出力を上げて調整をすればいい。
今ファッティーマの魔法書を持ってくるから』
アモールは席から立ち上がり、本棚へ向かった。
その時にフワッといちごミルクの香りが漂う。
こっそり自分の脇の下クンクンと嗅いでみたら、やっぱり同じ匂い。
私の匂いはアモールより弱いけれど、女になって日が経つにつれ匂いが強くなってる気がする。
男女・雄雌問わず催淫効果があるフェロモンのような何かがアモールと私から出ている。
人間や魔族相手にはドキッとする程度であるが、爺じのようなエロ剥き出しの輩や理性が無い獣には特に強く効果があるということがわかった。
それとは違い、カメリアさんたちサキュバスは、普段は無臭というか普通の女性の匂い。
だが彼女らがその気になったとき、脳がとろけそうな形容しがたい香りが鼻につく。
私たちのようないちごミルクの匂いと違い、強いて言うならバニラのと石鹸が合わさった匂いが脳に直接伝わったかのように頭がおかしくなる。
アモールはサキュバスの血を引いているらしいが、血が混じることで体質が変わり匂いの効果も変わったのか。
男から女への性転換魔法はアモールの身体を基本に彼女自身が作り上げたのかと前にも推測したが、自分の匂いについて自覚をしているのだろうか。
『これよ。高い本だけれど、あなたにあげるわ』
「ありがとうございます」
戻ってきたアモールからファッティーマの魔法書を受け取った。
アモールは魔法書を売ることでも生計を立てている。
裏表紙を見たらしっかりと値段が印字してあった。
六十五万クリ……
今貸してもらっているグラヴィティムーブメントの魔法書は五十万クリだったからそれよりも高い。
アスモディア通貨のレートがいまいちわからないが、ファッティーマの魔法書はたぶん百五十万円近くすると思う。
そんな高い本をあっさりくれるのだから、アモールと仲良くしてて良かった。
『それを勉強して、まず一人で夜間飛行が出来るようにしなさい。
エリカが復活したら高速移動しても問題無いように改良させるから、その魔法書をあの子へ渡すように』
「え? はい、わかりました」
なんだ、自分でしないでエリカさんに押しつけるのか。
もっとも私たちはそろそろマカレーナへ帰らなければいけないし、アモールがエリカさんに魔法を改良する力があるのを見込んでいるということだから、それは間違いではないだろう。
『それからエリカの身体は間もなく復活する。
あと一週間ってところかしら。
その前にあなたの身体を元に戻しておきたいのだけれど、いつがいいのかしら?』
「前日でかまいません。
もうちょっと女の身体を堪能しておきたいので。あはは……」
『出来るなら早い方が良いわ。
私、女の子の身体はあまり興味が無いから…… ふふふ』
「――」
『シュウシンに会いたいの』
アモールは間を空けて本音を言った。
私が帰る前に勇者シュウシンとの思い出をまた味わいたいのだ。
そりゃプレイが濃厚だし、正直言うと女王マルティナ様より身体がぷりぷりツルツルで若々しいからご所望に預かりたいところだが……
シュウシンが私の魂の先祖であっても、アモールから別人を愛されているようで複雑な気分だ。
まあ、こそこそとパティらに秘密でいろんな女性とエッチなことをしたり、シルビアさんとの隠し子が出来たり、私も大概であるが。
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アモールと話が終わり、彼女は書斎の小部屋へ閉じこもってしまった。
私はそのまま席でファッティーマの魔法書を眺めていると、カメリアさんが食器を片付けに来る。
『マヤさん、セーラー服が完成しましたよ。早速着てみられますか?』
「え!? もう出来たんですか? それなら是非!」
『ではマヤさんのお部屋でお待ちください。持って来ますから』
「はい! 楽しみにしてます」
『うふふ…… それでは……』
むふふふふ…… 昭和生まれならセーラー服に憧れる男は多いだろう!
おっさんが着たらただの変態だが、それを女の身体で正々堂々、現実に着ることが出来るのだ!
何十年来の夢が今叶う!
部屋へ戻って待機。
数分もするとドアノックがありカメリアさんが入ってくる。
誰か野次馬が付いてくるかと思ったけれど、彼女一人で良かった。
『さっ これですよ。着てみましょう』
カメリアさんはバッとセーラー服を掲げる。
おおおおっ! 紛れもなく昭和末期風の濃紺色セーラー服だ!
私は急いでシャツとスカートを脱いでブラパン姿になる。
『相変わらずスタイルが良いんですね。妬けちゃうわ』
「いやそんな…… カメリアさんのほうが素敵ですよ」
『うふふ、ありがとうございます。では手伝いますね』
二人きりになってもやっぱり襲わないんだ。
サキュバスは本当に同性との快楽には興味が無いのか。
カメリアさんは手取り足取りセーラー服を着るのを手伝ってくれ、白い靴下も履いて私は昭和の女子高生の姿になる。
『姿見でご覧になってはいかが?』
「そうですね。ワクワク……」
カメリアさんに言われるよう、私は姿見に自分のセーラー服姿を映した。
「おお…… おおおっ おおおおっ!!」
感激した!
上下濃紺色、膝が隠れるスカート丈、赤いタイ、完璧だ……
白い靴下は一九八〇年代後半風に、くるぶしで織り込んでいる。
男に戻るまでずっとこれを着ていたい。
『いかがですか?』
「すごい! すごいですよカメリアさん! とても気に入りました!
思っていた以上の出来ですよ!」
『それは良かったです。作った甲斐がありました』
私はるんるんでクルリと姿見の前でまわってみたり、映った自分をじーっと見つめたりした。
ナルシストになってしまいそう。
そうしているうちに、ちょっと欲が出てしまう。
「あの…… カメリアさん、またお願いがあるんですけれど……」
『はい、なんでしょう?』
「夏の薄い生地でもう一着作ってもらうことは出来ますか?」
『――』
カメリアさんは首をかしげ、難しい顔をして考え込んでいる。
やっぱり無理なお願いだったかなあ……
「ダメですか?」
『いえ、服を作ること自体は簡単ですよ。
ただセーラー服の夏服も初めて作るものなので、イメージが湧かなかったものでしたから』
「ああっ ごめんなさい! 今、絵を描きます!」
私は下着のデザインを描いているノートを取り出し、急いで夏服を描いてみる。
スカートは生地以外大きな変更は無い。
白いシャツに濃い青のタイ。
遠い記憶の中にある、あの超有名な映画のセーラー服とほぼ同じだ。
描いたページを破り、カメリアさんに渡す。
『――ふんふん、わかりました。
これなら三日もあれば出来ると思います。
楽しみに待ってて下さいね』
「ありがとうございます。どうお礼をしたら良いやら」
『いいえ、最初に有り余るくらい楽しませてもらいましたから不要ですよ。
ふふふふふふふふふ……』
「あ…… そうでしたね……」
彼女の長い笑いが少し不気味だったので、ゾクッとした。
あの時は気持ちイイを通り越して苦痛だったからな……
それで三人も相手をしていたなんて、よく生きていたよ。
邪神ヒュスミネルなんて干からびてたし。
え? 私ってそっちの方向は神以上なの?
『それでは失礼します』
カメリアさんは一礼をし、セーラー服の絵を描いた紙切れを持って退室した。
セーラー服姿の私一人が部屋で佇む。
再び姿見の前へ立ってみた。
「一人だし、いいよね」
私はスカートの前をそろっと捲ってみる。
履いているのはディアボリの店で買った普通の純白ぱんつ。
むむむむ、むふー
クッ…… 自分のパンチラを見て興奮してしまうとはっ
作ってもらって良かったあ。




