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第二百八十四話 その頃のサリ様/匂い消し石鹸

 その頃の天界にて。

 女神サリ様は、エリサレスの息子である邪神ヒュスミネルが突如空から降ってきたので、対応に追われていた。

 ヒュスミネルは、カメリアさんたちに精気を極限まで吸い取られて干からび、アーテルシアによってデモンズゲートへ放り込まれていた。

 それから意識を失っている状態でヒュスミネルは亜空間を漂い、数日後の今になって天界へ届いたのだ。

 その時サリ様は、自分の神殿内にある天上球(てんじょうきゅう)の間にいた。

 天上球とは神々が各星の様子を見るための、直径三メートルほどの大きな透明の球である。

 それで時々ネイティシスの様子を見ていることもある。

 サリ様は日課で起床からお昼までをこの部屋で過ごしており、リビングルームでテレビを見るようにダラダラと下界を覗いている。

 エッチなことを覗き見するのもこの球の大画面で観賞しているのだから困ったものだ。

 そんな時にサリ様の部下兼世話人であるナルスから念話が入ってくる。

 なんと第二話以来の登場だ。


(サリ様、サリ様! 大変なことが起きました!)


(何よ大変って。今バルザード星の勇者がそこの魔王と戦っているのを見守るのに忙しいのよ!)


 などと言いながら、ソファーの上に寝そべり日本で買ってきた煎餅をかじりながら天上球を眺めているサリ様だった。


(邪神ヒュスミネルが半死状態で我々の神殿前に落ちてきたんですよ!)


(ええ!? ヒュスミネルって…… ううんっと、確かエリサレスの……)


(そうですよ! エリサレスの子供です!)


(誰がそんなもんをウチの前に放り出したのよ!)


(突然空中に黒い穴が現れて、そこからヒュスミネルが落ちてきたんです!)


(黒い穴って…… まさかまさか!? いいわ! 今すぐ行くから!)


(あの、バルザード星の件はどうなさいますか?)


(ああもう、あそこの勇者は強いし放っておいても何とかなるでしょ。

 そんなことよりヒュスミネルのほうが問題だわ!)


(ああ…… はい、承知しました)


 サリ様にそんなこと扱いされたバルザード星の勇者。

 加えて戦士、僧侶、魔法使いの一行は魔王相手にラストバトルを繰り広げていたが、やや苦戦している様子。

 彼らは無事に戦いを終えられるのだろうか。


---


 女神サリの神殿前。

 そこには干からびたヒュスミネルが横たわっており、その傍らにナルスが立っていた。

 周りには野次馬の神々がざわついている。


『もうあなたたち、あっちへ行きなさい! 見せ物じゃないんだから!』


 神殿から出てきたサリ様にそう言われ、老若男女の神々はつまらなそうに散っていく。

 神様はそれほど暇らしい。


『うっわぁ…… 思っていた以上にグロいわね。モザイクを掛けたいくらいだわ』


 サリ様は恐る恐るヒュスミネルを覗き込む。

 そして汚物を見てしまったような苦しい表情に変わる。


『はい。最初は冥界から亡者が落ちてきたのかと思いました』


『どうしてこれがヒュスミネルとわかったの?』


『実は以前ヒュスミネルを見かけたことがありまして、この干物から極僅かに出ている波長に覚えがあったんです。

 何せ二百年も前のことなので思い出すのに少々時間が掛かってしまいましたが』


『さすが第六ブロック一の記憶力ね。

 さてこれをどうすべきか……

 ナルス。あなたさっき黒い穴からこいつが出てきたと行ってたわね。

 どんな感じの穴だったの?

 もう消えているようだけれど、残留しているおぞましい力に心当たりがあるわ』


『もやっとしてて、ファスナーを開けたような縦長の形状をしていました』


『――やっぱりあいつか! アーテルシアめえ!

 面倒臭いのを私に押しつけたんだわ!

 ネイティシスはこのところ落ち着いていたから覗いていなかったけれど、何があったっていうの? もう!』


 サリ様は憤慨し、地団駄を踏む。

 ナルスには見慣れていることなので、無表情だった。


『一先ず、ヒュスミネルを神殿の部屋に軟禁しておきます』


『わかったわ。後で強力なバリアを張っておくからよろしくね。

 気が付いたら尋問しなくちゃ』


(それにしてもどうしてこんな姿になっちゃったのかしら。

 アーテルシアにこんなことが出来る力があるの?)


 こうしてヒュスミネルはサリ様によって回収され、神殿内の部屋へ閉じ込められることになった。

 数日経ってもヒュスミネルは気が付くことなく、ナルスが用意した気付け薬で起き上がったのはしばらく後のことである。


---


 場面は戻り、タイランさんのお爺さん宅。

 美味しいプリンを食べてホットミルクを飲み、皆はとても幸せな顔をしていた。

 目的はナムルドとアステンポッタの姿を見ることだったので、もう帰るだけなのだが……


「私、まだアステンポッタをよく見ていませんの。

 マヤ様っ 一緒に見に行きましょう!」


「んや…… アステンポッタにもさっきいじられたから()()りだよ……

 悪いけれど、マイたちと行ってくれないかな?」


「そうですか…… 残念です……

 それじゃあ皆さん、行きましょう!」


 せっかくパティが誘ってくれたが、もう御免である。

 もし男だったら分身君がかじられているかも知れない。

 そんなことになったらフルリカバリーでも治せるかどうか……


「パティも(つつ)かれないように気を付けてね」


『あっはっはっはっ マヤじゃあるまいし、普通はそんなことないよ』


「うっ……」


 マイが揶揄(からか)う。

 私の身体をベースに女になっているが、パティの唾液に加えて、性転換術がアモールの女体構造作られているからおかしなことになっている。

 過去に術を掛けられた魔族はどうしていたんだろうか。


 みんなは牧場へ出掛けるが、私は遠くから眺めるだけにする。

 ああ…… のどかだなあ。

 パティはアステンポッタの顔をなでなでしてるし、アイミなんて背中に乗ってるよ。

 楽しそう。いいなあ……

 やっぱり股間を(つつ)かれるのは私だけなのか。


『どうしたんだい? こんなところで』


「わっ びっくりした」


 気配も無しに後ろから声を掛けられ、振り向くとスイランさんだった。

 意図的に気配を消しているわけではないと思うが、三眼族はそういう人が多いみたいだ。

 さすが武術族。


「ああ、うんその…… ナムルドやアステンポッタが私の匂いに反応して襲ってくるからこうして遠くから見てるんですよ」


『ええ? そうなの? 初めて聞いたよ。どれ、私に嗅がせてよ』


「へ?」


 スイランさんは私に近づいて胸元を嗅いでいる。

 うわあ、スイランさんのほうが女性独特の匂いとさっき食べたプリンの匂いも混ざって(かぐわ)しい。クンカクンカ


『スンスン…… わっ どうして女の子なのにあたしが嗅いでもドキッとする匂いなの?

 スゥーハァー うん、やっぱりイイ匂い……

 それで牝のアステンポッタも反応するってことか?』


 二度も嗅いでる。

 私のおっぱいからもそんなに匂うのか?


「タイランさんも私の匂いに反応してましたよ。

 長老やマイんとこの爺じはもっと酷かったですが」


『あっはっはっ それじゃ男女も何の動物でも関係ないじゃん!

 ヤバいってキミ! あっはっはっはっ

 あのエロ老人たちじゃそうだね。目に浮かぶようだよ。いーっひっひっひっ』


 スイランさんは顔が崩れるくらい、腹を抱えて大笑いしている。

 はぁ…… 自分が思っている以上に私の体臭は問題にしなければいけないのか。


「笑いすぎです……」


『あー、ごめんごめん。

 お詫びに、キミに良い物をあげよう。ちょっと待ってな』


 スイランさんは一度家に戻る。

 良い物って何だろうな。そう言われると何だか楽しみだ。

 すぐに戻ってくると、小さな袋を私に渡してくれた。


『これはウチで作ってるアステンポッタの石鹸だ。

 そこら辺に出回っている石鹸より手を掛けて作ってるから、匂い消しは強力だよ』


「へえ! ありがとうございます!」


 袋を覗くと、手作り感たっぷりの角張った白い石鹸が三つも入っていた。

 男に戻るまで使い切れないだろうけれど、マカレーナへ帰っても大事に使わせてもらおう。

 そうしているうちにパティたちが戻ってきた。


「やあ、堪能できたかい?」


「はい! とっても可愛かったし、大人しくて(つつ)かれることもなかったですよ」


「そ…… それは良かったね」


 パティも良い匂いがするのに、私の匂いとどこが違うというのだ。

 フェロモンをばら撒きすぎなのか?

 頭おかしくなるのは動物か爺じたちぐらいなものだったし、ディアボリでもサキュバスたちにはそういう反応が無かったから安心なんだけれど……


『アステンポッタに乗るのもなかなか楽しかったぞ。

 おまえは残念だったのう。うっしっし』


「アイミ…… 牛臭い」


『なっ!? クンクン…… うわっ クサッ 何だこれ』


「何やってんだか……」


 アイミは本当に牛臭くなっていた。

 体毛がもふもふだから匂いが付きやすいのだろう。

 袖口や上着の裾を(めく)って嗅いでいるけれど、その時の変顔がちょっと面白かった。


『おばちゃん。あたしたちこれでディアボリへ帰るから、おっちゃんとタイランによろしく言っといてよ』


『ええ!? もう帰るのかい?』


『うん。明日から仕事だからね。

 このマヤが飛行機って魔法の乗り物を持ってるからそれで来たんだ。

 すごく速いから今日中にディアボリへ帰れるんだよ。へへーん』


『へー! 知らないうちに世の中は進んでんだねえ。

 あたしもいつか乗せてもらおうかな。

 あっ アステンポッタを放っておくわけにはいかないから難しいわ』


 マイはドヤ顔で言うが、スイランさんは少し残念そうな表情をしていた。

 生き物を飼育することは責任重大なので腹をくくってやらなければいけない、大変な仕事だ。

 もちろんペットでも同じで、玩具でも消耗品でもない。


「あら、マヤ様。その袋はなんですか?」


「スイランさんから頂いた、私専用の石鹸だよ。ふふ」


「エー、いいですわねえ。私も欲しいです」


『匂い消しに使うとても強力石鹸だから、キミは普通の石鹸を使った方がいいよ。

 ウチのが村の店に売れているから、買ってくれ。プリンもあるぞ』


 と、スイランさんがニヤニヤしながら言う。

 ついでに商売も。

 私が臭いみたいな言い方はやめて欲しいぞ。


「まあ、そうなんですの。村に帰ったら早速買いに行きます!」


『ありがとう。また来ておくれ』


 私たちはスイランさんに礼を言い、飛び立った。

 動物たちには酷い目に遭わされたけれど、景色は良かったし美味しいプリンを食べられたし、良い思い出になった。


---


 チャオトン村へ到着。

 その脚でスイランさんが勧めてくれたお店へ行ってみた。


『ほら、ここだよ。

 他にもお店があるけれど、ウチは昔からここを贔屓(ひいき)にしてる。

 食べ物から生活用品までだいたい揃ってるから、好きなの選びな』


「ほえー 懐かしい感じだな」


『いらっしゃい。毎度』


 日本にあった昔ながらの雑貨屋か駄菓子屋にも近い。

 そしてそういう店につきもののような、梅干しみたいなお婆さんが店員だ。

 マイはこの店の常連のようだ……

 というか、店が数えるほども無いのだから、常連も何も無い。


 アモールから貰ったお小遣いは余裕があるけれど、相場はえらく安い。

 本当に駄菓子屋価格だ。

 パティは普通の石鹸とチーズプリンを買っていた。

 おお、ここにもガラスケースになっている魔道具の冷蔵庫がちゃんとあるぞ。

 私はビビアナとジュリアさんのお土産、それと自分用にミルクプリンとチーズプリンを買う。

 入れ物がお椀じゃなくて、量は少ないが太くて短い竹筒になっているのは洒落てるな。

 道着まで売れているから手に取ろうとしたら……


『今来てる服、あげるよ。そのまま着て帰っていいから。

 マヤが着てた服はまた爺じたちがイヤらしい目で見るからね』


「そうか…… ありがとう」


 それはそれで頂いて、色違いの二着を買う。

 本当に単色ばかり売れていて、黒とグレーの地味なやつ。

 戦闘用にも似合ってるし、サリ様に会ったら女神パワーを付与してもらうつもりだ。


 アイミは、プリンの在庫が僅かになるくらい山ほど買い占めていた。

 余程気に入ったらしいが、あれ全部一度に食うのか?

 うーん、アイミならやりかねん。

 小さな村なのに、人気商品なのかあの在庫量は尋常ではない。


 マイやメイファちゃんも普段の買い物をしていた。

 梅干し婆さんは淡々と精算してくれ、商品を紙袋に入れてくれる。

 たぶん爺じたちと同年代だろうけれど、千年以上このお店をやってるのかと思うと客の欲しい物が手に取るようにわかってしまいそうだ。


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