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第二百八十三話 マヤ、プリンを食べる

 牧場にある、タイランさんのお爺さん宅に一人でお邪魔している。

 黒豚のような姿のナムルドと、野牛のような姿のアステンポッタにお尻や股間をガンガン(つつ)かれて畜舎に居られなくなり、パティたちを置いてきてここへやって来たのである。

 あっ パティは飛べないんだった。

 まあ、誰かが連れて帰ってくれるだろう。


 タイランさんが案内してくれたのは、囲炉裏がある板の間。

 マイの家ほど立派なものじゃないが、こぢんまりで綺麗にしてある。

 囲炉裏の周りに座布団が敷いてあるので、そこへ座らせてもらった。


『じゃあ俺は畜舎に戻るから、後は婆さんに任せてある。

 ゆっくりくつろいでいってくれ』


「ありがとうございます。お世話になります」


 そう言ってタイランさんは部屋から出て行く。

 彼は、私から漂ってるらしいいちごミルクの体臭にはあまり反応しなかったけれど、理性が強い相手には問題無いのかな。

 爺じたちと動物は同じレベルってことか。はぁ……

 同じ体臭のアモールは普段どうしているんだろうな。

 大帝は全く問題無かったようだし、街へあまり出掛けてないのはそういう理由なのだろうか。


 家の奥で人の気配があるから、タイランさんのお婆さんだろう。

 台所で何か調理しているような音が聞こえる。

 部屋で一人、しばらく待っていると足音が聞こえ、障子戸が開いた。


『おっ いたいた。人間族の女の子が来てるって聞いたけれど、あんたかい?』


「はい、初めまして。マイの友達のマヤと言います」


『ふううん、あたしはスイランっていうんだ。

 ほれ、アステンポッタの絞りたての乳だ。飲んでみな』


「わあ! ありがとうございます!」


 スイランさんは持って来た陶器製のカップを私に差し出した。

 彼女の雰囲気はマハさんよりもっとサバサバした感じで、勿論お婆さんと言えないほど若い。

 着ている道着は薄いベージュ。

 髪の毛は赤茶色で、三眼族の女性によく見られるように長い毛を後ろに束ねている。

 程良く温もったカップを受け取り、少し冷えた手の平がじわっと温まる……


 ふぅー ズズズ…… と、一口。


「美味しい! コクがあってびっくりするほど甘いですね!」


『そうだろう?

 何てったって私たちが丹精込めて育ててるアステンポッタの乳だからな』


 美味しくて、続けて二口、三口と飲む。

 濃いのにあっさりしており飲みやすい。

 日本にいた時、ブラウンスイスという牛の牛乳を飲んだことがある。

 それに似ているが、もっと甘い。

 甘い物が好きなパティなら喜んで飲むだろう。


『へぇー 人間族のおっぱいはそんなに大きいんだね。

 赤ちゃんにあげる乳はたくさん出そうだけれど、そうなのかい?』


「ああいやあ、大きさに関係なく普通に出るだけだと思うんですが…… あはは」


『ふーん、そうなんだ。

 まあ、ゆっくりしていきな。

 マイたちが来たら美味いプリンを食べさせてやるから』


「ありがとうございます」


 スイランさんはそう言うと奥へ戻っていった。

 田舎の家でこのホットミルクを一人で飲みながら一息つく。

 落ち着くなあ。

 パティたちは今頃どうしてるんだろう。


---


 少し時間を(さかのぼ)って、ナムルドの畜舎にて。

 私がナムルドに襲われて外へ逃げ出し、残ったパティやマイたちは唖然としていた。

 畜舎にいるナムルドの全てではないが、十数頭が飛んでいく私を追って畜舎の外まで出てしまっていた。


「ああっ! マヤさまあああっ!!」


『うわああヤバいよ! ナムルドが逃げていくぅぅ!!』


『メイファ! すぐに捕まえないとおっちゃんに怒られるよお!!』


『あっひゃっひゃっひゃっ!

 マヤの匂いにつられて豚共が追いかけていくとは、面白可笑しすぎる!!

 イーッひっひっひっひ!!』


 マイは逃げるナムルドを追いかけていった。

 アイミは腹を抱えて笑っている。

 それを見たメイファちゃんは彼女に言う。


『アイミちゃん! 笑ってないで大魔法使いなら何とかして!!』


『うっひっひっひっ はぁぁぁ。笑った笑った。

 あーもう、面倒臭いのお。ほれっ』


 アイミは逃げたナムルドの方向に魔女っ子ステッキを向けてから、ピンと手前にクイッと引き寄せるように振った。

 するとナムルドたちがブヒブヒ言いながら浮かんで戻ってきた。

 ついでに追いかけていったマイまで一緒に浮かんで戻る。


 ブヒーッ フィィィッ フィィィッ プギィィィィッ


『オオおぉおぉおぉお!? うわわわ何だ何だ!?』


 ご丁寧にも、アイミの力によってナムルドたちは個々に元いた仕切りの中で着地され、完璧に元通りになった。

 なのにマイもナムルドと一緒に仕切りの中へ入れてしまう。


『何でだよお! あたしは豚じゃねえ!』


『うるさいやつだな。自分で出てこられるだろ』


 マイは少々ムスッとしながら仕切りから飛び越え、パティたちの元へ帰った。


『アイミちゃんすごいね! あんな念動力を見たのは初めてだよ!』


『当然だ。私はアモールより強いからな』


 アイミの正体を知らないメイファちゃんやマイはそれを聞いて、小さい子供が言うことだと思い信じなかった。

 だがメイファちゃんがアイミを褒めちぎり、アイミは天狗になる。

 

 それにアイミがアモールより強いというのはまだ疑わしい。

 エリサレスすら恐れていたアモールの力は謎だらけなのだ。


「マヤ様はどこへ行かれたんでしょうか……」


『もうおっちゃんの家に帰ったんじゃないかな?』


『そうそう。タイランがプリンあるって言ってたしね』


『マヤが全部食べてしまうのではないか? 早く帰るぞ』


「マヤ様はそんなことをしませんよ、たぶん……」


 普段、パティは私のことをよく信じてくれているが、女性のことと食べ物のことは疑っている節があるから困っている。

 食べ物はともかく女性についてはバレたら弁解しようがない。


『ナムルドはこれで十分見られたことだし、あたしたちも帰るよ』


 マイがそう言うと、メイファちゃんとアイミも三人で畜舎から飛び立とうとする。

 だがパティは飛べないので、右手を挙げて彼女らを呼び止めた。


「ああっ 待って下さい!!」


『あっそうか。パティちゃんってマヤが連れてきたんだよね。

 でも三眼族の飛空術って自分だけで精一杯だから……』


『一人で歩いて帰るのも可哀想だから、私たちも歩いて帰ろうか』


『その必要は無い。私が連れて帰ってやる』


 マイとメイファちゃんが相談していたところへ、アイミが割って入る。


『そうだねっ フフッ

 マイをあんなふうに浮かべられたんだから、アイミちゃんなら簡単だよねっ』


「ええ…… 私、アレはちょっと嫌です……」


『四の五の言わずに帰るぞ。プリンが待っている』


 アイミは魔女っ子ステッキをクイッと持ち上げると、パティの身体が浮かんだ。


「あわわわわっ アイミちゃんってば!」


 アイミは念動力を雑にやるからパティは逆さづりにされた。

 ステッキをクルリと回して体勢を直したが、パティはまるで物干し竿に掛かっている布団のようにプラプラと浮かぶ。

 アイミも一緒に飛び立ち、マイたちの視界からすぐに消えてしまった。


「あーん、もう! だから嫌だったんですぅ! キャァァァァァァ……」


『うわっ 速いなあ。もうあんなに小さくなった。メイファ、私たちも行くよ』


『うんっ』


 ()くして、アイミはパティを宙ぶらりん状態にして颯爽(さっそう)と飛んで行った。

 それに続いてマイとメイファちゃんが飛んで行く。

 彼女らが騒いでいる間、タイランさんのお爺さんが介助をしているナムルドの交配は無事に終わったようだ。

 雄はとても満足げな表情をしていた。ブヒッ


---


 再び、タイランさんのお爺さんの家。

 私がホットミルクを飲み終えた後、マイの声が聞こえてきた。


『おーい! おばちゃーん!』


『マイか! 勝手に上がってな!』


 二人とも姿は見えないが、大きな声なのでよく聞こえる。

 スイランさんの容姿はどう見てもまだお姉さんなのに、おばちゃんと言われても怒らない。

 やはり三眼族の中では見た目より実年齢と続柄で呼び方が決まるようだ。

 足音がゾロゾロと聞こえると、障子戸がガラッと開く。

 マイたちが部屋へ入る。


『おっ やっぱりマヤは帰ってたのか。

 ナムルドに追いかけられるなんてちょーウケるんだけど』


「あの後牧場へ行ったらアステンポッタにも(つつ)かれたんだけど、何なんだよもう……」


『うっひゃっひゃっひゃ! それは見たかったのう!』


「アイミ笑うな」


 パティの表情はぐったりしていた。

 何となく察しはつくが……


「パティ、どうしたの?」


「アイミさんに連れて帰ってもらいましたが、酷い目に遭いましたわ……」


『ほんの三十秒だけだろ』


「ああ…… それは災難だったね……」


 畜舎からここまで数百メートルとはいえ、そりゃ速すぎるわ。


「それより、何かお飲みになってまして?」


 パティは、今私がミルクを飲み終えたカップに気づく。

 どうしてこういうものを見つけるのが早いんだろう。

 パティに隠れて美味しいものは食べられないな。


「ホットミルクを頂いてたんだ。とても甘くて美味しかったよ」


「まあ! 私も飲みたいですう!」


『じゃあおばちゃんに言って、みんなの分も用意してもらうから』


 マイは勝手知ったるように、部屋を出て奥へ行ってしまった。

 人んちなのに自分の家みたいな感覚は、さすがど田舎。

 しばらくして、マイとスイランさんが部屋に入ってきた。


『はいお待たせだよ!

 ホットミルクに牛乳プリン、チーズプリンだ!

 うちの自慢のミルクづくしだから、たんと味わってくれよ!』


 二人がお盆に載せてホットミルクとプリンを持って来てくれた。

 私のホットミルクのおかわりまであって嬉しい。

 それにしても……

 二種類のプリンがそれぞれお椀みたいな陶器に入っているから、食べ甲斐があるな。

 たぶんひっくり返してお皿で食べるのが正しい食べ方だと思うけれど、本当におっぱいプリンになってしまう。


『『『「「いただきまあーす!」」』』』


 早速頂くことにする。

 まず濃厚そうな黄色いチーズプリンを。

 おお、まるでチーズスフレを食べているような、滑らかな舌触り。

 そしてとろけるように舌から喉へ入って行く心地良さ。

 手が勝手に動いてプリンをスプーンで(すく)って口に運んでいる。

 うううん! 幸せのひとときだ……


「マヤ様…… 何てことでしょう……

 こんなプリン、マカレーナでも食べたことがありませんわ。

 ジュリアさんに作ってもらうのにはどうしたら良いのかしら。

 おいひい…… ひあわせ……」


 パティも食べてるチーズプリンが美味しすぎて、顔の筋肉が緩みまくりすごい顔になっている。

 マカレーナで普段飲んでいるミルクの質と全然違うので、アステンポッタを持ち帰らない限りはレシピを知っていても同じプリンを作ることは出来ないだろう。


『むにゃむにゃもにゅもにゅ……

 ううう…… おまえに着いてきて良かったぞ。

 これほど美味いプリンだったとは…… ううう……』


「泣くほど美味いのかよ」


 アイミはチーズプリンを食べながら涙していた。

 まあこれで機嫌が良くなるなら扱いやすくなるし、それに越したことは無い。

 マイやメイファちゃんはバクバク食ってるし、こんなに美味しいもっと味わって食わんのかね。

 ああ、何度も食べてるからだろうな。羨ましい……


 次は牛乳プリン。

 色は真っ白。口に入れるとやや硬い食感のプリンがまるで別の食べ物に変わったかのように、舌の上でほろっと溶ける。

 むふー この世界は今の日本ほどスイーツが豊富ではないけれど、ジュリアさんが作ってくれたお菓子も含めてどれも美味しさは別格を通り越して別次元だな。

 人間の三大欲求がこれほどまでに満たされる世界に連れてきてもらったサリ様に感謝したい。

 ちょっとアホだけれど、今何をしているんだろう。


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