第二百七十五話 スケベ爺じは強い/ガジラゴの正体
飛行機が、三眼族のチャオトン村広場に着陸した。
先にマイと村の近くから便乗した長老の孫娘メイファが降りてから、三眼族たちは私たちを歓迎してくれるようだ。
まず私から飛行機のギャングウェイドアを降りる。
なんか…… さっきのファンキーな爺たちが目の前で騒ぎ立てているぞ
『むっひょー! リキョウよ!
あれが! あれが人間族の若い女なのかあ!
むちむちぷるんっぷるんっ!
おお!? さっきまでマイが履いていたスカートっちゅうもんをあの子も履いておる!
人間が着るものはなんて悩ましいんじゃ! うほほー!』
『チェンホンよ! わしらは夢を見ているのか!?
人間族の儚い命が見事に美しく咲いている!
それにしても、マイもアレを履いておったのか?
くうぅぅ…… わしも見たかったのう……』
『クソ爺にマイの麗しい美脚を見せてやるものか!』
『なにを!? メイファの脚の方が美味しそうだぞ!』
『爺じの変態!!』
『爺ちゃん変態!!』
ドカッ バキッ グシャッ
『『ぎぇぇぇぇぇぇ!!』』
あーぁ。爺さん二人がマイとメイファに蹴られてボコボコになっている。
わざわざお互いに相手の名前を言ってたから、マイが蹴っているのが彼女のお祖父さんのチェンホンさんで、メイファさんが蹴っているのが長老のリキョウさんってことか。
村の長たちが孫娘にあのような扱いをされ、観衆の村人たちが苦笑している。
三眼族はある意味平和なのかも知れない。
私であの反応なら、完璧美少女のパティが出てきたらどうなるんだ?
爺さんたちがボコられているうちに、パティが降りてきた。
三眼族の観衆がざわめき、爺さんたちが起き上がり仰天している。
『はっ!? おいリキョウ! あの娘を見ろ!
わしらが子供の頃に一度だけ見た、まるで三千年に一度だけ咲く桃の花ではないか?』
『むむむ!? 確かに…… 伝説に聞く仙女桃の花のようじゃ……』
爺さんたちがパティを見て、地球で言う西王母のような桃の花に例えている。
パティが着ているのは、いつものコスプレ風膝丈スカートの貴族ドレス。
そのドレスの色が白桃のようだからそう見えたのかも知れないが、ドレスは彼女の美しい顔を引き立てているに過ぎない。
私は毎日のように彼女の顔を見て当たり前に思っていても、日本にいた時の凡人な私など本来は近づくことも叶わないような絶世の美女なのだ。
パティが私の隣に来ると、私のブラウスの袖口を引っ張り小声で話す。
「マヤ様…… パーティーでも私の容姿を、あまり知らない方からあのように褒められるんですが、どうも苦手なんです……」
「あの人たちは悪気が無さそうだし、本当にそう見えているんじゃないかな。
私はパティのことをいつも綺麗で可愛いと思っているよ」
「うふふ、ありがとうございます」
パティは自分の容姿に自信を持っていても、驕り高ぶるようなことはしない。
私が彼女を信頼できる所以である。
『おお、笑顔もかわええのおぉ』
『うむうむ、二千年生きていた甲斐があったわい』
悪気は無いかも知れないが、でろーんと鼻の下を伸ばしているのが見え見えだ。
お尻を触られたりの痴漢には気を付けよう。
少し遅れてアイミが出てくる。
『ありゃ!? 次はもっとすごい爆乳娘かと思ったら、ちんちくりんの子供かえ』
『はぁぁ…… ばいんばいんのうっふーんを期待しておったがのう』
アイミにも爺さんたちの会話が聞こえたようで、急に不機嫌な顔になる。
声がデカいんだよ。
『おいマヤ。あのクソ爺たちにゲンコツ落としていいか?』
「頼むからここは我慢してくれ! 美味いもん食いたいだろ」
『――わかった』
何とかアイミは抑えてくれたが、もし食べ物が不味かったらどうしよう。
ゲンコツとは、先日ミノタウロスをヘロヘロにしたあの巨大ゲンコツの術のことだ。
あれを落とされるとさすがに大問題になる。
マイが私たちの前に来てこれから紹介を始めるようだ。
『彼女がマヤ。たまたまディアボリの服屋で出会って、とても可愛い服を着ていたから声を掛けてそれから友達になったんだ。
もうすぐ二十歳なんだって。人間族ではもっとも綺麗な時なんだよ!
魔法が使えて、格闘技もあたしと同じくらい強いんだって』
村の衆がまたざわめいている。
聞こえてくる声は、やはり人間の年齢のことについて驚いているようだ。
三眼族の二十歳は身体がアイミぐらいで、精神の成長は少し遅いらしい。
『それからマヤの友達でパトリシアちゃん!
愛称はパティでなんと十四歳!
人間族の国イスパルの、侯爵令嬢とのこと!
魔法の天才だよ!』
ざわめきが私より大きい。
それが羨ましいとは思わないし、好きな女の子の評価が高いのならば誇れることだ。
『じゅじゅじゅ十四歳!?
人間族はたった十四年であんなに育つのか!』
『うっほほー! たわわに実る桃が二つ、いや後ろにももう一つ!』
スササササッッ
「きゃっ!?」
マイの爺じが調子に乗り、瞬時にパティの背後へまわった。
そしてスケベ顔で両手をニギニギといやらしく動かしている。
速い! いつのまに?
とても老人の動きには見えなかった。
マイの爺じだけのことはあるのか。
『爺じ……』
ドカァァァァァッッ
『ぐぇぇぇぇぇ!!』
マイの顔が鬼のように豹変し、かかと落としが爺じの脳天へ見事に決まり、爺じはぶっ倒れた。
だ、大丈夫なのか?
だが十秒もすると立ち上がってしまった。
『ううう…… 余命幾ばくもない年寄りにこんな仕打ちを……』
『全然元気じゃないか。あと千年くらい生きるだろ。
さて次はアイミちゃん!
彼女もマヤの友達で…… えーっと…… 何歳だっけ?』
『うん? 五百…… いや、八歳だ』
『八歳だって! こんなに可愛くてもパティちゃんを凌ぐ魔法使いだよ!』
やばいやばい。うっかり本当の歳を言うところだったぞ。
アイミことアーテルシアの歳は五百八十何歳のはず。
神の中では若い方らしいが、あの爺さんたちのほうがずっと年上なんだなあ。
それにしてもマイは爺じの扱いがすごいな。
『それでは代表で、マヤが挨拶するよ!』
「え? 私? あー……
どうも初めまして、マヤです。
今日と明日だけですけれど、皆様お世話になります」
――パチパチパチパチパチ
村の衆から拍手が湧き上がる。
皆の顔を見ても歓迎してくれているようで良かった。
そこへパティが肘で私を小突き、小声で話しかけてくる。
「マヤ様は挨拶をもっとしっかり出来るようにして頂きませんとね。
貴族の社交界ではこのような機会がマヤ様にも多くなりますから」
「はい、善処します……」
昔からスピーチやプレゼンテーションは苦手なんだよなあ。
日本でよくホテルの支配人になれたもんだよ。
もっとも、やらされ支配人のようなものだったがね。
いよいよ社交界でもそれをしなければならなくなるとは、気が重い。
私たちの紹介が一段落し、村人たちは解散していった。
そこへ長老と孫娘のメイファが私たちの前に出てきた。
『うおっほん。わしがチェンホン村の長老リキョウじゃ。
孫のメイファとは先に会ったようじゃの。
まずはマイをディアボリから無事に連れてきてくれたことに礼を言おう』
「いえ、とんでもございません」
『今日はマイの家に泊まるんだったかの。
マイの母親とマオは特に料理が上手だから、期待するが良いぞ。
当のマイは下手くそだがな。うっひっひっひ』
『長老、余計なことを言うな』
マイが不機嫌な顔で半ギレしている。
ギャルは料理が上手かと思っていたけれど、それは私が漫画の読み過ぎか。
でもマイの家族は料理が上手と聞いて安心した。
アイミがごねると面倒だからな。
『わしがマイの祖父、チェンホンじゃ。
おぬしは武術に長けておるようじゃが、わしと軽く手合わせしてみんか?』
「ええ…… それは構いません」
『マヤ、爺じはこんなのでも本気を出すと強いからな。油断するなよ』
「そうなのか? うーん、まあやってみるよ」
突如、マイの爺じと広場で対戦することになった。
村人はほとんど帰ったが子供らの何人かは残っており、後はマイやパティたちが観客として私たちの周りを囲んでいる。
『ルールは術や魔法を使わないこと。よーし、始め!』
マイの掛け声で戦いが始まる。
抱拳礼で挨拶をし、最初は爺じから仕掛けてきた。
パンチやチョップの形、マイと同じ中国拳法風の戦い方だ。
動きがマイより洗練されており無駄が無い。
シュッ シュッ シュッ
爺じは鍵状の手つきで執拗に私の胸を目掛けて攻撃してくる。
むう? このエロ爺は戦いのどさくさに紛れて胸を触ろうとしているな?
それならばしゃがみ回し蹴りだ!
『ひょいと。当たらんよ。ほほほ』
ジャンプであっさり躱されてしまった。
見切られているだと?
私はそのまま連続後ろ回し蹴りで攻撃をする。
『あらよっと。おっほっほ、ぱんつが丸見えじゃ。いいねえー』
「うげっ しまった!」
爺じに見られてしまった。クリーム色のぱんつ……
ミニスカを履いていることを完全に忘れていた。
しかも爺じはまたも難なく躱してしまう。
かなりのスピードで回し蹴りをしたのに。
どうやったら勝てるのだろう?
年寄りの体力に託けて持久戦に持ち込むしか無いのか?
私は連続パンチとチョップを続けた。
だが全て躱されるか受け止められてしまう。
『ほっ ほっ ほっ
若い人間の女の子なのに、こんなに強いとはびっくりじゃ。
だがそろそろ少し本気を出そうかの』
「なに!?」
爺じの姿が一瞬消えたかと思ったら、私の懐に飛び込み手刀を喉元に突きつけた。
パティの後ろへまわったときもだったが、本当に見えなかった。
すると爺じは右手に手刀、左手は私の右胸をむんずと掴んだ。
「ひええっ」
『うおーっほほほほほっ
何という表現しがたい柔らかさなのじゃ!
二千年以上生きてきてこれほど至福の時があったろうか!』
ダダダダダダダ
『でぃええええいいい!!』
『ぎゃああああ!!』
マイが猛ダッシュして来て横から跳び蹴りをし、爺じは十数メートル吹っ飛んだ。
まったく…… やっぱり私の胸に触るのが目的だったか。
ああ…… 最初に男に触られたのが爺とは…… 凹むわ。
『くうぅぅぅ…… あやつ、羨ましいのう……』
『お爺ちゃん!』
長老が羨ましがり、メイファが叱る。
はぁ…… もう帰りたくなった。
パティが、凹んでる私に寄り添う。
「マヤ様、大丈夫ですか?」
「女の子が痴漢に遭う気持ちがわかったよ。なんかもう帰りたい……」
『ああっ ごめんよマヤ!
まさか爺じがあれほどスケベになってしまうとは思わなかった。
母さんとマオの美味しい料理を出すから帰らないでくれ!』
「ああ、まあ帰ると言ったのは冗談だから……」
『そうか…… 後で爺じにはよーく言っておくからね』
「そうしておいてよ。触ったり覗いたりしなきゃいいだけだから」
『ほんっとうにごめん!』
マイは私に平謝りで、爺じはまだ向こうで伸びていて子供たちに木の枝でつつかれている。
ああ…… 子供たちにもぱんつ見られたかなあ。
教育に悪いことをしてしまった。
『マヤ…… ククク…… 面白かったぞ。ククク……』
「ああそうかい」
アイミはいつまでもニヤニヤ笑って喜んでいる。
こいつは自分が面白ければ何でも良いのかよ。
だが神としての力は役に立っているから、利害が一致しているうちは遠ざけたりしない。
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広場での催しを終え、長老とメイファさんと別れてマイの家まで歩いて向かう。
村の家々は木造の大きな家ばかりで、台所なのかお風呂なのか白い湯気が出ている家も見える。
爺じは広場に放置しているが、その内帰ってくるだろうとマイが言っている。
大丈夫なのかな……
木箱に詰めたお土産の野菜を、いつものようにグラヴィティで浮かせて運ぶ。
「あれ? あそこで放し飼いにされてる鳥は何?」
「可愛い鳥さんですわね」
通りすがりの民家の庭に見えたのは、鶉が鶏並の大きさになっているような鳥が十羽くらい放し飼いにされてうろうろしている姿だった。
『ああ。ガジラゴだよ。マヤは見たこと無かったの?
アスモディアで玉子と鳥の肉はだいたいアレなんだ』
「へえ! そうだったんだ!」
やっとガジラゴの正体がわかって良かった。
訳のわからんクリーチャー的な動物の肉だったらどうしようかと思ってた。
「じゃあアステンポッタやナムルドを飼ってる家はあるの?」
『うん。ウチまで通りがけの道には無いけれど…… 明日見に行こうか?』
「やったー! 行こう!」
「マヤ様、ここへ来た楽しみが一つ増えて良かったですわね!」
『私は食えるんだったら何でも良いぞ』
『アイミちゃん、たぶん今日の晩ご飯はどれかの肉料理があると思うよ』
『ほう。それは楽しみだな』
今晩の食事は期待できそうだし、明日はアステンポッタとナムルドが見られる。
どんな姿の動物なのかアモールの書斎には資料が見当たらなくて……
というか、本がたくさん有りすぎて探すのが面倒だった。
やっとそれらの動物の姿が見られることになって、ワクワクしてきた。




