第二十七話 大猪の魔物
2023.10.22 全体的に文章を見直し、加筆しました。
翌朝になり、エンリケ家のダイニングルームで朝食を頂いた。
イサークさんは朝早くから農場の手伝いへ出かけているという。
農家の朝は早いからなあ。
今日は一日この街に滞在し、明日はマカレーナへ帰る予定だ。
さて、特にすることが無いから街を散歩してみるか。
パティは男爵夫妻と過ごすようだし、エリカさんを誘ってみる。
「ええ、本当!? いいわ。
マヤ君ってばゆうべはどこかへ行っちゃうし、寂しかったんだからぁぁ」
エリカさんがぶりっ子しているが、似合わない。
だが彼女のご機嫌取りもしておかねば。
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市場へ行ってみると賑やかだけれど、売れているのは生活用品や野菜ばかりでお土産品を売ってる店は無さそうだ。
街自体が小さいし観光地でもないから、小一時間も歩いたら十分過ぎるほどだった。
その帰り道にて。
「退屈なところねぇ……
アマリアさんって子供の頃はこんなところで育ったのね」
「そういえばアマリアさんとエリカさんってマカレーナ女学院の同級生でしたよね」
「ええ、私は飛び級で三年生から一緒だったの。
田舎者らしくイモっぽさは確かにあったわね」
アマリアさんとエリカさんの昔話は前にも聞いたことがあるけれど、三年生だったら十五歳と十歳か。
それだけで当時の様子が想像できそうだ。
「もちろん彼女は寮住まいだったわ。
私だったらあんな堅苦しい寮に住めたもんじゃないよ」
「それは納得するなあ。ぷっ」
「マヤ君、何かおかしな想像してないかな?」
規律が厳しい女学校の寮じゃエリカさんは耐えられないだろう。
そんな他愛ないことを話していたら、向こうの方から声が聞こえる。
「魔物だあああ!! 魔物が畑にやってきたぞおおお!!」
「魔物!? エリカさん、行こう!」
「そうね、急いだ方が良いわ」
声があったほうへ向かうと、農夫のおじさんが声を上げて走り回っていた。
あまりに必死な表情だったので、動物が畑を荒らしているような状況では無いとわかる。
「魔物はどこの畑に来たんですか!?」
「ああ! あんたたちは強そうだね。魔法使いかね?」
「ええ、そうです」
「この先のまっすぐ行った畑に、大きな猪みたいな魔物が現れた。
このままだと街にまできてしまう!」
「わかりました。行ってみます!」
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現場へ着くと、体長は五メートル以上あろう背中にトゲトゲが生えた大猪の魔物が三体、畑を荒らし回っていた。
くそぉ せっかく育った野菜がめちゃめちゃじゃないか。
「ところでエリカさん、あいつの肉って食べられますかね?」
「あの魔物は別の国でも見かけたことがあって、食用に狩ってると聞いたことがあるわ。
私は食べたこと無いけれどね」
「じゃあ私たちも狩りましょう。
畑を荒らされたけれど、転んでもタダでは起きないぞ」
「わかったわ」
魔物の近くにはイサークさんがいて、石礫や氷結魔法で攻撃していた。
だがあまりダメージを与えられてないようだ。
「あ、エリカ様、マヤ様!
私の魔法じゃなかなか効かないんですよ!」
「じゃあ、マヤ君。
魔物が暴れないように三体ともグラヴィティで動けないようにしてくれるかな」
「承知!」
私は大猪の魔物三体にグラヴィティを掛けて体重をグッと重くし、動けなくした。
大きな魔物に魔法を掛けるのは、魔力も強力にしないといけないので大変だ。
エリカさんは魔法で氷の槍を作っている。
「これはフリージングランスの魔法を強化するために、-70℃くらいに冷やして硬度を上げて威力を高めてあるんだ。
また今度教えてあげるね」
エリカさんは一体ずつ魔物の脳天へ氷の槍を超高速で撃ち込んだ。
あれほど暴れていた魔物は一分足らずで片付いてしまった。
「マヤ君の魔法で早く片付いたわ。
なるべく肉を痛めないように狩ろうと思ったらフリージングランスしか思いつかなかったし、狙うのが難しいんだよねー」
「エリカ様、マヤ様! さすがです!
あんなに早く退治が出来るなんて!」
「イサーク様。
この魔物の肉は食べられるみたいなんですが、どこかで血抜きと解体ができる場所ってありますか?」
「え? こいつが食べられるんですか?
ここは土が汚れるので、それなら向こうの空き地へ持って行けたらいいんですが……
こんな大きな魔物をどうやって?」
「それなら問題無いです」
私とエリカさんでグラヴィティの魔法を発動させ、倒した大猪の魔物三体を今度は軽くさせて浮かび上がらせた。
グラヴィティは便利すぎるのに、闇属性でしか無くて人間で使える人がほとんどいないのは残念だ。
「ひぇぇ! そんな魔法もあったんですね!」
「私たちは動物の解体をやったことがないんです。
街の人たちの中で解体が出来る人を集めて呼んできて頂けますか?」
「はい! わかりました!」
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退治した魔物は街の空き地へ持って行くことになった。
血抜きして解体をし終えるまでグラヴィティを掛けっぱなしにしていないといけない。
エリカさんのグラヴィティは上位魔法で、一度掛けたらしばらく放っておけるので彼女にやってもらう。
イサークさんが街の人を呼び集め、二十人くらいになった。
魔物を吊すように魔法で持ち上げて血抜きをする。
イサークさんや他の魔法使いの人たちで水属性魔法を使って体表を洗浄し、解体が始まる。
パティや男爵夫妻もそれを見に来た。
「マヤ様、魔物を食べるなんてよく思いつきましたね」
「うん。エリカさんが食べられるって言うからね。
大きいけれど、中身は猪のままだよ」
「じゃあ今晩の料理は魔物の肉ですわね。
こんなこと初めてだから楽しみです。うふふ」
終わったのは夕方前になってしまい、夕食に使うのは肉の下処理を考えるとぎりぎりかも知れない。
元々この国は夕食の時間が遅いので問題は無いだろう。
肉は数百人分もあるので、街の人たちで分けた。
私たちの分はフリージングで凍らせてマカレーナへ持ち帰り、ビビアナに料理してもらうつもりだ。
「エリカ様マヤ様。
いやあ、今日はありがとうございました。
街の人たちも喜んでいましたよ」
畑は魔物にやられてしまったけれど、イサークさんはほくほくの笑顔だ。
「長い時間魔法を使い続けていたのでお腹が減ってしまいました。
食事が楽しみです!」
夕食の時間になり、出てきた料理は肉を薄く切った肉多めの野菜炒めだった。
さすがに煮込み料理は間に合わないが、まだ残っているみたいなので私たちが帰った後に食べて貰おう。
皿に山盛りの猪肉野菜炒めは食欲をそそるニオイで、早速食べてみると臭みは取れていて少し癖があるこの肉はまさに猪肉だった。
味付けは塩こしょうだけなのにとてもうまい。
さすがグロリアさんだ。
「マヤ様いかがですか?
時間が無くてこんなものしか出来ませんでしたが」
「はい、とても美味しいです。今まで食べた野菜炒めの中でも格別です!
「まあ嬉しいわ。どんどん召し上がってくださいね」
パティは相変わらずむしゃむしゃと一生懸命食べている。
私は食べ過ぎてちょっと苦しい。
借りてる部屋で横になろうと思って向かっていると……
「マヤくぅ~ん。今晩はお姉さん寂しいなあ~
一緒にいたいなぁ~」
エリカさんがまたぶりっ子みたいな声でお誘いをしている。
「ダメですよ。パティの部屋が近いから声が聞こえてしまいます」
「しょんなぁぁぁ」
「エリカさんも疲れてるんじゃないですか。
早く休んだ方がいいですよ」
「スンスン……」
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そのまま部屋で休んで、目が覚めたら朝だった。よく寝たなあ。
夕食はたくさん食べたし今朝は元気モリモリで、ズボンはテントを張っていた。
一人で悶々したり近頃はエリカさんに搾取されてしまうから夢で出てしまうことは無いが、若い身体ってやっぱりすごいね。
朝食を頂いてから、馬車でラフエルの街を出発しマカレーナへ戻る。
「パティ、またおいで。身体には気をつけるんだよ」
「はい。お祖父様こそもっとお身体を大事にして下さいませ」
「はっはっは、そうだな」
「パティ、マヤさんは本当に素敵な方ね。
ちゃんと捕まえておきなさいね」
「お祖母様もそう思われますか? 頑張ります!」
なんかもう後に引き下がれなくなってしまったな……
この国の法律で結婚できるのは十五歳からなので、どんなに早くてもあと二年。
若いときの二年って長く感じるものだが、その間にいろいろありそうだ。
「エリカ様、マヤ様、魔物から街を護って頂いてありがとうございました。
この街を代表してお礼申し上げます」
「男爵、頭をお上げください。
私はまだ平民ですし、パティの護衛の一貫ですから」
「マヤ様ならきっと貴族になれますぞ。私も推薦します」
「いやぁぁ はははは」
私は照れ隠しで頭を掻いた。
本当に貴族になれるかどうかまだわからないのに。
「それではエリカ様、マヤ様。パティをよろしく頼みます」
「皆さん気をつけてね」
「お祖父様、お祖母様!
またお会いできる日を楽しみにしてます!」
男爵夫妻に見送られて馬車は出発した。
パティと男爵夫妻は、お互いの姿が見えなくなるまで手を振っていた。
そういえば私の子供の頃も、祖父母とさよならするときはそんな感じだったなあとしんみり思った。
魔物は森林の中を通る時しか出そうに無いので、しばらくは私も馬車の中で座る。
道の周りが畑になると、向こうの方でイサークさんが手を振っていた。
パティも馬車の中から手を振り返す。
イサークさんみたいな魔法使いこそ平和な時には必要なんだよね。
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馬車の中では二人とトークタイム。
パティが私の隣にくっついて座っていて、エリカさんが対面の席で脚を組んで座っている。
「エリカ様、さっきから下着が丸見えですよ。はしたないです」
「これはねえ、マヤ君に見せてるんだよ。
マヤ君がさっきからチラチラ見ている」
うっ やっぱりバレていたか。
そんなに視線がわかりやすいのだろうか。
「マーヤーさーまああ!
そ、そんなに下着が見たいなら、今度私が見せて差し上げます!」
「いやぁぁ それは…… はっはっは」
さすがにパティが今言ったことを本気にしたら、嫌われてしまうだろう。
十三歳の娘に向かってぱんつを見せて下さいと懇願するなんて、ヤバいにも程がある。
たまたま見てしまった場合は……
パティはガードが堅いわけでもないのに、今までも意外に見えそうで見たことが無い。
「やっぱりマヤ君は揶揄い甲斐があるねえ」
これから先もエリカさんにずっとイジられるのだろうか。
そう思うとやっぱり面倒くさい人だ。
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林の中に入ると私は御者台へ座った。
出てくる魔物はゴブリンが多いけれど、どこかに住処があるのだろうか。
有名なRPGでは一番弱い魔物なんだけれど、こいつらがもし多勢で来ると騎士の護衛だけでは間に合わなくなるだろう。
ともかく今、私はフリージングインサイドでサッと片付けるだけだ。
頂いたグロリアさん特製のサンドを昼食に。
生ハムチーズや野菜オムレツを挟んであってめちゃくちゃうまかった。
そして、行きがけに盗賊が出てきた地点に着く。
穴が五つ空いており、魔物に食われず無事に出たようだ。
今度現れたら本当に出られなくしてやろうか。
穴はパティに頼んで埋め戻してもらう。
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幾度か魔物に遭遇しながら、無事にマカレーナへ夕方になって帰り着いた。
お土産代わりの猪の魔物の肉はビビアナに預けると大喜び。
解凍してもらい、ゆっくり煮込んた煮込み料理を作ってもらえることになった。
調理に時間がかかるので、明日以降に食卓へ上がるだろう。
夕食の時、アマリアさんと侯爵閣下から話があった。
「エリカさん、マヤ様。パティから聞きました。
うちの里を魔物から救って頂いてありがとうございました。
もし街がめちゃめちゃにされていたら悲しみに暮れるところでした」
「エリカ殿、マヤ殿、お手柄だったなあ。
少数精鋭、うちの兵は本当に頼もしいよ」
「お二人には後日お礼を差し上げます。
私の気持ちなのでどうか受け取ってください」
「「ありがとうございます」」
貴重な臨時収入だ。有り難い。
定期的な収入でも居候の身だから支出が少なく十分にやっていけるが、この世界で将来も生きていくために資金は余裕があった方が良い。
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――今日は身体がずっとおかしい。
今朝ラフエルで起床してから下腹部がムズムズする感じは、やっぱりアレなのだろうか。
馬車の中でエリカさんの挑発にまんまと乗ってしまったのもそのせいだ。
大猪の魔物の肉はそんなに精力がつくものなのか。
夕食が終わって部屋に戻ろうとしたら、エリカさんが声を掛けてくる。
「マヤ君、今日はどうしても我慢できないの。お願い!」
「あの、わかったから。
廊下で誰か聞いているかも知れないのに、そういう言い方はやめてよね」
エリカさんもそうなのか。
私はたくさん食べてしまったが、彼女はどうだったか。
持ち帰った肉は少しだから大丈夫だとは思うが……
エリカさんの部屋で甘い夜。
自分も我慢が出来なくて、部屋へ入るなり彼女を強く抱きしめて熱烈なキスをした。
「はふ…… ま、マヤ君…… 今日は珍しく積極的ね……」
「馬車の中での挑発に乗ってあげるよ」
エリカさんと頑張って、身体から湧いてくる性欲を解消した。
彼女は満足したのか、クタッとすぐ寝てしまう。
私はまだ余裕があるが、肉を食べ過ぎたせいなのか。
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自分の部屋へ戻ろうとすると、廊下でパティと出会う。
「パティ、どうかしたの?」
「なんだか暑くて、バルコニーで涼もうと思ったんです」
「一緒に行ってもいいかな?」
「ええ、勿論ですわ」
パティって…… あっ
彼女は大猪肉野菜炒めをむしゃむしゃとたくさん食べていたじゃないか!
これは二人でいるとまずいことになりそう。
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バルコニーにて。
「マヤ様…… 一緒にいるとドキドキしてきました」
「そ、そうか……」
「抱きしめてもいいですか?」
「いいですよ」
しばらくパティを抱きしめている。
彼女の身体が火照っているようだ。
汗が出ているのか、いつもより女の子の香りが強い気がする。
「キス、してくださいますか?」
ゆっくり唇を合わせ、また抱きしめる。
彼女の息がだんだん荒くなってきた。
「あああ…… はふっ はぁ……」
「――どうしたの?」
「ひっ」
そのまま抱いていたら、パティは真っ赤な顔をして私を突き放す。
そして突然バルコニーを飛び出し、廊下を走り去った。
「パティ!?」
心配になって少し後を着いていったが、無事に部屋へ戻っていたので良かった。
ちなみに私自身は反応していないぞ。
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翌日の朝食。
パティと顔を合わせたら顔を真っ赤にして俯き、口をきいてくれなかった。
あの時彼女の身体に何が起きたのだろうか。
乙女の身体について野暮な想像はやめておこう。