第二百七十一話 マイが遊びに来た
マイと出会ってから一日飛んで、今日は館に彼女が遊びに来る。
昨日はとても平穏に過ごすことが出来た。
いつもこんな日であって欲しいがここは魔族の国アスモディアであり、特に人間である私たちにとっては奇想天外の日々を送っていた。
邪神エリサレスの息子、ヒュスミネルが襲来したことは魔族にとっても一触即発だったが……
昨日のうちに買ってきた下着をカメリアさんたちに洗ってもらい、今朝は薄いピンクのものを着けた。
綿百パーセントなので肌触りは良い。
着け心地も思っていた以上に良くて、男に戻るまではアスモディア製下着を使うことに決めた。
このようなシンプルで初々しい下着が好きな男も多いのだ。
私は見せるつもり無いがな。
マイがいつ来るのかはわからない。
朝食を食べたので、これからオフェリアたちと庭でトレーニングを始める。
外にいれば、もし彼女が来たらわかりやすいから都合が良いが……
はて。彼女は走ってくるのか、それとも飛んでくるのか。
私は部屋で裸になり、オフェリアから借りたセパレートユニフォームに着替える。
試着の時はブラだけ外してぱんつは着けたまま履いたけれど、本来セパレートユニフォームは下着を着けないで直接履くことになる。
これ、オフェリアのユニフォームなんだよなあ。
さすがに洗ってあるとはいえ、他人の汗にまみれていたものを身に着けるのは……
何で貸してくれたのか、ただ彼女が抜けているせいも考えられるが。
ドキドキドキ……
ショーツを拡げて脚を入れる。
そして腰まで上げる。
うーん…… あまり考えすぎるから恥ずかしいんだよな。
フリーサイズでもオフェリアの大きな体格に馴染んでいるはずなのに、私のお尻が大きいせいでぴったり。
悔しいけれど、オフェリアのスタイルの方がいいってことだ。
ブラトップも装着。
姿見で自分の姿を見ると、本当に陸上選手みたいで格好いい。
冴えないおっさんだった私がこんなふうになるなんて夢にも思わなかったよ。
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館の庭。オフェリアとスヴェトラさんの三人でトレーニングを始める。
私が女の身体になってから初めてだ。
日本人の女性としては背が高い百七十センチの私だけれど、二メートルもある大柄な二人といると子供みたいだ。
『オフェリアとマヤさんが並んでると髪型が似てるから、まるで姉妹みたいだな。
ハッハッハッ』
『やだなあ、照れるよスヴェトラ。
でもうち妹しかいないから、マヤさんみたいなお姉ちゃんがいたらいいな』
「え、お姉ちゃん?」
てっきり私が妹に見られるかと思ったら、お姉ちゃんか……
こんなにデカい妹がいたら複雑な気分だな。
おしゃべりはそれくらいで、早速体術訓練を魔法と気功波無しのルールで開始した。
まずスヴェトラさんが私に猛攻。
連続パンチに回し蹴りがとても速く、躱すのがやっとである。
彼女のリーチが長いのでなかなか間合いに入り込めない。
『ほらほらどうした!? そっちが攻撃しないとずっと続けるよ!』
オーガの体力は半端ない。
このずっとの意味が何分ではなく何時間なのだ。
やはり戦法を変えて意表を突くしかない。
大柄な相手にはこうだ!
背を低くして、まるで足下に猫が纏わり付くように攻撃をする。
キックをした瞬間に避けて軸足を叩くのだ。
「ニャニャニャニャ!」
『な、なんだあ!?』
鳴く必要はないが、気分を出すためである。
というものの、猛烈なパンチとキックを避けながらなので大変だ。
そこは猫の動きを真似て動く。
ちなみにビビアナは動きが怠け者なので参考にならなかった。
よしっ 取った!
私はスヴェトラさんの片脚にキックをすることに成功し、彼女のバランスを崩させた。
足を取り、素早く足の四字固めを決める。
『ぐあっ しまったあ!!』
「ふふふ…… すぐにギブアップしないでね」
四の字固めでスヴェトラさんの左脚を股に挟んで引っ張ってる状態。
私の左脚は彼女の股にある。
ちょっと悪戯をしてやろう。
技を決めているフリをして、彼女の股間に私の左脚をグネグネと押しやる。
彼女の表情が変わってきた。
『あぁぁぁぁ……』
「痛いでしょ!? ギブアップする?」
『痛いけれど…… 気持ちいい……』
うわっ 正直だな。
もうちょっとやってみるか。
『うぅぅぅ…… あっ はぁ……』
これ以上やると後が怖いな。
早くギブアップしてくれればいいのに。
『このぉ…… どりゃあああ!!』
「うわあっ!」
スヴェトラさんは力任せで身体を裏返しにされ、逆四の字固め決められてしまった。
これは…… く、苦しい……
『ハッ ハハハッ 仕返しだ!』
「くうぅぅ……」
痛いいいいっ
状況が逆転してしまった。
あんなにあっさりと裏返しにされてしまうとはああっ
だが力には余裕がある。
ならば私もやるしかないっ
「てやあああああっ!!」
『なにっ!?』
私も強引に力任せで反転し、元の足四の字固めの体勢に戻った。
大帝の術で能力を解放されているから力が上がっているのかも知れない。
女になっても効力があるんだな。
「ふうっ しぶといねえ。ギブアップはまだあ?」
『ぬぬぬぬ…… でえええい!!』
「ぐはっ!」
また裏返しにされ逆四の字固めになってしまった。
この馬鹿力オーガめええ!
その気ならいくらでもやってやるうぅぅ!
「えいやああ!」
『だりゃああ!』
「ぬああああ!」
『はいやああ!』
『おーい! 二人ともどこへ行く気なのお!?』
オフェリアが呼び止めるも耳に入らなかった。
表の四の字固めと逆四の字固めを何回転したのだろう。
そんなことをしていたら館の門まで来てしまった。
飛んでくる者が多いため何のためにあるのかわからない門である。
「ぬくくく…… あっ……」
回転してるときに、何かに当たって止まった。
あれ? 女の子の脚?
スヴェトラさんの脚ばかり見て回っていたから、今何が起きているのか理解するのに少し時間が掛かったが……
『マヤ…… ナニ寝転がってんの?』
上を見上げると、マイの顔が見えた。
ああ…… 律儀に門から入ってきたのね。
さすが警察官。
魔力は抑えているみたいだけれど、スヴェトラとのやり合いに夢中になってて気づかなかった。
これじゃすぐに不意打ちを食らってしまう。いかんいかん。
「やあ、いらっしゃい…… ははは」
『へへー 面白いことやってるねえ。
オーガのお姉さん苦しんでるから解いてあげたら?』
「そ、そうだね」
私は四の字固めを解いて、二人とも立ち上がる。
マイはデニムの白いショートパンツに、へそが出ない程度のチビTシャツ。
チビTは黒地で、胸の所に白い線でまつげが長い大きな三ツ目が描かれているデザインだ。
明らかに三眼族をアピールしているデザインだが、そんなものまで売れているのか?
微妙だがマイのルックスなら似合ってるかも知れない。
ピチピチのチビTなのでCカップの彼女の胸でも強調され、セクシーだ。
『ふぇーやれやれ。で、彼女が聞いてた三眼族のお客様かい?』
「そうだよ。マイっていうんだ」
『初めまして、オーガのお姉さん。マイだよ』
『ああ、どうも。スヴェトラといいます。
おいオフェリア! 早くこっちへ来い! お客様だ!』
お客様なのに随分適当な挨拶だな。
マイの見た目は人間の二十歳前にしか見えないが、彼女が三百十五歳だから八十歳過ぎのスヴェトラさんに対してお姉さんと言うのも不思議な感じだ。
オフェリアがノタノタとこちらへ歩いてきており、それを見てスヴェトラさんが呼ぶ。
すると彼女は猛突進状態で走ってこちらへ向かってきた。
軽く息を切らしていたが、そこまで必死じゃなくてもいいのに。
『ハッ ハッ ハッ すみません、お客様。
いらっしゃいませ。オフェリアといいます』
『マイです。それでみんな何をしていたの?
なかなか際どい格好をしてるけれど』
「三人で朝のトレーニングをしていたんだよ。毎朝の日課さ」
『そうなんだ! ちょっとあたしも参加していいかな?』
『それはお手並み拝見したい。三眼族の力は興味あるからね』
「ええ? じゃあ庭の真ん中へ行こうか」
マイもトレーニングをすることがあれよあれよと決まり、門に来たばかりのオフェリアは状況が半分理解出来ていなくてキョロキョロしていた。
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庭の真ん中へ四人が集まる。
マイはやる気満々で、左手の平を右手のグーでパンパンやっている。
魔力も大きいが、体術も得意ということか。
『最初はマヤとやってみたいな。
ルール無しでいいから本気でかかってきてよ』
「いいの? 服が汚れちゃうよ」
『大丈夫だって。魔法で強化してあるから』
なるほど。サリ様仕様のカーゴパンツとジャケットみたいなものか。
マイは中国拳法の挨拶である抱拳礼のような構えで一礼。
私も真似て挨拶をした。
マイは早速構えたが、腰を落としたあの形は見たことある。
中国拳法の基本的な構えである馬歩だ。
はて……
いろんなところで地球の文化が見られるネイティシスだが、スサナさんの双刀術も中国式に似ていた。
スサナさんはイスパルから出たことがなくてマカレーナの道場で武術を習ったと聞いたから、マイと関連があるかどうかは不明だ。
私自身、日本で見た映画やアニメの技がサリ様の力によって頭の中に植え付けられ、この世界に降りてきた初日から魔物を手刀で切り刻んだり、なんて都合が良いのかと思ったりしたが結果的にそれで救われた。
私は若くして亡くなった香港カンフースターの構えで。
すぐにマイは突撃してきた。
彼女の腕と脚の動き!?
身のこなしはまさに中国拳法だったが蹴りはムエタイが入ってる気がする。
それでいて何というしなやかな動き。
まるで竹が風でしなるように攻撃が躱されてしまう。
私も付け焼き刃のような拳法で応戦したが、そればかりでなくスサナさんやヴェロニカとの体術訓練が随分役に立っている。
『へえっ マヤやるじゃないか! 私が習った武術とよく似てる!』
「びっくりしたよ。こんなに武術に長けてるなんて」
マイの動きはとてつもなく速い。
それが刺激になっているのか、私の動きもつられて速くなっていく。
やっていることはお互い手で突き脚で蹴りそれを躱すの繰り返しだが、脳と身体の処理能力がいつもと違う!?
これも大帝の術の効力なのか?
ということは元々の私の力が徐々に目覚めている状態を目の当たりにしてるのか。
このタイミングで……
自分より強い者と戦った時に、その力に追いつこうと私の力も強化されていくというのか?
オフェリアとスヴェトラさんは、ポカーンと私たちの戦いを見ていた。
(オフェリア視点)
『ねえスヴェトラ。マヤさんってあんなに強かったっけ?』
『いやあ、どう見てもさっきと別人のような強さなんだが……
あの子と戦いだしてから急に強くなった気がする』
『今までマヤさんが手加減してたの?』
『手加減する理由が無い。
さっきもマヤさんは私と戦っていて精一杯だった。
前にお城で大帝に術を施されたらしいが、マヤさんにいったいどんな秘密があるんだ』
マヤさん……
本当に不思議な人間族だなあ。
あの二人、笑いながら戦っている。
何だか、マヤさんにとって私の存在が離れていく気がする。
せっかく仲良くなったのに、そうなったら寂しいよ。




