第二百六十七話 謎のギャル魔族とつぶつぶ茶
あれから魔法書での勉強を再開したけれど、パティの態度がよそよそしい。
彼女は、私がベッドの上で一人遊びをしている声をドア越しで聞いてしまい、さらにノーパンでコケてお尻の割れ目から股間にあるものまで全て見てしまったことで、ショックを受けたからだ。
私が間抜けだったせいなのはわかっているけれど、まだ十四歳の女の子は恋人が格好悪かったら良い気分にはならないに決まっている。
「そ、それではマヤ様…… お食事の時間までごきげんよう……」
「ああ…… うん」
結局会話が出来たのは勉強が終わって解散したときだけで、パティは魔法書を数冊持ちそそくさと部屋へ戻ってしまった。
まあ男の姿だったらもっと大変なことになっていたに違いないけれど、夕食の時間まであと三時間余りで機嫌を直してくれるだろうか。
その三時間を利用して、下着を買いに街へ出掛けることにした。
書斎から部屋へ帰るときにたまたまジュリアさんと廊下ですれ違ったので、一人より誰がいた方が良いかなと思い、買い物に誘ったら快くOKしてくれた。
夕食の準備はビビアナが張り切って手伝っているようで、ジュリアさんは仕込みを済ませたから暇が出来たらしい。
部屋へ帰ってプリーツスカートの丈を元に戻し、ベッドの上に脱ぎ捨てていたTバックを履き直した。
魔族の街でJK制服は珍しい格好だから目立つが、変に絡まれたらぶちのめしてやろう。
今日は暖かいのでジャケットは脱いで行こう。
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ジュリアさんとグラヴィティで飛んで街へ到着。
Tバックだからお尻丸見えになっちゃうのでスカートを押さえて飛んだけれど、今思えばトランクスを履いてくれば良かった。
ジュリアさんは相変わらず隠そうとしていないが、やっぱりそういう気があるのか。
「マヤさん、前に買い物へ行ったときに新スい衣料品店を見つけたんでス。
お洒落なお店でスたから、そこへ行ってみましょう」
「そうなんだ。じゃあ、そこへ行こうかな」
ジュリアさんは食材調達でオレンカさんたちとも度々街へ足を運んでいるついでに、いろいろお店を見て回ってくれていた。
手間が省けて有り難い。
前に買い物をした大通りから折れて別の大きな通りを歩くと、そのお店があった。
お店の名前は【ポールクラ】で、アスモディアの言葉で綺麗という意味らしい。
早速二人で店内へ入ってみた。
「へぇぇ、広いしカジュアルな服があるね」
「そうなんでスよ。こっちのお店ならマヤさんも気に入ってもらえるかと思って。うふふ」
日本やイスパルのお店と比べたらダサい感じは否めないが、それでもアスモディアの中ではきっと最先端のデザインなのだろう。
お客さんもいろんな種族の女性がたくさん入っていた。
私たちは早速下着売り場へ向う。
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――期待したほどではなく、綿パン綿ブラばかりだった。
レースのぱんつなんて全く無い。
でも色は前に行ったお店よりずっと豊富で、赤や紫みたいな有彩色の商品がある。
「マヤさん、いいのありまスか?
これなんかどうでしょう?」
ジュリアさんが手にしたのは、クリーム色でブラはノンワイヤーの上下セット。
柄も装飾模様も無くまさにシンプルイズベストのブラとぱんつだけれど、ぱんつはややローライズでセクシーに見える。
「そんなところかなあ。あとは色違いを何着か買うよ」
「わかりまスた! 私が見繕いますのでお任せください!
今朝計った時のマヤさんに合うブラサイズは、E80ですね。
背が高いス、身体ががっツりスてまスからトップバストは100もあったんでスよ」
今朝ジュリアさんから、自分のバストサイズが100と聞いたときは仰天したけれど、アンダーバストが80あってEカップならそうなる。
太ってはいないので、よく言う着痩せするタイプなのだ。
「ああ…… そんなに大きかったんだなあ。
よくビビアナのDカップブラが着けられたもんだよ」
「たぶんビビアナちゃん、アンターバストサイズが大きいのを貸してくれたんだと思いまス。
あの子ったら、カップの大きさばかり見てブラを買っていたんでスよ。
それで合わないアンダーバストのブラまで持っていたから、マヤさんが着けておられるブラがそうなんでしょうね」
「そういうことだったかあ」
ビビアナがそれで気を利かせてアンダーバストが大きいブラを貸してくれたのかはわからないが、わざわざアスモディアにまで持って来た意味は?
準備しているときに、適当にバッグへ詰め込んだに違いない。
ビビアナならきっとそうだ。
ジュリアさんが適当に見繕ってくれたブラぱんつ上下セットは四着。
クリーム色、薄いピンク、黄色、薄い緑と明るい色ばかりを選んでくれた。
「これを半月で、洗って使いましょう。
シンプルでスけれど、その分作りは丈夫そうでスよ」
「ありがとう、助かったよ」
「えへへ、どういたスまスて」
ベッドの上以外は常識人で腰が低いジュリアさんがいると有り難い。
連れてきて良かったよ。
「ジュリアさんは買い物をしなくていいの?」
「わたスはマカレーナから十分着替えを持って来まスたから大丈夫でスよ。
それにこのお店だと……」
「ああ、そうだね。買うなら王都かマカレーナで買った方がいいよね。あはは……」
さすがに無理してこの店のダサい服を買うこともない。
私たちは下着の会計をしにレジへ向かった。
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レジ係は品の良さそうなおばちゃんだけれど、何の種族だろう。
アニメの悪魔みたいに、肌の色が青みがかって耳が尖ってる以外は人間みたいだ。
最初にアモールから貰ったアスモディア通貨のクリ紙幣でお小遣いで支払う。
そう、この国は貨幣でなく紙幣を使用しているのだ。(第二百四十五話参照)
偽札対策は大丈夫なのかと聞いたら、紙幣に特殊な魔法を付帯させているため偽札を作ることは不可能だそうだ。
この国で売れている物の価値が未だによくわからないけれど、下着が上下四着で僅か二千四百クリだった。
食品の物価はやや高めな印象だけれど、衣料品は随分安いんだな。
『ねえねえ! そこのお姉さん!』
会計を済ませて商品を受け取ったとき、後ろから女の子の声で声掛けされた。
後ろを振り向くと、白のTシャツにデニムのショートパンツを履いている金髪ショートヘアのギャルがいた。
顔の作りと肌は東洋系で目も黒い。
ギャルといっても薄化粧で、日本の有名モデルみたいに目がぱっちりと顔立ちが整っていて超可愛い。
服装はシンプルなのに着こなしとスタイルの良さでとてもカジュアルっぽく見える。
身体的特徴は見えないし、こんな人間っぽい魔族もいるんだ。
でもどこかで見たような気がするなあ。
『その服、どこで買ったの!?
あんたを下着売り場で見かけてさあ、すごく可愛い服だったから気になっちゃったんだ』
あ…… このJK制服か。
目立つからどうかと思ったけれど、こんな可愛い女の子から声を掛けられるなら着てきて正解だったな。
ギャルらしく気さくな感じだから、こちらもため口で話そう。
「私たち…… 人間だから、これは人間の国の服なんだよ」
『えっ!? 二人とも人間なの!? すごい魔力量を持ってるのに!?』
「ああ…… まあ…… ここで立ち話も何だから取りあえず外へ……」
『あはは、そうだね』
レジ前で話すのは迷惑になるので、店の外へ出た。
見かけによらずこの娘もかなりの潜在魔力量を持っていて、ジュリアさんより遙かに大きい。
もしかすると私に近いくらい。
一体このギャルは何者なんだ?
彼女が歩き出したので、私たちも付いて歩く。
『せっかくだからお茶を飲みながら話そうよ。時間ある?』
「うーん、そうだねえ。一時間くらいならいいかな。
ジュリアさんどう? 他に買い物あったかな?」
「構いませんよ。
お野菜を少し買うだけで今日は使いませんから」
『やったあ! 見たとおりメイドさんなんだよね。すごーい!
どこかお屋敷に住んでるの?』
「訳あってアモール様の館で短い間だけれどお世話になっているんだ。
彼女は私の恋…… いや親友で、人間の国では形だけ主人と従者になっているけれど大の仲良しなんだよ」
おっと、口が滑って恋人と言ってしまうところだった。
ジュリアさんと妖しい関係だとギャルに思われても迷惑だろう。
だがジュリアさんはモジモジと照れていた。
男の私に対してそういう反応をしていると思いたい。
『へぇー!
人間があのアモール様と知り合いだなんて、その魔力の大きさなら納得だよ!
すごい人と知り合いになっちゃった!
あっ! あたし、マイってんだ。よろしくね!』
「私はマヤ、彼女はジュリアって言うんだ」
『え!? 名前似てるぅ! なんか親近感わいちゃうよ!』
グイグイ来るなあ。
私はそんなに喋る方じゃないし、ジュリアさんも大人しいし、彼女のペースに乗せられてしまいそう。
マイのことはまだよくわからないから注意しておこう。
私の名前が女っぽいから、元は男と彼女は気づいていない。
だがこれから付き合いを始めるのならば、隠す理由は無いので早い内に本当は男だと打ち明けておきたい。
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数分も歩かないうちにオープンカフェのお店に着いた。
イスパルみたいに洒落たお店ではないが、それなりにお客で賑わっていた。
オークの若いカップルや、青い顔をした魔族の女の子同士……
おっ バイソンみたいな角が頭に生えてる女の子たちがいる。
角の形が違うし、人間みたいなサイズだからオーガとは違うのかな。
こうして様々な種族が入り交じってお茶してるが、基本的には同族同士でグループを作っているようだ。
私たち三人は適当に空いているテーブルにつく。
『このお店はねえ、つぶつぶ茶が美味しくて流行ってるんだよ。
それ飲んでみる?』
「じゃあマイのお勧めを頼んでみようかな。
ジュリアさんもそれでいい?」
「はい。わたスもそれでいいでス」
『ほーい。じゃあつぶつぶ茶を三つね』
マイは手を振って店員さんを呼び、注文をした。
店員さんはオークの女性か。
食べ物に関するお店はオークが多いなあ。
それにしてもつぶつぶ茶って、もしかして日本で一時期大ブームになっていつの間にか廃れてしまった、あのミルクティーではあるまいな?
『そっかあ、それって人間の服なんだよねえ。
可愛いのに、手に入れるの難しそうだなあ』
「じゃあ今度来るときに似てる服を持ってくるよ」
『本当!? でも今度って何年後?
マヤって人間だから次来る時ってオバちゃんやお婆ちゃんになってない?』
ああ……、この娘も長寿種族か。
お婆ちゃんだなんて、四、五十年後ぐらいじゃないか。
寿命が長くなると物事に対する物差しも長くなってしまうのだな。
「いやいや…… そんなに長くないから……
精々何ヶ月後だよ。
空飛ぶ乗り物に乗って来てるから、ここへは二日ほどで来られたよ」
『ひえぇ! 人間ってそんなにすごいことが出来るんだ!
転移魔法でもこの国で数人しか出来ないと言われているのに!』
「フフン。その空を飛ぶ飛行機って乗り物は私が考案してイスパルの工場で作ってもらったんだ。
今はアモール様の館の庭に置いてるよ」
マイがすごく驚いているので、私は調子に乗ってベラベラと話してしまう。
ジュリアさんは苦笑いをしていた。
自重しよう。
『えー!? それ見たい見たい!
今度アモール様の館へ見に行っていい?』
「ああ、うん。あと半月しかこの国にはいないけれど、大体館に居るから尋ねてくるといいよ」
『うううう、よっしゃあ! 明日は仕事があるから、明後日で良い?』
彼女は両手拳を握りしめて喜びを表していた。
魔力に邪気は感じないし、きっと純粋な娘なんだな。
モニカちゃんもそんな感じだったし、ギャルは基本的にいい子が多いと思う。
「いいよ。予定を入れずに空けておくから」
『嬉しい! ありがとう!』
こぼれ落ちるほどの笑顔がすごく可愛い。
こんな娘なら男は放っておかないだろうが、既に付き合っている人はいるのかなと勘ぐってしまう。
私が男のままだったら彼女は私に興味を持ってくれていたのだろうか。
などと思っているうちにオークの店員が注文品を持って来た。
この時点で会計をしなくてはならないようで、誘ったのはあたしだからってマイが奢ってくれた。
得したとかそういう意味で気分が良いのではなく、私とジュリアさんに対してきちんと礼儀を重んじている気持ちが嬉しかった。
で、つぶつぶ茶であるが……
「へー、これがつぶつぶ茶なんだ」
「こうスてお茶を飲むのはわたス初めてでス!」
『面白いでしょ。みんなぶどうのつぶつぶだよ』
つぶつぶ茶の正体とは、冷たいグレープティーにデラウェアより一回り小さなぶどうのつぶがいっぱい入っているものだった。
名前がそのままなんだけれど、何のお茶かわかるようにして欲しいな。
どれ、飲んでみよう。
あのミルクティーみたいなブッといストローじゃなくて、長いスプーンがあってそれでぶどうのつぶを掬って食べて、お茶はそのままグラスを口につけて飲む。
美味しいけれどもっとぶっ飛んだ物を期待していたので、流行るほどでもないような何とも言えない微妙さを感じた。
魔族の国だからきっと蛙の卵がつぶつぶと思ったが、それは偏見だった。
なんとかミルクティーをここで作ったらもっと流行るかな?
だがせっかくマイが奢ってくれたので……
「これ美味しいよ。ぶどうも甘酸っぱくてちゃんと味が出てる」
「わたスこれ気に入りまスた!
自分でも作ってみようかなあ」
『良かったあ、喜んでもらえて』
マイはニコニコして私たちを見つめていた。
あー、女同士のお茶会も楽しいなあ。
女のままでも良いかもとちょっとだけ思ってしまった。
『ねえ君たち可愛いね。暇? 僕たちと楽しまないかい?』
急に後ろで男から声を掛けられたのでフッと振り返ると甘い顔をした優男が二人いた。
マイは不機嫌な顔になり、ジュリアさんはびっくりしている。
テンプレートのような言葉だけれど、女になってとうとう初ナンパされてしまった?
男から見ても私は可愛いのか…… ふふ。
いや! これはストレートにエッチなことをしようと言ってるだけだ!
それに私がその優男たちの魔力を直前まで感じなかった。
コイツらの危険さ、恐らくマイはそれを先に気づいていたのだろう。
ナンパ……
正体はまさか、前にアモールが私に注意していたあの種族!?




