第二百五十三話 マヤの過去世
※過去世とは仏教用語で、前世より広い範囲で過去に輪廻転生を繰り返した全てを言います。
オフェリアとスヴェトラさんと訓練を始めて一週間もすると、私は気功波をマスターすることが出来た。
闘気を溜めるという感覚が難しかったが、元々手刀で切っていたものは闘気を出していたことがはっきりわかったので、そこからコツをだんだん掴んでいった。
ドラゴンに教えてもらったオフェリアの気功波からは、ドラゴンの頭が見えた。
私が撃ったら、もしかしてオフェリアが見えるんじゃないかと思って期待したが……
そんなわけがない。
一週間も経つと、オフェリアが私を呼ぶときには様からさん付けに変わり、友人のような接し方になってきた。
その方が気が楽で良い。
それで、初めて気功波を撃てた時の話である。
オフェリアが私の闘気を受け止めようと、館の庭で身構えている。
スヴェトラさんは離れて場所で腕組みをして私たちを見守っていた。
二人とも変わらずセパレートユニフォームを着ているが、毎日見ていると慣れてしまった。
破れたのも初日だけである。
『さあマヤさんっ 遠慮無く撃っちゃって下さい!』
「本当にいいの? 加減はするからね!」
私は腹から力を込め、それに応じて呼吸を整える。
オフェリアとスヴェトラさんが教えてくれているのは正当武術のようにナントカ呼吸法なんてものではなく、脳筋体育会系みたいな『根性と勢いで何とかやれ』である。
「ハァァァァァァァァ!!」
全力から三割ほどの闘気を溜めた。
このくらいでいいだろう。
それを右腕に集めるようにして一気に放出する。
「オフェリア、行くよ!」
『いいよ! マヤさん来て!』
『クククッ 何だか違うことをしているようだな』
スヴェトラさんが何かエロいことを考えて独り言を言っているが、オフェリアは意味がわかっていないようだしここはスルーする。
ああ…… でも、ムズムズ我慢が出来なくなるあの感覚に似ているような……
「でぃえええぃぃぃぃ!!!!」
ドムッッ バゴォォォォォォォォ!!
私は大きく右手パンチを繰り出し、オフェリアに向かって気功波を発した。
白い気体の塊のようなものが高速で突き進む。
オフェリアは真剣な顔で受け止める体勢だ。
『ぬぅぅ…… え? あれ!?
マヤさんの後ろにいる白い女の人、誰?』
オフェリアは受け止める直前に、何か驚いている表情になっている。
何が起こっているんだ?
気功の波動を止めようにも、間に合わない。
『キャァァァァァァァァ!!』
「オフェリア!!」
『オフェリァァァ!!』
オフェリアは一瞬気を抜いてしまい、防御態勢が緩んだまま気功波を受けてしまった。
気功波の塊はそのままオフェリアの身体を十メートルほど押した後、彼女は塊を空へ向かって分散させた。
だが勢いが余って後ろへ倒れてしまう。
私とスヴェトラさんは急いでオフェリアの元へ駆け寄った。
「オフェリア! 怪我は無いか!?」
『どうしたんだい!? おまえならこのくらいで倒れることはないはず』
『ええ…… ああ…… 鍛えてますから大丈夫……』
私は手を差し伸べ、オフェリアを起こした。
うっ 重い。さすが筋肉体質……
パティの何倍あるんだろうと思ったことは秘密だ。
「私の気功波に何かあったの?」
『それが…… マヤさんの後ろに女の人が見えたんですよ。
白い服を着ていて、若くて綺麗な…… あれは誰なんですか?』
「女の人!? 白い服!? まさか……」
『ちょっとマヤさん。それ誰だか知ってるの?』
「あっ……」
スヴェトラさんに突っ込まれてしまった。
間違いない。サリ様だ。
以前、マルセリナ様にマジックエクスプロレーションを掛けてもらったときもサリ様の姿が見えたと言っていた。(第五十話参照)
オフェリアたちにサリ様の存在を話しても良いのだろうか。
アモールはすでにサリ様が私に関わっていることを知っているし、アスモディアの歴史にも七百年以上前の神との戦いで神が実在していることは国民に周知されているはず。
ならば話しても問題無いか……
「あの女性は、人間の国で……
とくにイスパル王国で信仰されている女神のサリ様ですよ」
『あっ 聞いたことあります!
学校の歴史の授業で習ったんですが、七百年前に大帝フォルティッシウス様とアモール様が悪神と間違えて叩きのめされたというサリ様ですね!』
『おい、私が習ったのとはちょっと違うな。
街で神が暴れていたからアモール様が退治したのがサリ様だというのを習った。
三十年も経つと教科書の内容も変わるのかな』
「ううう…… 何かどっちも手に取るようにわかるような……」
私は片手で目を塞ぎ嘆いた。
どちらも本当のような気がする。
後でアモールに聞いてみようと思うが、街で暴れていたのはきっとお店で何か気に入らないことがあって喧嘩しただけなんじゃないか。
そんなことまで教科書に載るとは、哀れなサリ様。
このところ連絡を取ってないけれど、何をやってるんだろう。
『それでマヤさんはどうしてサリ様と関係があるんですか?』
「話は長くなるんだけれど、説明するよ」
どうせ時間はたくさんある。
私は日本で事故死してサリ様を介し、この世界へやって来たこと。
今の力は、前々世より前のものがだんだん目覚めていっていること。
そして私の目的は邪神エリサレスを倒すことを主に、事細かく話した。
『ひぇぇぇぇ!!
マヤさんって違う世界から来たんですかあ!
ちょっと変わった人間族かなと思っていたけれど、本当にそうだったんですね!』
「う…… 私が奇人変人みたいに聞こえる」
『オフェリア。その前々世がどうって、もしかしてシュウシンのことじゃないか?』
『ああそうだ! シュウシンだよ!』
「あの…… シュウシンって何なの?」
まるで私の過去世がシュウシンという人物だという意味に取れる。
サリ様からあまりそういう話は聞いてなかったから、詳しく聞きたい!
『シュウシンはですね……
五百年前に魔族と人間族の戦いで和平を結ぶきっかけになった勇者なんですよ。
すごく強くて、アモール様や大帝とも互角にやり合ったんですって』
『女好きで、魔族にも子孫がいるそうだよ。
マヤさんも見習ってオフェリアと…… うっひっひっひ』
『だぁぁぁぁ!! スヴェトラぁぁぁぁ!!』
オフェリアがスヴェトラの口を塞ごうとしているが、あっさり躱されてしまう。
なんてこった……
もし本当にシュウシンという人物が私の過去世ならば、同じ道を辿るのか。
名前が日本人っぽいけれど、五百年前というと日本は室町時代で戦国まっただ中だ。
まさかシュウシンは戦いで敗れて亡くなり、この世界へ転生したのではあるまいな?
過去がどうだったのか知りたい……
「それで、シュウシンがどのように現れて、行く末はどうなったのか知ってる?」
『ああ…… 学校の歴史でちょっと習っただけからそれしか知らないんです』
「そうか…… じゃあ仕方ないな」
『アモール様に聞くのが一番いいんじゃないかな。
五百年前の当時に関わった張本人がすぐそこにいらっしゃるんだから』
「うーん、そうだね。後で聞いてみるか……」
スヴェトラさんの提案でアモールに聞いてみることにする。
午後もたぶん書斎に籠もってるからすぐに話してくれるだろう。
午前中はそのまま訓練を続け、気功波を安定して出せるように特訓をした。
二、三割ほどの力でオフェリアかスヴェトラさんに受けてもらったが、毎度のよう私の後にサリ様の姿が見えるらしい。
私が後ろを見ると集中が途切れてしまい、サリ様は見えなくなる。
大きな鏡に向かって構えるしかないが、そこまでして見たいとも思わない。
アモールと話す、サリ様の過去も聞いてみよう。
ちょっと楽しみになってきた。
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ダイニングルームでお昼ご飯。
はて、珍しくアモールがいない。
無表情でもあれほど毎度の食事を楽しみにしているのに。
隣の席にアイミがいるが、何かを知っているかも知れない。
「アイミ、アモール様はどこかへ行ったのか?」
『ああ、あいつは少し前に大帝のところへ行くと言って出掛けたな。
あとは知らん』
そうか……
いつ帰ってくるのかわからないな。
ん? アイミがシュウシンのことを何か知っているかも知れない。
これも聞いてみるか。
「つかぬ事を聞くけれど、五百年前にこの世界にいたシュウシンという名に聞き覚えがある?」
『知らんな。そもそも五百年前にはこの国にもネイティシスにも関わっていない。
そんな昔は七百年前に母上がここで悪さをしていただけで、ネイティシスに関わったのは七十年くらい前からだ』
「そうか……」
なるほど。最初に天界でサリ様から聞いた、七十年ほど前から歪みが生じている話とアイミの話は辻褄が合う。
私とアイミがおかしな会話をしているので、控えているメイド服姿のオフェリアとスヴェトラさんが聞いてしまい不思議そうな顔をしている。
後で何か聞かれそう。
パティたちは食事に夢中過ぎて会話をスルーしている。
『マヤ。シュウシンとは何者だ?』
「俺が生まれ変わる前の人物かも知れない。
この国で大帝やアモールと戦った後に和平を結んだ勇者だと」
『ほう、それを聞いて思い出したぞ。
そこの書斎にあった歴史書にシュウシンという名があった。
おまえと同じで好色家だったというではないか。ひっひっひ』
またその話か。
シュウシンは私より絶対にエッチだ。
教科書や歴史書にそんなことが書いてあるなんてどんだけなんだよ。
「あ…… そう。本棚のどこにあったんだ?」
『あー、忘れた。自分で探せ。元にあった場所にしまってある』
「わかった……」
あの本の量から一冊の本を探すのは大変だ。
食事が終わったら根気よく探してみるか……
いや、魔法の勉強もしないといけないしな。はぁ……
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アモールの書斎。
最初の三十分だけしらみつぶしに探してみたけれど、見つからない。
本気で探そうと思ったら丸一日かかりそうなので諦めた。
アイミとパティもいるので、パティが座っている席で一緒に魔法書で勉強することにする。
私が席に掛けると、パティが私をジロッと見てから話しかけてきた。
「マヤ様。食事の時に話していたシュウシンって、何ですか?」
「え? 聞こえてたんだ……
シュウシンっていうのは人間族と魔族と戦って和平を結んだ勇者らしいよ」
「んー、そういえば学校の授業でシュウシンのことを勉強しましたわ。
マヤ様が仰るとおり、魔族と和平を結んだ人物だと。
とても強くて、イスパルでも勇者になっていました。
でもお嫁さんがたくさんで、他にもこっそりお妾さんを何人も作っていたそうで。
お嫁さんはともかく、秘密のお妾さんがたくさんなのは許せませんわ!」
「そ、そうだね……」
本当に背筋が凍ったような感覚が走った。
イスパルの教科書でもそんなことが書いてあるなんてねえ……
パティに対してモニカちゃんが非公認なんだよなあ。
あとアモールもか。
私がシュウシンの生まれ変わりの可能性があるということはしばらくパティには黙っていよう。
その後、アモールから借りたグラヴィティムーブメントの魔法書でパティに教えてもらいながら学習する。
パティは闇属性が使えなくても私より桁違いに頭がいいから理解が早い。
それは良いけれど、頭が良すぎて凡人頭の私にパティの教え方では追いつかない。
そもそもマカレーナ女学院は偏差値七十超の学校だから並の生徒でも優秀なのだ。
エリカさんに教えてもらったほうがわかりやすいかなあ。




