第二百五十二話 オーガ娘の気功波
アスモディアに来て十日が過ぎた。
アモールの話では、エリカさんの身体が復活するにはもうしばらくかかるとのこと。
ちょっと変態で、ベタベタしてウザったらしい時もあったけれど、私たちの命の恩人には変わりない。
早く会いたいなあ。
マカレーナから持って来た食材はすでに尽きてしまったので、普段配達してくれる食材を除いてはビビアナとジュリアさんが街へ買い出しに行っている。
たまに私も買い物に付き合い、私たちを差別する魔族はおらず安全だ。
ガジラゴの肉をオマケしてくれた精肉店もちゃんと利用しており、私たちが食欲旺盛なものだから毎度買い物量が多く、店主のオークはホクホク顔で応対している。
使用人たちも含めて皆がメンチカツを気に入っているようで、二日に一度は食卓に出てくるから私は少々飽きてきた。
私の日課は、やはり戦闘訓練をしておかないと感覚と身体が鈍ってしまって帰ったらヴェロニカにも怒られそうだから、午前はオフェリアとスヴェトラさんを相手に館の広い庭で武器を使わない武闘術の稽古をしている。
午後はアモールの書斎で魔法書を読んで勉強したり、息抜きにビビアナたちに付き合って買い物したり街を散策することが楽しみになってきた。
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戦闘訓練の初日はこうだった。
私はいつものカーゴパンツとシャツだが、オーガ娘の二人は女子陸上競技選手のセパレートユニフォームのような肌の露出が多めのものを着ていた。
さすが、腹筋が割れてて肩や太股の筋肉が逞しい。
オフェリアはモジモジと恥ずかしそうにしている。
「オフェリア、スヴェトラさん。今日からよろしくお願いします!」
『ああいえ…… こちらこそお手柔らかに……』
『マヤさん。魔法戦ではミノタウロスとの戦いで大したものだと聞いておりますが、私たちとは肉弾戦の稽古をしてもらいますからね。
オーガ族も魔法は使えますがあくまで補助的な意味合いで、基本的に素手による武闘術で戦います。
私たちに稽古を頼んだということは、それなりに経験がお有りと解釈してよろしいのですね?』
「ええ、イスパルで体術の訓練を欠かさずやっていました。
大技は手刀で真空波斬りが出来ます」
『へえ、すごいじゃないですか。
でも訓練では使わないで下さいね。
うっかりすると私たちの腕や頭が無くなってしまいますから。ハッハッハッ』
真空波斬りはこの世界に来て最初にゴブリンと戦って偶然この技が使えることに気づいた。
恐らく前々世以前の私が使っていた技だと思う。
ライトニングカッターより威力が弱くて近接戦闘向きだけれど、ゴブリンがバラバラになってしまうほどなので完全な殺人拳としてあるわけだから試合や訓練向きではない。
『それなら、私たちが普段使っている気功波を教えましょうか。
あのミノタウロスが使っていた技と同じです。
これは使ったことがありますか?』
「いえ、魔法に頼った戦い方が多くて使えるかどうかわからないんです」
『そうかあ。ミノタウロスと戦って耐えられる身体だったら大丈夫だね。
オフェリア! マヤさんの相手をしてあげなさい』
『ええ? スヴェトラからやってくれないの? うう……』
『どうして? もうマヤさんには慣れてるでしょ』
オフェリアは今までのことで私に遠慮しているのだろうか。
それとも好意を持っている相手に本気で攻撃したくない気持ちがあるのか。
だがそれでは訓練にならない。
「オフェリア。私に向かって全力で気功波を打って欲しい。
なあに。すごく強い魔物と戦ってもこうして元気に生きているから心配ないよ」
『そうですか? じゃあ……』
オフェリアは腰を落として両手の拳を握り、腕を腰に据えて構えた。
力を溜めて精神集中をしている。
『ハァァァァァァァァァァ……』
魔力を感じる第六感的な感覚は私を含め上級魔法使いには備わっているが、気を感じる感覚は無い。
それでも彼女からすごい気迫が伝わってくる。
表情がもう戦闘モードになっていて怖いくらいだ。
『じゃあマヤ様、いきますよ!』
私は拳を握り、腕をクロスにして防御態勢になった。
ある程度は吹き飛ばされる覚悟をしている。
後は広い庭しか無いので建物を壊してしまうことは無いだろう。
『ぬうぅぅぅぅ だりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
ドムッ バゴォォォォォォォォォォ!!
「なっ これは!? ドラゴンの首が見える!?
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私の身体は空中へ吹っ飛ばされ、館の敷地を外れて街の上空まで飛んでいった。
オフェリアが発した威力から外れることも出来ず、弱まるまでただ飛ばされるだけだった。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
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『ああああ!! やり過ぎちゃった!!
どうしようスヴェトラ!! うううう……』
『どうしようっても、どうしようもないよ。
マヤさん飛べるんだから、そのうち帰ってくるでしょ』
私は結局、街すら外れて十数キロ飛ばされてからやっと気功波の威力から外れることが出来た。
なんだよっ ミノタウロスより全然強いじゃないか!
ああ…… 本気でやったら街が滅茶苦茶になるということか。
でもこんなに飛ばされてしまうんだったら、上に向いていたら宇宙まで行ってしまう。
気功波よりも、気圧や低温度に身体が耐えられなくて死んでしまうわ!
私はふらふらになりながらも、グラヴィティと風魔法を使って飛んで館へ帰ることが出来た。
スヴェトラさんは腕組みをして堂々としていたが、オフェリアはしゅんとしていた。
『ほら帰ってきた。私が言った通りでしょ』
『ああっ 本当だ! さすがマヤ様ですぅ!』
――二人ともあんまり心配してなさそうだな。
結果的にこうして無事に帰れたけれど、運が悪ければどうなってたことやら。
「ただいま…… やれやれだよ」
『えっ? あ…… なんかすみません……』
オフェリアは申し訳なさそうに言うが、全力で打てと言ったのは私だからなあ。
彼女は悪くないけれど、何故か釈然としない。
『マヤさん、どこまで飛ばされたの?』
「ええっと…… 街外れのほうかな」
『ええ!? そんなに飛んでいったんですかあ? もしかして新記録かも!』
「新記録って…… 槍投げか砲丸投げかな」
『ホウガン? 何なんですかそれ』
「いやこっちのことだよ。
それよりオフェリアから気功波が発せられたとき、ドラゴンの頭みたいなものが見えたんだけれど、あれは何なんだい?」
『ドラゴン!? そんなモノが見えたんですか?』
オフェリアは自分でも気づいていないのか。
それとも私の幻覚?
はっきり見えたから幻覚とは思えないが……
『ああ、私たちは時々やってくるドラゴンとも特訓してたんですよ。
マヤさんたちを連れてきた派手なドラコンがいたでしょ。
あいつらとやってたんです。
闘気の溜め方を教えてもらっていたから、それでドラゴンのようなものが見えたのかな?』
スヴェトラさんからトンデモない事実を聞いてしまう。
レッドドラゴンの攻撃力は身に染みてわかってるけれど、やっぱりあのドラゴンたちはそんなに強いんだ……
「あのドラゴンと!? 最強じゃないか!」
『最強は大帝だよ。その次がここのアモール様だね。
あのドラゴンたちでも十本指に入らないくらい』
ひぇぇ…… すごい人と知り合いになったんだな。
絶対に敵にはしたくない。
ああ、アイミのほうが強いんだった。
私の周りにはヤバいやつらだらけになってしまったよ。
「気功波の実技を見させてもらいましたが、すぐには真似出来そうにないです……
まず初心に返って組み手をやってみたいんですが、先にスヴェトラさんとお願い出来ますか?」
『ああいいよ。ビシビシガンガンいくからね。ふふふ』
スヴェトラさんはやる気満々。
オフェリアは後になってしまい残念そうな表情をしている。
スヴェトラさんの実力を知りたいので先にさせてもらったのだ。
私たちは対面で二メートルほど距離を置いて構える。
近くで彼女を見ると、ユニフォームの腰回りと胸がダイナマイトで目を奪われてしまう。
いかんいかん。
これでは隙を作ってすぐにやられてしまう。
「よろしくお願いします」
『さあいつでもかかってきな!』
私はオーソドックスにパンチとキックの繰り返しで攻めてみた。
どの攻撃も彼女は難なく受け止めてしまう。
それにしても身長差があるとなかなか大変だ。
小柄なスサナさんが私と組み手をやっているときは同じ気持ちだったろうか。
「えいやあ!」
『どうしました? あなたの実力はこんなものじゃないでしょう?』
バシッ バシッ パチンッ バババッ
強い……
組み手は特にヴェロニカとたくさんやってきたけれど、オーガは人間と基本スペックが違いすぎる。
戦闘技術的にヴェロニカが疎いわけじゃない。
身体能力が違いすぎるのだ。
二メートルを超える巨体でも敏捷でパンチがなかなか当たらない。
『そろそろ私からもいきますよ。こういうのはどうかな?』
スヴェトラさんは至近で闘気を込めた連続パンチを放ってきた。
これはミノタウロスも使っていた技だ。
あの時はアイミが攻撃を打ち消していたが、今は実際に受け止めることになる。
ズババババババババババッ
速い! 一秒間に何百発撃ってるんだ?
私自身もこれだけの速さの拳を素手で受け止められるとは思わず、自分でびっくりだ。
今まで自分自身の力を活かせていなかったのか?
いや、サリ様が言っていた、徐々に力が目覚め始めているというやつなのかも知れない。
『ひぇぇぇぇ…… マヤ様がスヴェトラの拳を全部受け止めているなんて……』
スヴェトラさんは一旦攻撃の手を止めた。
私は、身体よりも気力を消耗してしまったよ……
『ハァ…… ハァ…… まさかマヤさんにここまで躱されるなんて……
アモール様に目を付けられただけあるね…… ハァ ハァ』
さすがのスヴェトラさんも、必殺技レベルの攻撃を長時間放っていたからくたびれてしまったようだ。
見た感じは記録を達成したアスリートのようで美しい。
『あれ? スヴェトラのユニフォームが破れてる……』
『ん?』
彼女らがそう言った途端、スヴェトラさんのユニフォーム上下と下着までバラバラに飛散してしまった。
そう。スヴェトラさんは履いている靴を除いて素っ裸になってしまった。
「あらららら!?」
『ああ、やっちゃったか。
あの技を使うと服がよく破れるんだけれど、全部無くなっちゃうとはねえ……
マヤさんが全部受け止めて気流が変わってしまったのと、長時間やっていたせいかな』
スヴェトラさんは裸になっても隠そうとせず堂々としているけれど、恥ずかしくないのかな。
オフェリアとは正反対である。
それにしても大迫力の胸と、美しい鼠径部が目に毒だ。
ちょっと絞められてもいいから抱かれてみたい。
『ママママママヤ様見ちゃダメですぅ!!
スヴェトラったらこんな外で恥ずかしくないの?』
『この館には女しかいないんだからどうってことない
ああ、マヤさんは男だった。ハッハッハッ
何だったらこのままでまた組み手をしてみるかい?』
「え? じゃあお願いしようかな……」
本当にしてくれるんならヘッドロックや逆首四の字固めで幸せになりたい。
ああ…… 妄想しただけで興奮してくる。
『ダダダダメですよ! マヤ様はそんなにエッチだったんですか!?』
『オフェリア冗談だってば。ハッハッハッ』
「そうそう、冗談だよ」
冗談だと思ったけれど、本当だったら遠慮なしにやらせてもらうつもりだったから残念。
ぱ◯◯ふでパックリだったろうになあ。
『むうぅぅぅ…… 二人とも意地悪……
もうスヴェトラは早く館に戻って服を着てよね!』
『はいはいわかったよ。
私はこれで終わるから、あとは二人で仲良くやってくれ。
何だったらオフェリアも裸になってみなよ。
なかなかどうして気持ちいいぞ』
『オオオオオフェリア!』
『ハッハッハッ』
そうして全裸のスヴェトラさんは館へ戻っていった。
後ろ姿のお尻がぷりんぷりんとしてて、そこに飛び込んでみたい。
『――マヤ様がそんなにエッチだとは思いませんでした。
あああの…… 私の裸も…… 見たいですか?』
「うーん…… 大事なオフェリアはとっておきだよ」
『そそそそんなこと言って、結局見たいんじゃないですかあ!』
オフェリアが可愛くぷんぷん怒っている。
何だか高校生に戻って青春しているような気分になった。
その後はオフェリアとも組み手をしてみたが、彼女は気功派やスヴェトラさんことについて気にしているようで力を抑えてやっていた。
そのせいでかえって絞め技が多くなってしまい、天然な彼女は気づかずにヘッドロックで胸を押しつけたり、太股で顔を絞めたり……
私は苦しかったけれど、とても幸せな時間だった。




