第二百五十話 五十年目の恋
アモールの館へ帰るまで七キロを、ジュリアさんと手を繋いで空中デート。
ジュリアさんは終始ニコニコで、満足してもらえて良かった。
館の前へ着陸するときにブワッとロングスカートが捲れるが、隠そうともしないのはわざとなのだろうか。
レースの黄色いTバックだった。
あれは私のデザイン。
真ん中が蝶のレースで、黒髪系の女性には黒いアレが透けてアゲハチョウになる俺天才。
だが、この世界には蝶によく似た虫はいるけれど、アゲハチョウは見たことが無いから意味がわかってくれる人はいないだろう。
あれ? お店の試着室で履いていた時の下着は割れてるぱんつだったと思うが、いつの間に履き替えたんだろう。
オフェリアさんへの刺激が強すぎたせいかな。
「ジュリアさん。私のブランドを履いてくれているんだね。嬉しいよ。」
「やんだー マヤさんに見られちゃいまスた。恥ずかスい~」
照れ照れと両手で頬を押さえており、あざとい。
しかしながら、ぱんつの下は何度も見ているのにパンチラというのは実にドキドキワクワクするものだ。
私たちは先着していたが、セルギウスたちやオフェリアも間もなく到着した。
買い物した食材を渡し、ジュリアさんとビビアナは早速夕食の仕込みにかかる。
セルギウスには約束通りリンゴを食べさせる。
『うめぇぇぇぇ! この甘く程良い酸っぱいリンゴが何故この国には無いのか……』
持って来たリンゴが残り少なくなってきているので、深く味わって食べているセルギウス。
長い目で見ることになるが、この種を使ってリンゴを育てることを本気で考えねば。
『あー食った食った。じゃあ俺は帰るからな。
ん? おまえさっきから元気無さそうだが大丈夫か?』
「アモール様と何故かアイミも召喚して魔力量の八割を使ってしまってね……」
『おいどうなってんだ?
アイミってえと、あのアーテルシアが子供の姿になってるあいつか』
「そうだね。不思議なことで何が何だか。
またアモール様に聞いてみるさ。
セルギウス、ご苦労様。ありがとう」
『おう、じゃあな。よく休めよ』
セルギウスはボムッと薄い煙を上げて消えた。
残っているパティが私に寄り添い声を掛ける。
「大丈夫ですか? マヤ様……
急な魔力の消耗は身体に悪いですから、おやすみになったほうが……」
「そうだね。夕食まで少し横になるよ」
『そ、それではマヤ様。
部屋までお連れしますのでおおおお掴まり下さい』
私はオフェリアにひょいとお姫様抱っこされ、すたたたと一目散に館内へ連れて行かれた。
いきなりでびっくりしたが、大人になってからお姫様抱っこされるなんて思いもしなかった。
男性に不慣れなオフェリアが何故?
おおっ!
ゆさゆさと揺れるおっぱいが私の身体に当たってドキドキ。
オフェリアはそれに気づいていない。
「あああ…… マヤ様! 行っちゃった……
もう、せっかく私のお部屋で休んで頂こうかと思ったのに……」
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アモールの館で借りている私の部屋へ戻った。
街から七キロ走った後の、オフェリアの香しい汗のニオイとおっぱいの感触を抱っこされながら堪能してベッドの上に降ろされた。
抱っこされるほうもなかなかいいものだな。
「ありがとう。女の子に抱っこされるなんて初めてだったよ」
『そそそそうなんですか?
ああああのじゃあ、おおおお茶お茶お茶をお入れしますね』
オフェリアはキョドってるよなあ。
わざわざこんなことしてくれた理由……
何か話したいことがあるのかな。
彼女はテーブルに置いてあった魔道具のポットに魔法で水を入れる。
ははー 水属性魔法が使えるんだ。
生活魔法としても重宝するもんなあ。
ポットで沸かしている間、棚からカップとティーポット、備え付けのお茶っ葉缶を取り出し、ティーポットにお茶っ葉を入れる。
お湯が沸いたらティーポットにお湯を入れて三分程度蒸らす。
カップにもお湯を入れ、カップを温める心遣い。
それからカップのお湯を捨て、改めてお茶を注ぐ。
手慣れた様子はさすがメイド歴三十年だ。
私はベッドに座ったままなので、ティーソーサーを添えてお茶を差し出してくれた。
『どどどどうぞ…… 人間族のお茶に及ぶかどうかわかりませんが……』
「ありがとう、頂くよ」
この香りはカモミールかな。
イスパルで飲むものとよく似ているので、人間の国からお茶文化が伝わってきたのだろう。
よく休めるようにとカモミールを選んでくれたオフェリアの気持ちが伝わる。
「とても美味しいよ。人間にも負けないくらいにね」
『あああありがとうございます……』
オフェリアはシャツとチノパン姿のまま給仕をしていたが、そこは気にしない。
それより顔を真っ赤にして俯いているのは何故だろう?
ズボンの窓から分身君がコンニチワをしているわけではないよな。
「それでどうしたの? オフェリア。
一人でも部屋へ帰れたのに、わざわざ抱っこまでして……
何か話したいことでもあるのかな?」
『あああの私……
五十年間生きてきて、こんな気持ちになったのは初めてなんです……
マヤ様はお優しく強くて…… 胸がキュッと締まるような……』
なるほどそうか……
私はほぼ同年齢のこのオーガの娘に好かれてしまったわけか……
五十年目の初恋はそのまま人間の年齢に例えると、心の成長と擦れていることによって恐らく有り得ないだろう。
今までのオフェリアの様子から、オーガは心の成長が人間よりずっとゆっくりなのだろうか。
高校生か二十歳前後…… 彼女はそのくらいの感じだ。
「それはオフェリアが私に恋をしている……
と受け止めてよいのかな?」
『ここここ恋!? そうですか……
やっぱり私はマヤ様に恋をしているんですね……』
オフェリアの顔は真っ赤のままだ。
恋をするという感情が自分でもよく理解してなかったというわけか。
五十年生きてやっと恋をするという感情が芽生えてきたオフェリアを、このまま突き放すとどういうことになるだろうか。
彼女が最初にトイレパンチされた時は乱暴者の印象があったけれど、それはもう済んだことにした。
健気で真っ直ぐな性格はそれを覆すくらい、私は気に入っている。
私からオフェリアに対してまだ恋をしているという気持ちは無いが、これから仲良くしていけばもっと好きになっていくかも知れない。
オーガと人間の恋が成立するものか私自身不安が無いわけではないが、ここはオフェリアの気持ちに乗ってみようか。
問題はパティが間違いなく不機嫌になるし、ヴェロニカやルナちゃんあたりにも呆れられるだろうな。
「わかったよオフェリア。私も君と仲良くなりたい。
でも私は人間だから八十年か九十年生きるのが精一杯だし、よぼよぼのお爺ちゃんだ。
若い身体でいられるのも後二十年ぐらいかな。
それでも良ければこれからよろしく頼むよ」
カップをソーサーに置き、握手しようと私は右手を差し出す。
オフェリアも恐る恐る手を差し伸べた。
彼女の大きな手を握った。とても温かい。
『そうですよね…… 人間族は寿命が短いですものね……
マヤ様との時間を大切にしたいです。
でも一ヶ月後にはイスパルへお帰りなんですよね?
この先こちらへいらっしゃる機会はあるのでしょうか?』
「アモール様と相談して飛行機を使って交易を拡げようと考えているから何度も来る機会はあると思うけれど、それも年に数回あるかどうか……
君とアモール様さえ良ければだけれど、イスパルに住んでみる気はあるかい?」
『私が人間族の国で生活するなんて考えてもみませんでした。
マヤ様とご一緒出来るのならばそうしてみたいです。
仰るとおりアモール様と相談してからになりますが……』
私はまだガルシア家でお世話になっている身なので、オフェリアをイスパルへ連れて行くのは独立して屋敷を手に入れてからだ。
戦闘力があるから今のスサナさんやエルミラさんのように屋敷の警護をしてもらうとして……
もっと大事なことは、私のことを好きになってくれても子供はどうするんだ?
オーガと人間の交雑は聞いたことが無い。
「あの…… 早々にこんな話をするのはどうかと思うけれど、もし君と私が結婚したとして、子供は出来るのだろうか?」
『ここここ子供ですか!?』
オフェリアは、ばふっと顔が爆発したようにますます顔が赤くなる。
また鼻血が出なければいいけれど……
『あの、えと…… 私の五百年くらい前の先祖に人間の男がおりました。
私の曾々々々お爺ちゃんくらい……
ですから子供は出来ると思います…… けれ…… ど……
ママッ マ…… マヤ様と…… はひっ!』
鼻からツーッと赤いものが……
やっぱり鼻血が出たか。
私は持って来たポケットティッシュを魔法で少しだけ塗らし、拭いてあげる。
反応からしてどうやったら子供が出来るかぐらいは知っているのだろう。
そうか。オーガと人間は交配できるのか。
五百年前というと、魔族と人間の大戦があった時。
あの時代に何かといろいろあったんだな。
『ふがふがっ いつもいつも…… 申し訳ございません……』
「オフェリア…… 君は男性に慣れたほうがいいのかな。
でもどうして私を抱っこ出来たんだろうね」
『えっ? あわわわわっ そうでした!
何も考えずお連れしてしまったので、気にしていませんでした……』
衝動に駆られてか……
握手したり、彼女に性的な気持ちが無ければ男性に触れられることは出来る。
ならばこうして慣れてもらおうか。
「お茶、美味しかったよ。ごちそうさま」
「ありがとうございます。お口に合ったようで嬉しいです」
私は空になったカップとソーサーをオフェリアに渡す。
彼女の表情は緊張が解れ、笑顔が綻んだ。
「オフェリア、隣へ座ってくれないか?」
『えっ どうしてですか?』
「君とハグしたい。私にもっと慣れて欲しいから」
『――はい、わかりました……』
オフェリアは少し間を置いて素直に了承する。
また顔を赤くして照れ顔になった。
彼女が私の右隣に座ると、私は彼女の左手を握った。
オフェリアと並んで座るのは初めてだけれど、こうして見ると頭一つ分くらいは彼女の座高が高いので私が女の子になった気分だ。
彼女の肩…… というか上腕に頬を寄せる。
何だろうこの安心感。
世の身長差カップルの女の子はこういう気持ちになるのだろうか。
ちょっと上目遣いで彼女の顔を見てみよう。
――おお、緊張の余り顔がぷるぷる震えている。
まるでDT男子がギャル彼女に揶揄われているシチュエーションに似ている。
日本でも最近そういう漫画が多かったなあ。
「じゃあ、跨がって抱っこするね」
『はははははい……』
私は靴を脱いで、彼女の太股へ対面になって跨がった。
これなら太股の太さ分の身長差は埋まる。
それでも彼女の肩や首のあたりにやっと私の顔があるくらいだ。
おおぅ…… 目の前におっぱいの谷間に当たる部分が……
彼女の身体を寄せて……
ではなく、私の方から腕を彼女の背中にまわして抱きついた。
彼女も恐る恐る私の背中に腕をまわす。
私がまるで子供みたい。
ガッチリした体格でふわふわおっぱいの感触は少々複雑な気分であるが、小さな子供に戻って母親に抱かれているようだ。
顔を押しつけてぱ◯◯ふしたいけれど、ここは純心に。
オフェリアの心音が聞こえてくるくらい、彼女はドキドキしている。
――何分経ったのか、しばらく無言で抱き合っていた。
彼女の顔はどうなってるのかな。
ドキドキが落ち着いている。
上を見上げると……
――なんて優しい顔をしているのだろう。
彼女のいつもの精悍な顔つきとは打って変わっている。
ああいや、土下座していたときなんてぐしゃぐしゃに情けない顔だったが。
この優しい顔は彼女の母性を表しているのだな。
「オフェリア、とても綺麗だ」
「あ…… あ…… あわわわわ」
ふと口に出てしまい、オフェリアは動揺してしまう。
うほっ うっ……
オフェリアの腕が私を締め付ける……
彼女の馬鹿力では、このままだとシャレにならないことになってしまう。
「あががががっ オフェリア! 力を入れるんじゃない!」
『ああっ 申し訳ございません!』
オフェリアが力を緩めた瞬間、ばふっと私の顔は彼女の胸の谷間に埋まった。
ああ…… なんて幸せなんだろう。
身体のサイズが大きい分、エリカさんやヴェロニカのおっぱいとは別世界のようだ。
ああっ 大きなおっぱいよ。
サリ様ありがとう!
転生しなければこんな気分は絶対に味わうことが無かった。
ああああ良いニオイ…… ハァハァ
(オフェリア視点)
ああああああマヤ様が私の胸に!
恥ずかしいいいいいいい!!
でもでもでもでも耐えないと、またマヤ様を突き飛ばしてしまう。
マヤ様の熱い息が胸に伝わってくる……
エエエエッチなことを考えているのでしょうか。
まだ早いですうぅぅぅぅ!
――でもいつかは、あんなことやこんなことを……
はわわわわわわ…… うっ
(マヤ視点)
なんか頭にボタボタと何かが落ちてる感触が……
上を見たら……
うおおおおおお!
鼻血のダム大放流!!
私の顔にオフェリアの鼻血がぶっかけられてるうぅぅぅぅ!!
『きゃぁぁぁぁ!! マヤ様!! お顔が真っ赤にいぃぃ!!』
良い感じだったのに、結局はこういうオチになってしまうのか。
本当にオフェリアとうまくやっていけるのだろうか。




