第二百四十七話 ミノタウロス族
たまにはハラハラしてもらいたかったので、久しぶりの主人公ピンチ回です。
衣料品店の次は、揚げ物を作るために菜種油を探す。
アスモディアでは料理を生で食べる、焼く、煮る、茹でることはするが揚げることはしないらしい。
だから唐揚げやフライを作ってあげたら喜ばれるだろう。
一応オリーブオイルもマカレーナから持って来ているが、揚げ物に使うためには量がたくさんいるので菜種油と比べて高価なオリーブオイルはコストパフォーマンスが悪い。
出来たらオリーブオイルはサラダドレッシング代わりの他に調味料として使いたい。
立ち寄った雑貨店に菜種油が置いてあった。
一斗缶の量くらい欲しかったけれど、アスモディアは肉や野菜を炒めることにしか使わないので二リットルくらいの瓶でしか売れていなかった。
それに魔道具が完備しているので油を灯りの燃料として使うこともない。
イスパル王国では魔法が使えない庶民の間ではまだ菜種油で灯している家庭が少なくないのでアスモディアの生活レベルは高いと言えよう。
微妙な料理の味を除いて……
魔族の髭オヤジ店主に頼み、仕入れたままの菜種油瓶六本入りの木箱を用意してもらいそれを購入した。
全部で六千クリ弱だったから少々高いが、これで当分は揚げ物料理を作るのに安心だ。
これも私がグラヴィティを使って頭上に浮かせているが、有名シューティングゲームのオプションが二つに増えてしまった気分。
オプション数が最大が四つだったから買い物する度にそれに近づいていきそう。
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『この裏は露店の通りになってるんです。そっちへ行ってみましょう』
オフェリアがそう勧める。
彼女はさっきまで顔を赤くしていたが今はケロッとしている。
でもあまり目を合わせてくれなくなった。どうしてだ?
裏通りへ出ると確かに屋台がずらっと並んでいた。
表通りが綺麗なのでここもさほどジャンキーな雰囲気ではないが、香ばしい香りが漂ってきたり商品がたくさん並んでいるのがよく見え、活気があるこの感じは好きだ。
少し小腹が空いてきたので、美味しそうな物はないだろうか。
「クンクンクン…… あの匂いは何だニャ?」
『あれはアステンポッタやガジラゴの串焼きですね。食べてみますか?』
「食べたいニャ!」
ビビアナが匂いにつられ、私たちもガジラゴの串焼きの屋台へぞろぞろと向かう。
ここもオークのおっちゃんが店をやっていた。
食品を扱う店はだいたいオークがやっている所が多い。
食品流通やコミュニティーではオークのほうが長けているのだろう。
『おっちゃん、ミックス五本下さい』
『あいよー』
オフェリアが串焼きを頼んでくれた。
おっちゃんが焼きたての串焼きを一人ずつ渡してくれる。
なかなか豪快な串焼きで、アステンポッタとガジラゴの肉が交互に刺さっている。
バーベキューか…… ロシアの串焼きシャシリクに似ているな。
「んんー! うまいニャー!」
「本当! これ美味スいでスね!」
「おいひいでふわあ~ ふぱいふが効いてりゅ モグモグ」
『そうでしょう? 私の好物なんですよ』
味付けはたぶんワインベースのタレとニンニク。
なんだ。アスモディアでも美味いものがあるじゃないか。
ニンニクの香ばしさがたまらない!
アステンポッタは牛肉、ガジラゴは鶏肉に近いことがはっきりした。
パティは行儀悪く食べていると、本当に美味しそうに食べる。
口の周りがタレでベトベトだし。
「ビビアナ。これと同じ物を作れるか?」
「タレは同じ物が作れるかどうかニャあ。
イスパル風になってもいいならすぐ出来そうニャ」
「それでいい。今度作ってよ」
「ふふふ わかったニャ♪」
肉料理はビビアナが得意なので楽しみだ。
お菓子はジュリアさんが作ってくれるし、連れてきて良かったなあ。
串焼きを屋台の前で食べ終え、再び歩き回ることにした。
屋台通りの人混みの中を歩いていると、背が高い魔族が二人、一際目立っている。
ありゃなんだ? 牛の顔?
立派な角を生やしたミノタウロスっぽいが、ファンタジーアニメじゃ腰巻きだけ巻いて半裸でウガーと暴れているイメージしかない。
それが普通にシャツ着てズボンを履いているので滑稽だ。
さっき牛肉味のアステンポッタの串焼きを食べたばかりなので余計に変な感じ。
『皆さん、人間族嫌いで獰猛なミノタウロス族がいます。
目を合わせないでソッと通り過ぎて下さい。
それにしても何でこんなところにあいつらが……』
「ひぃぃ…… 怖いでス……」
ミノタウロス族はオフェリアよりさらに一回り大きい。
身長は三メートル近くあるかも知れない。
そりゃ怖いわ。
「もし襲ってきたら大火炎魔法で焼き肉にして差し上げますわ」
「パティ、めんどくさくなるからやめなさい」
「はぁい」
『そうですよ。ああ見えても魔法耐性は高いですから安易に攻撃すると危険です。
力も私たちオーガ族と同等かもっと強いですから、二人もいると私では防ぎきれないかも知れません』
そりゃ厄介だ。
アーテルシアやエリサレスと戦った時を思えば私が負けるとは思えないが、本気でやると街ごと滅茶苦茶になって迷惑を掛けてしまう。
ここは穏便に通り過ぎて行って欲しい。
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『――おい、ギスターヴよ。何か臭うな……』
『ああ、ダリウス。不快な臭いがしてきた。
だがおかしい。魔族に溶け込んでいるように思えるのは何故だ?』
『人間にしては魔力が大きすぎる。
その中の一人は特に大きい。何者だ? どこにいるんだ?』
『あそこにオーガのデカい女がいる。
周りにいる小さな女は人間か? 頭に耳がある女は何だ? 初めて見たぞ。
男は一人だけだが、あいつらから臭う』
『あの男…… 気に入らねえな……』
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私たちはミノタウロス族に見つからないよう人混み……
いや、魔族混みに紛れてやり過ごす。
私はパティの手を繋いで歩いている。
そろそろすれ違う。
近づかないように端を歩き、知らんぷりで前を進む。
よし。すれ違った。
もう少し歩いてから普通にしよう。
『おいオマエ』
まるで声楽のバスのような低い声で声を掛けられ、いきなり後から肩を掴まれた。
まさか気配を消して近づいてきた?
振り向くと、やはりミノタウロス族だった。
「きゃっ!?」
パティがびっくりして叫ぶ。
それを聞いて先導していたオフェリアたちが気づいて立ち止まる。
「何か用ですか?」
『オマエは人間か? 何故こんなところにいる?』
「いるのは勝手だろう? 買い物があって歩いているだけだが」
『人間は頭が悪い癖に貪欲でがめつい。
また我々の権益を侵しに来たのか?』
そういう歴史は前にエリカさんから聞いたことがある。
だがそれはお互い様だった。
だから約五百年前に人間族と魔族の戦争が起きてしまったが、その後は和解して僅かながらも交易をしている。
魔族は寿命が長いから、当時のことを覚えている者がいてそれを執念深く思っている者がいるのかも知れない。
『いつの話をしているんだ! もう済んだ話だろう!?
人間との交流は国が許しているのだ!
おまえたちがいちいち干渉することではない!』
オフェリアが勇ましくミノタウロスに立ち向かう。
さっき土下座をしていた子とは思えない。
だがこんな大男と大女が騒ぎ出したので、周りの通行人が一斉に退きだした。
やつらが現れた時点で、既に避けられるトラブルではなかったか……
『オーガの女よ。何故人間たちと行動している?
おまえたちも人間に悪さをされていたのだぞ』
『だから済んだ話と言ったろう?
ミノタウロス族は耳がおかしいのか?
私はアモール様の部下オフェリア。
こちらの人間族はアモール様の大事なお客様だ!
余計なことをしたらただじゃおかないぞ!』
『アモールだあ?
余計なことをしたのはあいつのほうだ。
アモールがいなければ邪魔で下等な人間族を叩き潰せたのだ』
恐らくアモールの力を知っててあいつ呼ばわりをしているので、ミノタウロス族はとんでもない力を持っている魔族に違いない。
困ったな…… 私でもまともに戦えるか自信が無くなってきた。
私は戦闘に備え、グラヴィティで浮かせている荷物をジュリアさんに移譲する。
ジュリアさんは先に自分で浮かせていたベリーの荷物も合わせて、オプションが三つの状態になってしまう。
『アモール様をそのような…… 無礼者がっ!!』
オフェリアが鋭い目でミノタウロス族を睨む。
するとミノタウロス族の一人がスッと素早く前に出てオフェリアと私の後へ入り込む。
あの巨体でなんてスピードなのだ!?
オフェリアともう一人のミノタウロスの言い合いに気を取られ、動きを悟ることが出来なかった。
『ニャぁぁぁぁぁぁ!!』
「ビビアナぁぁぁぁ!!」
そのミノタウロスは、片手でビビアナの身体を掴み挙げる。
ビビアナの小柄な身体では、あの巨体と比べたら子猫のようだ。
『なんだこの生き物は?
人間より弱々しいこんな下等生物がいたのか。初めて見たわ!
ガーッハッハッハ!!』
「はニャせこの牛ヤロー! くたばれニャ!
おまえニャんか串焼きにされて食われてしまえニャ!」
『なんだこいつ、ニャーニャーと猫人間か?
俺様たちをあんなアステンポッタと一緒にするな』
人間と違っておまえは良い匂いがするな。ふっふっふ』
「ひニャぁぁぁぁ!?」
ビビアナが挑発してしまったのに、ミノタウロスは落ち着いている。
存外あいつらは頭が良いのか。
くそ…… ビビアナが人質だ。
迂闊に出ればビビアナは簡単にひねり潰されてしまいそうだ。
何か良い策はないものか……
『ハアァァァァァァァァァァ!!』
オフェリアが強引にビビアナを奪い返そうと前に出てパンチを繰り出すが、手ぶらのミノタウロスのほうに素早く動かれパンチを受け止められてしまった。
私が吹き飛ばされたパンチを片手で。
さすがに軽々とではなさそうで、ミノタウロスの腕もぷるぷる震えている。
『オーガの女。オマエの渾身のパンチもこんなものだ』
ミノタウロスは掴んだオフェリアの拳をそのまま引っ張り、脚を払って押し倒してしまった。
その勢いでミノタウロスはオフェリアに覆い被さり巨乳を掴む。
何てことをするんだ!!
『ぐっ うううう……』
『ハーッハッハ!! 硬そうなオーガの身体もここだけは柔らかいな!
だがミノタウロス族の女ほどではないな!
女はミノタウロス族が一番良い! ハーッハッハ!!』
『ううっ ぅぅぅ……』
オフェリアは悔しくて、怖くて、涙を流していた。
あんな健気な子の涙を見るのはとてもつらい。
策なんかどうでもいい。
怒りがこみ上げ、我慢ならなくなってきた。
「マヤ様!! 二人を助けてあげて下さい!!」
「マヤさん…… わたスからも……」
「わかっているさ…… 許さん…… この牛頭が……」
『なんだ? 弱い人間のくせにやる気なのか?』
私は両腕を腰に構え、魔力と気力を全開放する。
感情にまかせ一度に上げると屋台に被害が及ぶので、ゆっくりと。
それでも私の身体から風が巻き起こる。
ブォォォォォォォォォォ!!
『なっ…… こいつは…… バカなっ!!
なぜあいつからあんな力がっ! ぐうぅぅぅぅ!!』
『きゃぁぁぁぁ!!』
オフェリアを押さえ付けていたミノタウロスは立ち上がり、オフェリアを蹴飛ばした。
彼女の巨体はまるでサッカーボールのように軽く吹っ飛び、地面に叩き付けられる。
すぐに起き上がったので大きな怪我は無いようだが……
益々以て許さん!
私は闇属性魔法パラライズをミノタウロスに掛けてみた。
周りに被害が無いようにするにはまずこれを使ってみる。
『ふんっ オマエ、今何か魔法を我々に掛けたようだが、その程度では効かぬ。
浅はかだったな。フッハッハッハッ』
「何だと!?」
何いい!? パラライズが効かない?
オフェリアが言っていた通り魔力耐性が強いのかもしれないが、ここまでとは。
ミノタウロスの一人はまだビビアナを掴んだままだ。
それならばこれはどうだ!
ヒュウゥゥゥゥゥゥ――
私は両腕を前に挙げ、フリージングインサイドの魔法を掛ける。
これは魔法を掛けた相手の体内から凍らせることが出来るので、魔法を掛けていないビビアナは関係ないから外から凍らすより安全だ。
『『ぶるあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』』
フリージングインサイドを掛けた直後、ミノタウロスの二人が唸る。
まさか!?
『フリージングインサイドか! そんな古くさい魔法など効かぬわ!
人間族め! 我々魔族をなめているのか!!』
フリージングインサイドを撥ね除けた!?
そんな馬鹿な!
全開魔力で発動させたのに……
肉弾戦しかないのか、それとも……
『マヤさま…… ビビアナ様を助けてあげて下さい……
腕を切り落とすくらい構いません……
この国では、あのような罪を犯せば相応の手段を執ってもいいんです……』
「オフェリア!!」
イスパルでは悪党でも安易に殺せば罪になってしまう。
腕を切り落とせば場合によっては死んでしまう。
アスモディアではそうなってもいいのか?
『ハーッハッハッハッハ!! 笑わせるなオーガの女!
そんな人間族に我々の腕が切り落とせるわけがない!
やれるものならやってみろ!』
ここから腕を切り落とすのならば、ライトニングカッターしか無い。
だが上手くやらないとビビアナまで切ってしまう。
極力間合いを縮めて慎重に発動しなければならない。
「マヤさん……」
「ビビアナ、今助けるから待ってろよ」
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☆ミノタウロス族
◆ギスターヴ…オフェリアを押し倒したやつ
◆ダリウス…ビビアナを掴んでるやつ




