第二百四十三話 館の地下室
魔女アモールの後について館の奥まで進む。
通り過ぎたアモールの残り香が微かに私の鼻をくすぐる。
アーテルシアとは違う甘くフルーティーな香りは、例えるならいちごミルク+バニラに近い。
姿に似合わず可愛らしい香りだが、これが強い香りならば男を惑わしそうだ。
似合わないと言えば、年齢七百歳以上にもかかわらず後ろ姿は抜群のプロポーションで、程良い大きさのお尻は両手で撫で回してみたい。
はっ…… これはアモールの術中にはまっているのではあるまいな?
無意識に魅了の魔法が出ているかも知れないし、気を持たないと危険だ。
T字になっている廊下の突き当たりに大きな扉が見え、そこへ入って行く。
ここはアモールの書斎…… というより古風でとても立派な図書室だ。
さっきアイミとアモールが話していた場所で、一階と二階が吹き抜けで繋がっており壁には本棚がびっしりだ。
吹き抜けの一階にはちょっとしたリビングがあり、そこでアイミが本を読んでいた。
『おー マヤも来たか。
ここには面白い本がたくさんで、暇つぶしになっていい。
この…… 【好色美少年インキュバスの彼氏はオーガなんです】は……
とても刺激的だな…… ふひひ……』
「あ…… ああ……」
タイトルを聞いただけでゾッとする。
真面目な魔法書だらけと思っていたのに、そんなBL本まであるとは。
女児の姿でニヤニヤと笑っている様は不気味で、後日そういうプレイをさせられそう…… ぶるぶる
『そんな本があったの……
たぶんカメリアたちの誰かが勝手に置いたのね…… まったく……
それよりエリカのことを話しましょう……
エリカ。ずっと黙ってるけれど、ちゃんと起きてるわよね?』
『!? ああああはい…… お師匠様……』
あのメイドの子たちが読んでいたのか……
読む方もどうかと思うが、魔族の中でもそういった文芸文学があるんだな。
アモールは結局そのまま。いいのかよ。
エリカさんは居眠りしてそうだったが、これでいよいよエリカさんの将来が判明する。
『よろしい。では話しましょう。
結果を先に言うと…… エリカ。おまえの身体は復活する』
『ほ…… 本当ですか?
いやあ~ お師匠様のことだからそうだと思ってましたよお。
何も考えずにこのペンダントを渡すはずないですからあ~』
「やっぱりそうなんだ…… ようやく安心したよ……」
『フン おまえは何も考えずによく古代魔法で自滅したものだ。
私はやっていることはあくまで実験中で、成功しない可能性の方が大きかった……
魂の石の中で生きていられるのも非常に幸運だった……
マヤの運をもらったのだ。感謝したければマヤにするんだね』
『そうなの? マヤくぅ~ん…… あ゛り゛がどね゛え゛ぇぇぇ! ううう……』
エリカさんが鼻水垂らして泣いている顔が目に浮かぶが、ペンダントの中ではそれも見られない。
だがもうすぐエリカさんの顔がまた見られるなんて夢のようだ。
「そんなに俺は運が強いんですか?」
『サリの加護があるからでしょう?』
「ああ…… サリ様のこと忘れてました……」
『はぁ…… サリも浮かばれないわね……
それで、この先に地下室がある。
エリカの遺伝子を使い培養している身体が間もなく完成するところなの』
『ええっ!? そうなんですか!? でも遺伝子なんていつの間に……』
『おまえがここで修行している時、寝ている間に髪の毛、爪、血液、口の中にある粘膜の細胞、足の裏の皮、卵細胞までありとあらゆる物を採取した……』
『ちょっと待ってお師匠様!! 最後の卵細胞って……』
『決まってるでしょ…… 起きないように魔法を掛けて、ぱんつを脱がして……』
『いぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
なんて恐ろしい…… 魔女と言われるだけある……
培養している身体とは、クローン人間作るために身体の一部を採取する話が映画やアニメでもよくあったが、それと同じようなものか……
『何ともないようにしたから問題無い。処◯膜も破っていない。
それとも何かあったの?』
『いえ…… 何もありません…… 健康体です……』
確かにエリカさんと初めての時は、出る物が出ていた。
思い出すなあ。あの時はとても新鮮だったのに……
『話の続きよ。これから地下室に行き、魂の石の中に入ってるおまえを新しい身体に移す必要がある。
身体はまだ完全に出来上がっていない上に、魂が身体に馴染むまで時間が掛かる。
早くても二、三十日だ。
その間、マヤたちはどうするの?
一度イスパルへ帰るくらいの余裕はあるが……』
「一ヶ月間時間をもらったので、ここへ滞在してもよろしいですか?
魔法の勉強もしたいし、街の見物もしたいので」
『わかったわ…… その間この館で寝泊まりしなさい……
食事はイスパルほど美味しくないかもね……』
「長期間料理をさせるためにもジュリアとビビアナを連れてきました。
食材も多少は持って来ていますので、どうか人間族と耳族の料理を楽しんで下さい」
『ありがとう…… 気が利くのね。嬉しいわ……
そうそう。食材が足りなくなったら市場で買ってきなさい。
後でアスモディアのお金をあげるから……
ここの使用人に頼んでも……
人間族の食材に似た物はわからないから買ってこられない……』
「わかりました。ありがとうございます」
今晩アモールに話しておこうと思ったことだけれど、これで宿と食事については安心だ。
魔法の勉強はこの書斎に入り浸ることだろう。
『それでは地下室へ向かう……
アイミ…… あなたも来なさい。面白いことが好きなんでしょう?』
『わかっておるな。是非見せろ…… ふふ』
アモールの後について、アイミと私は書斎の一角にある扉を開けて暗い階段を降りる。
階段を降りると、硬そうな金属の扉があった。
『マヤはここで少し待ちなさい。
この先にエリカの身体があるが、ショックを受けるだろうからあなたは見ないほうが良いわ……
でもマヤにはここにいてもらわないと、新しい身体に移すまであなたの魔力供給が必要だから…… そういうこと……
じゃあ、魂の石を渡しなさい……』
「わかりました……」
私はペンダントを外し、アモールに渡した。
一ヶ月近く話せなくなるのか……
しゃべればうるさいけれど、寂しいものだな……
『マヤくぅ~ん…… 次に会うときはいっぱいチュッチュして抱きしめてねえ……』
「ああ…… うん」
『さあ…… 行くよ……』
アモールは重そうな金属の扉を軽々と開け、アイミと一緒に入って行った。
ガシャーーン
扉が閉まる音が大きく響く。
まるで扉の向こうがあの世に繋がってるかのように見えた。
試しに扉を開けようとすると、ビクともせず魔法で鍵が掛かっているようだ。
こっそり覗くことも出来ない。
いつまでかかるかわからないが、薄暗い通路の扉の前で一人寂しく待つことにする。
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(エリカ視点)
地下室の奥深くへ進むと、さらに扉がありその部屋へ入って行く……
私の視界に入ったものは、とてもおぞましかった……
部屋中に臓腑のようなものが張り巡らされ、真ん中に透明の袋がありその中に何かが入っていた……
まるで子宮を解剖したようなその中にだ。
『あわわわ…… わ…… 私だ……』
『そうよ。あなたそのものよ』
『おー 確かにエリカの身体だ。だがまだ出来損ないだな。
マヤが見たら泣いてショック死するかもしれんなあ。うっひっひっひ』
私の身体は勿論裸でほとんど出来上がっているが、胎児のようにへその緒が臓腑の袋と繋がっている。
皮膚がところどころで未形成状態だからまるで火傷のよう。
顔もそうなのでマヤ君には見られたくない……
でも…… 修行していた当時の私だから、これは十八歳くらいの私!?
やったあ! マヤ君より若い!
『一つ大事なことをおまえに言い忘れていた。
この身体は人間ではない。魔族だ。だから特性も魔族になる。
私と同じタイプの不老長寿で五百年くらいはこの若さを保てる。
但し人間のおまえから作った身体だから人間と子供は作れるはず…… 確証は無い。
それでもいいんだね?』
『あう…… はい。お師匠様はもう五百年過ぎてるから老けているんですね』
『この新しい身体を老婆の状態にして…… マヤに見せた方がいいかしら?』
『ひぃぃぃぃ!! 申し訳ございませんお師匠様! それだけは!!』
『あっひゃっひゃっひゃっひゃ! それも一興だのう! ひゃっひゃっひゃ』
アイミが床で笑い転げている。
興味本位で来ただけのくせに、ガキの姿だから余計にムカつく。
はっきり言って邪魔だがお師匠様より強いのだからどうしようもない。
それにマヤ君はこいつを監視するつもりでも側に置いてるから……
『さあ。おまえの魂をあの身体に移すよ……』
お師匠様は私のペンダントを掲げ、ブツブツと詠唱を始めた。
『エリカ アニマ ムーベット アド コルプス ノヴメタ アスエシット イネオ……』
私の魂はペンダントから離れ、新しい身体の額に吸い込まれていった。
ああ…… 意識が遠のく…… マヤく…… ん……
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(マヤ視点)
金属の扉がギイッと開き、アモールとアイミが出てきた。
彼女らが入ってから三十分は経ったろうか。
『エリカの魂は新しい身体に移ったわ……
さっきも言ったように二、三十日は置いて馴染ませる。
これをあなたに渡しておく……』
アモールはペンダントを私に渡してくれた。
エリカさんの魔力は感じない。抜け殻だ。
「どうしてこれを……?」
『エリカが帰ってきたら渡してあげなさい……』
アモールはそれだけ言って、私たちは地下室から出た。
アイミはまた書斎の怪しい本を読み始め、アモールはどこかへ行ってしまった。
おお…… セルギウスとパティを放ったらかしにしていた。
一時間足らずだから怒ってはいないと思うが……
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館の玄関前に行くと、パティがセルギウスの背に乗って乗馬を楽しんでいた。
意志が通じるので手綱は無くてもいいが、バランス良く乗れている。
パティはスカートだからなんかエッチだな。
自転車のサドルへ、ぱんつで直に座っているように。
「おーい!」
「マヤさまあ!!」
私が呼ぶとパティは手を振り、セルギウスはパカパカと足早にこちらへやって来た。
本当にベテランの騎手のように上手く乗っている。
『お嬢ちゃんが暇だからって乗せてその辺を走ってたんだけどよ。
ヴェロニカと違って魔力が強い人間を乗せると案外しっくりくるもんだな』
「へぇ~ そういうことなんだ」
「私、馬車ばかりで乗馬経験は初めてなんです。
でもセルギウスさんに乗っても落馬しないし、とても乗り心地がいいんですよ。うふふ」
「それじゃあ私がいないときはセルギウスに頼んでもいいかな」
ヴェロニカはあんなに苦労してセルギウスに乗っていたのにな。(第百一話参照)
初めてヴェロニカのおっぱいを偶然ぷりんと見た日だからよく覚えている。
『それでエリカはどうなった?』
「新しい身体が出来上がってるそうで、魂をそっちに移して馴染ませるのに一ヶ月くらいかかるんだって。
それまで俺たちもここにいることにしたよ」
『おーそうかそうか。ひと月後にはあいつにまた会えるのかあ』
「私もエリカ様に再会出来るのが楽しみです!」
「うん。そうだね……」
私はそう応えることしか出来なかった。
アモールの話では、エリカさんの身体が私に見せられない状態というのだから不安で仕方が無い。
また綺麗なお姉さんの姿で会えるのだろうか。
無事にと祈るしかなさそうだ。
「ちょっとお腹が減ったよね。
セルギウスにまだ渡し忘れたお土産があるのを思い出した。
ちょっと飛行機まで取ってくるから」
『おっ? 何だ何だ? 楽しみだな』
マドリガルタの屋台で買ったリンゴ飴を飛行機まで取りに行く。
セルギウスは生の果物や野菜ばかり食べているが、こういった加工食品は食べるかな?
五本のうち二本をパティと私で分けて、残りの三本をみんなセルギウスにあげた。
『ヒヒヒヒヒーーーーーーーーン!!
この世にこんな美味いものがあるとはああああ!!!!
赤くて甘い…… まるで愛しのロサードちゃんの真心のようだ……
あの子と一緒にこのリンゴ飴を食べてみたいなあ……』
ロサードとはレイナちゃんのインファンテ家にいる牝の馬車馬だ。
セルギウスはそのロサードに一目惚れをしている。
またマドリガルタで召喚してやらないとな。




