第二百四十一話 赤黄青のドラゴン
イスパル王国からスオウミ国まで主に海岸沿いで北東方向に進んでいたが、スオウミ国から東へ転じて進みすでに五時間。
とっくにアスモディア領へ入っているが地上は針葉樹の森がひたすら続く。
アイミとビビアナはお菓子を食い尽くして動けないらしい。ダメだこりゃ。
アイミに操縦させようと思ったのに。
エリカさんから、魔女アモールが住んでいるのはアスモディアの首都【ディアボリ】と聞いた。
ディアボリとはラテン語で悪魔の意味そのもので、物騒に思う。
だが人間と同じように暮らしているそうで、魔族の街がどんなものが興味深い。
『そろそろディアボリに着く頃だねえ。
飛んでくる魔族に注意したほうがいいよ』
「ちょっとまておい! そんなの聞いてないぞ?
どんなのが飛んでくるんだい?」
『ええと…… この高さならドラゴンとか……』
「はぁぁぁぁ!? それって魔族じゃなくて魔物じゃないの?」
『ちゃんとした知的生命体だよ。その辺の人間より頭が良いくらいだね』
「で、攻撃してくるの?」
『まあ、こんな飛行機で飛んでるとあり得るかもねえ』
「そんな暢気な! つまり未確認飛行物体として始末されると……」
今更エリカさんがそんなことを言うが、飛行する魔族がいるなんて考えていなかった。
ファンタジーアニメではガーゴイルやハーピーみたいな空を飛ぶ人間型の魔物はいたけれど、この世界にいると目で見ている空想のようなものが現実なので、むしろ空想と現実がごちゃ混ぜにしないようにしていたからだ。
『もしそいつらが攻撃してくるなら、返り討ちにしてやるだけだ。ハッハッハッ』
「アイミ、ややこしいことになりそうだからそれはやめておこう。
相手に考える頭があるならば、まず話し合いだ」
『つまらんつまらん! 是非向こうから撃ってくることを期待しよう。フハハハッ』
おい、こいつ本当に浄化したのか?
どうも時々乱暴なことを言うことがあるので不安になってくる。
対面させるのは極力避けさせよう。
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――その五分後。
「で、出たぁぁぁぁ!!!!」
『おおおお!! 本当に来たぞ。すごいなマヤ!! 格好いい!!』
アイミは大はしゃぎである。
飛行機より一回り大きいドラゴンの三頭に囲まれた!!
グレーを帯びたブルードラゴン、濃いめのイエロードラゴン、茶色がかったレッドドラゴン。
信号かよ!! それとも昔の三人戦隊ヒーローか。
「ここは上空千メートルだぞ。私たちをよく見つけたな」
『ああ…… みんなの魔力じゃ抑えていてもキャッチされちゃうからね。
特にマヤ君は魔法でこれを飛行させているから』
「それ、どうしようもないじゃない…… はぁぁぁぁ……」
ドラゴンたちは左右と、後方にレッドドラゴンが追尾している。
スピードは時速三百キロ以上出ているけれど余裕で並行飛行し、もしスピードを上げようものなら後からやられそう。
「あの…… マヤ様。すごいドラゴンが見えますけれど、大丈夫なんでしょうか?」
「うん。撃ち落とされるようなことはさせないよ」
パティが心配になって操縦席へやってきた。
ビビアナは今にもチビっちゃいそうな青い顔だし、ジュリアさんは席で震えながら蹲っている。
ひぇっ ブルードラゴンがこっちを睨んできた。
『こちらはディアボリ飛行警備隊。
その金属の飛行物体の中にいる者は名前と目的を言いなさい』
「うぉっ!? 頭の中へ直接イスパル語で聞こえてくる!」
『ドラゴンくらいの上級魔族なら自分の意志を相手の脳内で言語変換させて会話することが出来るんだよ。
こちらもそのまま話せば相手に伝わるわ。
飛行警備隊だったのか…… もしかしたらレッドドラゴンはあいつかな?
よし、私が話そう。ふふふ……』
パトカーに捕まってしまう気分だな。
エリカさんもドラゴンの声が聞こえたようで、アスモディアの在住経験から何か知っていることがありそうだからこれ見よがしにと応対してくれそうだ。
『私はアモール・クイテジット様の弟子、エリカ・ロハス!
他に五人いる!
アモール様へ謁見するためにイスパル王国からやって来た!』
『何い!? エリカだとお!?』
さっきのブルードラゴンとは違う声の波動のようなものが聞こえる。
後のレッドドラゴンか!
『ふふ。やっぱりルーブラムだったか。
昔、あいつとはいろいろあったからなあ。』
ズズズズ…… ドキューーーーン! シュイーーーーン!
ドキューーーーン! ドキューーーーン!
「おおおおおおい!!! 後から光線みたいなの撃ってきたんだけどおおおお!?」
『あ…… まだあのこと根に持っていたのかな……』
「何やったんだよぉぉぉぉ!!」
レッドドラゴンが口からレーザービームみたいなものを、最初に大きなのを一発。
続いて二発連続撃ってきた。
わざと外していると思うが、あんなものにもし当たったら墜落どころかその場で蒸発してしまう。
『フハハハッ あいつら本当に撃ってきおった! やはり私の出番だな!』
「アイミはちょっと引っ込んでてよ!」
『はぁ~ おまえはとことん平和主義だな』
「そうじゃなくて面倒くさくなるのが嫌なんだよ」
そう言うとアイミはブスッとしながらも大人しく席に座っている。
私が言うことを素直に聞いてくれるうちは、アイミにとって利害が一致しているということだろう。
頼むからずっとこのままでいて欲しい。
『おいルーブラム。この者たちはおまえの知り合いか?
アモール様の弟子って言っていたが』
『そうだカエルレウム! あいつは俺の頭の上で小べ…… ぐうぅぅぅぅぅぅ!!』
『何があったのかは知らぬが撃つのは止めておけ。
他にも人間がいるようだが、アモール様の客人なら丁重にお送りすべきだろう』
『ぬうぅぅぅ』
良かった…… 青いのはまともなドラゴンで物わかりがいいんだな。
エリカさんはレッドドラゴンの頭の上で何をしたんだ?
『それにしても中にいる者は人間とは思えぬほどの魔力を持っている。
特に二人は上級魔族並だ。何者だ?』
今度はイエロードラゴンが疑問を投げつけている。
アイミと私のことだ。
やはり魔力を抑えていてもすぐバレてしまうのか。
『アモール様のお気に入りだよ。
あんたたちが変なことをしたら大変なことになるかもね』
『わ、わかった。アモール様の屋敷まで護衛をしよう』
『よろしくぅ~』
エリカさんが言ったことはちょっと嘘だ。
私が魔女のお気に入りになってしまったのは自覚しているが、アイミとジュリアさんは面識が無いはず。
しかもアイミの正体がアーテルシアだなんて知らないから、ドラゴンが感知したように魔女も何らかに気づくかも知れない。
飛行の予備のために思ってアイミを連れてきたけれど役に立たなかったし、考えが甘かったかな……
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さらに数分後、下にはとても広い盆地が拓けてるのが見えてきた。
そこには人間と変わらない大きな街があり、魔族も豊かな暮らしをしてるのがわかる。
あれがディアボリの市街か。
街の真ん中にある小高い丘に、すごく大きな洋風のお城が建っている。
『あれが大帝フォルテッシウス様のお城よ。私は行ったことがないけどね』
そうかあ。鬼みたいなデザインかと思ったら案外普通なんだね。
門や扉がやたら大きい。
中にはゲボハハハハと笑う大帝様がいるんだろうか。
飛行機とドラゴンはディアボリ市街上空を周回しながら高度を落とし、市街北部へ向かう。
そこに魔女アモールの屋敷があるという。
市街地から外れた広い敷地に、ガルシア家と変わらない大きさのこぢんまりとした屋敷がポツンと建っている。
ドラゴンが三頭と飛行機が着陸しても全く問題無い広さだ。
屋敷の前にドラゴンたちがドスンと降り立ち、飛行機は垂直にゆっくり着陸した。
まず先に私とアイミが飛行機から堂々と降り、続いてパティたち三人が恐る恐ると降りる。
ジュリアさんとビビアナはお互いしがみついていた。
「ニャニャ…… 食べられニャイかな…… ぶるぶる」
「わわわわたスは美味しくないでスよ…… ガクブル」
「マ、マヤ様がいますからきっと大丈夫です…… ううう……」
魔女の館と言うべきか。
魔女アモールの屋敷はかなり古ぼけていて夜になるとちょっと怖そうだけれど、立派な建物だ。
建物の中に強い魔力をいくつか感じ、ひときわ大きな魔力が魔女アモールだ。
在宅で良かったよ。
『おい。エリカはどうした? 魔力だけは感じるが……』
さっきレーザービーム砲みたいなのを撃ってきたレッドドラゴンが話しかける。
下から見上げると一層迫力があるな。とにかくデカい。
『ここよ。この男の子の首にあるペンダントの中よ』
『なにい? それか! おまえ、身体はどうしたんだ?』
『無くなった』
『ガハハハハハッ おまえ身体が無いのかよ!! ウケるわ!! ガハハッ』
エリカさんのことを笑われるとムッとする。
命を賭けて守ってくれたのに……
『それがどうにかならないかってここに来たんだよ。
この子らを守るために、邪神エリサレスに神殺しの禁呪を使って身体が無くなったんだ。
おまえらにそんな覚悟があるか? クソ野郎が!』
『わ…… 悪かったよ。
邪神エリサレスだと? 七百年以上前にこの世界を襲ったあの伝説のか?
とんでもないやつと戦ったんだな。
禁呪を使ったとは、確かにおまえはアモール様の弟子だ』
エリカさんが啖呵を切って、胸がスッとした。
普段はバカでエッチなことを言ってるが、私たちをエリサレスから守ってくれたことには頭が上がらない。
だからこうしてエリカさんのためだけにここへ来た。
屋敷の前にドデカいドラゴンが三頭がいて飛行機もあるものだから、中からドヤドヤと魔族が出てきた。
メイド服を着た可愛い女の子が三人と、魔女アモールである。
『なあに? エリカたちが来るのはわかってたけれど、警備隊のあなたたちまでどうしたの?』
『はっ これはアモール様。
この者たちが金属の怪しい乗り物で飛んできたので、問い詰めてエリカがいることがわかりましたので我々がここまで連れてきました』
レッドドラゴンが魔女アモールに説明をする。
エリカさんの話では、魔女アモールはイスパル王国でいえば公爵級の身分らしくて魔族の中ではかなり偉いとか。
マカレーナや王都で見たあれだけの力を持っていれば偉いのはわかるが、ぱんつから現れたりよくわからない人である。
ああ、人じゃないか。
これが生の魔女アモールか……
イスパルに来たのは魂だけ転移して身体は生成した擬似的なものだった。
だからおっぱい◯ふぱふになっても体温を感じなかった。
格好はその時と同じく、赤黒基調の胸ぱっくりドレスでぱんつが見えそうなくらいの両側スリットがあるロングスカート。
瞳は黄色、金色が混じっている長い銀髪の美人でエロいオバさん……
と言ったら失礼なくらい魅惑的な魔女だ。
『そう、ご苦労様。じゃあもう帰っていいわ。
そんな大きな身体で近くにいられたら屋敷が揺れて仕方が無い』
『失礼しました! それでは私たちはこれで!』
ドラゴンたちは翼を大きく広げ、土埃をあげて飛び立っていった。
ぺっぺっぺっ すごい風だ。
飛行機をグラヴィティで浮かせてから飛ばすのは正解だったな。
『さて、おまえたちがイスパルからこちらへ向かっているのは感知したから、そろそろ来る頃だと思っていた。
エリカ……
エリサレスに禁呪の Deus Interfector を使ったのね。
もしものために渡した魂の石が役に立つとは』
『お師匠様、どうしようもありませんでした。申し訳ありません』
『まあ、どうしてここに来たのかもわかってるわ。何とかしてあげる。
マヤ…… 来てくれたのね。嬉しいわ……
そこの猫娘も覚えている。また美味しい物を作ってくれるのかしら?』
「は、はい! 頑張って作るニャ!
こっちのジュリアも料理が上手で、美味しいお菓子も作れるニャ!」
「よ、よろスくお願いスまスぅ!」
『そう…… 楽しみにしてるわ……
料理を作るときはそこの三人や他の者に聞くといい。
カメリア、ロクサーナ、ファビオラ。この子たちをお願いね』
『『『はい! アモール様!』』』
不思議なことにアモール様とメイドの子たちも綺麗なイスパル語で喋っているように聞こえる。
ドラゴンたちが喋っていたように脳内に直接話しかけてくるのとは違う。
アモールがイスパルで話していたときは、本当にイスパル語で喋っていてジュリアさんほとではないが多少訛っていた。
「あの…… どうしてアモール様の言葉がイスパル語に聞こえるんですか?」
『ああ…… そんなことね。
さっきあなたたちに魔法を掛けておいたから……
鼓膜に届く直前でイスパル語に変換され、口から発するとアスモディア語に変換される。
喋っている途中で二言語が同時に耳に入らないように干渉もしない。そういう魔法よ。
街へ出ても他の魔族と普通に話すことが出来る……』
「はぁー 便利な魔法があるんですね。人間と大違いだ」
『それが魔族の国だから。連れてきた人選も魔力量が多くて良いわね。
人間のそこらじゅうにいる魔法使いでは、エリカが最初にここへ来た時のように苦労するわ。ふふふ……』
『う…… お師匠様…… 思い出すじゃないですか……』
理屈はよくわからないけれど、とても都合が良い魔法だな。
地球にもそんなのがあったら良かったのに……
もう関係ないからどうでもいいか。
『それでは中に入ってお休みなさい…… と言いたいどころだけれど……
その前に…… とんでもないやつを連れてきていることを説明してもらう必要があるわね……』
やはりアモールには誤魔化せなかったか。
アイミは十二歳の魔女っ子姿で、敵意を見せずに私の隣で大人しくしている。
だがアモールには私たちが飛行機に乗っているときからとっくに気づいているはず。
アモールからも敵意を剥き出しているようには感じられない。
二人が本気を出したら国ごと滅ぶ力があるので、私ごときではどうにもならないからなるようにしかならないぞ。
どうか平和に事が運びますように……
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☆ディアボリ飛行警備隊のドラゴン
◆ルーブラム…レッドドラゴン
◆カエルレウム…ブルードラゴン
◆フラヴム…イエロードラゴン
☆アモールの屋敷にいるメイド
◆カメリア
◆ロクサーナ
◆ファビオラ
◆アモール・クイテジット (何故か『愛で覆い尽くす者』の意)
アスモディアの偉い魔女で七百歳以上 エリカの師匠




