第二百三十七話 リーナの目覚め
ややセンシティブな内容です。
今日はお昼過ぎに出発し、夕方にはスオウミ国の人気が無い場所で停泊することにしている。
ガルベス家のリーナとエレオノールさんに会っておかないといけない胸騒ぎがしたので、アポ無しダメ元で出発前に出掛けることにした。
前回会ったのはいつだろう。
シルビアさんが出産する前だから二ヶ月以上は空いていると思う。
九時ならば部屋で勉強しているだろうから、窓からお邪魔することにしよう。
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ジュリアさんとビビアナをそのままエスカランテ家へ預け、空を飛んでガルベス家の屋敷へ向かった。
リーナの部屋の窓を少し遠くからチラッと覗き込む。
おっ いたいた。髪の毛が少し伸びてるな……
少し離れた場所で立っているのは……
おおおっっ あれは麗しきコックコートを着たエレオノールさん!
他の先生とばかり思っていたから、とても幸運。
コンコン コンコン
窓を軽く指でつつく。
エレオノールさんが先に気づいた。
それからリーナが振り向き、窓際へ駆け寄ってきた。
「おー! マヤ!! 今開けるぞ!!」
リーナはガチャガチャと窓を開け、満面の笑みを浮かべて私を迎え入れてくれた。
私はスルリと部屋へお邪魔する。
「リーナ、久しぶりだね」
「本当に久しぶりじゃ。もしかして妾のことを忘れてしまったのかと思ったわ」
リーナは私の袖をつまんでジト目で見上げる。
エレオノールさんもニコニコしてこちらへやってくる。
「マヤ様、ご無沙汰しております。
今日は急にどうなさったんですか?」
「二人の顔を見ておかなくちゃ…… と思って。
訳あって今日は午後から飛行機で、魔族の国アスモディアへ行ってくるんです。
帰ってくるまで最長一ヶ月は掛かるので、それでなんですよ」
「まあ! 魔族の国へ!?」
「おぬしの飛行機が完成したのか? 妾も早く乗りたいぞ!」
「国からもお金を出してもらってるからあまり勝手なことは出来ないけれど、リーナとエレオノールさんも乗せてあげることを約束するよ」
「本当か? 必ずだぞ」
リーナは上目遣いで私を見る。
彼女は間違いなく美少女なのだが、まだ子供としての目線でしか見られない。
十五歳になったらどんな姿になるのだろう。
「で、魔族の国だと!? 魔物と戦いに行くのか?」
「前に王都まで来ていた魔女に用事があるから行くんだよ。
王都を襲ってきたような魔物はいない。
魔族は私たちみたいに普通に生活しているみたいだよ」
「ふーん、そうなのかあ」
私もアスモディアの様子はエリカさんから聞いた範囲でしか知らないし、ほぼ鎖国状態で人間も好き好んで近づいたりしないから情報がほとんど無いのだ。
でもエリカさんはあまり詳しく話したがらないのは何故だろう。
そんな彼女は私の首に引っかかって沈黙を守っている。
「近いうちに君のお祖父様、あとご両親とお話をしたいと思っている。
その前にリーナと二人だけで話をしたいから、また手紙を書くね」
「うむ。結婚の話か? 妾はいつでもいいぞ。ふっふっふ」
「あー…… うん」
妙に勘が良いリーナだが、その通りだ。
それに対してエレオノールさんは苦笑い。
ヴェロニカの結婚とリーナの婚約ついて話を上手く合わせておきたい。
本人たちは恋愛結婚のつもりでも、世間の人々の多くは政略結婚として見るだろう。
私がヴェロニカと結婚すると聞いたら恐らくガルベス公爵は激怒する。
いや、薄々は勘付いているかもしれない。
だから女王ともきちんと話して作戦を練らなければならない。
今のところガルベス公爵から見た私の印象は悪くないと思っているが、王家と繋がっていることは未だ快く思っていない様子だ。
ヴェロニカとリーナの二人と結婚したら、もし私がその気になれば我が国の勢力図を大きく変えることが出来る
私のような人畜無害の人間に何も出来るはずがないと、野心がないことも改めて理解してもらう必要があるが、さてどうしたものか。
「そういうわけで、勉強の邪魔をしたら良くないからこれで帰るね」
「なんじゃ!? 早すぎるぞ!」
「うん…… リーナと…… エレオノールさんの顔が見たかっただけだから」
リーナは急に半泣き顔になり、私にしがみついた。
彼女の頭を優しく撫でてみたけれど、昨日のエステラちゃんのように離れそうにない。
どうしようか……
「お嬢様…… マヤ様がお困りですよ」
「嫌じゃ…… もう少しマヤといたい」
エレオノールさんの目があるので抱きしめたりするのは気が引ける。
そうだ、こうするか。
私はリーナをお姫様抱っこした。
「あわわわ!」
「エレオノールさんすみません! 十分だけ空を遊覧してきます!」
「あっ はい……」
私はリーナを抱っこしたまま窓から飛び出した。
遊覧してくると言ったが、リーナの部屋がある建物の屋根に二人で並んで座った。
チラッと彼女の顔を見たら拗ねた表情をしている。
「ごめんなリーナ。このところ忙しくて会いに行けなかった。
魔族の国から帰ってきたら落ち着くと思うから、次はゆっくり時間が取れるようにするよ」
「――本当か? 次とはいつじゃ?
知っておるぞ。おまえにはパティやヴェロニカの他に、王宮のメイドや執事とも仲良くしていると聞いた」
うっ…… モニカちゃんやシルビアさんのことだろうか。
彼女らのことはリーナに話したことが無いんだが、まあガルベス家の関係者でも王宮に出入りしている者がいるだろうから一緒にいるところを見られたのかも知れない。
ここは正直に話そう。
「確かに仲良くしている女性はいるよ。
陛下の執事とは結婚する予定でいる。
王宮のメイドの他にも、マカレーナでお世話になってるガルシア家のメイドや近所の大司祭様とも仲良くしているよ。
付き合う女性について無節操なのは自覚している」
「何じゃ! 想像以上の人数ではないか! 妾は何番目じゃ!?」
「私は仲良くしている女性を何番目だなんて考えてないよ。
パティだけはこの国へ最初に来た時に路頭に迷っていて助けてもらったガルシア家に対する義理があるから一番最初に結婚する。それだけだ。
一人一人の女性に対してみんな幸せになって欲しいと心から願っているし、そうする努力をしている」
「この国では強く優しい男がたくさんの女を娶っても良いという決まりがあるのはわかっておる。
それにしても多過ぎじゃ……
努力をしているというのならば、妾に寂しい思いをさせるな」
全くその通りで言い返せない……
新たな出会いは最近無いが、みんなとプライベートタイムの取り方にバラツキがある。
特にマルセリナ様と会うときはパティと一緒にいることがほとんどなので、大聖堂の外で二人っきりになったのは前にガルシア家で性教育をしたときだけだ。(第五十八話参照)
「リーナ…… 私がみんな悪い。
だけども今日はこれで許して」
私はリーナの肩をサッと抱き、キスをした。
パティともよくやる少し大人のハムハムキス。
目を瞑っているが、突然のことでリーナは硬直しているのがわかる。
十一歳の少女の唇はとても柔らかく、ほんのりオレンジの甘い香りがしていた。
数えてもいないが十秒は経っただろうか。
そっと唇を離して彼女の顔を見ると、ポカーンとしていた。
だが数秒後にはみるみるとタコのように顔が赤くなる。
前にあれだけ私へ、スイカやメロンにかぶりつくようなベロベロチューをしてきたのに、今日はどういう心境なんだ?
「あ…… うん…… マヤ……」
「ん?」
さらに、リーナのおでこにキスをすると頭がボムッと爆発したかのようにとどめを刺してしまったようだ。
気絶はしていない。
「部屋へ帰ろうか……」
「うむ……」
再びリーナをお姫様抱っこし、窓から部屋へ戻った。
エレオノールさんがそのまま待ってくれている。
「お帰りなさいませ。あら、お嬢様いかがなさいました?」
「いや…… 何でもない……
エレオノール。勉強に戻るぞ……」
「はい…… お嬢様」
リーナは顔を赤くしたまま席について勉強をする態勢になった。
エレオノールさんは不思議な顔をしてリーナを見てから私に振り返る。
「じゃあリーナ、エレオノールさん。
魔族の国から帰ってきたら連絡するので、また会えるのを楽しみにしてるよ」
「う…… うむ。気をつけて行くのだぞ……」
「マヤ様。お気を付けて……
今度は美味しいお菓子を作ってご馳走しますね」
「それは楽しみです。じゃ……」
私は窓から飛び出した。
エスカランテ家へ戻る最中にペンダントから声がする。
『ねえマヤ君。思い切ったことをするわね』
「え? どうして?」
『マヤ君からあの子へキスするのは初めてだったんじゃない?
あれはびっくり…… いや、かなりショックを受けてる顔だったよ』
「ああ…… そうだっけか。不意のキスだったからなあ」
リーナはキス魔の気があるから、いつもは彼女からのむっちゅうキスばかりだった。
さっきは彼女の心の準備が出来ていないから、やり過ぎたかな。
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エスカランテ家へ帰着。
出掛けていたのは一時間ほどだったけれど、二人はどうしてるかな。
「あっ マヤ様おかえりなさい」
リビングではジュリアさんが一人でミカンちゃんを抱っこしてあやしていた。
シルビアさんは部屋で休憩し、婆やの代わりに見てくれているとのことだ。
ジュリアさんを信用してくれてるんだね。
普段はみんなの中で最も素直で健気な彼女だ。
いつか子供を産んでも安心だろう。
「マヤ様…… わたスも赤ちゃんがすごく欲しいです…… ハァ ハァ
早く結婚スて、わたスたちは可愛い男の子を作りましょう。グヘヘ」
うーん…… 何だか不安になってきた。
ジュリアさん一人かと思ったら、ビビアナが給仕服のままソファーで猫のように丸まって寝ていた。
気ままというか、遠慮がなさ過ぎなのはやっぱり猫の習性か。
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(リーナ視点)
マヤが帰り、妾はあれから淡々と勉強やお稽古をこなした。
そして家族と夕食……
いつもと同じなのに、父上と母上、お祖父様たちがどこか違って見える……
何故なのじゃ?
寝る時間になったので、パジャマに着替えてベッドに入る。
前は婆やに着替えさせてもらっていたが、妾はもう大人だから一人で出来るのだ。
――眠れないぞ。
マヤは今頃どうしてるかな。
魔女に会いに魔族の国へ行くと言っていたが、変なことされないかのう?
マヤとキスをした……
あやつと何回もキスをしているのに、今日のキスは全然違った。
キスをしているときに、胸がきゅうぅぅんと苦しくなった。
でも後でスッキリ気持ちよくなった。
あれは何だったのだ?
もしや本で読んだ恋煩いというやつか?
そうか。そうなのだ!
あれが本当の大人のキスなのだ!
――きゅうぅぅぅぅん
あっ まただ。苦しいのに気持ちいい。不思議じゃ。
妾は大きな枕に抱きついた。
コレがマヤだったらのう……
早く会いたい……
何だかお腹の下がムズムズする……
――もぞもぞ
ギュッと枕を抱きしめる。
ムズムズが止まらない。
ドキドキして変な気持ちになる……
マヤ…… 妾をもっと強く抱きしめてたもれ……
――あひっ
なんじゃ!? 今身体がビビッと来た。
ふにゃぁ…… でもスッキリした……
ムズムズも無くなった。
もう眠い…… zzz
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うにゅう~ もう朝か……
………!?
さわさわ……
下着が濡れておる?
まさか久しぶりにおねしょ!?
あわわわわわわ…… 婆やに怒られるうぅぅっ
でも…… 布団は濡れていない。
良かった…… これなら誤魔化せるぞ。
でもいつものおねしょと違うのはなんなのじゃ?
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今朝もエレオノールと勉強だ。
あのことが気になって仕方が無い。
母上や婆やに聞くのは恥ずかしいから、エレオノールだったら……
「のうエレオノール……
ちょっと身体のことを聞きたいのだが、恥ずかしくて……」
「何でしょうお嬢様。
何でも聞きますよ。私に相談して下さるなんてとても嬉しいです」
「朝起きたら、下着が濡れておったのじゃ。
でもおねしょとは違うのだ。あれは何なのだ?」
「えっ あの…… ええっ!?」
「なんでエレオノールが顔を真っ赤にしておるのだ?
そういえばゆうべ、マヤのことを考えていたら胸がきゅーんとして、お腹の下がムズムズして、後でビビッと来たのじゃ。
それと関係あるのか?」
「それは…… 愛している殿方のことを考えていたら、そうなることがあります……
だから…… おねしょでも病気でもないです……」
「おおそうかそうか。ならば良かった。
で、そう言うエレオノールもなったことがあるのか?
おまえもマヤのことを考えたらそうなったのか? うひひ」
「おっ おっ お嬢さまぁぁ!! ううう……」
エレオノールは恥ずかしさのあまり泣いておる。
こいつもマヤのことが好きなのは知っておったが、妾と同じくらい好きだったとはな。
――エレオノールのぼいーんにはどうしても勝てん。
マヤをもっと夢中にさせるには、どうしたら良いものか。




