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第二百三十二話 エリカの話/次世代への一歩

 王宮での昼食会。

 王家はマルティン王子が加わり、女王と兄妹の四人。

 そしてゲストとしてガルシア侯爵夫妻とパティ、カタリーナさん、私。

 使用人であるフェルナンドさんとエルミラさん、それからシルビアさんたちは席を外している

 あくまで王家のプライベートな会食として行われているが席次が妙で、一番奥がカタリーナさんとアウグスト王子の席で対面になっていた。

 きっと王子が仕組んだのだろうがあまりにも露骨なので面白い。

 食事が始まり女王や侯爵周りでは会話が弾んでいるようだが、奥のアウグスト王子とカタリーナさんはぎこちなくモソモソと食べている。

 オタクっぽいマルティン王子は飛行機に興味を持っているようで、いろいろ質問してくるから私は回答に追われていた。


「あ…… あの…… 初めましてセニョリータ。

 私は第一王子のアウグストです。

 そちらのステーキは王宮が特別に育てているイベリカ豚を使っておりますから、どうぞ召し上がって下さい」


「――カタリーナ・バルラモンでございます、アウグスト王子殿下。

 確かに…… このステーキはとても美味しゅうございますわね。オホホホ」


「カタリーナ殿…… 素敵なお名前ですね。

 不躾ながら、この度はどういった目的で王都までいらっしゃったのですか?」


(わたくし)…… 王都へ参るのは今日が初めてなんです。

 ですから王都見物をしたく、マヤ様の飛行機では大変速く移動が出来ると伺いまして、この機会にガルシア家の皆様に便乗させて頂きました」


「おおそうでしたか。ではごゆるりと王都見物をお楽しみになって下さい」


「ありがとうございます……」


 たぶんもっと話をしたいだろうに、二人とも緊張のあまり会話が続かない。

 家族以外の異性に慣れていないんだろうなあ。

 王子という身分だから、そこでデートに誘うってわけにもいかないし……

 私を介してなかったら話すら出来なかったかも知れないが、今日の縁は応援してあげたい。


 それにしても王子が言うイベリカ豚のステーキが美味すぎる!

 歯ごたえがとても柔らかくじゅわっと肉汁が口の中に広がる。

 餌がいいんだろうねえ。

 王子からの話の持ち出しが高級トンテキとはウケる…… ぷぷ

 おっと笑っちゃいけない。


 会食が終わりそうなので、あのことを皆に打ち明けよう。

 食事前のトイレでこっそりとエリカさんと話をしてある。


「あの、お食事中に大変恐縮でございますが、皆様に大事なお話をしたいことがありまして……

 よろしいでしょうか?」


「なあに? マヤさん。いいわよ、お話しなさい」


「うむ。陛下がお許しになっていることだし、ここで君が言う大事なこととは余程のことなのだろう。話してみなさい」


「はい。ありがとうございます。でも実際に話すのは私ではないのです」


「えっ? それはどういうことなんだ?」


 私は首に着けていたペンダントを外し、右手に持って掲げた。


「マヤ様それは…… エリカ様の形見のペンダント……」


「そう。じゃあエリカさん、よろしく」


「「「え!?」」」


『あのぉ…… 皆様ご無沙汰しておりますぅ…… エリカです……』


「「「「「ペンダントがしゃべったああああ!!??」」」」」


 エリカさんが申し訳なさそうに話し出すと、これまた予想通りの反応で皆が驚いていた。

 脇に控えている給仕係はフローラちゃんとモニカちゃんだけなので聞かれても問題無いが、フローラちゃんは初めてなので一緒になって驚き、モニカちゃんはニヤニヤとしている。


「エリカさんはこのペンダントの中で、魂だけが生きています。

 エリサレスとの戦いで、エリカさんは魔女アモールが作った神殺しの禁呪を使い身体は亡くなってしまいましたが、その直前に魔族の古代魔法でこのペンダントにはめてある魂の石(アニマラピス)に魂をバックアップしたそうです」


『その魔法もうまくいくかどうかわからない、一か八かだったんです。

 それで私はペンダントの中でずっと眠っていて、つい最近目覚めてマヤ君とお話をする時機を(うかが)っていました』


 食事会場はシーンと静まりかえり、皆の顔はきょとんとしていた。

 いくら魔法が使える世界でも、物がしゃべる事例は恐らく初めてだ。

 これが真実だということを受け入れてもらえるだろうか。


「うーん…… 待って。

 今私たちの目の前で起きていることが非現実的過ぎて、どう応えて良いのかわからないの……」


 女王が言うことは当然だろう。

 でも魔女やサリ様がいろんなことをやっていたにもかかわらず、死んだはずの人間が今ここでしゃべっていることをすぐに受け入れられないのは、恐らくだが国教として深く国民に浸透しているサリ教の中で死という概念の冒涜だからであろうか。

 そうなると私が一度死んでこの世界に転生してきたことは、皆に信じられていないのか、単に実感が無いまま受け入れているだけなのか。


「それでも確かに、エリカ様の声ですわ」


『そうだよそうだよ。信じてちょうだいよぉ~

 パティちゃんも一緒に毎日お屋敷の庭で勉強していたじゃないかあ』


「ほらそのしゃべり方もやっぱり! エリカ様に間違いないですわ!」


『アマリアさん。学生時代だった十六年前の、ミラン先生の時の屈辱を忘れてないわ』


「なっ……」


 アマリアさんの表情は急にビクついた。

 私もエリカさんから昔の話を聞いたことがあるが、十六年前に何があったのかその時の話は恐らく聞いたことが無い。


---


(エリカ視点)


 あれは十六年前、私がまだ十歳でマカレーナ女学院へ通っていたときの話。

 私は飛び級の四年生で、アマリアさんは十五歳の同じく四年生だった。

 そんなある日の放課後のこと。


「アマリアさん、勝負よ!」


「なあに? 私は早く寮に帰りたいんですの。

 ツルペタのガキんちょのくせに目障りですわ」


「その歳でもうデカぱいタレ乳のあなたに言われたくないわ!

 私のお母様はボイーンだから何も心配してないしー ぷぷっ」


「ぬぅぅ 言わせておけば……」


 私はこうやっていつものようにアマリアさんを挑発しては勝負に誘っていた。

 実際アマリアさんのおっぱいはタレ乳ではなく、挑発のためと本音ではちょっと悔しかっただけ。


 私たちは場所を変えて校庭に出た。

 魔法での勝負は禁止されていないが、建物に被害があると退学させられるかもしれないので、その辺はわきまえていたつもり。

 そうなると見物の生徒がぞろぞろと集まってきて、先生もたまに来る。

 今日は、この学校では珍しい男性教師のミラン先生が見に来ており、若くてイケメンだから私もアマリアさんも張り切っていた。


「おーい、おまえら。勝負するのはいいが怪我はするなよ!」


「はーい! ミラン先生大好きぃー!」


「承知していますわ先生。この子をちょっと懲らしめるだけですから」


「お おい……」


 ミラン先生は心配そうな顔をしているが、お互いの魔法防御壁がきちんと制御できているのをわかったうえでやることなので存分にやらせてもらう。


「いきますわよ、エリカさん!」


「ミラン先生にそのおっぱいでぷるぷる悩殺しないでよねー」


「なんですってぇぇぇぇ!!!!」


 アマリアさんの前に、突如として空中に火炎の輪が出来ていた。

 これに対抗するには水属性の魔法しか無い。

 私は炎の輪の中にアイスボールを放った。


「ああっ エリカさんやめなさい!! そんなことをしたら!!」


「はっ!? しまったぁぁぁぁ!!」


 炎の輪の中が急激に冷え、熱と冷気の効果で気流が発生した。

 理屈で言えば高気圧が周りにある場所で低気圧が発生している時に風が吹くのと同じ。

 上空にある炎の輪から強い風が吹く。


「「「「「きゃぁぁぁぁぁ!!」」」」」


 ギャラリーの女の子のスカートが(めく)れ、ぱんつが丸見え。

 アマリアさんもスカートが(めく)れていたが、イモっぽい普通の白いぱんつだった。

 あっ 今日履いてる私のぱんつは……

 まだ十歳で体重が軽い私は風に吹かれて転げ回り、でんぐり返し状態になってしまった。


「あ…… あなた! 何て物を履いてるの!?」


「なあっ!?」


 アマリアさんは目が飛び出すように驚き、ミラン先生は両手で目を覆っていた。

 私は大人へ背伸びしようと、こっそり買ってきた黒のTバックを履いていた。

 でんぐり返しでぱんつ丸出し。

 一番小さいSサイズだったけれど、それでも少し緩めだったからもしかしたら……

 私はすぐ起き上がったが手遅れだった。


「うわぁぁぁぁん! ミラン先生に見られたあ!!」


 絶対捲(めく)れない自身があったのに、私の無知で失敗してしまい大泣きした。

 アマリアさんは(さげす)んだ目で私を見ている。


「自業自得! あとそんな下着を履いてるなんて、身の丈を知りなさい!」


「うわぁぁぁぁぁぁん!」


---


(マヤ視点)


「あれはあなたが自爆しただけで、私はちっとも悪くなくてよ。

 よくそんな恥ずかしいことを思い出したのね。

 でも確かに…… そのペンダントはエリカさんに違いないわ」


『こうでも言わないと信じてもらえそうになかったからよ!』


「ア アマリア…… 君たちは学園で一体何をやってたんだい?」


「知りません。教えません」


 食事会場の皆も呆れ顔になっていた。

 エリカさんがガルシア家の屋敷に住むようになってからもいい歳して時々いがみ合っていたので、十六年前に何が起こったのか何となくわかるような気がする。

 Wぱ◯ぱ◯(第二十九話参照)はすごかったから、またやってくれないかな。


「そういうことでエリカさんは魂だけ存在している状態なんですが、それからどうなるかということをエリカさんも知らないので魔女アモール様に聞かないといけないのですよ。

 それには魔族の国アスモディアへ行かないとわからないんです」


「前みたいに転移で来て下さらないのかしら?」


 女王がそう尋ねたが、魔女と話をするだけなら転移でもいいだろう。

 魔女の転移は身体を残して魂だけ転移し、現地でダミーの身体を生成する方法でやっているようだ。

 身体ごと転移させるのは大変複雑で面倒らしい。

 前に、私にアスモディアへ来て欲しいという話もあったし、エリカさんの身体も生き返ることがもし出来るというなら、ペンダントを魔女に直接渡した方が良いだろう。


『こちらから発信する手段が無いですし、お師匠様はきまぐれですからいつ来てくれるのかわからないんですよ』


「そこで飛行機が完成したので、アスモディアへ行ってみようと思うのです。

 ただ数日で行って帰られるかどうかわかりません。

 それで陛下や王子殿下にも話を聞いて頂きたくて……」


「そう…… そういうことね。

 今日の明日で国内の視察や外国への訪問計画は立ててないわ。

 一ヶ月くらいなら自由にして良いわよ。

 ただ飛行機が修理不可能になるくらい壊さないことを約束して頂戴」


「ありがとうございます!

 あの…… その後には刀を直してもらいにヒノモトの国へも行ってみたいんですが……」


「わかったわ。ヒノモトについてはあなたたちがアスモディアから帰ったらお話ししましょう。それでいいわね?」


「はい! よろしくお願いします」


 女王は寛容だった。

 もしかしたら夜のお務めを(おこな)っていることで我が(まま)を聞いてもらえたのかも知れない。

 食事会が終わり、解散して女王が一番先に退出しようとしていたときに私へ耳打ちをしてきた。


「今晩必ずいらっしゃい。ふふふ」


 やっぱりそうだった。

 私の王宮が関わる行動は、女王に身体を捧げることによって成り立っているんだなと改めて確認が出来た。

 今は良いけれど、女王がお婆ちゃんになるまで続いたらどうしよう……


 念願のヒノモトへも行けそうだ。

 折れた八重桜を直してもらうこともあるが、日本によく似てるという国をこの目で(じか)に見たい。


---


 昼食会の後にアウグスト王子とカタリーナさんが二人っきりで話すということになっており、部屋に残っているのはその二人とパティ、私。

 それから食器の片付けを始めているモニカちゃんとフローラちゃんだけになった。


「あのモニカちゃん、フローラちゃん。

 わかっていると思うけれど、この部屋で見聞きしたことは他言無用でよろしくね」


「承知してますよ。秘密は少人数で共有してこそ楽しいよねー、フローラ?」


「え…… うん…… あはは……」


 見た目は口が軽そうなギャルのモニカちゃんだが、その辺は信用できる子だ。

 さて、王子とカタリーナさんは……

 あー、王子は壁際で固まってるし、カタリーナさんはパティにくっついてオロオロしている。

 これは王子を後押ししないといけないな。


「ほら王子、カタリーナ様のところまで行きましょう」


「ええ? ああ……」


 私は王子の手を引っ張って、カタリーナさんとパティの元へ連れて行った。

 私の前世は奥手だったので女性との交際経験は僅かなうえに結婚が出来なかったわけだが、第一王子ともあろうお方はそういうわけにはいかない。

 カタリーナさんが気になるという王子の話を聞いてしまった以上、乗りかかった船で私は彼らを応援せねば。


「カタリーナ様、王子殿下がお話をしたいそうですよ」


「あっ はいぃぃ!」


「カタリーナ様、頑張って!」


「あの…… カタリーナ殿。私の執務室でよろしければ二人でお話ししましょう。

 散らかっていて申し訳ないのですが……」


「はい…… よよよよ喜んで……」


 カタリーナさんはお辞儀をしてアウグスト王子の誘いを受けた。

 この瞬間、この国の次世代への一歩が始まったと思うと感慨深くなり、胸がジーンとしてきた。


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