第二百二十九話 愛娘の顔を思い浮かべて
女王のエスカランテ家訪問から数日後、とうとうマカレーナへ帰る日がやって来た。
愛しい我が娘ミカンちゃんと暫しの間お別れである。
シルビアさんの部屋で私は我が子を抱いて別れを惜しんでいた。
「あああああミカンんんん!! パパ寂しいよぉぉ!!」
「ふぎゃあぁ」
ミカンちゃんは一瞬だけ泣いて、大きなあくびをした。
あくびもすごく可愛いよぉぉぉ ううぅぅ……
「うふふ もう眠たいのかしら」
お爺ちゃんであるエスカランテ子爵が買ってくれたベビーベッドにミカンちゃんを寝かせた。
手足をぱたぱたさせてご機嫌良さそう。
何をしていても世界一可愛いよおおお。
次に会えるのは飛行機が完成して最後のテスト飛行の時になるだろうから、早くて半月後だろうか。
半月後でも長いよなあ……
すくすくと大きくなっていくから、会うたびに成長しているのがわかりそう。
どんなに間が空いても一ヶ月ごとには会いに行きたい。
だが飛行機が完成したら、エリカさんの魂を何とかするために魔族の国アスモディアへ行って魔女に会う目的がある。
そうなると一ヶ月じゃ済まないかも知れない。
あ~ぁ…… ミカンちゃんのことばかり考えて頭が変になりそう。
ミカンちゃんが成長したら一つ大きな問題がある。
成長して大きな魔力量で魔法が使えるようになれば当然偉才として見られてしまう。
シルビアさんが並の魔法使いで架空の夫が魔法を使えるかどうかわからないのだから、不審に思われると私に疑いが来るはず。
だから私が前にパティたちを謎の付加がついたフルリカバリーを掛けて魔力量が増えたことと同じように、ミカンちゃんにもそうしたことにしようと考えている。
早い子は四、五歳から魔法が使えるようになるので、そのくらいの歳になったら注意してみよう。
エスカランテ家の屋敷、玄関前にて。
午後のティータイムを過ごし、夫妻とシルビアさん、そして愛しい愛しいミカンちゃんがお見送りをしてくれる。
往路は無理をして魔力切れを起こしてしまったので復路はまっすぐマカレーナへ帰らず、今晩はセレスのラミレス家でお世話になる。
ミカンちゃんが予定日より少し早く産まれ、帰りの日の予定は変えずにその分ゆっくりミカンちゃんを可愛がることが出来た。
「ではな。ここは君の家だと思って、いつでも帰ってきていいんだよ」
「ありがとうございます、エスカランテ子爵」
「早く正式に結婚式が出来たらいいわね。そうしたら二人目は堂々と…… オホホホ」
「ああ…… いやあ。あははは」
「パパ~ ばいばーい 早く帰ってきてネ~」
シルビアさんがミカンちゃんを抱っこしながら代弁してくれている。
ミカンちゃんがしゃべられるようになってパパなんて呼んでくれたら私は萌え死にすることだろう。
「じゃあ、お元気で」
私はセレスへ向けて飛び立ち、みんなはあっという間に小さくなり見えなくなった。
脳裏にはミカンちゃんの顔ばかり浮かぶ。
ああ…… また一分も経ってないのにもう会いたくなってきた。
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夕方、セレスにあるラミレス家の屋敷に到着。
マカレーナへ直行するより少し遠回りになるが、マカレーナとマドリガルタのちょうど中間地点になるので大分気楽だ。
セシリアさんに出迎えられ、早速お風呂を勧められる。
この家は、そう……
アナベルさんとロレンサさんがお風呂でおもてなしをしてくれるのだ!
うっ いかんいかん。ミカンちゃんの顔がまた頭に浮かぶ。
目的は休憩のためであって、邪なことをするためではない。
ベテラン給仕係のローサさんにお風呂へ案内され、脱衣所であっという間に裸にされてしまった。
「誠に申し訳ございません。
アナベルとロレンサは帰省のための長期休暇を頂いておりまして、おもてなしをして差し上げることが出来かねます」
「ああ…… そうでしたか。久しぶりに会えると思っていたけれど、残念です」
「何でしたら、私めがおもてなしを…… じゅる……」
「そ…… そうですか」
ローサさんが舌舐めずりをして怖いけれど、人妻相手に何かあってはいけない。
アマリアさん相手でも理性を保っているというのに。
「冗談ですよ。それではごゆっくり……」
ですよねー 何を期待しているのだろう。
そんな時はミカンちゃんの顔、ミカンちゃんの顔……
私は広い浴室に一人で入っていった。
(ローサ視点)
マヤ様が入って行かれた……
チラッ
マヤさまの黒いビキニぱんつっ!
私はサッと手に取り、鼻に当てて力一杯深呼吸した。
クンカクンカ ふがふがふがっ
長い時間履いたままの、僅かにツーンとした芳醇な香り!
若い男の子のフェロモンは旦那と桁が違いますっ
あああ……
クンカクンカクンカクンカッ すうぅぅぅはぁぁぁぁ……
あふっ 洗濯するのがもったいない……
(エリカ視点)
たまにはマヤ君とお風呂に入りたいよお。
いつも畳んだ上着の上に置いてかれるとか、酷いときはタオルにくるまれたり……
でもたまに気が緩んでシャツの上に置かれると、いいニオイがするんだよねえ~ うっひっひ
――今日はアナベルちゃんとロレンサちゃんいないんだあ。残念……
で、ローサさんっていったっけ。
うわっ マヤ君の服をあっという間に脱がした!
マヤ君の裸を見る目…… ヤバいよアレは。
でも何もしないようね……
あ、マヤ君は一人でお風呂へ入って行っちゃった。ホッ
――んんん!?
何してんのあのオバさん!
マヤ君のぱんつのニオイを嗅いでこの変態ババァ!!
マヤ君のぱんつはあたしのだあああ!!
くそぉぉぉ…… あたしもクンカクンカしたい!
(マヤ視点)
こんな豪華でだだっ広い風呂場に一人というのも、おつだよね。
さて、身体を洗うとしよう。
ガラッ ヒタヒタヒタ
あれ? 誰か入ってくる? やっぱりローサさん入っちゃうの?
まずいなあ……
「て、セシリアさん!?」
「うふふ マヤ様、ご一緒させて下さい」
セシリアさんは女性のようにタオルを巻いて入ってきた。
美しいブロンドの髪の毛は後ろを結って、アップでまとめてある。
私がさっき到着したとき、セシリアさんが妙に急かすようにお風呂を勧めていたから、そういうことだったのか……
セシリアさんの裸を見るのは初めてじゃないし……
お、男同士なんだから一緒に入るのは普通だよな。うん
昔は友達と一緒に日帰り温泉へよく行ったものだが、それと同じだよ。
「お背中流しますね」
「ああ、はい。お願い…… します」
セシリアさんは私が座っている後ろにまわり、背中を洗ってくれている。
シャコシャコシャコ……
男なんだよね。なのに女の子に洗ってもらうより緊張してしまう。
「アッ ハァ……」
なななな何でそんな色っぽい声を出すんだ?
何故か会話が無いのも余計にドキドキする。
「次は…… 前を洗いましょう。こっちを向いて頂けますか?」
「――はい。ああ、いや…… 何でも無いです……」
「うふふ。では失礼します」
セシリアさんはタオルを巻いているが太股はよく見えており、見てるだけでもすべすべつやつやなのがわかる美しさ。女の子以上だ。
自分と同じ物があるはずなのに、タオルで隠れている太股の間をチラッと見てしまう私はどうしようもないやつだ。
ううう…… いかんいかん。
ミカンちゃんの顔、ミカンちゃんの顔、ミカンちゃんの顔……
私は一人で入ったつもりだったのでタオルも何も身に着けていない。
反応してしまったらセシリアさんに即バレてしまう。
いつぞやのエルミラさんとの件で、セシリアさんの部屋で三人で裸になって大変なことになったことがあった。
セシリアさんと向き合って元気になった分身君同士を交差させて、それはエルミラさんがBL小説で読んだアンドレとカミーユの誓いのシーンだなんて、訳がわからんよ。(第百二十一話参照)
腕、肩、胸板、お腹、太股、脚と順々とても丁寧に洗ってもらって、最後に残ったのが分身君である。
セシリアさんはニヤッと微笑んで……
「それでは失礼します」
とうとう分身君の手洗いに取りかかった。
そう、タオルを使わずに手で直に洗っている!
あわわわわわ…… 男同士故に分身君の構造がわかっているから隅々まで綺麗に洗うツボまで熟知しているのでくすぐったくて仕方が無い。
そんな時はミカンちゃんの顔、ミカンちゃんの顔、ミカンちゃんの顔……
何事も無く終わり、お湯で石鹸を流してもらう。
男性に分身君を洗ってもらうのは当然初めてだったが、あれは危険だ。
セシリアさんが見た目九割以上女の子だから自分の心に許容するものが出来てしまっており、一般論として男同士では有り得ないことが目の前で起きてしまった。
セシリアさんがほとんど話しかけてこないのも余計に不可解である。
「マヤ様…… 次は私の背中も洗って頂けますでしょうか?」
「う…… はい」
セシリアさんはおしとやかであるが、いつもより余計にそう見えて大人しいからすごく色っぽい。
彼女は巻いていたタオルをファサっと外し、私とかわりばんこに座った。
シャコシャコシャコ……
ミカンちゃんの顔、ミカンちゃんの顔、ミカンちゃんの顔……
ううう……
きめ細やかな白い肌、色っぽいうなじ、華奢な背中、キュッとくびれた腰、ふわっと大きなお尻。
後ろ姿はどう見ても女の子である。
「キャッ」
「えっ なに?」
何としたことか、いつの間にか分身君が反応してセシリアさんのお尻に当たっていた。
くうぅぅ…… またしても。
どうしてこう簡単にポンポンと元気になるんだこいつは!
ううう…… ミカンちゃんの顔、ミカンちゃんの顔、ミカンちゃんの顔……
なんとか収まった……
やはり愛娘の無垢な顔は私の邪な心を浄化してくれる。
前の方を洗うためにこっちを向いてもらうと、セシリアさんはお風呂で火照ってる以上に顔を真っ赤にしていた。
そんなセシリアさんでもめちゃくちゃ美人でドキッとするが、下をに目をやると胸が男の子のようにツルペタなので我に返る。
さらに下へ目をやると……
「あっ……」
「す、すみません…… 私……」
セシリアさんの可愛くて綺麗な分身君が元気になっていた。
私は構わずセシリアさんを洗う。
彼女の分身君は元気なままどころか、破裂しそうなくらいだった。
わなわな震えだし、急に立ち上がり……
「ごめんなさい!」
セシリアさんは慌てて風呂場を飛び出してしまった。
恥ずかしさのあまりだったのか、暴発しそうだったのか、そんな気がした。
セシリアさんとは初めて一緒にお風呂へ入ったけれど、今まではアナベルさんたちがおもてなしをしてくれていたのでその機会が無かったから今日のチャンスを狙ったんだと思う。
性的欲求を満たすことが目的だとしても、彼女の丁寧で献身的な洗い方は彼女自身の優しさを表していたし、彼女から手を出すこともしてこなかった。
彼女の気持ちがよくわからない……
それから私は湯船に浸かり、ジュルリと待ち構えていたローサさんに持参した新しい下着とバスローブを着せてもらった。
脱いだぱんつが無かったけれど、また洗ってくれるのかな。
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夕食はいつものようにラミレス侯爵夫妻とセシリアさんも。
侯爵は私がマドリガルタへ行った目的にはあまり触れず、飛行機のことやマドリガルタの様子についていろいろ聞いてきただけなので安堵した。
侯爵は空気を読んで下さっているのか、公式的には実の子でない出産のためだったから有り難いことだ。
セシリアさんはニコニコしながら私の話を聞くだけで、彼女から話しかけてこないで静々と食事をしていた。
うーん、どうしたものか。
嫌われてはいないと思うが、距離を取られている感じだ。
いつもタダ飯食ってタダで寝泊まりばかりして恐縮だが、セシリアさんについて(第四十話参照)夫妻にはとても感謝されているようで、お言葉に甘えさせてもらっている。
ローサさんが寝室へ案内してくれた。
いつも同じ部屋ばかりなので一人で行けるんだが、そこはローサさんが譲らない。
「さっ 今晩はもうお休みしましょう」
「あの……」
「冗談です」
ローサさんがベッドの中に入ってカモーンしていた。
来る度に冗談がきつくなっているが、私が本当にベッドへ一緒に入ったらどうするつもりなんだろうか。
私が絶対そんなことをしないヘタレだとわかっているからなのかもしれない。
くそぉ……
ローサさんはササッと退室したが、眠るにはまだ早い時間なのでエリカさんに話し相手になってもらう。
エリカさんが話せるのも大分安定してきており、少なくとも私が起きている時間は話しかけたらちゃんと応答が出来るようになっていた。
エリカさんはエッチな話ばかりしてきて、身体が無いから相当欲求不満らしい。
ペンダントでどうやって性欲を発散できるかって? 知らんわ。
エリカさんが黙ってしまったのでたぶん眠ったのだろう。
そろそろ私も眠ることにする。
コンコン「失礼します……」
「ん?」
「私です。セシリアです…… マヤ様。
勝手にお部屋へお邪魔してしまい、申し訳ございません」
「え…… ああ、いいんですよ。どうしたんですか?」
「今晩、ベッドでご一緒させて下さいますか?
いえその…… 本当に寝るだけで何もしませんので……」
「うーん…… わかりました。さあ、こちらへ」
突然セシリアさんが部屋へやって来て一緒に寝たいということだが、嫌われていないことがわかってホッとした。
セシリアさんが着ているのは薄い黄色で花柄の可愛らしいワンピースパジャマだ。
彼女は静々と布団の中に入る。
ふわっと女の子みたいな良い香りがした。それだけで変になっちゃいそう。
「マヤ様…… 私のことを忘れないで下さいね」
「どうしたんですか? 一体……」
「マヤ様はいずれ何人かの女性と結婚されて、赤ちゃんが産まれて……
そうなると私と会える機会が無くなってしまうかと思って……」
「そうですね…… 恐らくマドリガルタとマカレーナ中心の生活になって、陛下の外交活動のお供もしなければいけなくなると思うので、セレスへお邪魔する機会が減ってしまうかも知れません。
じゃあセシリアさんは、マドリガルタかマカレーナに住んでみるということを考えたことはありますか?」
「私、セレスから出たことがありませんでしたから、他の街に住んでみることなんて考えたことがありませんでした。
でも、私にはマドリガルタやマカレーナには伝手になる家がありませんから……」
「私はいずれ屋敷を手に入れるつもりです。そこに住めば良いんですよ」
「え!? でも将来の奥様には私がお邪魔ではありませんか?」
「そんな性格が悪い嫁は最初から結婚しませんよ。勿論相談の上ですが……」
「良かった…… ありがとうございます。安心しました。んちゅ」
「むむっ!?」
何もしないって言っていたから無防備で急にセシリアさんからキスをされてしまった。
唇は柔らかく、ほのかに甘くふわっとしていた。
「ああっ ごめんなさい! 私ったら……」
「ま、まあいいですよ。あははは……」
それからセシリアさんには抱いて寝て欲しいと懇願されたので、起きているうちは抱きしめてあげた。
彼女の細い腰の感触が何だか艶めかしい。
私のお腹のあたりには、彼女の硬くなった分身君がしっかり当たっていた。
今晩私は寝られるのだろうか。
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「おはようございます。お嬢様、マヤ様」
「――キャッ」
「ぁぁぁ…… おおぅ!?」
ローサさんの顔がぬうっと私たちの顔の間に割って入ってくるように近い。
彼女も美人さんだから嫌ではないが、ちょっと顔を動かしたらキスしちゃいそうだ。
「ああああの…… 私……」
「いいんですよ。私はお嬢様の幸せをいつも願っておりますから」
「お父様やお母様には黙ってて下さいね……」
「勿論です。次回も是非、ご一緒におやすみ下さい。
若い男の子二人が一晩過ごしたこの空気…… すうぅぅぅはぁぁぁぁ」
何言ってんだ? このお姉さん……
セシリアさんはそそくさと自室へ戻り、私はローサさんに着替えさせられてから皆で朝食を取った。
いつものように玄関で見送ってもらい、飛び立つ。
あっ またさっき脱いだシャツとぱんつを忘れた。今度でいいか。
(ローサ視点)
マヤ様が使った後の部屋にて。
ああああああああああああまたマヤ様がぱんつを忘れて下ったあああ!!
私の宝物おおおおお!!
クンカクンカすうぅぅぅはぁぁぁぁ
(マヤ視点)
午前のティータイムあたりにマカレーナの屋敷へ到着した。
公式では実子が産まれたわけじゃないから長期に渡って空けたことに後ろめたかったが、皆はいつもどおり接してくれたので安心した。
特にシルビアさんをよく知っているパティとヴェロニカの反応は……
「マヤ様! シルビアさんの赤ちゃんはどんな子でしたの?」
「シルビアさんによく似ている可愛い女の子だよ。
ニィっと笑うとこれが可愛すぎるんだ」
「まあ! 私も早く見たいですわ!
私も早く赤ちゃんが欲しくなりました。
やっぱり結婚したらすぐ頑張りましょう! フンフンッ」
パティはやる気満々になってしまった。
せめて十八歳になってからにして欲しいが……
――ヴェロニカは。
「おおそうか。無事に産まれたか。シルビアの娘ならさぞ聡明な子になるだろう。
ところで…… 私たちもいつか子供を作るんだよな……
剣士にすべきか、格闘家にすべきか迷うな。ハッハッハッ」
だそうだ。どうしても自分の子供は何かしらの戦士にさせたいらしい。
厳しいお母さんになるだろうねえ。
【第六章 了】




